550話 ギルゴールの精神が完全に崩壊してしまいました。
◇狂ったギルゴール◇
あれだけ気を遣って来たのに、
ギルゴールの精神が、
こんなとんでもないことに
なってしまうなんて!
ラティルは心の中で
悲鳴を上げました。
アニャドミス、
今、何をしたんですか?
500年前から見てきたなら、
あいつの頭の調子が
どれだけ悪いか知っているでしょう?
しかも500年前、
2人は仲間だったはずなのに!
ラティルは、アニャドミスの頭を
一発殴りたいという
憎しみが湧き起こって来ました。
ギルゴールは、
最も悪党のような雰囲気に
変わりました。
ギルゴールをあのようにしたのも
彼女が計画したことかと思い、
ラティルはアニャドミスを
見ましたが、
彼女もビクビクして
ギルゴールを探っているのを見ると、
彼女の計画の範疇ではなさそうでした。
ラティルは
精神が崩壊したギルゴールが
どうなるか判断しにくいので、
ひとまず静かに
アニャドミスと彼を交互に
見ていましたが、
ギルゴールは凶悪な雰囲気を
放っているものの、
まだ何の行動もしておらず、
アニャドミスは、
そのようなギルゴールを
注意深く観察しながら、
じっとしていました。
なぜ、あんなに興奮しているの?
アニャドミスの
心の声を聞いたラティルは、
彼女が、
ギルゴールのこのような反応を
全く予想できずにいたことを
知りました。
そして、
議長が私を騙したの?
と、突然、ドミスの心の声が
議長の名を口にすると、
ラティルは眉をひそめました。
ラティルは、なぜ急に
議長の話が出てくるのかと
疑問に思いましたが、
対抗者の剣ほどではないけれど、
ほぼ同等に活用できる剣で、
ロードも相手にできると
言っていたのに、ギルゴールを
刺激するという言葉はなかった。
とアニャドミスの心の声が
聞こえて来たので、
ラティルの疑問に対する答えを
得られました。
あの剣を手に入れたのは
議長なのだろうか?
それより、ギルゴールは、
なぜ、初代対抗者の魂が入った剣に
あんなに反応するの?
ギルゴールは初代騎士だから、
初代対抗者とも
知り合いだろうけれど、
もしかして、
彼は騎士でありながら
対抗者の師匠になったことと
関係があるのだろうか?
下の方が静かなので、
上の方の騒ぎが
よく聞こえて来ました。
鳥が羽ばたく音と悲鳴。
クラインの悪態。
グリフィンの苦しむ声が
入り交じっているのを聞き、
ラティルは上を見ました。
グリフィンは
ハチの群れのように襲いかかる
ダークリーチャーを避けるために
あらゆる曲芸を披露し、
クラインは、
辛うじてグリフィンの羽をつかんで
ぶら下がっていました。
サーナット卿は、
黒蟻の群れのように
グリフィンに群がる
ダークリーチャーを
全力で防ごうとしましたが、
彼を乗せているグリフィンが
あまりにも激しく
身体を揺さぶっている上、
ダークリーチャーの数が多すぎて
困っているように見えました。
それからラティルは
ギルゴールとアニャドミスの対峙を
眺めていたところ、
少し距離を置いて隠れている
クロウを見つけました。
彼は、こちらと上の方を
交互に見ていましたが、
ラティルと目が合うと、
慌てて逃げ出しました。
ラティルは、彼がさらに遠ざかる前に
腰の短刀を投げました。
クロウが短刀を避けるために
よろめくと、
上空のダークリーチャーは
一瞬、混乱を失いました。
その間にグリフィンは
狭い谷間に入りました。
相手の数が多いため、
地形を利用して押し寄せる敵の数を
減らそうとしているようでした。
よくやった。
これなら、少しは戦えるかなと
安心していると、
「ドーン」という音が
近くから聞こえてきたので、
そちらを見ると、
アニャドミスとギルゴールが
蜂の羽ばたきのような速度で
攻撃し合っていました。
ラティルの動体視力では、
完全に見ることができませんでした。
さらに、今のアニャドミスは
ほとんど本能で動いているようで、
彼女の考えすら
聞こえて来ませんでした。
アニャドミスがドミスの身体を
完全にコントロールしたら
あのような感じになると思いました。
ラティルはあまりにも速度が速すぎて
割り込む隙さえない対峙を
見つめながら、
腰から別の短刀を取り出しました。
あまりにも速い攻防が
繰り広げられてはいるものの
じっとしているわけには
