395話 黒魔術をかけられていた時のクラインの記憶があることがバレてしまいました。
◇嘘◇
皇子様、私が、
おぶって差し上げましょうか?
後ろから、クラインをからかう
タッシールの声が聞こえてきました。
ラティルは
木に馬を縛りつけている紐を
わざとゆっくり緩めました。
良い香水をつけて来たから、
おんぶしてもいいですよ。
黙れ!
身体がしっかりしているので
安定しておんぶができますよ。
黙れ!消えろ!俺のそばに来るな!
そうは言っても、
身体は私のことが好きでしたよ。
ラティルは彼らに背を向けているので
声だけしか聞いていませんでしたが、
なぜか、一緒に
恥ずかしくなりました。
タッシールは、一歩も引かずに
クラインをからかい続けると、
とうとう、クラインは爆発し
悲鳴を上げました。
クラインがタッシールを
殴るのではないかと心配になり
ラティルは後ろを振り向きましたが
クラインは、
タッシールを殴る精神力も
残っていないようで、
彼は遠くへ走って行きました。
タッシールが、
面白過ぎて死にそうなのを見て、
ラティルはため息をつき、
可哀そうだから、からかわないでと
小言を言いました。
しかし、タッシールは
とても重かったと
不平を漏らしました。
ラティルは、
先程、解くふりをしていた紐を
きちんと解き始めました。
ザイシンはこの騒ぎに混ざることなく
静かにラティルの顔色ばかり
窺っていたその時、
クーベルはザイシンの後ろに回り込み
自分の膝で彼の膝の裏を打ちました。
反射的にザイシンがふらふらすると
クーベルは驚いた声で
「大丈夫ですか?」と尋ねました。
ラティルはその声を聞いて
後ろを振りむくと、
ザイシンがクーベルの肩をつかんで
立っていたので、
驚いたラティルは彼に近寄り、
どうしたのかと尋ねました。
するとクーベルが、
大神官は力を使い過ぎたと答えました。
ラティルは、ザイシンが
黒魔術にかかった兵士と
黒林暗殺者全員を治療したので、
クーベルの言葉を不思議に思わず
ザイシンのことを心配しました。
彼は、
クーベルがわき腹を軽くつねると、
少し疲れたと答えました。
タッシールは目を細めて、
蛇のようにクーベルを見つめました。
クーベルが視線を感じて、
ちらっとタッシールを見ると
彼はニヤリと笑いました。
クーベルは、
全てを見透かされたような視線に
顔を真っ赤にして、目を伏せました。
ザイシンが、
とても羨ましそうな目で
タッシールとラティルを見ていたので
こんな行動をしてしまったけれど
初めて嘘をついたので、
とても恥ずかしくなりました。
ラティルは、
ザイシンを少し休ませてから
連れて帰るので、
タッシールに、兵士たちを
連れて帰るよう指示しました。
この微妙な雰囲気の中、
本当にザイシンを心配しているのは
ラティルだけでした。
タッシールは、
大神官は神に従う方だから
仮病なんて使わないだろうと言うと
ザイシンは心臓がドキドキして
視線をそらしました。
続けてタッシールは、
クーベルも一緒に帰ろうと言って
彼の肩に手を回して笑うと、
クーベルも
心臓をドキドキさせながら
急いで歩きました。
◇うしろめたさ◇
ラティルの膝枕の上で
横になっていたザイシンは、
身体は楽なのに、
嘘でラティルの関心を引いたようで
心が穏やかではなく、
なかなか休むことができませんでした。
しかし、ラティルと目が合い、
彼女が彼の顔の近くを手で扇ぐと
心臓に風が吹いてくるようで
訳もなく笑みがこぼれました。
ラティルは、
ザイシンが演説をする姿は
本当に格好良かった。
愛されるために
生まれてきた人だと思ったと
話しました。
実はラティルは、
ザイシンが演説する場面を
見ていなくて、ラナムンから
「よくできた」と
感想を聞いただけでした。
しかし、ザイシンが
あまりにもラティルの顔色を
窺っていたので、
演説の話をしたのでした。
