582話 クラインはラティルと一緒に長生きすることを望んでいます。
◇魂はどうなる?◇
ラティルは、
思いも寄らないクラインの話に
しばらく言葉を失いました。
見かねたカルレインは、自分が
クラインを吸血鬼にすると言って
立ち上がりましたが、クラインは、
自分は血を飲むのが嫌だし、
カルレインのように
身体が冷たくなるのも嫌だと
きっぱり断り、
吸血鬼にするのは、
ラナムンやタッシールにしろと
言いました。
クラインの言葉に
タッシールとラナムンは、
当惑した表情で彼を見ました。
しかし、クラインには、
たとえ、ラナムンとタッシールが
吸血鬼になって
皇帝のそばに残るとしても、
最後に温もりを持って残るのは
自分だけだという計画があったので、
彼はニヤリと笑って
顎を持ち上げました。
クラインの言葉に、
ラティルと他の側室たちは
呆然としました。
しかし、議長は軽く拍手をしながら
実に計画的な純粋さだ。
自分のことしか考えない、
利己的な姿に感嘆するほどだと
言いました。
皮肉を言っているように
聞こえましたが、議長の表情は
本当に純粋に感嘆しているようで、
褒め言葉なのか侮辱なのか
曖昧でした。
クラインは眉をひそめて
議長を見つめましたが、
彼は、少しも委縮することなく、
長い人生を楽しく受け入れる部類も
確かに存在するし、
手に負えず苦しむ人もいると
楽しそうに話し、
今、自分がどちらなのかわかるかと、
議長はクラインに尋ねました。
彼は、
よく食べてよく寝るだけでも楽しい。
それに1人ではなく皇帝が一緒なので
当然楽しいと自信満々に答えました。
その傲慢な態度に議長は笑いました。
議長は、今度はラティルを見ながら
どう思うかと尋ねました。
ラティルはため息をつきました。
クラインが、
もっと慎重だったらいいと思うけれど
本人があのように言っているのに
むやみに反対することも
できませんでした。
むしろ、クラインが
大義のために自分を犠牲にすると
言うのであれば、
どんなことを言ってでも止めたはず。
しかし、本人が
喜んでやると言っているので、
むしろ、止めたりすれば
彼に申し訳ないと思うに
違いありませんでした。
結局、ラティルは
クライン本人が
あれだけ望んでいるのならと
返事をして、引き下がりました。
クラインは、ニヤニヤ笑いながら
ラナムンに、
「見たでしょう?」という
ジェスチャーをしました。
ラナムンは、
本当に愚かな皇子だと思い、
瞬きもせず、
顔を別の方へ向けると、
自分をじっと見つめていた
議長と目が合ったので、
眉をしかめました。
議長は明らかに
ラナムンを見ていましたが、
彼に話しかける代わりにラティルに、
クラインの魂で
先代ロードの身体を封印する。
その後、狐の仮面と自分が
先代の対抗者の魂を抜き、
大神官は、その魂を浄化すると
説明しました。
大神官は目を丸くして
事態を見守っていましたが、
自分の話が出て来ると、
すぐに頷きました。
議長はラティルを見ながら
これで大丈夫かと尋ねました。
ラティルは、わかったと
答えようとしましたが、
その前に、タッシールが
そっと手を挙げました。
議長がそちらを見ると、
タッシールはニコニコ笑いながら、
重要なことも話して欲しい。
取り出したその魂はどうなるのかと
尋ねました。
ラティルも、
確かにそうだと思い
議長を見つめました。
彼の目は笑っていませんでしたが、
口角だけ上げると、
あまりにも当然のことなので、
説明しなかったけれど、
当然、転生し続けると答えました。
その言葉に、
カルレインは眉をひそめながら
それでは500年後に、
再び転生したその者と
戦わなければならないのではないかと
尋ねました。
しかし、会話に割り込んだメラディムは
そうではない。
500年後には、今の対抗者が
対抗者でない可能性が
高いのではないかと尋ねました。
議長は自分に視線が集まると、
半分、立ち上がった身体を
再び座らせながら、
そのまま転生させれば、
来世では対抗者ではない。
それに、
