627話 ロルド宰相は、子供の養育に最も適した側室に子供を任せるべきだと主張しました。
◇子供の養育者◇
ロルド首相は、
ラナムンの子供が生まれるのを
止めることができませんが、
彼が、その子供を育てることだけは、
どんな手を使ってでも
阻止しようとする構えでした。
アトラクシー公爵は、
胃がむかむかするといった表情で、
ロルド宰相を
目が痛くなるほど睨みました。
ラティルは困ってしまい、
髪の毛を弄りながら、
後ろに立っている
サーナット卿を見ました。
彼は片方の口の端を
かすかに上げていましたが、
ラティルが見つめると
真顔になりました。
ラティルは、
ラナムンが四面楚歌になっているような
気がしたので、
ラナムンは、
子供をよく育てることができると思うと
言って、
とりあえず、彼の味方をしました。
彼の性格が良くないことは
ラティルも知っていましたが、
アトラクシー公爵と公爵夫人のように
社交性のある人々の間からも
ラナムンのような者が出て来たので、
それならば、その反対も
可能ではないかと思いました。
しかし、ロルド首相は、
少しの私心もない忠臣のように
謹厳な声で、
今度生まれる赤ちゃんは、
とても大切だ。
ロルド家に3歳の子供がいるので、
その子を側室に任せて、
どのように子供の面倒を見るかを
よく見て、最も適切な人を
主な養育者にしなければならないと
主張しました。
アトラクシー公爵は、
実の父親のラナムンが元気なのに、
それはどういうことかと、
すぐに反論しましたが、ロルド宰相は
そちらを見向きもしませんでした。
ラティルは額に手を当てて
ため息をつくと、
ラナムンが子供の面倒を
よく見ることができなかったら、
その時に養育者を
変えてもいいのではないかと
ロルド宰相に返事をしました。
そして、
ラナムンに機会も与えずに子供を・・・
と言いかけたところで
言葉を濁しました。
ラナムンの頭上に、
本が降り注いだ様子が
思い浮かんだからでした。
「陛下？」とアトラクシー公爵が呼ぶと
ラティルは、
機会も与えないで子どもを
奪うことはできないと話を続けましたが
再び、ラティルの頭の中に
ラナムンに降り注いだ本の山が
浮び上がりました。
アトラクシー公爵が
ラティルを呼ぶと、彼女は
このようにしましょう。
と告げました。
◇側室たちの反応◇
皆で一緒に食事をしようと
側室たちを呼んだラティルは、
子供ができました。
父親はラナムンです。
と、わざと、ぐずぐずしたりせず
すぐに話をしました。
側室たちは、子供の話に驚く前に
ラナムンが父親だということを聞いて
固まりました。
側室ではありませんが、
特別に招待を受けて
この場に参加したシピサは
決まりが悪そうに目を丸くしました。
ラティルは、
シピサを呼んでもおかしいし、
呼ばなくても
おかしいと思ったので、
長い時間、悩んだ末、
彼を呼ぶことにしました。
ラティルは、
わざとシピサに向かって
優しく笑いかけながら、
皆も知っている通り、
自分には後継者が必要だ。
怪物たちの相手をしに席を外しても、
中心となって留守を守ってくれる
後継者のことだ。
子供が多数いれば、
この子が必ず後継者になると
いうことはないけれど、
一人っ子ならこの子が
自然に後継者になるだろうと
話しました。
そして、ラティルは話すのを止め、
側室たちを見回しました。
大神官は驚いた表情をし、
カルレインは物思いに耽っていました。
タッシールはいつものように笑っていて
メラディムはティトゥに何かを
尋ねていました。
クラインは、
目から火を噴き出すような顔で、
努めて口元を上げていました。
ゲスターは俯いていたので、
表情がよく分かりませんでした。
そんな中、彼らは一度ずつ
ラナムンの方を見つめましたが、
やはり、父親であるラナムンも
この「家族の集まり」の目的が
分からないため、
不安そうな様子でした。
ラティルは、
彼らが皆落ち着くのを待ってから、
ラナムンは対抗者だし、
自分と一緒に
席を外さなければならない場合が
あるかもしれないので、
一人で子供の面倒を見るのは
難しいかも知れないと話しました。
その言葉に、ラナムンの目はピクピクし
信じられないといった目で
ラティルを見つめました 。
しかし、ラティルは、
自分が見つけ出した言い訳が
もっともらしく聞こえることを
願いながら、
ラナムンが席を外す時、
代わりに養育する人を
もう一人決めようと思うと話しました。
ラティルはラナムンを
もう一度見ました。
彼は、相変わらず
気に入らないようでしたが
先ほどより
眉をひそめていませんでした。
ラティルの言葉に、クラインが、
すぐに手を挙げました。
彼は、ラナムンが席を外す時だけ
子供の面倒を見るのかと尋ねました。
ラティルは、そうだと答えました。
ロルド宰相の言った最悪の仮定は除いて
