291話 ラティルは、アナッチャの母親とダガ公爵が遠い親戚だと聞きました。
◇兄弟だから◇
アナッチャは、片手にノート、
もう片方の手に、
大きな柄杓を持って、
汗をたらたら流していました。
ノートには、
彼女がキツネの仮面の地下城に
滞在していた時、
黒魔法書を読んで、暗記した内容が
そのまま書かれていました。
アナッチャは全ての準備を
徹底して行いました。
トゥーラが、
自分はロードではないと疑い、
キツネの仮面を疑い始めた時から
周囲が騒がしくなった時まで
自分たち母子に必要な内容を中心に
完全に本格的に、
黒魔法書を覚えました。
そして地下城を脱出した後、
紙とペンを持てるようになるや否や
覚えたことを全て書いて、
持ち歩きました。
このノートは、
ショバー侯爵家に滞在していた時に
臨時に書いたものを、
きちんと書き写して、
もう一度、内容を整えたものでした。
その時、
部屋の片隅にある暖炉で
黒い灰がバサバサ落ちると思ったら、
その上にトゥーラが現れました。
トゥーラは「ただいま」と
挨拶をしましたが、
アナッチャは、
大きな釜に入れた様々な薬物を
杓子でかき混ぜ続けなければ
ならなかったので、
息子に近づくことなく質問しました。
トゥーラは、
暖炉の外に出た時に、
服についた黒い煤を払いながら
レアンを殺すことは
できなかったと謝りました。
熱心に杓子でかき混ぜていた
アナッチャの手が止まりました。
トゥーラは鏡の前に行き、
顔についている黒い煤を
手の甲で拭いました。
アナッチャは、
再び柄杓でかき混ぜながら、
剣術をまともに身につけていない
レアンを殺せなかったのか。
それとも、殺さなかったのかと
尋ねました。
トゥーラは、
彼を刺したけれども、
兄弟なので、
殺すことができなかったと
答えました。
トゥーラの消入りそうな声に
アナッチャは、ため息をついて
息子を見ました。
トゥーラは、
気弱な方ではありませんでしたが、
血の繋がった者に対して
少し消極的だったので、
アナッチャは、
それをもどかしく思っていました。
アナッチャは、
トゥーラがそのような態度だから、
ラティルより、
はるかに優れているのに敗北した。
しっかりするように。
トゥーラが、
そのようにしていても、
あの兄妹が、トゥーラのことを
気にすると思うかと非難しました。
言葉では上手く言えても、
心はそうではない。
トゥーラはため息をつき、
1人用ソファーにどっかり座り込むと
研究はうまくいっているかと
尋ねました。
アナッチャは、長くても数年以内に
ダガ公爵を、自分たちの
操り人形にすることができると
自信満々に答えました。
実際、彼女は自信がありました、
初めてのことである上、
応用までしようとして
失敗しただけでした。
彼女は、時間が経てば
すべて解決できると思っていました。
トゥーラは、
アイニ皇后が、自分たちに、
もう一度ダガ公爵を
任せてくれるか心配しました。
しかし、アナッチャは、
たぶん、任せてくれる。
今、ダガ公爵は、
まともに食事をするふりさえできない。
今は、あれこれ言い訳をして
食事の席を避けているけれど、
何年もしたら、
みんな変だと思うので、
選択肢がないと答えました。
アナッチャは、嬉しそうに笑うと、
腕が痛いのかノートを下ろして、
もう一方の手で
杓子を動かしながら、
他の黒魔術師を
手に入れなければならないと
付け加えました。
◇イグアナ◇
メイシーは、
宮殿に関心が高いようなので
数日間、滞在させることにしました。
ラティルは、
執務室に戻る代わりに
回廊を行ったり来たりしながら
首を左右に傾けていました。
後を付いてきたサーナット卿は、
ラティルの物思いに耽る姿を見て、
我慢できなくなり、
どうしたのか。
しきりに首をそうしていると
イグアナのように見えると
言いました。
ラティルは口を四角くして
サーナット卿を眺めると、
彼は、にっこり笑いながら横に立ち、
悩みがあれば相談に乗ると
言いました。
すると、ラティルは
イグアナは話すことができるかと
尋ねました。
サーナット卿は、
「いいえ。」と答えると、
ラティルは、
それでは、相談できないと言って
サーナット卿を睨みました。
彼は、
ラティルは偉大な皇帝で、
心が広いのではないかと
彼女をなだめました。
しかし、言葉とは違い、
目は、ただ面白いように
笑っていたので、
ラティルは苦笑いしました。
