528話 アニャドミスは、対抗者の魂と同じ顔の青年が誰なのか、彼に尋ねましたが・・・
◇一卵性双生児◇
青年はアニャドミスの質問に答えず、
部屋の中に入ると、
アニャドミスが彼の私物に
手を出していないか調べるかのように
キョロキョロしただけでした。
アニャドミスは扉の外を見ました。
議長は中に入らず、
手を後ろで組んで立っていました。
アニャドミスは、
チラッと青年をもう一度見つめた後、
部屋の外に出ると、議長に、
彼は誰なのか。
なぜ最初の対抗者と
顔が同じなのかと尋ねました。
議長は微笑みながら、
答えが顔に書いてあるのではないかと
答えました。
ぱっと見て分かるはずなのに、
なぜ聞くのかという口調でした。
アニャドミスは、
信じられないといった口調で、
「一卵性双生児ですか?」と
聞き返しました。
彼女も、あの青年の顔を見るや否や、
双子ではないかと思いましたが、
最初の対抗者と青年の年齢が違うので
本当に双子なのか信じられず、
議長にもう一度尋ねたのでした。
しかし、議長は返事の代わりに、
最初の対抗者の魂を出して欲しいと
頼みました。
アニャドミスは、
何をするつもりなのかと尋ねると、
議長は、
彼女に害を及ぼすことではないし、
助ける代わりに、
頼みを聞いて欲しいと言ったことを
忘れたりしていないですよね?と
確認しました。
アニャドミスは、
青年と議長を交互に見て、
クロウのお腹を押さえました。
議長の意図は、
まだ分かりませんが、
自分を狙った罠ではなさそうなので
彼の言うことに従うことにしました。
クロウはすぐに人の姿に変わり、
ポケットから小さな壺を取り出し、
蓋を開けました。
すると、壺の中から、
最初の対抗者の魂が現れました。
青年が部屋の外に出て来ました。
アニャドミスは、
同じ顔をしているものの、
1人は白黒で、
もう1人は色彩豊かな青年2人を
交互に見つめました。
この2人が双子なら、
一体何があったのか。
何があったたために、
栄えある最初の対抗者となった
彼は、すでに死んでいて、
もう1人は、
未だに、その時代の姿のまま、
長い年月を生きてきているのかと
思いました。
議長は、アニャドミスが
その答えを推測する前に
微笑みながら、
最初の対抗者に彼の命を奪わせると
明るく話しました。
アニャドミスもクロウも
目を大きく見開いて議長を見つめ、
それはどういうことなのかと
尋ねました。
◇クラインがいた!◇
その時刻、まだラティルは、
地下牢の中に入る方法が見つからず
うんうん呻いていました。
一眠りして起きたものの、
地下牢の中に入る方法は
まだ思いつきませんでした。
ドミスの夢を見たかったのに、
安らかに熟睡しただけでした。
ラティルは、夜明けから絶壁の前で
胡坐をかいて座っていましたが、
少しも進展がないことにがっかりし
手で砂利を転がしていました。
その姿を、
遠くから見ていたゲスターは
狐の穴を通って
ある食堂からパンを手に入れ、
これを食べながら考えて欲しいと
ラティルにパンを差し出しました。
彼女に負担をかけないように
他のことをしているふりをしていた
他の者たちも、いつの間にか
ぶらぶらと彼女の周りに
集まって来ました。
ラティルはパンを受け取ると、
ため息をつき、
いくら記憶を探ってみても、
何も思い浮かばないと呟きました。
ゲスターは、
普通、前世の記憶は
知らなくて当然だと
ラティルを慰めました。
しかし、ラティルは、
自分は普通のケースではないので、
きっと一部を覚えているはずだと
返事をしました。
そうは言っても、ラティルは
実際に記憶しているのではなく
夢で見ただけでした。
ラティルはため息をつくと
いくら努力しても
入る方法が見つからなければ
仕方がないので、
捨て身の策を講じるしかないと
言いました。
ゲスターは
「捨て身の策」という言葉に驚き、
それは何なのかと尋ねました。
ラティルは、
文字通り、最も窮地に
追い込まれた時に使う方法だ。
命がけの戦術なので、
この試みがうまくいかなかったら
死んでしまうと答えました。
その言葉にゲスターは、
持っていたパンをすべて落としました。
そして、クライン皇子のために
命を賭けるのかと尋ねました。
しかし、ラティルは、
死ぬのはクラインだと答えました。
レッサーパンダは口をポカンと開け、
なぜ、あのロードは
人の命をかけるのかと呆れました。
しかし、驚いたのは、
レッサーパンダだけなのか、
しばらく瞳をキョロキョロさせていた