魂が半分に分かれたままなので
弱く生まれて
長生きすることができずに
死ぬだろうと答えました。
すると、すぐにラナムンは
残った対抗者の力は
どうなるのかと尋ねました。
議長は机を2、3回叩くと、
仕方がないといった様子で、
自分の考えでは、
対抗者の魂と残った力が
合わさって
転生するのではないかと思う。
不完全な力と不完全な魂が
すでにペアを組んでいる状況なので
身体が弱く
生まれることはないだろうと
答えました。
その言葉にラティルは当惑し、
それではカルレインの言葉のように
500年後に、
また同じ状況になるのではないか。
再び、対抗者が現れ、
戦いが起こるのではないかと
尋ねました。
もちろん、ラティルは
ロードと対抗者についての伝説を、
自分が政権を握っている間に
最大限、変える計画でした。
でも、念のため、アニャドミスが
対抗者の力を持ったまま
転生することは防ぎたいと
思いました。
しかし議長は「何が心配なのか」と
言うかのように、
今度のことで、
呪いが解けたかもしれないと
平然と答えました。
ラティルは、
もし、そうでなかったらと
聞き返すと、議長は、
どうせ、次に転生する時は、
今より、ずっと弱くなっているはず。
ラナムンとアイニが
同時に死なない限り、
対抗者の力は、
常に3つに分かれたまま、
別々に転生して行く。
それならば、十分皇帝が
相手にできるのではないかと
答えました。
しかし、ラティルは、
そのように考えると、
魂と力を
まとめて転生させようが、
別々に転生させようが、
違いがないのではないかと
反論しました。
議長は、
自分の力では、
別々に転生させるのは難しいし、
皇帝にとっても
まとめて転生させた方がいい。
来世に、どんな姿で生まれるか
知る方法があるので、
そうすれば備えやすいだろうと
言いました。
タッシールは、
魂をなくすことはできないのかと
尋ねました。
議長は笑って、
それができるのは神だけだと
答えました。
サーナット卿は、
壺のような所に、
魂を留めておくことはできないのかと
尋ねました。
議長は、
割れると思うと答えました。
ラティルは腕を組んで
議長を見つめながら、
彼の言葉に反論するために
頭を働かせました。
しかし、今のところ、
言えることはないし、
他に方法もありませんでした。
議長の言うことに従うのは
不安だけれど、
彼の言うことに従わなくても
不安の余地は残っていました。
結局、ラティルは頷きました。
もしもラティルが
クラインの主張のように
長い年月を生きることになれば、
次のロードは生まれない。
一方、対抗者は、
はるかに弱くなったまま
生まれるだろう。
ラナムンが吸血鬼になって
そばに残ると言うなら、
弱くなったまま転生する
対抗者は2人。
そのうち1人の位置を
把握しておくことができれば、
こちらに役立つはずでした。
ラティルは、
そのようにすると返事をすると、
議長は、賢明な選択だと
優しく話して、立ち上がり、
それでは、今すぐ進めようと
言いました。
ラティルが「もう?」と尋ねると、
議長は、
いつ意識を取り戻すか
わからないからと答えました。
◇再び地下牢へ◇
ラティルと
ロードの仲間たち全員が
ラティルの部屋に入りました。
通りかかった神官たちは、
どっと集まって移動する人々を
チラチラ見ましたが、
ラティルは視線を正面に固定したまま
彼らを自分の部屋に入れました。
部屋の中に入ると、
ベッドに横になっているギルゴールと
ソファーに寝そべっている
アニャドミスが見えました。
それを見た議長は、
好き嫌いがはっきりしていると
笑いながら冗談を言いましたが、
ラティルは真顔で、
これからどうすればいいのか話せと
要求しました。
議長はしばらく考えた後、
狐の仮面を見ながら、
封印された身体を
隠せる場所があるかと尋ねました。
しばらくして、
ロードの仲間たちと議長は
狐の穴を通って移動しました。
狐の仮面が
彼らを連れて行ったのは
意外にもクリーミーと出会った
