613話 ラティルは百花から衝撃的な報告を受けました。
◇初代ロードの話◇
家族の殺害と聞いて、ラティルは、
すぐには理解できませんでした。
ギルゴールが、
誰かの命を奪ったというのか。
いや、そうではない。
ギルゴールが命を奪ったのなら、
堕落したのは彼のはず。
けれども、
堕落したのはアリタルでした。
ラティルは目を大きく見開き、
大神官が家族の命を奪って、
堕落したということなのかと
尋ねました。
百花は、
大神官には子供が2人いたけれど、
そのうちの1人の命を奪ったと
答えました。
子供と聞いて、ラティルの目は
さらに大きくなりました。
ギルゴールではなくアリタルだなんて。
それは確かなのだろうか。
自分が考えていた過去とは
全く違う話が繰り広げられると
ラティルは困惑しました。
ラティルは、
それは本当なのか。自分は
違うと思うと反論すると、百花は、
当時、大神官には
運命で定められた聖騎士が
一人ずついたそうだ。
その聖騎士が、大神官の血族の中で、
次の大神官が誰なのか
見つけたらしい。
当時「聖騎士」と呼ばれていたのは
大神官の聖騎士一人だけで、
今の聖騎士たちは、当時で言えば、
戦闘をこなすことができる
ただの神官だったと説明しました。
吸血鬼の騎士!
大神官がロードになったので、
その聖騎士たちが一緒に
吸血鬼の騎士に変わったのだと
ラティルは悟りました。
続けて百花は、
当時、聖騎士は、
大神官と夫婦だったけれど、
大神官が子供の一人の命を奪った時、
ちょうど聖騎士が
家に戻って来たそうだ。
そのおかげで、
もう一人の子供は助かり、
その助かった子供が
最初の対抗者になったそうだと
説明しました。
ラティルは、
「セルのことを考えて」と言った時、
ギルゴールとシピサはもちろん、
最初の対抗者が封印された剣まで
反応した理由を悟りました。
セルはギルゴールの息子であり
シピサの兄弟であり、
剣に封印された対抗者自身の
名前でした。
そして、初代対抗者の魂に
ギルゴールが反応した理由も、
その魂が自分の子供だったからでした。
ラティルはぼんやりとして、
壁の隅に刻まれた
華やかな文様をチラッと見ました。
ラティルが、そちらに
気を取られているように見えたので
百花は、
話を続けるかどうか尋ねました。
ラティルは続けるよう
合図を送りました。
心は混乱していましたが、
一旦、全て話を聞いた後に
整理した方がいいと思いました。
ここで聞くのを止めたら、
かえって、余計に気になるのが
目に見えていました。
百花は、ラティルの顔色を窺いながら
話を続けました。
大神官が、なぜ子供の命を奪ったのか
彼らも分からないと言っていたが
最初から、その子が
気に入らなかったとか、
子供二人のうち、
一人だけ必要だったとか
子供たちに関連して
不吉な予言があったとか、
大神官が狂ったとか、
大神官の過ちだったなと、
いくつか理由を話してくれた。
けれども、内容がバラバラなので、
彼らの推測ではないかと思う。
とにかく大神官は、
聖騎士が現れると逃げた。
聖騎士は子供を連れて神殿に行った。
その後、再び現れた時、
大神官は堕落して、
人ではなくなっていたと説明しました。
百花の目が細くなりました。
もしかしたら、彼は
ラティルが即位して、
トゥーラの首を切ったことを
思い浮かべているのかも
しれませんでした。
実はラティルも、
同じことを考えていました。
ラティルはぼんやりと
百花を見つめていましたが
家族の命を奪うなんて、
途轍もなく悪い罪なので、
それを否定はしないけれど、
そのような種類の罪を犯したのは
大神官一人だけではないはずなのに、
なぜ大神官だけが呪われたのかと
辛うじて反論してみました。
百花は、
大神官は神にとって特別な存在で、
様々な能力を備えている。
当然、神は大神官に
注目するのではないだろうか。
人々を救うための力で
間違ったことをしたのだからと
答えました。
もっともらしい推測に
ラティルは、何も言えませんでした。
しかし、話は
ここで終わりではありませんでした。
ラティルは、
もっとあるの?
