630話 ラナムンのいた所にガラスのシャンデリアが落ちて来ました。
◇ゲスターを疑うラナムン◇
一歩遅れて悲鳴が上がりました。
陛下!大丈夫ですか?
貴族たちと警備兵たちが
同時にラティルの所へ
集まって来ましたが、
階段が狭いので、
押し合いへし合いに
なってしまいました。
大丈夫です!
ラティルは大声で叫ぶと、
階段に群がる人々に手を振って
退くよう促しました。
そして、
自分もラナムンも無事だけれど、
階段にガラスの破片が
たくさん落ちていて、
こちらへ来ると怪我をするので、
片付けが終わるまで、
こちらへ来るなと指示しました。
人々が慎重に後ろに下がると、
ホールの管理を担当する人々が
素早くやって来て、
ガラスの破片を片付けました。
その間、ラティルはラナムンを連れて
階段を上がりました。
人々の訪問を知らせる役人が、
どこかのテーブルから椅子を持って来て
ラティルとラナムンに
座るよう勧めました。
ラティルは、
ラナムンが座るのを待ってから
大丈夫?
と尋ねました。
ラナムンは、しばらく、
ぼんやりしていたようでしたが
心が落ち着くと、
ラティルにも同じ質問をしました。
彼女は、怪我をしていないと
答えました。
ラナムンは、
ラティルが彼をパッと引っ張った時、
足をくじいたことは、
言わないことにしました。
申し訳ありません。 陛下!
パーティーの準備を担当した
官吏がやって来て、
ラティルの前に跪きました。
彼は、昨日の昼も、昨日の夜も、
今日の明け方も、朝も、
そして、ホールに人が入ってくる
30分前にも点検をしたのに。
一体、これはどういうことなのか
分からないと謝りました。
ラティルは、
彼に立ち上がるよう
手で合図をしました。
彼女は本棚の奥深くにある本が
ラナムンの頭上に
落ちて来たのを思い出しました。
もし、今回も、そのようなことが
起こったのであれば、
これは、官吏のミスでは
ありませんでした。
もちろん、彼のミスかもしれないので、
調査はしてみるけれど、
尋常ではない感じがしました。
役人が泣きながら引き下がると、
ラティルはラナムンを見ながら、
おかしくない?
と尋ねました。
ラナムンは、
はい。おかしいです。
このようなパーティーは、
責任重大なので、誰が担当しても、
非常に慎重に準備するものなのに、
照明が落ちて来るなんて。
と、どこかを見つめながら
答えました。
ラティルは、ラナムンが
どこを見ているのかと思い、
彼が見ている方向を一緒に見ると
そこは3階のテラスでした。
そして、テラス越しに
かすかにゲスターが見えました。
ラナムンは、
彼でしょう。
と、再びゲスターを疑うと、
ゆっくり立ち上がりました。
そして、
ラティルはここにいるように。
自分はゲスターに会って来ると
言いました。
ラティルはラナムンの腕をつかみ、
なぜ、ゲスター?
急に、どうして?