地下牢でした。
ラティルは地下牢に戻ると、
狐の仮面が杖を抜くのが
遅れた理由がわかりました。
長い時間が経ち、
地形が変わったからでした。
500年前にラティルが見た
地形が消えて、
すべて平らになったのか、
クリーミーと狐の仮面が、
洞窟の壁をあちこち掘り起こし、
杖を探した跡がいっぱいでした。
壁にモグラの穴のようなものが
あちこちに開いているのを見て、
あれは、何なのかと
クラインが戸惑って呟くほどでした。
ラティルは議長を見ました。
彼はきょろきょろしていましたが、
平らな石のベッドのような場所を
見つけると、そこを指差しながら
アニャドミスを寝かせてと
指示しました。
ラティルは言われた通りに
アニャドミスの身体を横たえました。
彼女は目を開けたまま、
ぼんやりと宙を見ていました。
ふと、ラティルは、彼女が
このすべての話を聞いているのか、
それとも眠っているように
何も知らない状況なのか
気になりました。
議長はクラインを呼びました。
クラインが近づくと、
議長はアニャドミスの額の上に
手を置くよう、
クラインに指示しました。
彼は言われた通りにすると、
議長は
ラティルと他の人たちを見回し、
しばらく席を外して欲しいと
頼みました。
しかし、誰も退かないので、
議長は微笑みながら、
全員が巻き込まれても良ければ
いても構わない。
今回は、どのようなエラーが
発生するのか気になると言うと、
ようやく、皆その場を離れました。
しかし、部屋の外に出ても、
全く安心することはできず
ラティルは石の壁にもたれかかり、
イライラしながら
クラインのいる部屋の方を
見つめました。
そして、10分ほど経った頃、
石の扉が少し開き、
「もういいです」と
議長の声が聞こえたので、
ラティルは、急いで中に入りました。
幸いにもクラインは、
ひどく不機嫌そうな顔をして
立っていました。
驚いたラティルは、
大丈夫なのかと尋ねながら
クラインに近づくと、彼は頷き、
何と言っているのか分からない
変な言葉を真似するよう
言われたけれど、
きちんとできたのかどうか
わからないと答えました。
ラティルは、
百花を連れてくれば良かったと
思いました。
そうすれば、
きちんとできたかどうか
確認できたと思いましたが
百花は、まだ味方というには
曖昧でした。
百花は、500年周期の怪物出現が
ロードと関連がないことがわかれば
ラティルと敵対しないと言いました。
そして、ラティルはこの点について
まだ、推測しているだけで
証明していませんでした。
その間、議長は
ブツブツ文句を言うクラインを
しばらく気に入らないといった目で
見ていましたが、今度は狐の仮面に、
魂を取り出すには
狐の仮面の助けが必要だと言いました。
ラティルは、
また、自分たちは
席を外さなければいけないのかと
尋ねましたが、幸いにも、
議長は首を横に振り、
今回は影響を受けないので
席を外さなくても大丈夫だと
答えました。
ラティルは、
アニャドミスが首にかけている
骸骨のネックレスを見て、
以前、ゲスターが、
骸骨にアニャドミスの魂を
引き入れたことを
思い出しました。
あの時のようにしたら、
ダメなのかと思いましたが、
すぐにラティルは、
ダメだということを自ら悟りました。
そうすれば、
アニャドミスとアイニが一緒に死に、
その後は1/2の力を持つ対抗者が
誕生するからでした。
たとえ、そうなったとしても、
あの時は、アニャドミスから
ロードの身体を奪うことが
先決だったので、
そのような計画を試みました。
しかし、今はアニャドミスから
ロードの身体を
返してもらっているので、
議長の言葉のように、
相手にするには1/2の対抗者より
1/4の対抗者の方がましでした。
しばらくラティルが、
そのような考えに陥っている間、
狐の仮面は、
アニャドミスの頭の辺りに行き、
持ち歩いていた杖を持ち上げて、
彼女の頭の部分を軽く叩きました。
すると、アニャドミスが
身体を大きく
2、3回捻ったかと思うと、
