604話 1人で寝ようと思っていたラティルのベッドの上に、クラインとゲスターがいました。
◇川の字◇
ラティルは、
二人とも帰らせようと思い
クラインとゲスターを
交互に見つめました。
しかし、二人の表情を見ると、
口が開きませんでした。
疲れているので、
二人とも自分の部屋で寝なさいと
言いたいところでしたが、
そんなことをすれば、
二人とも傷つきそうでした。
だからといって、一人だけ帰せば、
もう一人が傷つくことになりました。
情が湧き過ぎたと
ラティルは心の中で嘆きました。
側室たちだけで暗闘させるために
彼らをハーレムに入れたのに、
アニャドミスと戦う過程で、
あまりにも彼らに
情が湧いてしまいました。
ラティルのために、
あらゆる所へ連れて行ってくれた
ゲスター。
自分の魂を賭けて
封印を手伝ってくれたクライン。
二人とも
傷つけたくありませんでした。
ラティルは目で
ベッドの大きさを測りました。
そして、ソファーに置かれた
クッションを一つ抱きしめると、
クラインとゲスターの間に入って
横になりました。
クラインとゲスターは、
まさか、ラティルが
3人で並んで寝ようとするなんて
思ってもいなかったようで、
彼らは驚いてラティルを呼びました。
しかし、ラティルは、
とても疲れていると言って、
クッションをギュッと抱きしめ、
目をギュッと閉じました。
瞼を閉じていても、
二人の男の視線を感じましたが
知らんぷりをして、
ずっと目を閉じ続けていると、
ついに二人も諦めて
ベッドに横になったのか、
両側が揺れました。
ラティルは、心の中で
早く寝てと訴えました。
◇断ったけれど◇
翌日、ラティルは、
両腕が重くて目を覚ましました。
そして、目を覚ますや否や、
ラティルは自分の両腕が、
左右に引っ張られていることに
気づきました。
クッションを抱いて寝たはずなのに
よく見ると、クラインが
ラティルの腕を引っ張って
手を握った姿勢で、
その手に自分の額を当てて
横になっていました。
反対側ではゲスターが
ラティルの手に
自分の手を重ねていました。
ラティルは、
両手の自由を奪われたまま
天井を見ながら
瞬きをしていましたが、
かっとなって、
両腕をぐいっと引き抜くと、
腕を前に伸ばしました。
それから上半身を起こして
左右を見ると、
二人とも寝たふりをして目を閉じ、
微動だにしませんでした。
寝ているラティルの手を
競って奪い合いましたが、
実際、ラティルが起きてみると、
自分たちも、この格好が、
全くおかしいということに
気づいたようでした。
ラティルは、二人の震える瞼を見て
ため息をつくと、
ベッドから出て浴室に入りました。
そして、簡単に体を洗って出て来ると
やはり、ゲスターとクラインは
二人とも起きていました。
しかし、すぐにベッドの外に出ず、
二人ともベッドの中で
頑張っていました。
クラインは、
ベッドにうつぶせになって
ゲスターを見つめていて、
ゲスターは、枕を抱き締めながら
ベッドのヘッドボードに
背を向けていました。
どうやら2人は、
今ここから追い出された方が
負けだと思っている様子でした。
二人を見ていられなかったラティルは
濡れた髪をタオルで巻いて、
席を外してくれないかと尋ねると、
その時になってようやく二人は、
互いを牽制し合うのを止めて、
ラティルを振り返りました。
陛下、髪を洗いましたか?
起きましたか?
と二人は尋ねました。
昨日は疲れていたので、そのまま
見過ごしたラティルでしたが、
遊びに来たのに、
どうして、昨夜も今朝も
喧嘩ばかりするの?