答えました。
側室たちは、
互いに視線を交わし始めました。
ゲスターは、
すでにロルド宰相から、
このことについて
話を聞いているようで、
頭を下げ続けていました。
ラティルは、
彼らが考えを整理し、
少し落ち着くまで待ってから
誰か、その役割を
引き受けてくれる人はいるかと
尋ねました。
それから、ラティルは
ギルゴールが座っているはずの
空の椅子を見た後、シピサを見ました。
彼は口を開けて
事態を見守っていましたが、
一応、今は気分が悪そうに
見えませんでした。
幸いだと思っていると、
誰かが手をさっと上げました。
メラディム？
意外に思って名前を呼ぶと、
メラディムがきょとんとして、
ラナムンと皇帝の子供なら、
水の中で暮らせないので、
自分はダメだと言いました。
メラディムが水の外で
過ごせばいいのにと、
ラティルは思いましたが、
そこまでして、養育するほどの
意欲がないということだと思い、
頷きました。
ラティルはメラディムの隣に座っている
ゲスターを見ました。
意外にも彼は、ロルド宰相と違い、
さほどやる気がないように見えました。
しかし、目が合うと、
消え入りそうな声で
私は・・・
私がやってもいいです。
と言いました。
その一言でラティルは
ゲスターはやりたくないのに、
ロルド宰相が強制的にやれと
指示したことに気づきました。
次にタッシールを見ると、
彼はデザートのオレンジを切りながら
ラナムンの赤ちゃんなら
本当にきれいで愛らしいと
思うけれど、自分は今、
他のことで忙しく、
今はその時ではないようなので諦める。
誰が子供を連れていても、
会いたければ
いつでも会いに行けばいいからと
言いました。
大神官は、静かなラナムンの様子を
窺いながら、
必要であれば、
いつでも手伝うけれど、
自分も今は手を出さないでおくと
言いました。
彼は、
ラナムンが気分を害するのを
気遣ったようでした。
ラティルは、まだ答えていない
カルレインとクラインを
交互に見ました。
彫刻のように座っているカルレインは、
自分は子供の面倒を見ても大丈夫だと
淡々と答えました。
わざと最後まで
順番を待っていたクラインも
ヘラヘラは対抗者の役割を
果たさなければならないので、
子供は自分が育てると
明るい声で叫びました。
今までの反応を見る限りでは
最も情熱的に見えました 。
ラティルは、
子供の主な養育者を
変えようとするのではなく、
ラナムンが席を外す時だけ
面倒を見てくれる保護者を
探すつもりでしたが、
意外と志願者が少ないと思いました。
けれども、皆が子供を
奪おうとするよりはましだと思い
心の中で安堵しました。
ラティルは、
アトラクシー公爵と
ロルド宰相と話し合って決めた
テストについて説明しました。
それは、明日、ラティルの秘書が
彼の４歳の子供を連れてくるので、
その子の世話をするというものでした。
◇テスト◇
秘書が連れて来た４歳の子供は
ラナムンを見るや否や、泣きながら
母親の元へ走って行きました。
一緒に来た子供の母親が、
大丈夫だからと子供をなだめ、
辛うじて子供を落ち着かせると、
さあ、
あのお兄さんの所へ行ってみて。
お兄さん、かっこいいでしょう。
いい子だから、早く。
と言って、子供をラナムンの所へ
行かせようとしましたが、
子供は泣きながら、
母親だけを抱きしめていました。
その光景を見たクラインは、
お前はいつも、
恐い顔をしているからだ。
とラナムンを鼻で笑うと、
子供に、にっこり笑いかけ、
両腕を差し出し、
そうでしょう？
さあ、お兄さんの所へ来て！
と言いました。
子供はクラインを見て
泣きませんでしたが、
それでも母親にくっついて
離れませんでした。
それから子供は、
クラインをチラチラ見ながら
あの人は変だと呟きました。
クラインは、子供に向かって
お前の目がおかしい！
と抗議しましたが、ラティルに
４歳児と喧嘩するなと叱られました。
秘書は、子供が自分と妻の間を
行ったり来たりすると困ってしまい、
ラティルの顔色を窺いました。
ゲスターも子供に手を伸ばしましたが
子供はゲスターの方に
全く注意を払いませんでした。
ゲスター本人も意欲的ではないので
熱心に子供に声をかけませんでした。
訳もなく気が引けた秘書は
ラティルに謝りました。
彼女は、子供の心が
どこへ向くかは分からないので
大丈夫だと返事をしました。
それでも子供は、
カルレインに対して、
好奇心を示しましたが、
やはり彼にも近寄りませんでした。
連れてきた子供は慎重で
人見知りの激しい性格のようでした
ところが、そこへ
育児能力を試してみると
言っていましたが
全員終わりましたか？
と言いながら、メラディムが
テストの見物をしに現れると
その人見知りの激しい子供は、
彼が人間の姿をしていたにもかかわらず
