394話 相変わらず兵士たちは、黒魔術の影響を受けています。
◇イヤリング◇
ラティルは馬を引いて
東門に向かう途中、
まだ兵士たちが右往左往し、
互いに相手に向かって
変な言葉を吐き出している所へ
到着しました。
ラティルは舌打ちをし、
さっさとそこを
通り抜けようとしましたが、
もしも黒魔術の効果がずっと続けば
相次いで被害を受ける人が
出てくるのではないかと思いました。
黒魔術は分からないけれど、
一般の魔法であれば、
地面に罠のような魔法を仕掛ける時、
何かを媒介として使うと
聞いたことがあるので、
ここにも、そのようなものが
あるのではないかと思い、
ラティルは注意深く
地面や木などを見ながら
不審そうに見えるものは
すべて位置を移してみました。
そうしているうちに、
草と草の間に、イヤリングが
結ばれているのを発見しました。
これは絶対に
落とした物ではありませんでした。
ラティルは、これかと思い、
イヤリングを結んである草をちぎって
イヤリングを持ち上げましたが
兵士たちに変化はないので、
魔法とは関係ないようでした。
しかし、誰かが故意にイヤリングを
ここに結んでおいたのは
間違いないく、おまけに
このイヤリングは見つけにくいように
隠されていました。
ラティルは、
素朴なデザインだけれど、
中にちりばめられた宝石は
かなり高そうなイヤリングを
ポケットに入れて
再び馬に乗り込みました。
その後、ラティルは
ザイシンが担当している区域へ行き
犯人を発見して追っていたところ、
兵士たちが黒魔術にかかったので
一度見て欲しいと頼みました。
ザイシンは、
自分が担当していた区域の
守備のことを心配しましたが、
ラティルは敵が逃げたので、
聖騎士たちに任せればいいと
返事をしました。
ザイシンは、
クーベルだけを連れて行くことにし
ラティルは、
ザイシンとクーベルが
乗る馬を用意するために、
2人を警備兵の
監視所に連れて行きました。
ところが、そこへ到着した頃、
不法旅館を捜索する際に
付いて来た兵士が
ラティルの所へ走って来て、
旅館に残されていた物について
報告しましたが、
その中に片方だけのイヤリングが
ありました。
ラティルは、ポケットに入れておいた
イヤリングを取り出し、
こんな感じだったかと尋ねました。
兵士は「それです」とすぐに答え、
ベッドとヘッドボードの間に
落ちていたのを見つけたと
伝えました。
ラティルは、そのイヤリングを
持って来るよう指示しました。
クーベルが馬を2頭借りるために
監視所に入り、
兵士がイヤリングを取りに
走っている間、ラティルはザイシンに
容疑者を追跡していた時に、
このイヤリングを見つけたことを
話しました。
ザイシンは驚いて目を丸くし、
本当に物をよく落とす容疑者だと
返事をしたので、
ラティルは眉をひそめて
ザイシンを見つめました。
彼はラティルの額のしわを広げながら
皇帝はよく顔をしかめると言って
明るく笑いました。
ラティルは、拉致された人がいて
その人がわざとイヤリングを落とした。
旅館に落ちていたイヤリングと
自分が拾ったイヤリングは同じもので
それぞれ、別々の場所に、
しかも、見つけにくい所に
隠してあったと説明しました。
ラティルは、
アイニが拉致されたと
ヒュアツィンテが知らせて来たのを
思い出しました。
そして、ダガ公爵が
アナッチャを匿っていたことから
拉致されているのは
アイニ皇后かもしれないと
自分の推測を述べました。
馬を借りて来たクーベルは
目を見開いてラティルを見つめ、
ザイシンは、
自分が犯人であるかのように
本当なのかと、
声を低くして尋ねました。
ラティルはイヤリングを
ポケットに戻しながら、
間違いであって欲しい。
自分たちは仲が悪いので、
アイニが自分に
助けを求めているとしたら
状況が本当に悪いということだと
沈んだ声で告げました。
◇腕まくり◇
兵士たちが混乱に陥っている場所に
到着する前から、
ザイシンは腕をまくり上げました。
ラティルが、
袖からのぞく太い腕を眺めると、
ザイシンは微笑み、
もっとよく見なさいと
腕を目の前に差し出しました。
ラティルは腕を見ていたのではなく
ザイシンが、兵士たちの状態を
まだ見ていないうちから、
叩く準備をしていると
思っただけだと言い訳しました。
ザイシンは、
黒魔術についてよく知らないので、
そのような時はショック療法が最高だと
言いました。
全く大神官らしくない言葉でしたが
実際に、効果があることを
知っているラティルは
これ以上、止められませんでした。
その代わりにラティルは
いつもザイシンのそばで
憎たらしいことを言っていた
クラインが、その報いを彼の一発で
受けることになるかと思うと
クラインに哀悼の意を表しました。
そうしているうちに、クーベルは
森の中でうろうろしている
兵士たちを発見し、
ため息をつきました。
兵士たちは
ラティルとザイシンが来たのに、
誰も彼らの方を見向きもせず、
互いに相手に向かって
戯言ばかり言っていました。
相手に刀を向けるよりは
はるかに、ましだけれど
人数がとても多いので、ラティルは、
心配そうにザイシンを見て、
全員治療できるかと尋ねました。
彼は、
心配しないようにと頼もしく答え、
馬から降りました。
彼がさらに腕をまくりながら
歩くのを見て、ラティルは、
どうしても見ていられなくなり
場所を移動しました。
◇記憶◇
