527話 侍従長は、ラティルとラナムンが一緒にクラインを助けに行くことに反対しました。
◇侍従長の説得◇
ラティルは
何と言えばいいのか分からず、
混乱しました。
ラナムンが、
いくら絶世の美男子だとしても、
心優しい妻と子供たちのいる
侍従長まで、彼の美貌に
引っかけたのかと、
ラナムンに言うべきなのか、
それとも侍従長に、
他の側室たちが危険な所へ行く時は
そんなに反対しなかったではないかと
責めるべきなのか悩みました。
ラナムンの表情を見ると、
彼も似たような考えを
しているようでした。
ラティルは無条件に反対する侍従長と
眉をひそめたラナムンを
交互に見つめた後、
ラナムンにだけ聞こえるように
二人でよく話し合ってと
囁きました。
ラナムンはさっとラティルを振り返り、
彼女の協力を求めようとしましたが、
ラティルは、ラナムンが
付いて来たいと言ったのだから
彼が説得するようにと
告げました。
ラティルはラナムンの代わりに
侍従長を説得してまで、
彼を連れて行く気は
ありませんでした。
ラナムンは、
少し眉をしかめましたが、
プライドが高いため、
ラティルの言葉に反論しませんでした。
安堵したラティルは
ラナムンと侍従長を置いて
さっさとその場を抜け出しました。
◇すぐに心変わり◇
ラナムンが侍従長を説得している間、
ラティルはギルゴールを訪ねました。
地下牢へ行く時、
彼も連れて行くためでした。
自分一人で移動するなら、
ゲスターだけ連れて行けばいいけれど、
ラナムンを連れて行くなら、
ギルゴールが必要でした。
彼は、この件について
関心がないふりをしているけれど、
ギルゴールもアニャドミスと
対立関係にありました。
だから対抗者であるラナムンが
危機に陥れば、
その方法が普通の人たちと
同じかどうかは分からないけれど
ラナムンの世話を
することができるだろうと
ラティルは思いました。
温室の扉を開けて中へ入ると、
春先の冷たい空気とは明らかに違う
温かさを感じました。
ラティルは上着を脱いで片腕に持ち、
様々な花の間を通り抜けながら
ギルゴールを探しましたが、
2、3回、彼の名を呼んでも
耳の良いギルゴールが現れなかったので
ラティルは心臓がドキドキしました。
あの自分勝手な吸血鬼は、
また一人で出かけたのかと、
思っていると
何をしているの、お嬢さん?
と、後ろからギルゴールの声が
聞こえて来たので安堵しました。
ラティルは、
ギルゴールを訪ねて来たと答えると、
彼は、
自分と遊びに来たのかと言って、
ラティルの腰に手を伸ばすと
一気に自分の方へ引き寄せました。
強い力に、思わずラティルは
ギルゴールの足を踏むと、彼は
その状態でラティルを抱いたまま
ペンギンのように、
ヨロヨロと足を動かしました。
何をしているの?
ラティルは
ギルゴールに抗議しましたが、
温室のガラスに映った
自分たちの姿を見て大笑いしました。
ラティルは素早く正気に戻り、
こんなことをするために
来たわけではないと
ギルゴールの足の上から降りると、
彼は首を傾げ、
何をしに来たのかと尋ねました。
ラティルは、クラインが
地下牢に閉じ込められていることを
話したはずだと返事をすると、
ギルゴールは、
いつ死んだと発表するのかと
聞いてきたので、ラティルは
死んでない!
と言い返しました。
しかし、ギルゴールは、
時間の問題だと言うので、ラティルは
死んでない!
不吉なこと言わないで!
どうしてしきりにクラインを
死んだことにしたいの?