と尋ねました。
ラナムンは、
ゲスターは、あれを使うからと
答えました。
ラティルは、あれを使うのは、
ゲスターだけではないと
反論しました。
反対側の階段に
呼ばれてきた宮医は、
皇帝とラナムンの会話を
変な目で見ていましたが、
ラナムンの姿勢がおかしいことに
気づいて、慎重に皇帝を呼びました。
ラティルは、
ラナムンとの口論を止めて
宮医を振り返ると、
宮医はラティルに
怪我はないかと尋ねました。
ラティルは、
大丈夫だと答えました。
それでも、宮医は
一度、診てみると言って、
ラティルとお腹の中の赤ちゃんが
大丈夫かどうかを診ました。
それからラナムンを診ると、
宮医は、彼の姿勢が変だった
理由が分かりました。
宮医は、ラナムンが
足をくじいていることを
ラティルに伝えました。
ラティルは、
ガラスが刺さったのかと
尋ねましたが、宮医はそれを否定し、
避けた時に、
足を捻ったようだと答えました。
宮医の言葉を聞いたラティルは、
なぜ、ラナムンが
怪我をしたのかに気づき、
恥ずかしくなりました。
驚きのあまり、
どうやらラナムンを、あまりにも強く
引っ張り過ぎたようでした。
幸い、もう一方の階段から
上がってきた大神官が、
すぐにラナムンを治療してくれました。
メラディムは、
ラティルとラナムンを交互に見ながら
どうしたのかと尋ねました。
タッシールも
メラディムの後ろから、
顔を出しました。
メラディムに捕まっていたクラインも
ついにラティルのそばに近づき、
ラティルに、大丈夫かと
大きな声で尋ねました。
ラティルは、
ホールの下を見下ろしました。
音楽は途絶え、
人々は何人かずつで集まって、
こちらの様子を窺っていました。
アトラクシー公爵が
こちらへ駆け付けたくて、
焦りながら、元の場所を
行ったり来たりしているのが
見えました。
ラティルは、
大丈夫だと返事をすると、会場が、
ますます騒がしくなるような
気配を見て取り、側室たちに、
階段を片付けたら、
またパーティーを開いて欲しいと
指示しました。
クラインはラティルに近づき、
陛下は?
と尋ねました。
ラティルはラナムンを見ると、
彼は、まだ、ゲスターを
疑っているようで、
顔がこわばっていました。
ラティルは、
少し、ラナムンを連れて行って来ると
答えました。
◇否定するゲスター◇
ラナムンが、あまりにも
ゲスターを睨んでいるので、
ラティルは彼を連れてホールを出ると
3階に上がりました。
人々の注目を浴びるので、
内側の階段を使わず、
外側の階段で移動しました。
テラスの外にいたゲスターは、
ラティルとラナムンが現れると、
陛下?
下の階で何かありましたか?
少し騒がしいようですが。
と不思議そうに尋ねました。
ラティルが答えようとすると、
その前にラナムンが、
お前がやったのか?
と尋ねました。
ゲスターは大きな目で
ラナムンを見ながら、
何を?
と尋ねました。
ラナムンは、
照明。
と答えました。
ゲスターは優しい牛のように
目を瞬かせながら、
ラナムンは何を言っているのかと
ラティルに尋ねました。
ゲスターを疑っていない彼女は、
ラナムンの頭の上に
急に照明が落ちて来た。
ラナムンは、ゲスターが
黒魔術を使えるから、
ゲスターのことを
疑っているようだと、
決まりが悪そうに笑いながら
説明しました。
ゲスターは目を丸くして、
自分がそんなことを
するはずがないと訴えました。
ラティルもラナムンが
酷すぎると思いましたが、
ラナムンはすでに地下牢で、
ゲスターが信頼できる人でないことを
知っていました。
ゲスターと仲違いしていると
思われたくなくて、その話を
ラティルにしなかっただけでした。
ところが、今回は
度が過ぎていると思いました。
ラナムンは、
ゲスター以外に、
こんなことをする人はいないと
抗議しました。
ゲスターは否定しました。
ラナムンは、
皇帝と自分の子供に関する話を
側室の中で、
一番最初に知ったのがゲスターで
二番目に知ったのが自分だけれど
その時からすでに変な現象が起きて、
自分を攻撃し始めた。
犯人はゲスターではないのかと
問い詰めました。
ゲスターの目元に
涙が溜まって来ました。
ラティルは心が痛み、
何か言おうとしましたが、
いつの間にか、
後ろに来たカルレインが、
ラナムンがゲスターを
疑う気持ちは分かるけれど、
ゲスターは自分とここで、
