651話 ギルゴールは、吸血鬼ロードがアリタルであることを知ってしまいました。
◇枯れない愛◇
大神官が吸血鬼ロードだなんて!
誰かが惨憺たる声で叫びました。
ロードですか?
大神官様が怪物の巣窟を作ったの?
大神官様ではないのでは?
あれは大神官様じゃない!
大神官様の体を乗っ取った怪物です!
神官たちはざわめき始めました。
何人かは必死に
アリタルの堕落を否定しました。
捕まった吸血鬼は、
自身の一言で雰囲気が急変したので、
むしろ彼の方が当惑していました。
吸血鬼はアリタルが大臣官だったことを
全く知らないようでした。
ギルゴールは何も言わず、
アリタルをじっと見つめていました。
アリタルは隣にいる神官を蹴ると、
すぐに神官たちを連れて行けと
ギルゴールに頼みました。
彼は、
そんなことはできないと
遅ればせながら答えました。
気が狂っていないギルゴールは、
ラティルにとって
見知らぬ人だけれど、
ギルゴールが今すぐ、
引き下がるとは思えませんでした。
そう?
とアリタルは呟くと、
ギルゴールに向かって
何かを投げました。
聖騎士様!
神官たちは、
ギルゴールを守ろうとして
飛びかかりました。
アリタルは、
その隙に手を伸ばして
捕まっていた吸血鬼を抱き締め、
山の上に走り出しました。
騙された!追いかけろ!
後ろから聞こえてくる声は
急速に遠ざかりました。
吸血鬼は
アリタルに抱かれたまま謝ると
すすり泣きました。
吸血鬼は、
あの聖騎士が望楼に上がって来て
あっという間に皆の命を奪った。
あの聖騎士は
聖騎士と呼ばれているけれど、
人間ではない。
あっという間に望楼に
飛び上がったと説明しました。
アリタルは、
あなたのせいではない。
あの聖騎士は・・・・
と言いかけて、
しばらく言葉を濁しましたが
とても強いです。
と返事をしました。
苦痛でアリタルの心が
激しく揺れると、
ラティルも一緒に心が重くなりました。
村に帰ったアリタルは、
吸血鬼を放すと、人々に、
武器と必需品だけを持って
脱出路へ行けと指示しました。
老人がアリタルに近づいて来て
戦わないのかと尋ねました。
アリタルは、
神官たちが死んでしまうからと
声を低くして答えました。
アリタルと老人の目が合うと、彼は
自分たちは、もう彼らと敵だ。
彼らは、
自分たちの命を奪おうとしている。
彼らがそうするのなら、
自分たちも彼らに
立ち向かわなければならないと
言いました。
その言葉に、アリタルは、
戦わなければ誰も死なないと
言い返しました。
しかし、アリタルの頭の中に
神官たちが持っていた
吸血鬼4人の頭が思い浮かびました。
続いて、その死んだ吸血鬼が
桃を食べながら、
おしゃべりをしていた姿が
思い浮かびました。
老人は、
ロードは、もう神官たちを
率いる人ではない。
吸血鬼たちと
ロードに従う怪物たちを率いていると
訴えました。
アリタルは、
それは分かっているけれど、
できるだけ被害を減らしたい。
自分たちは
怪物のように生きないために
集まったと反論しました。
結局、老人は
アリタルの言葉に従いました。
事前に準備をしておいたのか、
人々は遅滞なく3ヶ所に分かれて走り
長い列を作りました。その時、
結界が破られた!
鐘楼に立っていた吸血鬼が叫びました。
続いて、
ロード、結界が破られました!
内側から、
誰かが結界を破りました!
と叫びました。
アリタルは鐘楼に登り、下を見ると
山頂にたどり着くことができず、
ウロウロしていた神官たちが、
今は、きちんとここへ向かって
上がって来ていました。
しかし、脱出口の前に並んでいる列は
まだ長いままでした。
半分が脱出する前に
神官たちが到着する。
ここに残った吸血鬼の数が減ると
神官たちへの対抗力も減る。
アリタルは、
スピードを上げて脱出を促すべきか、
それとも、
脱出を止めるべきか悩みましたが、
最初の決定を覆し、
武器を取れ!
侵入者が入ってくる!
と大声で叫びました。
並んでいた怪物たちは武器を持ったり
奇怪な姿に変化して散り始めました。
上がってくる神官たちの速度も
さらに速くなりました。
攻撃の準備を終えた吸血鬼たちは
村の外に出ました。
彼らは村の中で戦うことで、
自分たちの居住地を
傷つけたくないようでした。
程なくして、村を取り囲むように
神官と吸血鬼たちがぶつかりました。
アリタルは鐘楼から飛び降り、
一番近い城壁に行くや否や、
神官の何人かを一気に気絶させて
木に吊るしました。
ラティルは時間を少し進めました。
相変らず同じ場所だったので、
まだ戦っているのだと思いました。
違いがあるとすれば、村の中まで
戦場が広がったという点と
アリタルがシピサを
探しているという点でした。
シピサの行方を
アリタルに聞かれた吸血鬼は
分からないと、急いで答えると、
持っていた岩を神官に投げました。
アリタルは周りを見回しながら
走り回りました。
しかし、シピサは
見当たりませんでした。
神官たちを気絶させ、
木に吊るす手の動きは
次第に早くなっていきました。
アリタルは、
剣を振り回す2人の神官の頭を、
それぞれ掴んで、
別々の方向へ投げました。
シピサ!