しかし、
イグアナのようだと言われても、
本当に腹が立ったわけではないので
ラティルは
アナッチャとトゥーラとダガ公爵が
手を組んだようだと、
自分の考えを率直に述べました。
その言葉にサーナット卿は驚き、
それは危険ではないかと尋ねました。
しかし、ラティルは
ニヤニヤ笑いながら否定しました。
サーナット卿は、
ラティルの言っていることが
理解できませんでした。
しかし、ラティルは
彼に長々と説明する代わりに、
どこかを見つめながら、
満足した猫のように
口元を丸めました。
ラティルは、
カルレインの所へ行く必要がある。
心臓がドキドキすると言いました。
サーナット卿は、
その言葉を不思議に思いましたが、
ラティルは、
心臓がドキドキする時は、
勝利が近いということだと
言いました。
◇弟の話◇
ラティルがメイシーとサーナット卿と
話をしている間、
パンクシュは、
ラナムンの所へ行きました。
彼は、久しぶりに兄の顔を見ると、
相変わらずラナムンは
氷のようだと言ったり、
浮かれた様子で、
自分が先皇后を直接連れてきたと
自慢しました。
パンクシュは、
先皇后にラナムンを支持してほしい。
そうすれば、皇帝はもっと真剣に
ラナムンを見てくれるだろうと
言いました。
しかし、ラナムンは、
顔ばかり見て、
どこに夢中になっているのか
分からない皇帝が果たしてと、
心の中でぶつぶつ言いましたが、
弟に妻同然の皇帝の欠点を
話すことはできないので、
口を閉じてしまいました。
ラナムンが話すのを止めるのは
いつものことなので、
パンクシュは、
兄が返事をするのを避けると、
この話を続ける代わりに、
すぐに話題を変えました。
彼は、 ここへ来るのに
サーナット卿と一緒に歩いて来た。
遠くから見ても素敵だけれど、
実際に見たらもっと素敵だったと
話しました。
しかし、ラナムンは、
「さあ」と答えました。
パンクシュは、
兄が、ずっと「さあ」としか
返事をしないと、
母親に叫びたくなりました。
そうすれば、公爵夫人が来て、
一言、言ってくれると思いましたが
ラナムンがあんな風に答えるのも
いつものことなので、
パンクシュは、再び興奮しながら
サーナット卿を褒めました。
普段尊敬している騎士に
会えたことが嬉しかったのか、
話を続けるほど、
ラナムンの冷たい表情が
さらに冷たくなっていくのを
知らない様子でした。
ところが、パンクシュは
突然表情を変えると、
サーナット卿は、
自分に好きな女性がいるかとか、
婚約したかとか、
たくさん変な質問をして来た。
それで、自分が
両親の言うとおりに
結婚すると言ったら、
表情が急に怖くなった。
自分は何か失言したのだろうかと
心配して、落ち込みました。
しかし、ラナムンは
パンクシュの話を聞くや否や、
以前、サーナット卿とラティルが
仲良く演舞場で
遊んでいたのを思い出し、
気分が悪くなりました。
サーナット卿とパンクシュが、
親しい間柄なら、彼の結婚の話が
気になるかもしれないけれど
サーナット卿は、
アトラクシー家と親しくないのに、
急にパンクシュに、
結婚に関する質問を浴びせた理由に
ラナムンは、すぐに気づきました。
サーナット卿は、
アトラクシー公爵が
次男まで皇帝に送ろうとしていると
疑っているのだと思いました。
ラナムンは、不愉快だと言いました。
パンクシュは、
そんなに不愉快ではなかったと
言いましたが、ラナムンは、
近衛騎士団長が、
なぜ、あえて、皇帝の仕事に
あれこれ言うのかと
不平を漏らしました。
パンクシュは、
ラナムンの頭の中で
考えていることが分からないので、
サーナット卿は、
自分の結婚のことを
聞いただけだと言って、
戸惑いながら、兄を見ました。
しかし、ラナムンは、
すでに判断を下して立ち上がりました。
パンクシュは、どこ行くのかと
兄に尋ねましたが、
ラナムンは、
「嫉妬深い騎士」と呟くと、
パンクシュに、
もう帰るように告げました。
彼は、今来たばかりだと
言いましたが、ラナムンは、
家に帰って、父親に
夢を覚ますように伝えろと
指示しました。
パンクシュは驚き、
急に、そんなことを言ったら
父親に頭を殴られると
文句を言いましたが、ラナムンは
自分が伝えろと言ったと話せば
分かってくれると返事をしました。
弟が帰った後、
ラナムンはカルドンに
皇帝は今どこにいるのかと
尋ねました。
カルドンは、ラナムンが