と、今日は小言を言いながら、
丸いテーブルの前の椅子に
座りました。
すぐに、クラインは悔しそうな声で
自分は喧嘩をしていない。
ただ皇帝と一緒にいたいだけ。
それなのに、自分の前途を、
何かがしきりに邪魔をしていると
答えました。
ラティルは、
その邪魔をしているのが
ゲスターなのかと尋ねました。
クラインは「はい」と答えました。
ゲスターは悲しそうな表情で
ラティルを見つめました。
クラインと違ってゲスターは、
目でラティルに
話しかけていました。
しかし、ゲスターが
あのように見なくても、
ラティルはクラインの今の言葉に
同意できませんでした。
ラティルは、
クラインがここに来るのは
嫌ではないけれど、
先に来たのはゲスターではないかと
非難しました。
クラインは、
ラティルが自分が来ることを
望んでいるけれど
ゲスターが先に来たので、仕方なく
順番を守れということなのかと
抗議しました。
ラティルは、自分の言ったことが
あまりにも誇張されているようだと
非難すると、クラインは、
皇帝の言葉に隠れされた意味を
探ってみたと言い返しました。
なぜ、そんなものを探すのか。
ラティルは、とても当惑し、
しばらく、
答えることができませんでしたが、
ドアを指差すと、
部屋へ戻って体を洗って来るように。
一緒に朝食を食べようと
二人に指示しました。
クラインは、
ここで体を洗ってもいいかと
ラティルに聞きましたが、
彼女は断りました。
クラインは、
ラティルの断固たる言葉に
しばらく、
落ち込んでいるようでしたが
すぐに元気になると、
ゲスターを連れて
行ってしまいました。
しかし、人の心は変なもので、
出て行けと、きっぱり言ったものの
いざ部屋を占めていた
二人が出て行ってしまうと、
ラティルは訳もなく
残念な気持ちになりました。
ここで体を洗うよう、
言えば良かったのかと、
ラティルは思いました。
◇硬い筋肉◇
二人が体を洗って現れるのを
待っている間、
ラティルは下女を呼んで、
食事の用意を指示した後、
ベッドに横になって、
持ってきた本を読みました。
しかし、
ベッドに一人で横になっていると、
本人たちが横になっていた時は
気にならなかった、
ゲスターとクラインが撒き散らした
香水の香りが、かすかに漂って来て、
本に集中するのが難しくなりました。
ラティルは、
そのまま本に集中しようとしましたが
うまくいかず、本を下ろすと、
クラインが横になっていた場所に
そっと鼻を当ててみました。
バラの香りのようでした。
次にラティルは、
ゲスターが横になっていた場所に
鼻を当てました。
チューリップのような
香りがしました。
意外にも、
クラインがつける香水の香りの方が
弱く、ゲスターの香水は
トゥーリの作品なのかと思いました。
そうしているうちに、
扉の外で「陛下」と呼ぶ声がしました。
ラティルは、すぐに起き上がり、
再び本を開くと、
中へ入るようにと指示しました。
そして、本に集中するふりをして
文字だけをじっと見ていると、
二人が入ってくる気配が
感じられました。
どちらも素早く体を洗ってきたので、
戻って来るスピードまで、
似てしまったようでした。
ラティルは、
のんびりしていたふりをして
来たか。
と言いましたが、遅ればせながら
本が逆さまになっていることに
気づきました。
あらら!
ラティルは急いで本を閉じて
横に置きました。
それから顔を上げると、ゲスターが
こちらをじっと見ていました。
口元が上がったのを見ると、
ラティルが、
本を逆さまに持っていたのを
目撃したのは明らかでした。
ラティルは恥ずかしくなりましたが、
幸いゲスターは、
あえて、そのようなミスを指摘して、
人に恥ずかしい思いをさせる人では
ありませんでした。
ラティルは、
二人が別々に来ると思ったと
話すと、ゲスターは、
来る途中で会ったと答えました。
このようなミスを見れば、
すぐに指摘しそうなクラインは、
ラティルの本には目もくれず、
その代わりに、彼は、
食後に3人が座る場所を
チェックしながら、
席を選んでいました。
安堵したラティルは、
テーブルへ向いながら、
訳もなくゲスターの脇腹を
一度、くすぐりました。
ありがとうという意味の動作でしたが
ゲスターの脇腹に手が触れた瞬間、
ラティルは思ったより硬い
彼の筋肉に驚いて立ち止まりました。
ゲスターも、脇腹を掴まれて
立ち止まりました。
ラティルはゲスターを
驚いた目で見つめました。
ゲスターも、ウサギのように
可愛い目をして
ラティルを見ていました。
しかし、手に触れている
固い肌触りのせいか、このウサギは
普通のウサギとは思えませんでした。
二人で何してるんですか?