と聞くと、百花は短いため息をつき、
話が長くなると言ったはずだ。
それでも自分が内容を縮めて、
整理して話しているので
これだけ短くなった。
その血族に話を聞いた時は
もっと長くて冗長だった。
伝説のように
語り継がれてきた話なので、
一族の間でも
言葉が少しずつ違ったりしていると
答えました。
ラティルは、
もっと話してみるように。
これ以上驚くことはないだろうと
百花を促しました。
百花は、
堕落して現れた大神官は、
もう一人の子供と
夫の命を奪うために
攻撃を浴びせ続けたそうだ。
この時、堕落した大神官が
操っていたのが怪物たちだった。
怪物がロードの仲間と思われたのは
このためだそうだと話しました。
ラティルは唾を飲み込みました。
アリタルの話が思ったより
悲劇的でおぞましい上に、
実際に怪物まで使ったと聞き、
むしろ、百花が
情報を集めて来ない方が
良かったと思いました。
ラティルは、
ロードが怪物と一緒に復興するのは
本当なのかと尋ねました。
百花は、
その血族の話によれば、
元々、怪物はよく現れたそうで、
先頭に立って、その怪物を
相手にしたのが大神官だそうだと
答えました。
ラティルは、
それでは怪物の復興とロードは
やはり関係がなさそうだと
安心して呟きました。
今日の報告の中で
慰めになるようなのは
これ一つだけでした。
しかし百花は、
全く関係がないとは限らない。
ロードが怪物を
復興させるわけではないけれど、
ロードが現れるたびに
怪物たちと手を握ったのは事実だと
微妙な口調で曖昧に返事をしました。
その言葉にラティルが黙っていると、
百花は、
怪物たちと手を握らなければいい。
今、皇帝のそばには、
大神官と百花繚乱がいるからと
言いました。
危険なロードだと
疑われたくなければ、
自分たちを、
そばに置いておいてくださいという
意味なのか。
百花は純粋さを失った魂らしく、
このような状況でも、
自分の利益を得ようとしました。
ラティルが何も言わずにいると、
百花は時計をチラッと見て、
あまり良い話ではなかったようだ。
一人で考えを整理したいと思うので、
自分はこれで失礼すると
別れの挨拶をしました。
しかし、ラティルは
百花を引き止めると、
帰って来る途中、
ある村に立ち寄ったと聞いたけれど
それはどういうことかと尋ねました。
百花は、
若者たちが、
どんどんいなくなる事件が
発生したので、そこの村長に
一度調べて欲しいと頼まれた。
しかし、怪物と関連したことでは
なかったと答えました。
百花が出て行った後も、
ラティルは、眉を顰めたままでした。
最初から最後まで、
すべて衝撃な話でした。
何かあったとは思っていましたが、
まさか、誰かが誰かの命を
奪ったという話だとは
思いませんでした。
子供が二人いて、生き残った方が
初代対抗者になり、
彼は剣に封印されているから、
死んだのはシピサの方だろう。
ギルゴールは、
シピサが死んだと思っていたと
言った。
ギルゴールとしては
そう考えるしかなかったのだろう。
ところで、シピサの命を奪ったのは
アリタルらしいけれど、
シピサはアリタルに命を奪われたのに
なぜ、ギルゴールを憎んでいるのか?
シピサは、
自分を議長に任せたのは
アリタルだと言っていた。
もしかして、アリタルが
シピサの命を奪ったのは
故意ではなく
ミスのようなものだったのか?
それでシピサは
アリタルを許したけれど、
なぜ、シピサはギルゴールのことを
怒っているのだろうか。
ただ、母親のことが
好きだったからだろうか。
複雑な家庭の事情を聞いたラティルは
なぜ、ギルゴールが狂ったのか
分かるような気がしました。
正気でいたら、
こんなことに耐えられないと
思いました。
ラティルは、
ギルゴールの名前を呟きながら、
両手で顔を覆いました。
ギルゴールとアリタルの関係を
早とちりして、ギルゴールに
謝罪を申し出たことを思い出すと
恥ずかしくて心が痛みました。
ラティルはギルゴールに、
彼がアリタルに
悪いことをしたのだから
シピサに謝れというようなニュアンスで
話しました。
それを聞いていた時、
ギルゴールは、
腑に落ちないというような
表情をしていましたが、
彼は一体何を考えたのだろうかと
ラティルは思いました。
◇侍女長の意見◇
ラティルは深く後悔しました。
これからは、きちんと事情を知る前に
絶対に口を滑らせないと
誓いさえしました。
気持ちとしては、
すぐにギルゴールの元へ駆けつけ、
彼を抱きしめて、
自分の失言を謝罪したかったけれど
ラティルは、
簡単に温室に行くことが
できませんでした。
ラティルは仕事を終えて
寝室に戻って来ても、
風呂のお湯を手でかき混ぜるだけで
ギルゴールに会いに行くことが
できませんでした。
ギルゴールは、
自分の過去の話をするのを嫌がり、
アリタルについて聞くのも嫌がり、
子供たちについて聞くのも嫌がるなど
最初から、
過去に関連した話をすること自体を
嫌がっていました。
それなのに、彼の内密調査をして
彼が消そうとしていた恐ろしい過去を
隈なく調べてしまったという話を
してもいいのかと考えました。
彼は過去を嫌がり、
ラティルに過去に戻るように
頼みもしませんでした。
浴槽からの熱気で、
ラティルの足と手が
真っ赤になりました。
目の前がクラクラする頃になって、
ようやくラティルは
浴室の外に出ました。
侍女たちは、ラティルを見て驚き、
熱過ぎるお湯の中に、
長く入っているのも良くないと言って
ラティルの水気を急いで拭き取り、
氷を入れたオレンジジュースを
持って来てくれました。
ラティルはソファーに座って
ジュースを飲みながら、
何度もため息をつきましたが、
飲み物を飲み終わった頃、
ラティルは色々な人の意見を
聞いてみようと思い、
侍女たちに、
聞きたいことがあると言いました。
偽皇帝事件以後、
命令したこと以外、
あまり話をしないラティルが
先に口を開くと、
はい、陛下!
