631話 聖騎士たちは、タッシールを緊急逮捕しに来たようでした。
◇あの姫の聖騎士団◇
ラティルはそれを聞くや否や、
やって来た聖騎士たちの中で、
団長のように振る舞う人物の前に
近づきました。
ラティルは怒った時に、声も表情も、
より冷静になるタイプでした。
ラティルは、わざと片方の口の端を上げ
とんでもない話を聞いたように、
緊急逮捕?
私の宮殿で、私の誕生日に
私の側室を緊急逮捕?
と、5人の聖騎士たちを
探るように、じろじろ見ながら、
尋ねました。
頭の中では、彼らを侮辱する言葉を
必死で考えていました。
聖騎士の一人である青い髪の男は、
わざと、この日に来たわけではなく
着いてみたら、この日だったと
ラティルに謝りました。
緊急逮捕と言っている割には、
なかなか優しい言葉遣いでした。
ラティルが答えずに
男をじっと見つめていると、
彼は自分と一行を指差しながら
自分たちは兄龍酒所属の聖騎士だ。
かなり信憑性が高く、
時間的に制約のある
通報が入って来たので、
失礼を承知で、すぐに駆けつけたと
言い訳をしました。
2階の手すりに寄りかかり、
事態を見守っていたゲスターは
確か、兄龍酒は、
あの姫のいた聖騎士団ではないかと
カルレインに尋ねました。
彼は、そうだったと思うと答えて、
頷くと、彼らを、
しっかり見張っていろと
デーモンに目配せしました。
やはり、ラティルも、兄龍酒と聞いて
ザリポルシ姫のことが思い浮かんだので
ドキッとしましたが、
そんなそぶりを見せずに、
無礼だということを承知で来たなんて、
今の神殿には自分の側室を
緊急逮捕するほどの、
権限も力も名分もないはずなのにと
ラティルはわざとバカにするような
言葉を使いました。
しかし、青い髪の聖騎士は
動揺することなく、
もちろんそうだけれど、
皇帝がタッシールを隠そうとすれば
かえって、
彼に対する疑いが強くなる。
皇帝が彼を信じるなら、
彼を調査する時間が欲しいと
言いました。
ラティルは貴族たちに目配せしながら
その信憑性の高い通報をした人は誰で、
どんな内容なのかと尋ねました。
青い髪の聖騎士は、
通報者の保護と証拠隠滅防止のために
知らせることはできないと、
丁寧に頭を下げて謝りました。
状況を見守っていた大神官は、
人々をかき分けて、
ラティルのそばに近づくと、
タッシールには何の問題もないと
言いました。
大神官に気づいた聖騎士たちは
彼に挨拶をしましたが、
青い髪の聖騎士は、
問題がなければ、
調べてみてもいいのではないかと
引き下がりませんでした。
ラティルが眉をひそめると、
青い髪の聖騎士は、
タッシールを連れて行くのが
困ると言うなら、
調査団をここへ呼んでもいいと
提案しました。
しかし、ラティルはロードで、
ロードの仲間たちの大多数が
ここに滞在しているのに、
聖騎士たちを
団体で連れて来るなんてダメだ。
そもそも、ザリポルシ姫に
偽のお守りを渡した理由は
何だったのかと思いました。
ラティルは、
ザイシン。
と、わざと大神官を呼びました。
彼が近づいて来ると、ラティルは、
自分がザイシンの世話をしているせいで
神殿に寛大になったという噂が
流れているようだと、
聖騎士たちに聞こえるように
言いました。
その言葉に、
後ろにいる3人の聖騎士たちの顔が
赤くなりました。
人前で、自分たちが、
皇帝の大神官への寵愛を信じて、
勝手に行動する者たち扱いされ、
恥ずかしそうな顔をしていました。
その時、聖騎士たちの後ろから
私たち百花繚乱も
気分が良くないです。
と、穏やかな声が聞こえてきました。
聖騎士たちが振り向くと、
彼らと同じように着飾った
他の聖騎士団の聖騎士十人が
回廊を通って、
こちらへ歩いて来るのが見えました。
声をかけたのは、
先頭の聖騎士のようでした。
兄龍酒の聖騎士たちは、
一番前に立っている
洗練された雰囲気の男が
聖騎士団長の百花だということに
気づきました。
百花は人々に注目されていても
臆することなく、平然と笑いながら、
大神官はもちろん、自分たち百花繚乱も
タッシールとは親しくしているのに、
いきなり兄龍酒が訪ねてきて、
タッシールの話を持ち出すと、
非常に不愉快だと、
厳しい言葉を吐きました。
百花は、依然として微笑みながら
面識のない聖騎士たちを
見回しました。
百花は、皇帝がロードであることを
他の聖騎士たちと
共有するつもりはありませんでした。
自分だけが知っていることで
神殿の力を養うのに
利用するつもりでした。
他の神殿のバカ者どもは、
皇帝が彼らに
友好的であろうとなかろうと、
ロードなら、
むやみに始末しなければならないと
言い出すかもしれないからでした。
兄龍酒の聖騎士たちは困惑して
互いに視線を交わしましたが、
青い髪の聖騎士は、
自分たちは、タリウムや皇帝と
対峙するために来たのではなく
別の国の誰かが通報されても
訪ねて行ったはずだ。
自分たちは、神の意思に従って
行動するだけだと、
ラティルに優しく話しました。
彼女は返事の代わりに、
ザイシンの脇腹を、
素早く一度突きました。
ぼんやりと立っていたザイシンは、
神の意思を、勝手に解釈するな。
と抗議しました。
結局、聖騎士たちは、
埒が明かないと思ったのか
また手続きを踏んでから
出直してくると言いました。
しかし、ラティルは
ダメだ!