皇帝の所へ行くと思い、
彼女は傭兵の所に行っている。
早く行って割り込んで欲しい。
対抗者としての使命のようなものが
思い浮かんだと言えば、
中へ入るようにと言うのではないかと
嬉しそうに答えました。
ラナムンが、
本当にそこに歩いていくと
カルドンは興奮して、
彼に付いて行きました。
功臣の長男であり、
有力な対抗者である
ラナムンを差し置いて、
あえて傭兵などと皇帝が
良い時間を過ごすなんて、
考えるのも嫌だったので、
とてもよかったと思いました。
しかし、
カルレインの部屋の前に来たラナムンは
ドアを叩いて中に入りませんでした。
彼は、
ドアの前で待機中のサーナット卿に
話があると言いました。
カルドンは、
そちらではなく、あちらなのにと
当惑してラナムンを見ました。
しかし、ラナムンは、
サーナット卿を見つめていました。
彼は、後へ向きを変え、
ドアの方を見て頷き、
分かったと返事をしました。
◇毒舌◇
サーナット卿を連れて、
近くの庭に行ったラナムンは、
人払いをした後、
彼をじっと見つめました。
サーナット卿も、
何気なくラナムンを見ましたが、
彼が対抗者であることを
知っているため、
無心なふりをするのが困難でした。
ラナムンと二人きりになると、
サーナット卿は
今、ラナムンを
殺すべきだという衝動が
どんどん湧いて来ましたが、
彼に、
どうして自分を呼んだのかと、
淡々と尋ねました。
ラナムンは腕を組み、
不快そうに彼を見ながら、
自分の弟に、個人的な質問を
色々していたようだと答えました。
サーナット卿の片方の口角が
ぱっと上がりました。
サーナット卿はラナムンに、
そのために来たのか。
弟が些細なことを話すのを
聞いただけで、
問い詰めに来るなんて。
結婚の話は対外秘なのか。
話題がなかったので、
聞いてみただけだと答えました。
しかし、ラナムンは、
それにしては、
一つ一つの言い訳が長いと
反論したので、
サーナット卿とラナムンの視線が
空中で鋭くぶつかりました。
しばらくの沈黙の後
ラナムンは、
サーナット卿の脅威的な視線にも
全く反応せず、冷たい声で
皇帝を愛しているのかと
尋ねました。
サーナット卿は、
微動だにしませんでしたが、
瞳が少し震えました。
たかが、パンクシュに
いくつか質問をしただけで、
推測したことにも驚きましたが、
推測するや否や、
質問してきたことにも驚きました。
いつもの静的なラナムンとは違う反応に
サーナット卿は、
しばらく言葉を失いました。
しかし、ラナムンは気にせず、
自分の弟が
皇帝の側室になってもならなくても
関係ない。
それは自分の仕事であり、
弟の仕事であり、皇帝の仕事だ。
驚くべきことではないと
言いました。
ラナムンは、
理解するふりをしながら、
徹底的にサーナット卿との間に
境界線を引く言葉を発しました。
たぶんそれが本当なので、
サーナット卿は拳を握り締めました。
けれども、
側室が言っても憎らしいことを
対抗者が言っているので、
さらに熱が上がりました。
しかし、ここでラナムンを殺せば、
人前でラナムンについて来たので
自分が犯人なのか分かってしまうと
思いました。
サーナット卿は、
息をゆっくりと整えながら、
ラナムンが上品に
向きを変えるのを見守りました。
そして、ラナムンが数歩歩いた頃
サーナット卿は素早く近づいて
彼のそばに立ち、
足並みを揃えて歩きながら、
確かに、その通りだ。
兄弟同士で
皇帝の寵愛をめぐって争おうが、
生まれた子が甥なのか
子供なのか分からなくても、
自分が気にすることではないと
ふざけた口調でからかいました。
サーナット卿は、
どれだけラティルを愛していても
彼は、ただの騎士であり、
彼女の側室ではないので、
手を出すことはできない。
けれども、ラナムンは違う。
サーナット卿は、
ラナムンに境界線を引かれて
結構、傷ついたのではないかと
思います。
けれども、以前、
サーナット卿が話していたように
側室よりも騎士でいる方が
彼女のそばにいる時間が長いのも
事実。
けれども、
ラティルと親密な関係になれずに
嫉妬で苦しむくらいなら、
側室になった方が
いいのではないかと思いますが
他の側室たちのように、
いつ、ラティルが来るか待つのも
結構、辛いと思います。
結局、
ヒュアツィンテへの当てつけで
側室を持つことにしたラティルが
一番悪いのかなと思います。