636話 アトラクシー公爵は、ラナムンがラティルにいじめられていると思い、ショックを受けています。
◇侍従長が味方をする人◇
アトラクシー公爵は、
シャレー侯爵(侍従長)を招待して
夕食をご馳走した後、
シャレー侯爵、
正直に答えてくれ。
と切り出しました。
シャレー侯爵は、
何が聞きたくて、
そんなにもったいぶっているのか
分からないと言うと、
アトラクシー公爵は
近衛騎士団長と皇帝の間に
妙な噂が流れていたけれど、
それは本当なのかと尋ねました。
シャレー侯爵は、
スプーンでオレンジプリンをすくって
答えを避けました。
一緒に食事をしていた
ラナムンの弟たちは、
互いに見つめ合うと、
おやつの器を持って、
こっそり食堂の外へ出て行きました。
公爵夫人は、
夫が余計なことを言っていると
言いたげに、
まったく、もう。
と呟き、夫の肩を叩きましたが
話題を変えようとしませんでした。
彼女も貴婦人たちから、
赤毛のハンサムな近衛騎士団長と皇帝が
恋人同士だという噂を
聞いていたからでした。
しかし、シャレー侯爵は、
これは本当においしいです。
と言って、プリンを食べました。
アトラクシー公爵は、その言葉から、
自分の質問への答えを見つけると号泣し
やはり本当だった。
あの狐のような奴が、
いつも皇帝の後を付いて回り、
皇帝を誘惑したんだと叫びました。
公爵夫人も眉をひそめました。
皇帝が側室を入れたのならともかく
すでに側室が何人もいるのに、
恋人までいるとなると、
息子のことが心配になりました。
シャレー侯爵は気まずくなったので
何度か咳払いをした後、
その噂のせいで、自分を呼んだのか。
今さら、その噂を聞いたのかと
尋ねました。
アトラクシー公爵は、
すでに噂は聞いていたけれど
気にしなかった。
皇帝をめぐるそんな噂は
一つや二つではないので、
いちいち気にしなかったと
答えました。
シャレー侯爵は、
それならば、どうして急に
そんなことを聞くのかと尋ねました。
そして、彼は
ナプキンで口元を拭きながら、
逃げ道を探しました。
こんな追及を受けると知っていたら
彼の招待に応じたりしませんでした。
アトラクシー公爵は、
自分が笑いものになりそうなので
言えないと叫びました。
侯爵は渋い顔で、
それなら、話さないでと言うと、
アトラクシー公爵は、
皇帝がラナムンに、
彼女の三歩以内に入ってくるなと
いじめられていたと打ち明けました。
公爵夫人は、
持っていたフォークを落とし、
目を大きく見開きました。
彼女は息子のプライドの高さを
思い出しました。
彼女は、ラナムンが今、
まともな精神でいるかどうか
心配で恐怖を感じました。
公爵夫人は、
本当なのかと尋ねると、公爵は
自分のこの目で見た。
夫人が悲しむのを恐れて、
心配で言えなかったと答えました。
一方、シャレー侯爵は、
そんなに二人の仲が悪かったっけと
首を傾げました。
アトラクシー公爵はため息をつくと、
それを見て自分が
どれほど驚いたか分からない。
それに、ラナムンと皇帝の誕生日の朝、
ラナムンを訪ねた時に、彼は、
ロルド宰相の息子は、
ライバルと考える必要はないけれど
本当のライバルはサーナット卿だと
言っていたと話しました。
シャレー侯爵は、今すぐ、
家に帰りたくなりました。
彼はラナムンを支持し、
サーナット卿が側室にならないことを
願っていましたが、
その一連の過程に、自分自身は
深く介入したくありませんでした。
侯爵はラナムンの支持者である前に、
ラティルの味方でした。
◇息子と孫を守る◇
サーナット卿と皇帝の間に
確かに妙な雰囲気が漂っていることを
シャレー侯爵から知らされた
アトラクシー公爵は、
孫とラナムンのために、
あの悪賢い赤毛の狐を
追い払おうと決意しました。
でも、どうやって?