クラインの機嫌の悪そうな声を聞いて
ラティルはすぐに、
ゲスターの脇腹から手を離しましたが
訳もなく頬に熱が上がって来ました。
◇突然、憂鬱に◇
食後、ラティルは
ゲスターとクラインを連れて
離宮を回りながら
現在の状態がどうなのか
確認してみることにしました。
生まれた時から、
誰かに、させることに慣れている
クラインは
どうにか、きちんと
管理されているのではないかと、
言いましたが、
それでも、ラティルは、
子供の頃から、ここへよく来て
過ごしていたので、
あちこち見回りながら、
きちんと維持されているか
確認したいと話しました。
クラインは、ラティルが幼い頃に
来ていた所だと聞くと、
それなら、回らなければならないと
遅ればせながら、情熱を燃やしました。
ラティルは管理人を呼ぶと、
離宮内部を、
全体的に見せて欲しいと指示しました。
そして、クラインが、
前にも、ここへ来たことが
あるのではないかと尋ねました。
彼は、大神官とタッシールと
一緒に来たと返事をしました。
ラティルは、
その時、どこが一番良かったか
聞こうとしましたが、
先程まで明るかったクラインの顔が
どこかを見て、
暗くなっているのを不思議に思い、
どうしたのかと尋ねました。
クラインは「何でもない」と
憂鬱そうに答えました。
その急激な感情の変化に
ラティルは戸惑いましたが、
クラインは、なぜ、
突然、憂鬱になったのか
話してくれませんでした。
反面、ゲスターは、
普段のように慎重で
照れくさそうな態度で
ラティルに付いて行き、
あちこち見回すだけで、
暗い気配はありませんでした。
クラインは、
何か良くないことでも
思い出したのかと、
ラティルは思いました。
◇私も・・・◇
離宮の半分を歩き回った時、
クラインは朝食を食べ過ぎたのか、
休むと言って
自分の部屋へ戻ってしまいました。
どんな手を使ってでも、
ラティルのそばに
くっ付いていようとした姿とは
正反対の行動でした。
体調が悪いのではないかと
心配になったラティルは、医師を
クラインの所へ行かせましたが、
彼を診察した医師は、
外傷や病気の兆候はないと
ラティルに話しました。
ラティルは、
本当に食べ過ぎなのかと
尋ねましたが、医師は、
食べ過ぎでもなさそうだけれど
普段よりも、たくさん食べれば、
胃もたれしない人でも
胃がもたれることがあると
答えました。
とにかく、医師が
別に問題はないと言ったので、
ラティルは再びゲスターを連れて
離宮を歩き回りました。
ゲスターは、
少しも大変な様子がなく、
ラティルによく付いて来ました。
しかし、主要な場所だけを
歩き回ったにもかかわらず、
大きな離宮を回ると、
かえってラティルの方が
疲れてしまいました。
ずっと歩いていたので
足が重く感じたラティルは、
近くの空き部屋に入ると、
ソファーに足を伸ばして座り、
冷たい飲み物を持ってくるよう
指示しました。
そして、ゲスターにも座るよう
言いました。
使用人たちが踏み台を持って来て
ソファーの前に置くと、
ゲスターも恥ずかしがりながら
そばに座りました。
しばらくして下女たちが
飲み物とおやつを
コーヒーテーブルに置いて
出て行くと、部屋の中は、
ラティルとゲスターだけに
なりました。
ラティルはゲスターに
足が痛くないかと尋ねると、彼は、
大丈夫。
皇帝と一緒に歩けて嬉しいと
答えました。
ラティルは、
イチゴの果汁を入れて作った
飲み物を持ち上げながら、
クラインは、
朝食をたくさん食べたのだろうかと
呟きました、
ラティルは、体が少し楽になると、
再びクラインのことが
心配になりました。
医師は大丈夫だと言っていたけれど
クラインは、
ゲスターと自分が二人きりでいるのに
部屋に閉じこもるような
性格ではないので、
気になりました。
ゲスターは「分かりません」と
消入りそうな声で答えました。
ラティルは、少し休んでから
クラインの所へ一緒に行こうと
言おうとしましたが、
ゲスターは耳を赤くして、
一人で唇を動かしていることに
気づきました。
何をしているのかと思って、
首を伸ばして見ると、
ゲスターはびくっとして
ラティルを振り向くと、
さらに顔が赤くなりました。
普段から恥ずかしがり屋の
ゲスターだけれど、
今日に限って、その態度が
より一層ひどく見えたので、
どうしたのかと尋ねると、
ゲスターは唇を震わせ続けました。
ラティルは、
ゲスターも体の調子が悪いのか。
まさか食事の中に
変なものが混ざっていたのか。
毒殺を試みようとしたのか。
ラティルは、心配になり
ゲスターの手をしっかり握り、
顔を近づけました。
ゲスターはラティルの顔が近づくと
目をギュッと閉じたかと思いきや、
ラティルの頬に、
自分の唇を力いっぱい押し付けたり、
離したりしながら、
目を閉じたまま話しました。
陛下、
私も、私も、私も抱いてください。
そのようなことは、
どこにも書いてありませんでしたが
ロルド宰相が、
変な薬をトゥーリに渡し、
クラインの食事にこっそり入れたか
ゲスターが黒魔術を使って、
クラインの具合を悪くしたか、
そのどちらかだと思いました。
ゲスターを好きな方には
申し訳ありませんが、
ラティルと寝るために
卑怯な手を使うゲスターが
本当に嫌いです。
次回は、
いよいよゲスターと寝るシーン。
翻訳し直したのを再投稿しますが
以前、読んだ時に
後味が良くなかったので、
あまり気が進みませんが、頑張ります。