と、かっと叫びました。
ラティルはギルゴールが
口元をにやりと上げているのを見て
肩を落としました。
彼は人を弄んでいる。
それよりも、なぜ自分は
何度もギルゴールに
振り回されるのか。
気をしっかり持て。
あの性悪な吸血鬼の言葉に
振り回されてはいけないと思いました。
ラティルは深呼吸をすると、
自分が直接、地下牢へ
行ってみようと思うと、
ギルゴールに伝えました。
ギルゴールは、
地下牢の場所を知っているのかと
尋ねました。
ラティルは、
ゲスターが知っていると答えました。
ギルゴールは、
入り方が分からないと言っていたけれど
思い出したのかと尋ねました。
ラティルは、
まだ思い出していないけれど、
地下牢の前に行けば
思い浮かぶかもしれない。
いざとなれば、
いつもより頭がよく回るからと
答えました。
しかし、ギルゴールは
納得できないという表情で
さあ、どうかな。
と呟きました。
頭のおかしな吸血鬼が、意外にも、
生意気な返事をしなかったので、
ラティルは眉をしかめましたが、
素早く表情を明るく変えながら
ギルゴールの助けが必要だと
言いました。
ギルゴールは、地下牢へ
一緒に行って欲しいということ以外は、
全て聞くと返事をしました、
その言葉にラティルが目を丸くすると、
ギルゴールは舌打ちし
一緒に地下牢へ行けと言うのかと
尋ねました。
ラティルは、ラナムンが
一緒に行きたがっているから。
ラナムンが行かなければ
ゲスターと、
2人だけで行けばいいけれど、
ラナムンが行くので、
彼を少し守って欲しいと頼みました。
ラティルは、
ギルゴールにお願いしながらも、
彼の返事を予測できず焦りました。
ところが、地下牢には一緒に行かないと
言ってから1分も経たないうちに、
彼は「いいよ」と返事をしました。
しかし、彼の口角が微妙に
上がっているので、
ラティルは嬉しいというよりは
渋い顔をしました。
ラティルは、それでいいのかと
心配そうに尋ねると、
ギルゴールは、
さらに怪しい笑みを浮かべながら、
いつ行くのかと尋ねました。
◇いざ地下牢へ◇
どんな手を使ったのか
分かりませんでしたが、
ラナムンも侍従長を説得するのに
成功しました。
ラティルは、どうやって侍従長を
説得したのか。
絶対に行かせてくれないと思っていたと
尋ねると、ラナムンは、
クライン皇子を
探しに行って来たからといって
皇配にはなれないだろうけれど、
行かなければ、
何かと皇帝の役に立つ他の側室より
確実に順番が後になると話したと
答えました。
ラティルは、
随分、露骨な会話だったようだと
指摘すると、ラナムンは、
それが事実なので、
一番反対する人の気持ちを変えられて
良かったと言いました。
その日から、ラティルは
主要大臣や側室、母親に助けを求めて
仕事を配分した後、
地下牢に行く準備をしました。
ギルゴールはラティルに
食べ物と服を用意するよう勧めました。
ラティルは、
なぜ服を持って行くのかと尋ねると
ギルゴールは、
突然罠にかかって
水を浴びることもあるから。
面倒なら
自分の服を貸してもいいけれど、
食べるものは持って行って欲しい。
お嬢さんと一度は食事をしなければ
ならないのではないかと答えました。
ラティルは、
ギルゴールの無駄口を聞きながら
地下牢へ持っていく物を
スーツケースに詰め込み、
武器の刃を研ぎ、
万が一、地下牢の中で
バラバラになった時の対処方について
議論しました。
そして翌日、ラティルは
ギルゴールとラナムンと共に宮殿を出て
その後、森でレッサーパンダを抱いた
ゲスターと落ち合い、
すぐに地下牢の前に移動しました。
ゲスターは、サーナット卿は
来なかったのかと尋ねました。
ラティルは、
主な大臣たちには話したけれど、
自分は対外的に
外出するわけではないので、
人々の注目を集めないよう、
宮殿に残しておいたと答えました。
そして、ラティルもゲスターに
カルレインについて尋ねると、
彼は、
カリセンからタリウムへ戻る一行に
残っている。
自分とガーゴイルが抜けたことを
アイニ皇后から
隠さなければならないからと
答えました。
これ以上、質問が出なかったので、
ラティルは、
ゲスターと話をするのを止めて
はるかに高い絶壁を見上げました。
まさに断崖のような所でしたが、
ここは、断崖の一番下の方で、
ラティルは空を見るように頭を反らし、
終わりの見えない高さに舌を巻いて
ここが地下牢なのかと尋ねました。
地下牢の前に移動すると言って
ここへ来たのだから、
当然ここが地下牢だろうけれど、
見た目は、ただの岩に過ぎず、
門と呼べるようなものさえ
ありませんでした。
ゲスターは頷くと、
内部から気配が感じられるので
ここで間違いないけれど、