アトラクシー公爵は、
近衛騎士団長の普段の行いについて
調べるよう、側近たちに指示し、
彼らからの情報を待ちました。
しかし数日後、側近たちは、
サーナット卿は、
いつも宮殿と家だけを
行き来しながら暮らしていて、
部下の近衛兵たちとの仲も良く、
警備兵たちとも
うまく付き合っている。
友達の間でも、悪い噂がなく、
行いが正しくて善良で、
結婚適齢期の娘を持つ貴族たちが
虎視眈々と狙っているそうだと
報告したので、アトラクシー公爵は
不満でした。
彼は側近たちに、
サーナット卿の褒め言葉を
聞いて来いと言ったのではなく、
欠点を探して来いと言ったのにと
文句を言いましたが、側近たちは、
サーナット卿に
これといった欠点はなかった。
貴婦人たちは
サーナット卿を慕っているけれど、
彼は、噂にならないよう節度を守って
行動していると言い返しました。
そして、側近の一人は、
公爵の顔色を窺いながら、
サーナット卿の唯一の欠点は
皇帝との艶聞があることだと
付け加えました。
それすらも気に入らない公爵は、
ソファーの肘掛けを軽く叩くと
再び頭を働かせ始めました。
ラナムンは、
そのプライドの高さのせいで、
痴情争いも、
まともにできないので、
公爵が、息子と孫を
大蛇のようなサーナットから
守らなければなりませんでした。
そして、数日後、ついに公爵は
いい考えを思いつきました。
◇侍従長の忠告◇
ギルゴールの誕生日まで
あと一週間ですか。
ラティルはカレンダーを見ながら
ギルゴールの誕生日に
星を描き入れました。
サーナット卿はラティルの後ろで
その姿を見ながら、
ラティルの子供の誕生日は、
大神官とゲスターの誕生日の間に
なりそうだと言いました。
その言葉に、ラティルが
あっ、そうか。
と驚いたように呟くと、
サーナット卿は
それが嫌なのかと尋ねました。
ラティルは、
その時期に誕生日が
あまりにも集中している。
春だけで、誕生日を迎える人が
すでに4人もいるのに、
赤ちゃんまで加わると5人になると
ぼやきました。
サーナット卿は、
そのまま春夏秋冬に分けて
誕生日を祝ったらどうかと
提案しました。
ラティルはクスクス笑いながら、
サーナット卿の誕生日に
印を描き入れているカレンダーに
「サーナット卿の誕生日はパス」と
書き入れました。
ああ、陛下!
サーナット卿がペンを奪おうとすると
ラティルは体を横にひねりました。
侍従長は、その光景を
ほほえましく思っているふりをしながら
よくもまあ、ふざけて。
と思いました。
結局、侍従長は、
しばらくサーナット卿が廊下に出た時
彼の後を追いかけ、静かな所へ呼ぶと、
サーナット卿があまりにも気安く
皇帝と付き合うのは
いかがなものかと忠告しました。
しかし、サーナット卿は、
皇帝と自分は、
幼い頃から一緒に育って来たので
突然、皇帝を遠ざけたら寂しがると
落ち着いて答えました。
侍従長は、
アトラクシー公爵が
彼を狙っていることを
サーナット卿に伝えるべきかどうか
しばらく悩みました。
しかし、サーナット卿の
断固とした眼差しを見た侍従長は
舌打ちして、彼に背を向けました。
あれは、彼が何を言っても、
言うことを聞くような目つきでは
ありませんでした。
◇手紙◇
いつものように、国務会議が
行われていた時でした。
いくつかの案件を審議し、
そろそろ、
会議を終える準備をしていた頃、
アボクス伯爵が前に出て、
レアン王子についてどう思うかと
ラティルに尋ねました。
彼女は眉をひそめました。
ラティルの表情が一気に悪くなると、
周りの大臣たちはアボクス伯爵を、
不思議そうな目で見ました。
アボクス伯爵は
アトラクシー公爵派であり、
アトラクシー公爵は、
名実ともに親皇帝派でした。
皇帝は、偽皇帝事件のことで
先皇后は許しましたが、
まだ、レアン皇子を
許していないということは、
全国民が知っていました。
それなのに、
どうしてアボクス伯爵は、
急にそんなことを聞くのかと
思いました。
ラティルは、
どう思うかって、
以前と同じように思っている。
と答えました。
ずっと穏やかだった皇帝の声が
一気に鋭くなりました。
大臣たちは舌打ちをしました。
しかし、アボクス伯爵は、
もし誰かがレアン皇子と
ずっと手紙のやり取りをしていたら
どう思うかと尋ねました。
ラティルは、ゆっくりと低い声で、
気分が良くはないだろうと
答えました。
大臣たちは、アボクス伯爵が
アトラクシー公爵と
大喧嘩でもしたのではないかと
疑いました。
ところが、意外にも伯爵は
胸の中から手紙を3、4通取り出し、
それを持って前に出ました。
伯爵が手紙を侍従長に渡した後、
シャレー侯爵は、思わず
アトラクシー公爵をチラッと見ました。
彼は知らん顔をして、
平然と立っていました。
ラティルが手を差し出すと、
侍従長は封筒の中身を
ラティルに渡しました。
彼女は手紙を広げました。
徐々に固まっていく
ラティルの口元と目元を見ながら
アトラクシー公爵の口角が
かすかに上がりました。
サーナット卿は無表情で
ラティルを見つめていましたが
彼女は手紙を下ろすと、
サーナット卿を振り返りました。
彼は何かがおかしいことに
気づきました。
◇手紙の言い訳◇
国務会議が終わった後、
執務室に戻ったラティルは、