そして、アリタルは
自分が最後に受け入れた
黒魔術師の子供を見つけました。
子供を守るために
走っていたアリタルは、
その子供が、
ある神官の所へ走って行き、
泣きながら、
しがみついているのを見ました。
もう、うちの両親を
解放してくれるでしょう?
神官は子供の頭を撫でながら、
よくやった。母親を解放してやる。
きちんと証言さえすれば、
父親も解放してやると言いました。
視線を感じたのか、
子供が後ろを振り向きました。
アリタルと目が合うと、
子供は急いで首を回しました。
子供の肩が
苛立たしそうに震えました。
シピサ・・・!
ラティルはアリタルから
強い羞恥心を感じました。
シピサと同い年だという理由で
受け入れた子供のために
自分の子供が消えて姿が見えないので
余計に辛そうでした。
エルフ様!
アリタルは、
しばらく彷徨っているうちに、
議長の姿も見えないことに
気がつきました。
彼がシピサを連れて行ったはず。
エルフは山で暮らす
寛大で平凡な人のように
振舞っていますが、
とても強い人でした。
初めて会った時、エルフは
自分に向かって走ってきた
家ほどの大きさの怪物を
瞬きするだけで
大きな木に変えてしまいました。
それに、エルフは
自分の手で育てたシピサを
とても可愛がっていました。
そのアリタルの心を読んだ
ラティルは、
シピサ本人も、すごく強いのにと、
心の中で抗議しました。
アリタルは、シピサの強さについて
少しも考えていませんでした。
シピサのことで安心すると、
アリタルは神官を気絶させることに
専念しました。
しかし、先程のことが、
何か心に変化を与えたのか、
アリタルの手つきは、
より荒々しくなって行きました。
アリタルの目が、
死んでいる吸血鬼の前を
通り過ぎるにつれ、
アリタルの手から
迷いが消えて行きました。
アリタル!
激しさを増すアリタルの攻撃を
最初に防いだのは
ギルゴールの槍でした。
アリタル、お願いだからやめてくれ。
君は、こんなことをする人じゃない。
ギルゴールは、
アリタルと話をするために、
彼女の手首をつかんで哀願しました。
しかし、アリタルは
ギルゴールの腹を蹴りました。
ギルゴールは
アリタルの手を離しましたが、
槍を振り回すことができませんでした。
アリタルが、
横に置いてあった剣を持って
振り回すと、ようやくギルゴールは
槍を手にして剣を阻止しました。
2人が振り回す槍と剣から、
絶えずぶつかる音がしました。
アリタル。お願いだから帰ろう。
目の前で何度もあなたを捨てたのに、
まだ、その話をするの?
もう、いい加減、
しがみつくのはやめて!
うんざりしないの?
と返事をしました。
言葉とは裏腹に、
ラティルはアリタルの心の中に
かすかな安堵を感じました。
どうか馬鹿みたいにならないで!
私はセルの命を奪おうとし
あなたの命も奪おうとし
神を見捨てた。
そのせいでたくさんの人が
死にました!
ギルゴールは槍を捨てて
アリタルの剣を素手で掴みました。
アリタルの目が大きくなりました。
ギルゴールは、
何度、アリタルが裏切っても
大丈夫だと言いました。
ラティルは心が痛くて
時間を先に伸ばしました。
この場面を
ラティルがすべて見守ったとしても
何も変えることはできませんでした。
◇助けるのは2人だけ◇
次の場面では、
議長が傲慢な様子で
ロッキングチェアに座っていました。
あの凄まじい戦いが
無色透明になったかのように、
議長は穏やかに
リンゴの皮を剥いていました。
議長は、
シピサは自分の手で育てた子で、
彼があのようになったのは
自分にも責任の一部がある。
アリタルにも少し責任を感じているし
アリタルは自分の友達でもある。
しかし、前にも言ったように
自分が助けるのは2人だけで、
他の怪物たちまでは助けない。
だからまた同じことがあっても
自分はシピサだけ
連れて行くつもりだと
少し不愉快そうな声で言いました。
◇震源地◇
再び時間を進めると
真夜中になっていました。
アリタルは議長と、
小屋の外の階段に並んで
座っていました。
アリタルは、
キルゴールにだけ、シピサのことを
知らせたらどうかと思うと言って
議長を見ると、
彼は眉をつり上げました。
なぜ、あえてギルゴールに話すのかと
思っているような顔でした。
アリタルは、
ギルゴールは、
いつも自分を許してくれる。
彼ならシピサについて
理解してくれると思うと言うと、
一度、ギルゴールが、シピサに
会いに来てくれればいいのにと
躊躇いながら付け加えました。
議長は、
どうでもいいといった顔で
自分には関係ないと、
ぶっきらぼうに答えましたが、
そんなことをすれば、
シピサをの命を奪ったのは、
アリタルではないことを
聖騎士が
知ることになるのではないかと
言いました。
アリタルは、
力をコントロールできなかったとか
そういう言い訳をすれば
いいのではないかと
返事をしました。
アリタルは、
一晩中そのことを考えていましたが
結局、翌朝、荷物をまとめて
どこかへ行きました。
アリタルは考えるや否や、
すぐに行動してしまうタイプだと
ラティルは思いました。
アリタルが到着したのは
ラティルが初めて見る村でした。
その村では、
歩き回る神官の数が
さらに多そうに見えました。
聖水を買いなさい!