いきませんでした。
とにかく、ギルゴールは、
アニャドミスのあの身体の
息の根を止めることはできないので
あの状態が続けば、結局、
アニャドミスが勝利するということを
ラティルは知っていました。
肩の痛みのせいで、
だんだん、意識が
朦朧として来ましたが、
ラティルは痛みをこらえて
瞬きさえほとんどせずに
目がズキズキする程、前を見ました。
そのように、
しばらく見守っていましたが、
ラティルは、一瞬の隙を突き、
全力を尽くして、
アニャドミスが避けようとする方向へ
短刀を投げました。
ギルゴールの爪を避けて
退いたアニャドミスは、
後になってラティルの短刀に気づき、
身体を横に反らしました。
短刀は少し当たっただけで、
アニャドミスに刺さりませんでしたが
その間、ギルゴールの手が
アニャドミスの首を叩きました。
ラティルは対抗者の剣を持って
アニャドミスの方へ飛び込みました。
ラティルが対抗者の剣を使っても、
あの身体の息の根を止めることは
できませんが、
ラナムンが到着するまで、
この機会を、
そのまま逃すわけにはいかないので、
とりあえず斬るしかありませんでした。
しかし、アニャドミスは、
強烈な力で叩きつけられた
ギルゴールの爪が
首に刺さったにもかかわらず、
身体を捻るだけで、
首さえ折れていないようでした。
問題は暴走したギルゴールでした。
彼は、もうラティルさえ
目に入らないのか、
ラティルが近づいているのに、
ずっとアニャドミスを
前に押し出しているので、
ラティルの剣はアニャドミスを逃して
そのまま宙を斬りました。
怒ったラティルは、ギルゴールに
止まってと叫びましたが、
ギルゴールは、
誰の声も聞こえないかのように
アニャドミスを崖の端へ
押し出しました。
ラティルは走りながら、
それでは終わらせられないと
叫びましたが、無駄でした。
ギルゴールは止まりませんでした。
一方、アニャドミスは
剣を精一杯振り上げ、
自分の首を握っている
ギルゴールの手首を刺しましたが、
彼は気にせず、
崖に押し出し続けました。
ダメだと思ったラティルは、
横からアニャドミスを
斬ろうとしましたが、
彼が移動し続けるので、
今回も剣を振り回すのが難しく、
ギルゴール、止まりなさい!
と怒って叫んだ瞬間、
絶壁の下から
そびえ立つように現れた議長が
直ちにギルゴールの頭を斬りました。
ギルゴールが足で剣を蹴ると、
議長の剣が、アニャドミスに
触れそうになりましたが、
議長が剣を捻ったので、
アニャドミスには
当たりませんでした。
しかし、ギルゴールは、
議長が攻撃して来たことで
アニャドミスを
手放さなければなりませんでした。
それを皮切りに、今度は
議長とギルゴールの戦いが
始まりました。
なぜ、議長は
急にここに現れたのか。
ラティルは
心の中で悪態をつきました。
さらに議長が現れた場所に
マントのフードで顔を覆った誰かが
続いて現れました。
幸いなことに、
彼は議長の戦いに介入しませんでした。
わけがわからないまま、
ラティルは対抗者の剣を握って
アニャドミスに襲いかかりました。
その間に気力を回復した
アニャドミスも、
初代大対抗者の魂が入った剣を
ラティルに振り回し始めました。
◇ラスボス登場◇
上の方では
グリフィンとサーナット卿が
ダークリーチャーを相手にし、
地上では、議長とギルゴール、
そして、
ラティルとアニャドミスという
それぞれ3つの異なる戦闘が
繰り広げられました。
ラティルとアニャドミスは
共に負傷したため、
再び同じような実力になりましたが、
あちこち均等に傷ついた
アニャドミスの方が、
主に腕が使えなくなったラティルより、
剣で戦うには、少し状況が有利でした。
ラティルは片腕が使えず、
無傷の手ばかり使っていたため、
時間が経つにつれて、
そちらの手までズキズキし始めました。
先程までラティルは
ギルゴールだけ正気に戻ればいいと
思っていましたが、今のところ、
ギルゴールが正気に戻っても、
議長に捕まっているため、
あまり役に立たないようでした。
状況は緊迫していて、
剣を持った手のひらが
ヒリヒリしました。
そんな時、ラティルは、
空の上から、
大きな笛の音を聞きました。
それは、
ラナムンが到着したことを知らせる
クラインの合図でした。
来た!