と、断固として拒否しました。
手続きって、どんな手続きなのか?
以前は、百花が、
兄龍酒の正体を知らなかったので
戦々恐々として、
兄龍酒を受け入れました。
しかし、今は百花が、
兄龍酒について知っているし、
議長も自分たちのことを
知っているので、
この程度は強く出てもいいと
思いました。
その時、人々の間から、
意外にもタッシール本人が現われ
私は行っても大丈夫です。
と言いました。
ラティルは兄龍酒の聖騎士たちを
ほとんどやっつけたと
安心していたので、
目を丸くして彼を見ました。
タッシールは、
ラティルと兄龍酒の聖騎士たちの間を
歩いて来ると、
このタッシールは
憚ることがないので、
行って来ても大丈夫です、陛下。
と、ニヤリと笑いながら言いました。
その言葉に
兄龍酒の聖騎士たちの表情が
明るくなりました。
ラティルは、
タッシールに憚ることがないのは
当然知っている。
けれども、自分は、
彼らが不意にやって来て、
タッシールを逮捕しようとしたので
気分が悪いと、
わざと権威的な単語を選んで使い、
眉をひそめました。
しかし、タッシールは笑いながら
両腕を広げると、
自分は大丈夫。
自分に何の問題もないということが
明らかになった時、
兄龍酒の聖騎士たちが、
それ相応の補償をしてくれればいいと
言いました。
兄龍酒の聖騎士たちは
軽蔑の眼差しで、
タッシールを見つめました。
ラティルはタッシールに
一言、言おうとしましたが、
彼が自分に向かって、
素早くウィンクすると、
口をつぐみました。
何?
いきなり補償の話をしたのも
そうだけれど、タッシールは、
何か考えていることがあるの?
ウィンクで、
ラティルを混乱させたタッシールは、
行ってきます。陛下。
と丁寧に挨拶をした後、
一人の聖騎士の肩に腕を回し、
行きましょうか。
と笑いながら声をかけました。
ラティルは、ぼんやりと
彼の後ろ姿を見ました。
タッシールを彼らに渡さないために、
大神官と百花まで動員して、
口論したのに、
当の本人であるタッシールが
あのように出て来たので当惑しました。
タッシールは、
聖騎士たちがここに現れることを
知っていたようだと、
ザイシンがラティルの耳元で
囁きました。
そうみたいだけれど・・・
ラティルは片手で額を触りました。
タッシールに、
計画があるように見えたけれど、
問題は、彼の計画や考えが
こちらには
見当もつかないという点でした。
◇こっそり追跡◇
こんなことしていいの?
毛を逆立てて聞きました。
分からない。
ラティルは素直に答えると、
仮面をかぶり、
パーティー用のドレスを脱いで、
平民の女性たちが
よく着る服を着て、腕を広げると、
クリーミーは、
すぐにラティルの胸に抱かれました。
ラティルは脇腹に、しっかり
クリーミーを抱きかかえると、
窓の外へ飛び降り、
そっと塀の方へ走って行きました。
すると、
そうだと思いました。
と、遠くない所から
声が聞こえて来たので、
ラティルは、さっと
そちらへ顔を向けました。
カルレインが、トラブルメーカーを
見ているような表情で
ラティルを眺めていました。
どうして分かったの?
ラティルは後ずさりしながら
尋ねました。
カルレインは、ため息をついて、
歩いて来ると、
あの騒ぎの後、ご主人様は、
考えることがあると言って、
一人で部屋に戻った。
本当に考えることがあるなら、
ご主人様は自分たちを集めて、
色々、意見を求めたはずだと話すと、
クリーミーの足の裏を
2、3回叩きました。
やめろ!
クリーミーは抗議しましたが、
カルレインは、それを無視し、
ご主人様が
カリセンへ行くつもりだったら、
ゲスターを呼んだと思うので、
あの聖騎士たちを
追いかけようとしているのかと
尋ねました。
ラティルはタッシールを訪ね、
一体、彼が何を企んでいるのか
少しでも、聞いてみるつもりでした。
そうすれば、他の聖騎士たちを
押さえつけるべきかどうか、
じっとしているべきかの
判断材料になると思いました。
あなたは、
とても多くのことを知っています。
ラティルは訳もなく石をポンと蹴り
盾のように持ち上げると、
自分を止めに来たのかと尋ねました。
カルレインは「はい」と返事をしたので
ラティルが抗議しようとすると、
すぐにカルレインの口元が上がり、
私を共犯として
連れて行くつもりでなければ。
と言いました。
ラティルが頷くと、
カルレインは、
あっという間に塀の上に登り、
手を差し出しましたが、
ラティルは、クリーミーを
その上に乗せました。
カルレインが、クリーミーを
人形のように抱いて見つめている間、
ラティルは先に、
さっと塀を飛び越え、
早く来て!
