647話 何があったのか話して欲しい。なぜ、シピサが死んだのかとギルゴールに聞かれたアリタルでしたが・・・
◇狂った?◇
アリタルは、ギルゴールの腕を
折ってしまいました。
うわっ!
ラティルは悲鳴を上げました。
そして、
アリタルは何をやっているのか。
なぜ、ギルゴールを
攻撃するのかと息巻いていると
彼は横にふらついて転びました。
しかし彼は苦痛よりも先に
ショックを受けたような
顔をしていました。
アリタル?
彼は呟きました。
お父さん!
セルが裂けるような
悲鳴を上げました。
聖騎士様!
長老が駆けつけて来て
ギルゴールを支えようとしましたが
アリタルは、
彼も足で蹴ってしまいました。
アリタル! 狂っている!
とラティルは大声で叫びましたが、
誰も聞いていませんでした。
長老が転がると、
神官と兵士たちがアリタルに
飛びかかり始めました。
彼女は彼らを軽く叩き、
地面に転がっているギルゴールの槍を
つま先で蹴りました。
そして、宙に浮かんだ槍を
一気に掴んだアリタルは、
それで飛びかかって来る人々を
一人一人叩き始めました。
ラティルは、
アリタル! 何しているんですか!
そんなことをしたら、
あなたが本当に
悪党みたいじゃないですか!
と叫び、全力で彼女を
止めようとしましたが、
彼女を操ることはできませんでした。
アリタルは兵士であれ、神官であれ、
目に見えるもの全てを
打ち負かしました。
彼女は槍ではなく
棒を振り回しているようでした。
ギルゴールは口をポカンと開けて
そのようなアリタルを見つめ
セルは泣き続けました。
え?
そうしているうちにラティルは
アリタルが、むやみやたらに
誰でも叩いているのではないことに
気づきました。
よく見ると、アリタルは
ギルゴールに石を投げた人と、
槍を奪った人、
暴言を吐いた人を中心に、
特に侮蔑的に叩いていました。
それ以外の人たちも叩きましたが
確実に、
殴る頻度と力の差がありました。
しかし、人々は、
怖くなった大神官を
相手にしているために
その事実に気づかないようでした。
人々が皆、ひっくり返って
起きられなくなると、
アリタルは、さっと
再びギルゴールを見下ろしました。
アリタルが
ギルゴールの前に歩いて行くと、
彼をつかんで泣いていたセルが
両手を広げ、
ギルゴールを小さな体で守りながら
お父さんの命を奪わないで!
と涙をぽたぽた流しながら
叫びました。
アリタルがギルゴールを
さらに殴りに行ったのか、
それとも話をしに行ったのかは
ラティルも分かりませんでした。
彼女の心から感じられるのは
苦痛と悲しみだけでした。
聖騎士を助けろ!
大神官様、 やめてください!
聖騎士様を
放っておいてください!
アリタルを怪物だと
呼んでいた人たちと、
ギルゴールに
石を投げていた人たちが皆、
ギルゴールとアリタルの間を
遮りました。
彼らは、ギルゴールを
守ろうとするかのように
振舞いました。
アリタルは目を細めて、
その姿を見下ろしました。
それから、短く鼻で笑うと
身を翻しました
誰もアリタルを呼べませんでした。
路地をほぼ抜けた頃、
聖騎士様!
と叫ぶ声が聞こえてきました。
号泣する声もしました。
一方、アリタルは
村を完全に抜け出した後になって
泣きました。
彼女は涙をぽたぽた流しながら歩き、
後になると、目を半分閉じたまま
走りました。
アリタルは走り続けた後、
立ち止まったのは、
議長が過ごす小屋でした。
お母さん!
扉が開く音がするや否や、
シピサは
一気に飛び出して来ました。
笑顔の感じは違っていましたが、
その顔だけは、ギルゴールと
驚くほど似ているので、
アリタルは子供を見るや否や
号泣し始めました。
お母さん?
シピサは目を丸くして、
アリタルの周りをうろうろすると、
自分も一緒に泣き始めました。
そして、しきりに、
母親が泣いている理由を尋ねました。
どうしたんですか?