ザイシンは、
ラティルが自分の演説を
聞いていなかったことを
知っていました。
演説中ずっとラティルを探しましたが
見つからなかったからでした。
けれども、それは、ラティルが
人波に流されたせいでした。
それでもザイシンは気分が良いので
ラティルの手をそっと握って
笑いました。
彼女も彼の背中を軽く叩きました。
◇クラインの疑問◇
クラインは逃げて来ましたが、
次第に腹が立って来ました。
タッシールに抱き着いたのは
黒魔術の影響のせいで、
彼がラティルに見えたからであって
タッシール本人だと思って
抱き着いたわけでは絶対にないし、
おまけにあの時は酒に酔ったように
意識が朦朧としていました。
クラインは、
敵の計略に陥った被害者なのに
タッシールに
やたらとからかわれたことで
怒りが収まりませんでした。
彼は、
犯人が誰であれ、ただでは置かない。
同じように仕返しすると決意し、
歯ぎしりしながら急いで歩きました。
早く部屋に戻って布団の下に隠れ、
少し落ち着いてから
タッシールにも復讐すると
考えていた時、
以前見た鷲が
ぴょんぴょん跳ねているのを見て
彼は立ち止まりました。
クラインは
楽しく飛び回っている鳥の尻を見つめ
ゆっくりと後を追いました。
ところが、グリフィンは、
クラインが自分の後を付けて来ることに
気がつき、石像のように
じっと固まりました。
グリフィンは
心臓がドキドキしました。
他の人間なら、どこかに
投げ捨ててしまうところだけれど
ロードの恋人の1人なので、
それもできませんでした。
それに、なぜ彼に自分が見えるのかも
謎でした。
グリフィンは、
クラインがさらに近づくと、
一旦空に飛び上がり、
煙突の後ろに隠れ、
クラインの様子を窺うと
グリフィンを見失ったクラインが
あちこちキョロキョロ見回しているのが
見えました。
グリフィンの心臓はぞっとしました。
なぜ自分を見ることができるのか
分かりませんでしたが、
理由がどうであれ、気に入らないので、
何か対策を立てなければならないと
思いました。
クラインは、
結局グリフィンを逃がして
宮殿に戻りましたが、
伝説に出て来る悪い鳥が
何度も歩き回っているので
ぞっとしました。
けれども、あの鳥は
ラティルのことをロードと呼んで
走っていたので、
彼女に話すのも気が乗りませんでした。
クラインは歩きながら、
ラティルがロードでない理由を
考えました。
1つ目。
ラティルを疑ってやって来た
聖騎士たちは全て帰った。
2つ目。
聖騎士団がハーレムにいて、
ラティルは神殿を支持し、
大神官が側室となっている。
3つ目。
ラナムンが対抗者であり
ラティル本人も対抗者。
4つ目。
皇帝がロードなら、
自分のようにすごいイケメンを
放っておくわけがない。
自分を何度も欲しがり、
ベッドから抜け出すこともできず
昼夜を問わず
自分は彼女のものにされる。
ロードなら、
そうなってもおかしくない
邪悪な存在だから。
クラインは、
夜ごとにロードの世話をすることを
考えていると、
妙に憂鬱になりました。
なぜ皇帝はロードではないのかと
疑問に思いました。
◇偽妊娠の終わり◇
宮殿に戻って来たラティルは、
アナッチャが飛び降りた絶壁の付近を
探してみるように、
そして、アイニ皇后が
敵に拉致されたかもしれないので、
イヤリングの片方をカリセンに送って
アイニ皇后のものであるか確認し、
もう片方は犬に匂いを嗅がせて
追跡するよう指示しました。
そしてラティルは、
使節団が到着する前に、
あらかじめヒュアツィンテに
手紙で簡単に状況も知らせました。
その後、ラティルは
苦労した兵士たちを労うと
すでに夜遅くなっていました。
そろそろ、
休む時間ではあるけれど、
ラティルは
解決しなければならないことが
もう一つありました。
ラティルは、
そろそろ自然流産したと発表すると共に
本当の妊娠も