ゲスターも、
とりあえずやってみるように。
危険だけれど、
皇子様を救うためには
何でもやってみないといけないと
か細い声で同意しました。
ラティルが
「そうかな?」と確認すると、
ゲスターは「もちろんです・・・」
と答えました。
ゲスターの本音が丸見えなので
舌打ちしました。
しかし、ゲスターが純真だと
固く信じているラティルは、
「そうなのかな?」と呟きながら
絶壁に近づき、
その上に手をかけました。
そして、命を懸けてでも
脱出させてみようかと言った瞬間、
意外にも、崖の中から、
「やめてください!」と言う
クラインの声が聞こえてきました。
膨れっ面で拳を握っていたラティルは
うれしそうに崖に向かって
クラインの名前を叫びました。
彼は「はい!」と返事をし、
話は全て聞いた。
安全な方法を見つけるまで、
自分の命をかけて
危険な試みはしないで欲しいと
頼みました。
ラティルは、
その話はラナムンがしたと
嘘をつくと、クラインは、
声が違うと抗議しました。
しかし、ラティルは
ラナムンが風邪を引いたと
嘘をついたので、クラインは
「ラナムンの野郎!」と
悪態をつきました。
ラティルは
鋭いラナムンの視線が
後頭部に刺さると首をすくめました。
ラナムンは
自然に自分の名前を利用した
ラティルを見下ろしながら、
風邪を引いて、
声が高くなるはずがないのに、
あんなとんでもないことを
信じるのか。バカな皇子だと
冷たくクラインに言い放ちました。
しかし、ラティルは安堵し、
自分の言うことを
信じてくれるなんて、
クラインが純粋で良かったと
呟きました。
クラインは、
全部聞こえていると叫びました。
実際にラティルは
危険を冒して
クラインを救出するつもりは
ありませんでしたが、
息詰まる思いだった彼女は、
クラインの命をかけて
危険な試みをしてみたら
どうだろうかと考えていました。
そんな中、クラインが
あんなに元気な声を
聞かせてくれたので、
ラティルはとても嬉しかったし、
声だけ聞くと、
クラインは元気そうでした。
絶壁の内側から、
このように声がよく聞こえるのが
心配でしたが、ラティルは
クラインとラナムンが
口論するのを止めると、
自分たちは今、絶壁の前にいるけれど
クラインがいる所に、
どうやって入ればいいのか分からない。
もしかして、クラインは、
どうやって、その中に入ったか
覚えているかと尋ねました。
ところが、クラインは、
ここが絶壁だということも
知らなかったと答えました。
ラティルは、
本当なのかと聞き返すと、
クラインは、
この中は絶壁とは全く違う。
気絶して目が覚めたら
ここにいたと答えました。
ラティルは、
クラインは何の役にも立たないと
文句を言うと、彼は、
自分を助けに来たんですよね?
と尋ねました。
クラインが無事であることを
確認できたのは幸いだけれど、
彼も自分が、
どうやって閉じ込められたのか
分からないので、
再び状況が振り出しに戻りました。
ラティルは腕を組み、
絶壁を凝視しながら、
今、クラインがいる場所が
どこなのか分かるかと尋ねました。
クラインは、
この中は絶壁とは違うと答えると、
ラティルは、
周りに壁や床があるだろうから、
そこを少し叩いてみて欲しい。
音がこんなによく響くのは変だけれど
声が聞こえるくらいなので、
叩く音も聞こえると思うと話しました。
すると、どこかから叩く音が
聞こえて来ました。
ギルゴールは、
音が聞こえてくる壁の前まで
一気に歩いて行きました。
他の者たちも、
そちらへ走って行くと、
本当に叩く音が、
絶壁越しに聞こえて来ました。
ラティルはうまくいったと思い、
すぐに壁の前に近づくと、
軽く絶壁を叩きながら、
クラインに、この後ろにいるのかと
尋ねました。
ところが、その瞬間、上の方から
小石がパラパラと落ちて来ました。
不思議に思って、頭を上げる前に
突然、絶壁が丸ごと揺れ始めました。
内側でも振動しているのか、
何をしたんですか!
とクラインが大声で叫ぶ声が
あちこちで鳴り響きました。
ラティルは慌てて、
絶壁が崩れかけていると叫びました。
クラインは、
言わなくても分かると叫ぶと、
ギルゴールはクラインに
早く遺言を言えと
平然と忠告しました。
クラインは、無念そうに、
クソッたれ!
俺が息の根を止めてやる!
と叫びました。
ゲスターは、
素早くラティルだけを捕まえ、
安全な場所に移動しようと
提案しました。
しかし、ラティルは、
でもクラインが!