聞いてください!
いくらでも答えます!
と言いながら、嬉しそうに
急いでラティルの周りに
集まって来ました。
ラティルは空になったグラスを
横に置くと、
他人に話したくない、
暗くて悲劇的な過去があると
仮定してみてと言いました。
侍女たちは、互いに視線を交わすと
同時に「はい」と答えました。
続けてラティルは、
あなたたちは、その話を
誰にもしたくない。
あなたたちと一番近い・・・
と言おうとしましたが、
はたして、ギルゴールは
自分のことを一番近いと
思っていてくれているのだろうかと
考えました。
ギルゴールが死のうとする前、
最後の手助けをしてくれるくらい
自分に好感を持ってくれたのは
確かでした。
しかし、彼が死を覚悟したのは
あくまでもシピサのためであり、
ラティルのためでは
ありませんでした。
それなのに、ギルゴールは、
自分のことを、最も近い存在だと
思うだろうか。
ギルゴールが、
自分をどれだけ好きなのか
分からない上に、
アリタルとのことを聞いて、
さらに確信が持てなくなりました。
むしろ、自分のことを
憎むべきなのではないか。
実際に憎んでいたから、
命を奪ったのではないかと
思いました。
ラティルが、突然沈黙すると、
彼女に耳を傾けていた侍女たちは
一斉に緊張しました。
ラティルはその表情に気づくと、
一番近い人にも話したくないほど
暗鬱な過去だ。
ところがある日、一番近い人が
その過去を調べて来て、
慰めてあげると言うのだけれど、
それを、どう思うかと尋ねました。
すると、侍女長は、
どんな過去なのかにより、
違うと思うと、真っ先に答えました。
ラティルは、
暗鬱な過去。
とても暗くて悲劇的で悲しい過去だと
説明しました。
侍女長は、
そのような過去でも、
その過去を語らない理由は違う。
恥ずかしかったり忘れたり、
隠したいと思って
言わなかったのであれば、
たとえ大切な人でも
勝手に過去を調べて来たら嫌だろう。
もしかしたら、大切な人だから、
もっと嫌かもしれない。
けれども、過去を話さないのは、
あまりにも暗い話なので
相手に感情的な負担を
かけたくなかったとか、
あえて暗い話だから、
言うまでもなかったとか、
すでに克服した状態なので、
明らかにする必要がなかったとか、
そのような理由なら、
とても嫌なことではないと思うと
答えました。
ラティルは、
余程、気が気でなかったのか、
空のグラスを口に持って行き、
溶けた氷が数滴落ちると
再びグラスを下ろしました。
おかわりを持って来ようかという
侍女に、ラティルは
大丈夫だと返事をすると、
ため息をつきました。
つまり、侍女長の言葉は、
大嫌いか大嫌いではないかの
どちらかだということだ。
いずれにしても
嫌なのは嫌だということだと
思いました。
ラティルは、
もう少し肯定的な返事が
戻ってくることを願いながら、
他の侍女たちにも、
意見を求めました。
しかし、彼女たちは皆、
侍女長の意見に賛成し、
このような時に
団結力を見せてくれました。
ラティルは額に手を触れました。
ただでさえ、
ボロボロだった勇気が
急に折れました。
ギルゴールに謝りに行けば、
むしろ本格的に嫌われる可能性も
あるのかと考えました。
後悔先に立たず。
思いの外、壮絶なギルゴールの過去に
ラティルはショックを受け、
ギルゴールに余計なことを
言わなければよかったと
後悔していますが、
彼女は純粋な気持ちから
ギルゴールとシピサを
仲直りさせたかったのだと思いますし
元々の性格である、
人を助けたい、守りたい気持ちとか
好奇心を抑えることは
できないと思うので、
また、
同じ過ちを犯しそうな気がします。
でも、そういうところが、
ラティルの魅力なのだと思います。
ところで、百花の話の中に
登場する聖騎士や大神官の子供が
すぐ近くにいることを、
まだ、百花は知らないのですよね。
それを知った時の百花の反応が
楽しみです。