聖水を買って屋根に撒いておけば
怪物が来られません!
商人が屋台に置かれた
小さな瓶を指しながら
大声で叫びました。
アリタルは、半日ほど村を歩き回り、
何となく推測していた事実を
確信しました。
アリタルが人間たちを守るために、
そして吸血鬼たちが、
自分の行動に責任を持つために作った
吸血鬼たちの村は
人間の世界では怪物たちが集まる
震源地のように扱われていました。
人々は2ヶ月前に
その村であった戦闘について話しながら
聖騎士が
人間の世界を支配しようとしていた
怪物たちを
追い出したと話していました。
◇目覚めるべきか否か◇
ラティルは、もう少し時間を
先に進めると、
アリタルは戦っていました。
ここは、少し見慣れた場所で、
戦いを終えたアリタルは、
遠くに見えるギルゴールに向かって
歩きました。
しかし、数歩も歩かないうちに、
また神官たちの群れが
駆けつけて来ました。
彼らがアリタルに武器を突きつけると
アリタルは、
少し疲れた気持ちで
彼らを攻撃する準備をしました。
しかし、今回やってきた神官たちは
アリタルに向かって憎悪を示すよりは
悲しく叫びました。
大神官様、私たちに大神官様の命を
奪わせないでください!
堕落していない姿に戻ってください。
彼らは武器を降ろしませんでしたが
悲惨な顔をしていました。
どうしても、セル様の命を
奪わなければなりませんか?
セル様は大神官様の子供です!
神官たちはアリタルが
セルの命を奪いに来たと
思っているようでした。
アリタルは彼らの向こうにいる
ギルゴールを見ました。
それからアリタルは
自分の手を見下ろしました。
袖も手も血に濡れていました。
再び頭を上げた時、
ギルゴールがこちらを
驚いた目で見ながら
立ち上がりました。
陛下はあまりにも長く
お目覚めにならないので、
やはり、レアン皇子を呼び、
先皇后陛下に
代理統治を任せなければなりません。
以前のように、
大臣たちと侍従長が相談して決め、
最終承認を側室様たちと
先皇后陛下に任せるやり方で・・・
ギルゴールと
顔を合わせることができず、
アリタルは身を翻して逃げました。
アリタルはギルゴールと
話をしに来ましたが、
神官たちの血で手を濡らしたまま
彼と話す勇気が出ませんでした。
アリタルが逃げている間、
ラティルは自分の時代から
聞こえてくるような声を
何度も聞きました。
赤ちゃんの話や
自分の健康状態の話が出ないのを
見ると、半分覚醒した体なので
健康には問題がないけれど、
政治的に少し危険な状況のようでした。
ふと、ラティルは、今なら
目覚めることができるという
感じがしました。
変だけれど、そんな感じがしました。
けれども、アリタルが
どうして子供を産んではいけないと
言ったのか、
まだわからなかったので、
すぐには決められませんでした。
今、目覚めたら、子供が生まれる前に
再びアリタルの過去を
見ることができるだろうか?
もしかしたら、
これがアリタルの過去を見る
最後かもしれないと思いました。
ラティルはもっとアリタルの過去に
留まりながら、
彼女が伝えようとしたメッセージを
探すべきか、
それともアリタルの伝言を聞けなくても
目覚めるべきかを
選択しなければなりませんでした。
どれだけアリタルに拒絶されても
ずっと彼女を愛し続ける
ギルゴールに、
胸が締め付けられるような思いです。
アリタルがシピサのことを
ギルゴールに正直に話せば、
セルとは離れ離れになっても、
吸血鬼になった親子3人で、
誰にも邪魔されない場所で
暮らすことも可能なのではないかと
思います。
けれども、アリタルは
ギルゴールや、
自分のせいで亡くなった人たちに
罪悪感を抱いているので、
自分だけ幸せになる道を
選ぶことはないのでしょう。
アリタルは考えるや否や、
すぐに行動してしまうタイプって
ラティルも同じだと思います。
いきなり、
ラティルの時代の会話が出て来たので
ページが抜けているのかと
焦りましたが、
ラティルの時代の会話が
混線していることが分かり
安心しました。