と言いました。
カルレインは眉をつり上げました。
早く来て!置いて行くわよ!
再びラティルが催促すると、
カルレインは、
先程のラティルのように
クリーミーを脇腹に抱えて
軽く飛び降りました。
カルレインは、
ラティルの動きが、
さらに軽くなった気がすると
指摘すると、ラティルは、
それを認め、
今では、窓から
飛び降りることもできると
言いました。
カルレインは、ラティルが
覚醒し続けているに違いないと
言って、
彼女のお腹を見つめました。
ラティルは、
行きましょう。
と声をかけると、
カルレイン服の裾を振りながら、
どちらへ行けばいいと思うかと
尋ねました。
カルレインは、
傭兵団に行く。
万が一の状況に備えて、傭兵たちは
彼らが過ごす場所と
その周囲をパトロールしている。
聖騎士たちがどこへ行ったのか
見た者がいるはずだと答えました。
◇東門の近くの旅館◇
カルレインが言ったように、
傭兵たちは、5人の聖騎士たちが
どこを通り過ぎたかを
よく知っていました。
傭兵は、
聖騎士たちが東門の近くの宿屋に
馬を預けたようだ。
聖騎士たちが入って来た時からずっと
注目していたと話しました。
ラティルは、
聖騎士たちの居場所が分かるや否や
すぐに扉を蹴って出て行きました。
カルレインは、
ラティルのスピードに合わせて
走りながら、
タッシールに、
いくつか質問をするだけなら、
他の傭兵たちに
指示を出してもいいし、
自分が行ってもいいと話しました。
しかし、ラティルは、
たった5人の騎士が、
自分に危害を加えることはないと
拒否し、路地と大通りを
行き来しながら走り回りました。
ラティルとカルレインが
近くを通る度に、
人々の髪の毛が舞い上がりました。
しかし、
すいすい進んでいた足は、
首都を囲む大きな城壁の
東門付近に到着すると、
止まるしかありませんでした。
困った。
東門の近くでは、
商人や観光客を誘致するため、
旅館の数が一つや二つではなく、
「東門近くの旅館」だけでは、
聖騎士たちが、どの旅館にいるか、
特定することはできませんでした。
カルレインは、
今が夕方なら、聖騎士たちは
一晩寝てから去るはず。
しかし、昼なので、
馬を取りに行ったら、
すぐに門の外へ出る。
聖騎士たちが外へ出たら、
ラティルが直接追いかけるには
時間がかかると、
ラティルに近づいて言いました。
その言葉に、ラティルは、
これ以上、意地を張ることができず
半ば、承知しました。
ラティルは、
旅館を一つ一つ
探さなければならない。
カルレインは、
あの道の向こう側を探して欲しい。
見つけられなかったら、仕方がない。
カルレインと傭兵たちに
任せることになると言いました。
◇レッサーパンダ?◇
あれは何?
ああ、可愛い!
扉のそばから、
次々と歓声が上がりました。
タッシールは、
計画を確認しながら、
聖騎士たちが、
急いで食事するのを見て、
そちらも、チラッと見ました。
ゲスターがよく連れている
レッサーパンダのうち、
赤黒っぽい毛の方が、
いつもより目を丸くして
食堂の真ん中を横切っていました 。
クリムゾン?
なぜ、ここで
あんなことしているの?
食事をしている聖騎士たちも
呆然として、
レッサーパンダを見つめました。
その時、タッシールの後ろから
誰かが彼を呼び、
すみません。
聞きたいことがあるんですが。
と声をかけました。
そちらへ顔を向けたタッシールは、
後ろのテーブルに座った
サビを発見しました。
陛下?
ザリポルシ姫の所属していた
聖騎士団名は、
以前も出て来てはいたのですが、
ちょこっとしか
出て来ませんでしたし、
どのように訳すのが良いのか
分からなかったので、
あえて名前を出さなかったのですが
今回のお話では、
やたらと、その聖騎士団名が
出て来ましたので、
3文字の単語を1文字ずつ訳して
「兄龍酒」といたしました。
百花が所属している聖騎士団は、
マンガで「百花繚乱」と
訳されていますが、
直訳すると「百花と酒」なので、
「兄龍酒」も百花繚乱のように
素敵な名前を付けていただけるかも
しれません。
タッシールの危機に
少しも、じっとしていられない
ラティル。
とても妊婦とは思えない行動に
ハラハラしてしまいます。
もしかして、ラティルより
カルレインの方が、
彼女の体を気遣っているのでは?
タッシールは、
ラティルが思っている以上に
優秀なので、彼を信じて
大人しく宮殿で、
待っていればいいのにと思います。