ネバネバした星のようなものが
杖に絡みついて引っ張り出されました。
ラティルは目を丸くしました。
それが出て来ると、
ずっと大きく開いていた
ドミスの瞼が、ゆっくり閉じました。
その姿は、ドミスの肉体が
ようやく安息と平和を
取り戻したように見えました。
ラティルはチラッと
カルレインを見ました。
彼の表情に
大きな変化はありませんでしたが
安堵したように見えました。
ラティルは、
再び議長と狐の仮面を見ました。
議長は狐の仮面が外に取り出した、
ネバネバした星のようなものを
両手で持っていました。
議長は「泥のようだ」と呟くと、
それを手にしたまま、今度は大神官に
浄化と祝福を要求しました。
大神官はすぐに近づき、
そのネバネバした星に
霧のような神聖さを送り込みました。
ラティルは目を丸くしました。
あのような「手続き」をなぜするのか
疑問に思っていましたが、
ネバネバした星が神聖力を受けると、
少し透明感が
強くなったような感じがしました。
雨の日に、
窓ガラスを拭いた前後のようでした。
不思議に思いながら、
その様子を見ていた時、
突然、議長はそれを片手で挙げ、
自分のもう片方の手の親指を噛み
血を出した後、
星の上に何かを書き始めました。
何をしているのかと
ラティルが驚いて叫ぶと、
議長は、
大したことではないというように
手を離しながら、
痕跡を残したと答えました。
ラティルは「痕跡?」と
聞き返すと、議長は、
こうしておけば、転生した時に
すぐに見分けることができる。
額に金色の模様があるはずだと
答えると、ニッコリ笑って
突然、両手を離しました。
ラティルは、つい魂を
捕まえようとしましたが、
魂は議長が手を離すと、
落ちるのではなく、
そのまま消えてしまいました。
ラティルが、
その姿をぼんやりと見ていると、
議長は笑いながら、
これで、ほとんど全てが終わったと
言いました。
ラティルは、その言葉の意味が
分かりませんでしたが、議長は、
それでは陛下、
今度は正しい選択をしてください。
では、これで。
と言いました。
明けましておめでとうございます。
いつも、お読みに来ていただき
ありがとうございます。
語彙緑に乏しく拙い文章で恐縮ですが、
今年も、頑張って書きますので
よろしくお願いいたします。
タッシールとラナムンが
魂と対抗者の力の転生について
尋ねなければ、議長は
アニャドミスの魂が
対抗者の力を持ったまま
転生することを
隠しておくつもりだったでしょうし、
メラディムが
対抗者が対抗者に転生するとは
限らないと言った時は、
それに同調しながら、
後で、その主張を覆したりと、
その時々で、話がコロコロ変わる議長は
全く信頼ができません。
それに議長は、
この先に何が起こるのか分かっていて、
それを面白がっているふしも
あります。
タッシールでも議長の話術に
騙されてしまうのは、
魂とか転生とかいう話が
まだ、タッシールには
馴染みがないせいなのかなと
思いました。
魂と対抗者の力の転生の理屈は
よく分かりませんでした(^^;)
対抗者のアニャが死んだ時、
盟約のせいで、
アニャの魂と対抗者の力は
2つに分かれてしまった。
魂の1つはアイニに転生し、
もう1つは
ドミスの身体に閉じ込められた。
ラナムンは、
対抗者のアニャ以外の人物の転生だと
思いますが、なぜ、ラナムンが
対抗者の力の半分を受け継ぎ、
残り半分をアイニとアニャドミスが
受け継いだのかは謎。
本来、対抗者の力は
全てラナムンが
受け継ぐところだったのを、
盟約のせいで、
対抗者の力が分裂してしまい、
ラナムンは半分した
受け継げなかった。
残り半分は
ドミスの身体に
閉じ込められるはずだったのが
議長の理屈によれば、
半分だけの魂は弱いので、
魂を分け合ったアイニに
対抗者の力も受け継がれたと言う
ことなのでしょうか・・・
議長のうさん臭さとは対照的に、
他の人の反感を買うことがあっても
何も隠し事をせず、
自分の思ったことを言うクラインは
やはり、純粋なのだ思います。