ずっとラナムンのことを
中傷していたと反論しました。
カルレインが
ゲスターの肩を持ったことで、
ラナムンとゲスターは、
同時に眉を顰めました。
ラナムンは、
ゲスターの仲間のカルレインを
どうやって信じろと言うのかと
冷たく問いかけると、
カルレインは、軽く肩をすくめ、
ラナムンが信じられなくても、
皇帝は信じてくれるだろうと
答えました。
ラナムンとゲスターは
同時にラティルを見つめました。
ラティルは二人を交互に見て、
自分のお腹を見下ろしました。
ラティルは、
自分もゲスターが
犯人ではないと思うけれど、
ラナムンの言うように、
子供ができた後、
自分がラナムンといると
ラナムンに少し危険なことが
起きるのは変だと言いました。
ゲスターは口元を隠しながら
赤ちゃんがラナムンのことを
嫌っているのではないかと
言いました。
ラナムンは、
一瞬ギクッとしましたが、
子供が、実の父親である自分を
嫌がるはずがないと、
すぐにゲスターの推測を否定しました。
ラティルは片手で
自分のお腹を撫でました。
何か・・・不安でした。
◇見知らぬ女◇
活発なクラインと気さくなタッシール。
豪快なメラディムのおかげで、
幸いパーティーは、
元の雰囲気を取り戻しました。
ラティルは、
もやもやとした気持ちを抑えて
パーティー会場に戻って来ました。
お誕生日おめでとうございます。
陛下
もう大丈夫ですか?
声をかけてくる貴族たちに
適当に返事はしましたが、
口元を上げるのが大変でした。
皇帝が深刻な顔をしていると、
人々はそれを気にして、
彼女に近寄りませんでした。
けれども捜査官のアニャは
ラティルの顔色を窺いながら
彼女に近づき、
先程のは何だったんですか?
と尋ねました。
アニャは、貴族たちが自分のことを、
あの人は一体誰で、
陛下に近づくのか。
という目で見ていることを
知っていましたが、
知らないふりをして、
ラティルのそばに座りました。
ラティルは、
照明が落ちたと適当に言い繕った後、
先程、アニャは
ギルゴールといたけれど、
彼はどうしたのか。
アニャ一人で来たのかと尋ねました。
アニャは、
分からない。
そばで、イライラするほど
喋っていたけれど、
不快な匂いがすると言って、
突然どこかへ行ってしまったと
答えました。
その言葉にラティルが驚いていると
アニャは、通りかかった下男の皿から
ケーキを2個持ってきて、
1つをラティルに差し出しました。
そして、ギルゴールの本音は
誰にも分からない。
彼は遠ざけた方がいいと勧めました。
ラティルは、
先程、アニャが
ギルゴールの近くにいたのを
上から見たと話すと、アニャは、
ギルゴールが
自分の機嫌を損ねようとして
つきまとっていたと、
ギルゴールの名前を聞くだけで
腹が立つような様子で、
きっぱりと返事をしました。
そうしているうちに、
ラティルがチェリーを
丸ごと口に入れると、
あっ、どうしてこれを
召し上がるんですか?
と言って、アニャは急いで
ラティルの口の中から
柄を抜き出しました。
捜査官のアニャを見る
貴族たちの目つきが、
より厳しくなりました。
皇帝が物思いに耽っているので、
貴族たちは、彼女のそばに
行くこともできないのに、
誰だか知らない女が
皇帝のそばにいて、
親しそうにしているのが
気に入らない様子でした。
皇帝が近くに置いている同性の友人が
まだ侍女たちの中にも
いないということを
知っている貴婦人たちは、
さらに眉をひそめました。
最近、彼女たちは、
侍女の一人が追い出されたという
知らせを聞きました。
けれども、新たに誰かが入ったという
話は聞いていないので、
現在、侍女の席一つが
空席のはずでした。
しかし、皇帝が
他の皇室の女性と違って
侍女と親しくならないという話は
有名だったので、
これといった志願者が
いませんでした。
侍女の席は名誉な席でしたが、
それも相手の皇族と、
親交がある場合に限った話でした。
親交のない侍女の席は、
名誉だけで実利がない
曖昧な席でした。
それなのに、
誰だか分からない女が
皇帝の口からチェリーの柄を
抜いたことに気分を害しました。
人間たちが、
私を睨んでいるようですが。
捜査官のアニャは
そう呟きながら、
手に持ったチェリーの柄を
見下ろし、
大したことじゃないけれど。
と言いました。
自分のお腹を見るのに
夢中になっていたラティルは
え?