議長が扉から出て来て、
その姿を見て舌打ちをしました。
議長は、
何かうまくいかなかったようですねと
アリタルに尋ねました。
◇静かに暮らしたい◇
シピサが寝ている間、
議長とアリタルは
丸いテーブルに向かい合って座り、
コーヒーを飲みながら話をしました。
アリタルは議長に、
村で見たこと、
逃げ出した人たちのこと、
自分が受けた誤解、
神を裏切ったことで、
一緒に呪われたギルゴールについて
話しました。
アリタルは、
自分に問題が起こるとは
思っていたけれど、
結界やギルゴールまで
巻き込むとは思わなかったと言うと
両手で首を抱え込み、
テーブルに頭を埋めました。
アリタルは、
自分のせいだ。
自分がギルゴールを台無しにした。
世の中で一番温かい人なのに、
人々は彼に石を投げていた。
自分を最後まで信じてくれた人々は
村で死んだと嘆くと、
再び、泣き始めました。
議長はハンカチを渡しながら、
確かにそうかもしれないけれど
そこで、なぜ悪役を自任するのか。
アリタルが愚かなミスを犯したのは
事実けれど、アリタルの過ちは
子供を助けたことであり、
子供を殺めたことではないと
言いました。
しかし、少しモヤモヤしたのか、
シピサが生き返ったのを
嫌なわけではないと、
すぐに付け加えました。
アリタルは、
悪役を振舞っているわけではない。
神を裏切った瞬間、
自分はもう邪悪になったと
自嘲的に呟きました。
しかし、議長は、
アリタルがしていないことをしたと
嘘をついたことを非難しました。
彼は、アリタルが馬鹿なことをしたと
思っているようでした。
ラティルは本当に気分が悪かったけれど
議長に同意しました。
議長は、
自分が真実を明らかにするのはどうかと
尋ねました。
アリタルは頭を上げ、
空のコーヒーカップの持ち手を
いじりながら、
真実を明らかにしても、
自分とシピサとギルゴールが
受けた呪いが消えることはない。
自分たちは、
もう人間ではなくなったと答え、
真実を話せば、
自分たちは人間に戻れるのか。
死んだ人たちは生き返るのかと
尋ねました。
議長は眉をひそめ、時間稼ぎをした後
そんなことはないと、
渋々、否定しました
アリタルは、
ギルゴールは温かい人だ。
自分のせいで、
彼が逃亡者になってはならない。
彼を守るためにはセルが必要だ。
セルのためにも、保護者である
ギルゴールが必要だと主張すると
再び、アリタルの目に涙が浮かび、
カップの中にぽたぽた落ちました。
そして、アリタルは、
自分がシピサを殺めたわけではない。
しかし、セルの命を
ほとんど奪うところだったのは事実。
あの子が自分を守れなければ、
セルの命を奪っていた。
それなのに、自分は
何の罪もないと言って、
堂々と人前に出るわけにはいかないと
言いました。
議長は、実に複雑だと返事をし
ため息をつきました。
そして、
セルに特別な力があるのは
確かだけれど、あの子は
シピサを殺めたから
大神官にはなれないだろう。
でも人々を守ることはできるし、
ギルゴールと二人で
仲良く過ごすことができるだろうと
言いました。
それから、アリタルは
シピサが眠っている部屋の扉を
見つめながら、
自分はシピサと一緒に
静かに暮らしていくと言いました。
議長は、
自分もこのことに関して、
ある程度、責任がある。
アリタルに、
そのとんでもないアイデアを
思い浮かばせたのも、
結局、彼女を助けたのも自分だ。
だから、自分も、
アリタルとシピサが一緒にいるのを
手伝うと言いました。
アリタルは、
大丈夫なのかと尋ねました。
議長は、
あちこちに神官がいるので、
アリタルの体では、
村で生活必需品を手に入れることも
難しいだろうと答えました。
ラティルは、
この時代には神官が多いようだと
考えました。
アリタルは議長にお礼を言って
すすり泣くと、彼はため息をついて、
セルは、わざと
嘘をついたと思うかと尋ねました。
アリタルは、
セルが衝撃を受けて、
記憶が歪曲されたのではないかと
答えました。
アリタルの言葉は希望的観測に
すぎないけれど、
その可能性も大でした。
子供は事故で双子の兄弟を殺め、
その衝撃から抜け出す前に
母親が自分の首に手をかけた。
その後、母親は
父親と子供を投げ捨てて消えた。
数時間後、怪物に襲われて、
村は台無しになった。
子供が経験するには、
あまりにも酷いことでした。
実際、子供はアリタルを見て、
手に負えないほど恐れていました。
ラティルは、
だから、アリタルが
濡れ衣を着せられた。
アリタルが事実を葬ったんだと
思いました。
アリタルがベッドに横になって
薄暗い天井を見つめている間、
ラティルはアリタルとギルゴール、
2人の子供が経験した強い悲しみと
裏切られた苦痛を思い出し、
複雑な気持ちになりました。
しかし、アリタルが
子供を産まないようにと言った理由は
まだ分かりませんでした。
責任感から忠告したのなら、
あえて自分の生まれ変わりにまで
そんな言葉を残そうとするだろうかと
思いました。
それに変なのは
それだけではありませんでした。
アリタルが
シピサを生き返らせたことで
後代ロードたちが、覚醒と呼ぶ状態を
経験したということは分かり、