と叫び、慌てて絶壁に
手をかけました。
クラインの命をかけて
地下牢を開く方法を探すというのは
本当にただの言葉で、
本気で彼を死なせるつもりは
ありませんでした。
その瞬間、
突然、振動が急に止まりました。
ラティルは硬い岩に手を置いたまま、
ゆっくりと目を大きく開け、
ゲスターの方を見ました。
振動が止まったようだと、
ゲスターが答える前に、
ここに扉が現れたと、
レッサーパンダが叫ぶ声が
聞こえて来ました。
残りの者たちは、
レッサーパンダが指す方へ
駆けつけました。
ラティルが手をつけた絶壁から
7メートルほど離れた所に、
本当に大きな扉が一つできていました。
このような絶壁の間にあるのが
不思議なくらい、
華麗に整えられた扉でした 。
これが地下牢の入り口なのかと
ラティルが呟くと、
ギルゴールが先に扉を開け、
中を見回し、
そのようだ。
一応入り口には罠がないので
入っても大丈夫だと言いました。
ラティルは、中へ入ると、
クラインに向かって
地下牢の中に入ったと叫びました。
ところが、クラインからは
何の返事もありませんでした。
他の者たちが入って来る間、
ラティルは何度も
クラインの名前を叫びましたが、
広い空間に音が響くだけでした。
ラティルは慌てて
ギルゴールを見ながら、
大丈夫だろうかと尋ねると、
ギルゴールは、
構造がこうなっているのか、
それとも扉が開いて、
彼が死んだのか分からないと
肩をすくめながら答えました。
その言葉にラティルは、
目を大きく見開くと、
ゲスターは
ラティルの手をそっと握りながら
とりあえず中へ入ってみよう。
皇帝の位置を覚えておくので、
危険であれば、自分が陛下を連れて
すぐに安全な場所へ行き、
ここに戻ることができると
言いました。
それを聞いたレッサーパンダは、
狐の仮面は、ロードしか助けないと
言っているように聞こえると
非難しましたが、ゲスターは
ラティルだけを見つめました。
彼女はクラインへの心配で
いっぱいでしたが、
それを見せずに頷きました。
ここへ連れてきた人たちは、
皆、強い人たちでしたが、
ラティルが怖がる様子を見せれば、
皆にその影響が及び、
士気が下がると思ったので、
彼女は覚悟を決めました。
ギルゴールも、
腰に着けていた対抗者の剣を取り出し
ラナムンに渡しました。
彼は鞘ごと剣を受け取り、
それを見つめました。
ギルゴールは目で通路を差しながら
これから何が起こるか分からないので
剣を持ち歩くように。
失くさないようにと指示しました。
ラナムンは意外だと思い、
一瞬も瞬きせずに
ギルゴールを見つめましたが、
すぐに頷いて、
剣を腰にぶら下げました。
その様子を見て、
いよいよ本当の危険が、目の前に
迫ってきたと思ったラティルは
深呼吸をすると、ラナムンに
危なくなったら、
ギルゴールに抱えてもらうようにと
指示しましたが、
ラティルの心配を他所に、
ラナムンは、すぐに嫌だと断り、
ギルゴールも拒否しました。
ラティルは、
各自で武器を整備する2人の男を見て
膨れっ面で足を踏み出すと、
分かった。
とりあえず行ってみよう。
皆、はぐれないように気をつけて。
ゲスターもタヌキも気をつけてと
言いましたが、
返事がありませんでした。
なぜ誰も返事をしないのか。
他の人ならともかく、
ゲスターまで無視するなんて
おかしいと思ったラティルは
ゲスターがいる方を振り向いて
驚きました。
ゲスターだけではなく、
レッサーパンダもラナムンも、
ギルゴールもいませんでした。
あれだけ、はぐれないようにと、
念を押したのに、
バラバラになってしまいました。
みんな、馬鹿野郎!
とラティルは嘆きました。
◇消えたラティル◇
前を歩いていたラティルが
瞬く間に姿を消すと、
ガーゴイルは困惑し、
ロードは1人で
どこへ行ったのでしょうか?
と呟きました。
神殿でギルゴールは、
死んだと思った息子に会い
激しいショックを受けた後、
息子の墓へ行きました。
神殿にいる息子(シピサ)と
対抗者の息子(セル)は
双子だけれど、
亡くなった年齢が違うので
顔は同じでも、2人が並べば
違いが分かるようです。
けれども、ギルゴールは
1人だけしか見ていないし、
久しぶりに(何千年ぶり?)に
息子に会ったので、
シピサとセルの区別がつかなくて
セルの墓へ行ったのでしょうか?
それとも、
死んだと思ったシピサが
生きていたので、
もう1人の息子のセルの墓を
確認しに行ったのでしょうか?
まだまだ謎は多いですが、
このお話しの肝である
ギルゴールの過去が
明らかになって行くのは楽しみです。
たまたまなのでしょうけれど、
議長がアニャドミスを
構ってくれているおかげで、
クラインを助ける隙ができて
良かったです。