そこにいる全ての人を外に出すと、
読みなさい。
と言って、サーナット卿に
手紙を差し出しました。
サーナット卿は手紙を受け取り
それを広げました。
手紙を読み進める
彼の瞳が震えました。
ラティルは無表情で座っていました。
手紙の半分を読み終えた
サーナット卿は、ラティルの前で
片膝を曲げて「陛下」と呼びました。
ラティルはサーナット卿の
整った髪を見下ろしました。
腸が煮えくり返って
すぐに言葉が出ませんでした。
サーナット卿は、
再びラティルを呼びました。
ラティルは玉座の肘掛を
しっかりと握りしめながら、
レアンと
手紙のやり取りをしていたのかと
尋ねました。
サーナット卿は、
アトラクシー公爵は、
わざとこの手紙をラティルに見せたと
答えました。
ラティルは、きっぱり
分かっていると返事をし、
額を押さえました。
そして、分かっているけれど、
手紙をやりとりしたのは事実なのかと
尋ねました。
サーナット卿は言葉に詰まりました。
彼がレアンと
何度か手紙をやりとりしたのは
事実でした。
しかし、問題になる内容は
一つもなかったと、自信を持って
言うことができました。
しかも、レアンは彼に
手紙を書き続けましたが、
サーナット卿は、
5回以上返事をしませんでした。
それさえも、レアンの状態が
尋常でない時に書いた返事でした。
サーナット卿は、
3、4回、返事を書いた。
レアンは孤立感に耐えかねていたので
もし、彼が屋敷の中で自決でもしたら
皇帝にとって、良くないと思ったからと
答えました。
レアンは、
社交生活より学問が好きでしたが、
皇太子という特性上、周りには、
いつもたくさんの人がいました。
ラティルは声を抑えながら
なぜ、自分に話さなかったのと
尋ねました。
サーナット卿は、
皇帝が嫌がると思ったと答えました。
ラティルは、
自分が嫌がるのを分かっていて、
手紙を書いたのかと問い詰めました。
サーナット卿は、
以前、皇帝が
ロードと対抗者の盟約について
レアンに教えろと
言ったことがあるけれど覚えているか。
自分は、その時、
レアンと言葉を交わし、
その後、手紙のやり取りをしたと
答えました。
ラティルは、
それを覚えていましたが、
答えたくなくて口をつぐみました。
ラティルは「レアンがバカだ」と
伝えるように言ったのであり、
レアンと
手紙のやり取りをするように
言ったのではありませんでした。
サーナット卿は、
隠そうとすれば、隠すこともできた。
しかし、
隠すような内容でもなかったし、
隠す方がもっと変だと思って、
屋敷に差し入れる物に
手紙を添えて送ったと説明しました。
サーナット卿は、ラティルの方へ
慎重に近づきました。
ラティルは、頬杖をついて
床を見下ろしました。
陛下。
ラティルを呼ぶサーナット卿の声が
哀れを誘いましたが、
ラティルは唇を噛みました。
彼女は彼の立場も理解できました。
サーナット卿は、ラティルから
レアンに話を伝える許可を得たので、
ラティルがレアンと連絡を取るのを
以前ほど嫌がらないと思っただろうし
問題になる余地がないということを
知らせるために、
わざと手紙を隠さなかったのでした。
アボクス伯爵が
この件を持ち出さなければ、
実際に問題視する人もいませんでした。
陛下
サーナット卿が
ラティルを悲しげに呼びました。
彼女は、ため息をついて手を振ると
自分は
サーナット卿を疑ったりしないし、
サーナット卿が
自分を愛しているからといって、
兄との友情が消えるわけでもない。
でも、少し一人でいたいと言って
サーナット卿に退くよう、
断固たる態度で指示しました。
サーナット卿は
ゆっくりと立ち上がり、外へ出ました。
ラティルは、机に突っ伏しました。
そして、なぜ、アトラクシー公爵は
突然、サーナット卿に
あんなことをしたのかと
疑問に思いました。
◇怒りの矛先◇
皇帝は、怒りを長く
溜め込める人ではなかったので、
そのうち、彼女の怒りは
解けるだろうと思いましたが、
サーナット卿は、
自分が皇帝を怒らせたという点に
腹が立ちました。
そして、アトラクシー公爵が
自分を攻撃するために
皇帝を怒らせたという点に
さらに腹が立ちました。
おやおや、サーナット卿。
サーナット卿は
アトラクシー公爵を見つめました。
公爵は口の端を上げて
彼に近づきました。
アトラクシー公爵が泣いている現場を
ラナムンに見られましたが、
その後、どうなったかは
書かれていませんでした。
父親として、息子に
泣いている姿を見られるのは
さすがに恥ずかしいでしょうから、
アトラクシー公爵が適当に誤魔化して
その場を収束させたのではないかと
思います。
サーナット卿は
レアンに手紙を送ったことを
隠していなかったので、
それをアトラクシー公爵が
知っていても、
おかしくはありませんが、
レアンに送ったサーナット卿の手紙を
手に入れるには、
レアンに接触しなければ
無理だと思います。
サーナット卿のように、
レアンの屋敷に差し入れをする者に
手紙を回収するよう指示すれば
いいのですが、
それも、少し危険な行為だと思います。
アトラクシー公爵は
息子のために良かれと思って
やったのでしょうけれど、
愛する人を陥れようとした
アトラクシー公爵に対する
ラティルの恨みは残りそうです。