準備しなければならないと思い、
疲れていると言い訳をして
宮医を呼び、乳母も同席させて、
その話をすることにしました。
後継者の話を聞いて
目を丸くした宮医はラティルに
本気で話しているのかと
尋ねました。
ラティルは、
国内外で混乱が起きているので
後継者がいた方がいいと思うと、
あらかじめ考えていた通りの
意見を述べました。
実は宮医は
国が混乱している中、
後継者がいない方が
良いのではないかと考えていました。
しかし、このような問題は
皇帝自ら決めることであり、
彼女が口出しすることではないので
納得したように頷きました。
ラティルは、
どうすれば自然に
流産したように見えるかと尋ねました。
宮医は、お腹が痛いと言って
自分を呼んでくれれば、
処理をすると答えました。
◇我慢の限界◇
その時刻。
アニヤドミスは棺の上に座って
日光を浴びながら
パンを食べていました。
ずっと血を飲んでいないのに、
大丈夫なのだろうかと、
アニヤは心配そうに
その様子を見ていましたが、
アニャドミスは、
少なくとも見た目は
問題なさそうに見えました。
そこへ、ロードと呼びながら、
狐の仮面が歩いて来ました。
アニャドミスは期待に満ちて
立ち上がりましたが、
彼が一人で来るのを見て
がっかりしました。
アニャドミスは、
カリセンの皇后の命を奪って来いと
言ったのに、なぜ1人なのか。
頭でも持ってくると思ったのにと
非難すると、
狐の仮面は肩をすくめ、
カリセンに行ってきたけれど、
皇后はいなかったと報告しました。
アニャ·ドミスはアニャを見て、
彼女が始末したのかと尋ねました。
アニャ慌てて首を横に振って
否定しました。
アニャドミスは眉をひそめて
狐の仮面に
皇后はどこへ行ったのかと尋ねました。
狐の仮面は、
どこかに拉致されたと答えました。
アニャドミスの顔が歪みました。
皇后が拉致されて
他の所で死ぬのは構わないけれど、
死ななければ、彼女が死ぬまで
待たなければなりませんでした。
それはあまりよくないことでした。
アニャドミスは、
すでに棺桶の中で飽きる程待ったので
もう長く待つのは嫌でした。
アニャドミスは、皇后が
どこに行ったか分からないのかと
尋ねると、狐の仮面は、
カリセン人たちも混乱していると
答えました。
それを聞いたアニャドミスは立ち上がり
歩き出しました 。
驚いたアニャは
彼女の後を付いて行きながら
どこに行くのかと尋ねました。
アニャドミスは、
敵の息の根を止めたいのに、
敵がどこにいるのか分からないので、
欲しいものを手に入れると
答えました。
アニャは、
カルレインを迎えに行くのかと
尋ねました。
アニャドミスは、
自分はたくさん我慢したし、
彼に別れの時間は
十分与えたはずだと答えました。
アニャはアニャドミスの腕を
掴みましたが、
彼女はアニャの手を振り切って歩き、
洞窟から出て行きました。
狐の仮面はその様子を見て、
仮面の下で楽しそうに笑い、
カルレインは
どうするつもりだろうかと
考えました。
アニャドミスが走って行ってしまうと
アニャは急いで
狐の仮面の方に走って来て、
アニャドミスを
止めて欲しいと頼むつもりでしたが、
狐の仮面も消えていました。
アニャは両手で頭を抱え、
途方に暮れました。
タッシールにからかわれて
可哀そうなクライン。
でも、ラティルと2人だけで
出かけられるチャンスをつかみ、
何としてでも、
彼女の心を自分のものにするために
彼なりに一生懸命だったのだと
思います。
せめて記憶がなくなっていれば
良かったのにと思います。
そして、最初、ラティルが
ロードかもしれないと思った時は
不安を感じていたのに、
自分勝手なロードの定義を
作り出し後は、
ラティルがロードであることを
願っている。
とにかく、クラインは
ラティルの心さえつかめば
彼女が何であろうと
関係ないのだと思います。