ラティルはその合図を受けると、
最後の力を振り絞って、
剣を振り始めました。
今回の戦いで、
アニャドミスを倒せるかどうかは
ラナムン次第でした。
ラティルは、計画を練る時に、
タッシールが大きな地図の上に
一つ一つ人形の模型を置きながら
言っていた言葉を思い出しました。
ラティルは、
まだアニャドミスと戦うほど
強くはないラナムンのことを
心配すると、タッシールは、
当然、強くないけれど、
対抗者の中で
ロードより強くて勝った人は
誰もいないと、
ギルゴールが言っていたと
返事をしました。
ラティルは、
それでもある程度は剣が触れないと
いけないのではないかと指摘すると、
タッシールは、
だから、自分たちの計画は、
ラナムン次第だと返事をしました。
そして、
正確に言うと、自分たちの計画は・・
ラティルが元気を出した分、
アニャドミスも
元気を出しているようでした。
ラティルを叩きつける彼女の剣に
ますますスピードと力がつきました。
ラティルは、
何とか剣を防いでいるかのように
腕を動かしながら、少しずつ
後ろに押し出されて行きました。
そうしているうちに
坂道まで後ろに押し出されたラティルは
気合を入れながら
アニャドミスに向かって
剣を振り回しましたが、
彼女の剣とぶつかると、
結局、対抗者の剣を
逃してしまいました。
ラティルが逃した大敵者の剣が
アニャドミスの力により、
放物線を描きながら
後ろへ飛んで行きました。
状況を見守っていた
フードをかぶった誰かが
目を細めました。
その隙を狙って、アニャドミスが
自分の剣で
ラティルを刺そうとした瞬間、
彼女は心臓の近くまで
押し寄せてきた剣を
両手で防ごうとしたところで
身体を後ろに反らしました。
それに続いて、
アニャドミスが身を屈めるや否や、
ラティルが立っていたその位置に
誰かが対抗者の剣を振り下ろしました。
ラティルが逃した対抗者の剣が
突然振り下ろされると、
アニャドミスは、
すぐに反応しませんでした。
彼女はラティルを斬るために
剣を前に出した状態でした。
あっという間に、彼女の胸骨に
対抗者の剣が食い込みました。
アニャドミスは、
初代対抗者の魂が入った剣を
手放し、後ろによろめきました。
彼女は目を大きく見開き、
突然、現れた美しい男を
見つめました。
皇帝の側室を扱うゴシップ誌に、
カルレインと一緒に出ていた
黒髪の男で、
功臣の長男であり対抗者だと、
良いことばかり書かれていました。
対抗者だと謳われているのに、
戦いに出るのを見たことがなく、
役に立たないだろうと
油断していた人物でした。
アニャドミスは、
かつて自分の剣だった
対抗者の剣を見下ろし、
力を入れて
その剣をぎゅっと握りました。
剣を抜こうとしましたが、
両手に力が入りませんでした。
ロード!
悲鳴を上げたクロウが
彼女に近づいてきました。
ロード、ロード!
どうしましょう!
しかし、クロウは、剣を抜くことで
出血が止まらなくなることを恐れて
どうすることもできず、
ジタバタしていました。
ラティルはその光景を見つめながら
疼く肩を押さえました。
ラナムンがラティルのそばに近づき、
彼女が寄りかかれるように
支えてくれました。
ラティルは微笑みました。
タッシールが、
ラティル人形の陰から、
ラナムン人形が、
アニャドミス人形に
襲いかかる様子を表現しながら
話していた声が
鮮明に耳元に響いて来ました。
私たちの計画は、
最後までラナムン様を
どれだけ、よく隠しているかに
かかっています。
天晴、タッシール!
ラティルがクラインを
助けに行こうとした時、
彼は、すぐに自分も一緒に行くと
言ったので、今回の計画でも
ラナムンはラティルと一緒に行くと
言ったかもしれません。
けれども、タッシールは
ラナムンがまともに戦ったところで
アニャドミスに勝てないことが
分かっていたので、
賢い彼女を出し抜くために、
必死で考えた末、
ラナムンをラスボスにする計画を
立てたのだと思いました。
最初、ラナムンは
抵抗したかもしれませんが、
タッシールはラナムンの役割が
どれだけ重要であることを
じっくり説明したのだと思います。
アニャドミスは
アイニと魂を共有しているので
ラナムンが訓練をしていることも
知っていたかもしれませんが
自分自身と比べたら、
ラナムンなんて大したことないと
油断していたかもしれません。
議長の登場は
タッシールの想定外だったと思いますが
彼に邪魔をされることなく、
ラスボスのラナムンが
アニャドミスを剣で貫く姿は
とてもかっこいいと思いました。
クラインもサーナット卿も
よく戦ったと思います。
タッシールの計画はお見事でした。