吸血鬼を作れるようになったのも
分かったけれど、
アリタルはシピサと一緒に
静かに暮らしたいと思っていました。
彼女は怪物を使って
世界を支配する気はなさそうでした。
◇話がしたい◇
次の日からの日課は
平凡に森で生きていくことなので、
ラティルは、もう少し時間を
先送りしてみました。
ラティルは依然として
アリタルの体を操ることは
できませんでしたが、
どのようにして、
時間を先送りするかは、
分かるような気がしました。
そして確かではないけれど、
後で元の体に戻った時に、
ヘイレンを
日光を見られる体質に
変えられるかもしれないと
思いました。
そのためには、元の体に
戻らなければならないけれど、
この状態から抜け出す方法は
依然としてわかりませんでした。
次に現れたのは大きな木でした。
アリタルは大きな木の後ろに身を隠し
ギルゴールを見つめていました。
彼は小屋の前に立っていて、
議長と話していました。
ギルゴールはアリタルの行方を探して
ここまで来たようで、
彼女はいないと、議長が
きっぱり、嘘をついても、
ギルゴールは、
確信を抱いているのか、
そんなはずはない。
きっとアリタルは
ここへ来ているはず。
アリタルが友達と呼べる人は
エルフ様だけだと言って
簡単に退きませんでした。
議長は、
アリタルとは友達だけれど、
彼女はここに来なかったと
言い張りました。
しかし、ギルゴールは、
アリタルがこちらの方向へ
走って行くのを見た人がいる。
どうかアリタルに
会わせて欲しい。
彼女は自分のすべてだと、
震える声でお願いしました。
けれども、議長は、
そんなことを言っても無駄だと
突っぱね、その可哀相な姿に
目もくれませんでした
ラティルは、
だからギルゴールと議長の仲が
悪くなったのかと考えました。
それでもギルゴールは退かずに
持ち堪えているので、
アリタルは木をギュッと掴みました。
その力で樹皮が剥けて、
バリバリという音がしました。
その音を聞き、ギルゴールは
一気にアリタルの方へ首を回しました。
アリタル!
ギルゴールは、
すぐにアリタルに気づくと、
彼女も彼に近づきました。
ギルゴールはアリタルに
2人で話がしたいと頼みました。
彼はアリタルに腕を折られても
怖くないのか、
彼女のすぐ前に来ました。
アリタルは、
話すことはないと、
わざと冷たく答えました。
しかし、ギルゴールは、
自分はアリタルを信じている。
自分たちは話すことがあるはずだと
優しく囁きました。
しかし、アリタルは、
またギルゴールの腕を折りました。
ギルゴールの体は
フラフラしましたが、
今回はすぐには倒れませんでした。
そして、ギルゴールは反撃もせず、
アリタルに話をしようと囁きました。
アリタルの心臓がざわめくのが
ラティルに強く感じられました。
ギルゴールは、
アリタルの瞳が揺れているのが見えると
言いました。
アリタルは、
ふざけないでと言いました。
ギルゴールは、
アリタルがわざと攻撃しても
大丈夫。 自分はアリタルを
許すことができると言いました。
善良な時代のギルゴールが
苦痛を受ける姿は、
なかなか目にすることが
できませんでしたが、
アリタルが、
彼をさらに冷たく追い返そうと
決心するのが感じられると、
ラティルは時間を進めました。
今度は、
父親に会いたいと訴えて
泣くシピサが見えました。
シピサは、
どうして、父親は
セルとばかりいるのか。
父親は自分のことを
心配していないのか。
父親はセルを
叱らなければならないのに。
自分は母親と同じくらい、
父親のことを愛しているのに、
父親は自分たちのことを
考えていないようだと
文句を言っていました。
どれほど泣いたのか、
シピサの瞼は
パンパンに腫れていました。
ラティルは、再び時間を進めました。
今度はアリタルが
扉の横に立っていて、
議長が籠を両手に持って
走って来ていました。
近づいて来た彼は、
籠を地面に下ろすと、
アリタル、大変です!
と慌てて言いました。
アリタルの体は邪悪だけれど、
彼女の本質は人間の時と
全く変わっていないと思います。
確かにシピサは
人間を襲ってしまったけれど、
それは悪心からではなく、
善悪の判断ができない子供が
お腹が空くのを我慢できずに
取ってしまった行動なのではないかと
思います。
もしも、アリタルが
シピサが死んだのはセルのミスで、
シピサを生き返らせたことで
自分とシピサとギルゴールは
邪悪な体になってしまったけれど
心は以前と変わらないということを
示していれば、
もしかしたら、元の生活に
戻れたかもしれません。
アリタルは、それを期待して
村の様子を見に行ったのかも
しれませんが、
それが叶わないと分かった途端、
自ら悪党になると決めた潔さ。
家族への愛のために、
自らを犠牲にしたアリタルは
体は邪悪でも、その崇高な精神は
大神官の時のままだと思います。
そして、
拒まれても、傷つけられても
アリタルを愛し、彼女を求めることを
止められないギルゴール。
アリタルはギルゴールを
裏切ったのではなく、
彼のことを深く愛しているからこそ
彼の元を去ったことを
ギルゴールが知り、
何千年もの苦しみから
彼が解き放たれることを
願ってやみません。