と聞き返しました。
捜査官のアニャは、
チェリーの柄を
ラティルに渡しました。
?
ラティルは戸惑いながら
柄を見つめていると、
捜査官のアニャは、
チェリーの柄を再び手にしました。
そして、
ラティルが引っ張った
あの黒髪の人間が
対抗者だろうけれど、彼とも、
あまり親しくしてはいけないと
真剣に助言しました。
しかし、ラティルは
ラナムンのくじいた足を思い出して
落ち込んでしまいました。
アニャは無意識のうちに
ラティルを慰めるところでしたが、
名前の分からない貴族と
目が合うと、
すぐに自分が訪ねてきた
2番目の目的を明らかにしました。
アニャは、
今日の午前中に、
間違って爆竹が鳴ったけれど、
本当に間違って鳴らしたのかと
尋ねました。
ラティルは、
チョコレートケーキの切れ端を
口に入れて頷くと、
秘書の話では、爆竹を塔に運ぶ途中
一つ間違えて鳴らしたそうだと
説明しました。
捜査官のアニャは
目を丸くして頷くと、
ああ、そうなんですか。
と呟きましたが、その表情が、
何か考えるところが
あるようだったので、ラティルは
どうして?
と尋ねると、
アニャは首を傾けながら、
500年前に、あのように爆竹が
鳴るのを見た覚えがあると
答えました。
500年前にも爆竹があったんだ。
ラティルは思わず感心しました。
アニャは空の皿を
隣の低いテーブルの上に
置きながら、
爆竹が問題なのではなく、
爆竹の中に、聖騎士たちが
信号として使う爆竹があった。
聖騎士たちが、
自分たち同士で位置を知らせる時に
使うものだけれど、
スパイたちがそれを利用して
散々、イライラさせられたと
説明しました。
その言葉を聞いて、ラティルは、
目で百花の居場所を探しました。
念のため、彼に、爆竹の残留物でも
確認してもらおうかと考えたその時、
ホールの出入り口から、
ざわめく声が聞こえて来ました。
ラティルは皿を置いて
立ち上がりました。
ざわめく声は、
急速に広がって行きました。
ラティルがそこへ歩いて行くと、
入口近くで、
白い制服姿の聖騎士男女5人と
近衛兵たちが対峙していました。
ラティルが、
どうしたのかと尋ねると、
近衛兵のそばにいた侍従長が
ラティルに近づき、
あの聖騎士たちが、タッシールを
緊急逮捕しなければならないと
言って訪ねて来たと答えました。
ラティルが子供の頃に
仲の良かった女友達でもいれば
その人が、自然にラティルの侍女に
なったのでしょうけれど、
ラティルは子供の頃から男勝りで
女の子が好むような遊びよりは
剣を振り回している方が
好きだっだでしょうから、
女性の友達ができなくても、
仕方がなかったのかもしれません。
ラティルは、国事以外の
心配事や悩みがある時、
人の意見を聞くことはあっても、
自分で考えて解決してしまうことが
多そうなので、
彼女に必要な女友達は、
ラティルが何も言わなくても
さりげなく優しく接するアニャや
乳母のような女性のような
気がします。
ラティルに余計なことを言って
侍女をクビになったアランデルは
今後、登場することはないと思いますが
皇帝に追い出された侍女という
烙印を押されてしまったことで
自分の評判を落とし、
良い縁談は望めなくなるような
気がします。