騒がしい所から少し離れた場所に
馬を縛ると、ラティルは
クラインとタッシールを
探し回りました。
ラティルが大声でタッシールを呼ぶと
クラインを背負ったままの
タッシールが現われました。
彼は先ほどよりも、
目の隈がひどくなっていました。
タッシールはラティルを見るや否や
疲れ果てた様子で、
皇子が背中から離れてくれないと
嘆きました。
ラティルは、
ウサギのようにぐっすり眠っている
クラインの顔を見て笑い、
タッシールの背中が
気持ちいいみたいだと告げました。
タッシールは、
クラインを下ろそうとすると、
自分の頭を壊しそうになるくらい
抱きしめると不平を漏らしました。
ラティルは、
ザイシンを連れて来たので
もう少しだけ我慢して欲しい。
すぐに彼が治療してくれると
話しました。
タッシールは、
それは本当に幸いだと言って
ため息をつき、疲れ果てた目で
ラティルを見つめました。
彼女はそれを見て、罪悪感を覚え
彼の頬を両手で押し、
タッシールは苦労していると
労いました。
タッシールは、
抗議しようとしましたが、
ラティルと目が合うと、
いつもの余裕のある笑顔を見せました。
それを見た瞬間、
ラティルは何となくぎこちなくなり
彼のお腹のあたりを指で掻きました。
タッシールの目が、さらに曲がり、
自分を挑発しているのかと尋ねました。
思わず、ラティルの口元が上がり、
何か言おうとした瞬間、
急に後ろから、ものすごい音がして
タッシールは目を見開いたまま
前に倒れました。
ラティルはタッシールが
後ろから剣で
打たれたのかと思いましたが
そこに立っていたのは大神官でした。
ザイシンは
クラインも調子が悪いと聞いていたので
背中を叩いたけれど、
タッシールが倒れるとは
思わなかったと、
照れくさそうに言いました。
クラインを叩いた衝撃が
タッシールにまで及ぶなんて、
ラティルは、大神官の腕は
ほとんど対抗者の剣のレベルだと
思いました。
クラインの下敷きになっている
タッシールは、
自分の脊椎が無事かどうか
心配していました。
ラティルが、
大丈夫そうに見えると
答えている間に、ザイシンは
タッシールの背中から
クラインを剥がしました。
タッシールは
震えながら立ち上がりました、
ラティルは、
彼との間に芽生えた
秘めやかで、くすぐったい雰囲気が
消えたことに気づきました。
ラティルは、ふと
ザイシンが2人のライバルを
わざと一撃で
倒そうとしたのではないかと
疑いました。
彼は、傷一つ残さず
相手を傷つけることができる
唯一の人だからでした。
しかし、ザイシンは、
ラティルが、そんな疑いを持ったことを
恥じるくらい、
真剣にクラインの様子を見ていました。
鈍い熊が、わざとあのタイミングで
誰かを強く叩くわけがないと
ラティルは彼を疑った自分を
責めました。
クラインは気絶しているように
見えたので、ラティルは
大丈夫かと尋ねましたが、
他の兵士たちは、
全員、目を覚ましたという
大神官の言葉通り、
クラインも約30秒後に
ゆっくりと目を開けました。
少し苦しそうな顔をしていましたが
目は冴えていました。
ラティルは慌ててクラインに
正気を取り戻したかと尋ねると
クラインは腰を触りながら
背骨が折れた感じがするけれど
大丈夫だと答えました。
それからクラインは
腰をさすりながら
ゆっくりと立ち上がりました。
クラインの平然として
落ち着いている様子から、
彼は黒魔術にかかっていた時のことを
全く覚えていないようでした。
ラティルは、
ちらっとタッシールを見ると、
彼は、クラインが
黒魔術にかかっていた時のことを
彼に知らせるかどうか
迷っているようでした。
タッシールが
目を細めているところを見ると、
クラインをからかいたいと
思っているようでした。
ラティルは「止めなさい」と言って
首を横に振ると、
タッシールは残念なのか
唇を尖らせて、肩をすくめました。
その姿が可愛くて、
ラティルは笑いながら横を見ると、
腰の痛みに集中するふりをして
眉をひそめていたクラインの耳が
とても赤くなっていました。
彼は黒魔術にかかっていた時のことを
全て覚えていて、恥ずしさのあまり、
必死に知らないふりを
しているのは明らかでした。
ラティルは、それに気づくと、
自分も恥ずかしくなり、
慌てて彼から目を背けました。
こういうことは、知らないふりを
してあげなければならないと
思った瞬間、
クーベルが駆けつけ、
幸いにも皆身体の調子も良く、
黒魔術にかかっていた間の記憶もある。
全員無事で、副作用もなさそうだと
明るい声で報告しました。
クラインは硬直しました。
ラティルは、すぐに
木に縛っておいた馬を解きに
走って行きました。
空気の読めないクーベル(^^;)
ラティルたちの所へ来る前に、
他の人々が、
黒魔術にかかっている間の記憶を
覚えていて、
それを恥ずかしがっているのを
見ているはずなのに、
ラティルたちの前で
話してしまうなんて!
でも、黒魔術にかかっている間の
記憶が全くないと、
一体、自分は何をしていたのか
不安になると思いますし、
誰かに、こんなことをしていたと
言われれば、それが嘘であっても
信じざるを得なくなります。
それくらいなら、
たとえ恥ずかしくても
覚えていた方がいいのかもしれません。
記憶を失わず、皆無事で
副作用もないのは
とても良いことなので、
クーベルは素直に喜びを
表しただけなのかもしれません。