すでに話したように
中に入る方法が分からないと
心配そうに答えましました。
◇入れない◇
その後、
夜になるまでラティルは
絶壁の周りをうろつきながら
時間を過ごしました。
そうすることで、
ぱっと前世の記憶が
思い浮かぶかもしれないという
期待のためでしたが、
前世の記憶どころか、
岩の隙間の虫だけが目につき、
そのうちの一匹が
腕を這い上がろうとすると、
ラティルは手を振り、
他の人たちを見ました。
ラナムンは、ここまで来て
剣を振り回しており、
ギルゴールは、
そのようなラナムンを見守って
助言をしていました。
ゲスターと向かい合って
カード遊びをしていました。
結局、ラティルは
地下牢の中に入る方法を
見つけることができず、
地面に敷いておいた毛布に
座り込みました。
眠っている時に、
思い出せればいいのにと思いました。
アニャドミスが戻って来る前に
早くあの中に入らなければ
ならないのに、
まさかアニャドミスが、
今あの中にいたりしないよねと
考えました。
◇神殿にいる青年◇
ラティルの心配とは裏腹に、
今、アニャドミスは、
地下牢の中にはいず、
頼みを聞いて欲しいという
議長に従い、彼と移動中でした。
最初は、一面岩壁だらけの所を
通り続けましたが、
後に議長は、人で賑わう都市を通り、
その後は高い山を登りました。
まだ積もった雪が解けていない山で、
その山の上に登ると、
雪のように真っ白な
小さな神殿が見えました。
こんな所に神殿を建てて、
人々が出入りすることが
できるのだろうかと
アニャドミスは不思議そうに
議長を眺めました。
彼女は議長に、
ここへ連れて来ようとしたのかと
尋ねました。
最初の対抗者の魂を黒魔術で召喚して
到着したところが神殿だなんて、
一見、異質に思われました。
しかし議長は、すぐに
「そうだ」と認めました。
カラスに変身している
黒魔術師がビクッとしたので、
アニャドミスは、
肩に座っているカラスの
お腹を撫でながら、
最初の対抗者の魂とはいえ、
黒魔術で復活させたものを、
神殿に連れて入っても
大丈夫なのかと尋ねました。
議長は、
もちろんだ。
どうせ、あそこで過ごす人は
一人だけだと、
静かな神殿の近くを歩きながら
答えました。
アニャドミスは、
渋々、その後を付いて行きました。
いきなり神殿に来られたのは
不思議でしたが、これが罠であり、
あの中に
思わぬ危険があったとしても、
すぐに逃げてしまえば済むこと。
彼女は、
ロードの体を持っているので、
危険にさらされることは
ほとんどありませんでした。
ところが、神殿の中には、
罠どころか、
ここで過ごしている人も、
1人もいませんでした。
神殿にしては小さいし、
部屋一つを除くと、壁のない柱、
天井、床だけの構造なので、
一目で内部が見え、
人がいるかどうかを
すぐに知ることができました。
部屋の中にいるのではないかという
クロウの言葉に従い、
アニャドミスはそちらへ近づき、
ドアを大きく開けました。
中で寝ていたらどうするのかと
後ろで議長が呟きましたが、
アニャドミスは
気にしませんでした。
あの怪しげな議長が
最初の対抗者の魂を呼び出して
会わせてあげようとする相手なので、
尋常な人物ではなく、
そんな人のプライバシーは
無視していいというのが
彼女の考えでした。
しかし、部屋の中にも
人は見えませんでした。
神殿と同じくらい、白い家具だけが
ぎっしり並んでいましたが、
アニャドミスは、今回はすぐに扉を
閉めることができませんでした
そこに飾られた肖像画に
目を引かれたからでした。
女性もいれば男性もいて、
顔もそれぞれ違う
数多くの人々を描いた最後に
ラトラシル皇帝が、
そして、その皇帝の隣に
ドミスの絵がありました。
アニャドミスは、
あれは何なのかと尋ねました、
すると後ろから、
議長のではない低い声が
「絵です」と答えました。
誰かが近づいてくる
気配すら感じなかったアニャドミスは
驚いて後ろを振り返ると、
目を大きく見開きました。
後ろに立っている青年の顔は
召喚した最初の対抗者の魂と
同じでした。
アニャドミスは青年に
誰なのかと尋ねました。
ラティルは、
きちんと計画することもあるけれど
行ってみれば何とかなると、
楽天的なところがあると思います。
一方、ギルゴールは、
自分勝手に行動しているけれど、
それは、彼なりの考えがあって
やっていると思うので、
ラティルに苦言を呈したのは、
彼なりにラティルを
心配したからなのではないかと
思います。
けれども、前の話なのか、
後の話に出て来たのか
覚えていませんが、
ラティルが直感で行動することが
正しいことがあると
タッシールが言っていたので、
きっと、今回もうまく行くのだと
思います。