人魚！
お母さま、人魚！ きれい！
と叫んで、彼を見るや否や、
彼の元へ駆けつけて
ぴったりと、くっ付きました。
え？ 人間の子供が
私の所へ来ましたよ？
メラディムは戸惑いながら、
子供を片腕で持ち上げました。
ティトゥは、彼が子供を
落とすのではないかと思い、
両腕を空中に上げました。
秘書は顔を真っ赤にして、
家で側室たちが出てくる雑誌を
購読中だと呟きました。
ラティルは、
子供が可愛くて笑っていましたが
メラディムに押された
側室たちの表情を見て
我慢できずに爆笑してしまいました。
◇ラティルの結論◇
４歳は人見知りをする
年齢だと思ったラティルは、
もうすぐ２歳になる
１歳の赤ちゃんを連れて来ました。
ところが、その赤ちゃんは、
とてもおとなしいので、
どの側室に抱かれても、
よく笑いました。
側室たちも、その子が
気に入っているようでしたが、
彼らの育児能力を確認するのに
あまり役に立ちませんでした。
その後、何人かの子供たちを
順番に呼んで確認をしてみた結果、
ラティルは育児能力を
テストで知ることは難しいという
結論を下しました。
ラティルは、
ラナムンの子供なので、
彼に任せてみて、ラナムンが
まともに養育できなかったり、
対抗者の仕事で
席を外す状況になったら、
その時に保護者を決めることにする。
子供たちを見たところ、
活発な子供たちはクラインが好きで、
頼もしい人が好きな子供たちは
カルレインが好きで、
静かな子供たちは
ゲスターとラナムンが好きだったからと
言いました。
それから、ラティルは、
ロルド公爵とアトラクシー公爵にも
自分の決定を知らせました。
アトラクシー公爵は、
すぐに子どもの養育権を
奪われなくて済んでほっとしたのか
正しい決定だ。
子供は実の父といなければならないと
すぐに返事をしました。
一方、ロルド宰相は
「はい」と冷たく答えました。
当分の間、あるいは今後、数年間、
この二人が仲良くなることは
なさそうでした。
◇見られた？◇
２日間に渡り、突然、
育児テストをすることになった
ラティルは、その夜、疲れ切って
眠りにつきましたが、
しばらく寝ているうちに
変な感じがしたので目を開けると、
半分ぐらい開けておいた窓と
揺れるカーテンの向こうに
誰かが見えました。
ギルゴール？
屋根の上に座っている人は
ギルゴールかシピサのように
見えましたが、ラティルは
ギルゴールのような気がしました。
ラティルは、
すぐにベッドから飛び降り、
窓から飛び出しました。
体が素早く下に落ちましたが、
足が屋根に触れるや否や、
ラティルはそれを踏んで、
再び跳ね上がりました。
ギルゴールは、
ラティルが追いかけて来ると
驚いたのか逃げてしまいました。
逃げるの？
ラティルは歯を食いしばって
必死で足を動かしました。
ギルゴールは、
屋根やバルコニーを走り回りましたが
ラティルは、
少しも逃しませんでした。
そうしているうちに、
ふと、ラティルは
普通の人は屋根の上を
飛び回れないのではないかと
思いました。
その瞬間、ラティルは急に倒れました。
すぐに落下するラティルの体を、
目の前に現れたギルゴールが捕まえ、
ラティルは
ギルゴールに抱かれたまま、
とあるバルコニーに着地しました。
体が下りると、
舞い上がっていた髪の毛が
ラティルの顔を覆いました。
白い手袋をはめた手が
ラティルの髪の毛を
横に片付けてくれました。
髪の毛が目の前からなくなると、
月を背にした顔が現れました。
ギルゴールは、
ラティルを困惑した目で
見つめながら、
どういうつもりで、
あそこから飛び降りたのかと
尋ねました。
しかし、ラティルは返事の代わりに
行かないで。
と言って、急いでギルゴールの襟元を
つかみました。
その瞬間、遠くない所で
人の気配が感じられました。
音がした方を見ると、
下男が自分の口を塞いでいました。
ラナムンとゲスターは
実の子以外は愛せそうに思えないし
カルレインは自分の子供が持てないので
ラティルの子供であれば、
父親が誰であろうと、育ててもいいと
思っているのかもしれません。
クラインは、
ラティルによく思われたくて、
子育てを引き受けてもいいと
言ったような気がしますし、
タッシールは
子育てをしたくないけれど、
ラティルに面と向かって
断ることができないので
上手く言い訳をしたような
感じがしました。
実は、ゴシップ誌の
側室ランキングを見ていたことを
秘書がカミングアウトしたのに
笑えました。
ラティルは妊娠中なのに、
ギルゴールを見た途端、
窓から飛び出すなんて、
何て無茶なことをするのかと
思います。
ギルゴールを見た途端、
彼を捕まえることの方に
気を取られてしまって、
自分の体のことや、その他のことは
すっかり忘れてしまったのかと
思いました。
