646話 アリタルは、ギルゴールの具合が悪く、担架で運ばれたと聞きました。
◇アリタルの罪の影響◇
アリタルは、また走り始めました
ラティルは、
あっという間に通り過ぎる
風景を眺めながら、
半分、ボーッとしていました。
アリタルが自分に
子供を産まないようにと言ったのは、
このような悲劇を
目撃したからなのか。
それとも、子供をきちんと守る自信が
なくなったからなのか。
いや、これは違うと思いました。
しばらく走っていたアリタルは、
村を見下ろせる
ある丘の斜面に止まりました。
仮に建てられたのか、
少し粗末な建物が立ち並ぶ村は、
上から見ると、道路もきれいに
整備されていませんでした。
しかし、少なくとも怪物に
襲われたようには見えませんでした。
アリタルはマントのフードをかぶり
顔を半分ほど隠して
村の中にゆっくりと入りました。
ラティルは、アリタルが
あまりにも怪しく
見えるのではないかと
心配しましたが、
通りすがりの人たちは
自分たちのことで忙しくて、
フードをかぶった人が
そばを通り過ぎても、
何の関心もないように見えました。
ラティルはアリタルが
ギルゴールを探しているのだろうかと
考えていると、
周りを見回していたアリタルが、
ついに突然立ち止まりました。
彼女の視線が
一ヵ所に固定されました。
ラティルは、アリタルの視線の先に
何があるのか、すぐに気づきました。
ギルゴール?
そこにいたギルゴールは
ラティルが、
これまで想像したことのない
ギルゴールでした。
彼は相変らず
聖騎士のように見えましたが、
いつもきれいだった服は
あちこち破れて
めちゃくちゃでした。
あちこちに血もついていました。
けれども、彼はケガをしているように
見えなかったし、しかも彼の目つきは
ラティルの時代のギルゴールと
優しいギルゴールの間の
中間のように見え、
アリタルを見つめる
澄んだ温かい目つきではないけれど、
ラティルを見つめる時の
利己的な笑みも
浮かんでいませんでした。
前に進む彼に、
通りかかった村人の1人が
石を投げつけました。
石がぶつかる音がすると
ギルゴールはよろめきました。
あっちへ行け!
石を投げた人が
大きな声で叫びました。
その人だけではなく、
ギルゴールを怪物呼ばわりしたり、
ギルゴールのせいで
父親が死んだと責めたり、
聖騎士だと言っていたのに、
なぜ怪物が聖騎士なのかと
ギルゴールが通る度に、周りの人々は
彼を抗議する声を上げました。
声を出さずに石を投げる人もいたので
ラティルは驚愕しましたが、
そんなことをされるのは
一度や二度ではなさそうで、
ギルゴールは
彼らの方を振り向くことなく、
前だけを見て歩きました。
石のいくつかを
避けることもありましたが、
ほとんどは、
ぶつけられるままになっていました。
全く、何て人たちなの!
危ない!
ラティルは息巻きましたが、
アリタルは、
ギルゴールも、私の罪の影響を
受けたのでしょうか。
と、比較的落ち着いて
考えていました。
影響と聞いて、
ラティルは不思議がっていると、
アリタルは、
ギルゴールは清い人間なのに、
彼から、人間と怪物の間の
気が出ていると
心の中で呟きました。
ラティルは、
シピサやアリタルが
黒魔術を使っているからだとしても、
なぜだろうかと考えました。
アリタルは拳をギュッと握ると、
ギルゴールが石をぶつけられても
無視して前に進んで行く様子を
見るだけでした。
ラティルは息詰まる思いで、
それを見ているうちに、
その理由に気がつきました。
アリタルに、
この村の位置を教えた老人は
半月前に、
怪物から村を保護していた結界が
怪物を引き入れる結界に変わったと
話してくれました。
半月前は、
アリタルが神聖力で黒魔術を使った
時期でした。
アリタルが大神官ではなくなり、
結界の役割が自ら変わったように、
ギルゴールも、
アリタルと離れた場所にいたのに
自然に性質が
変わったのかも知れませんでした。
まさか・・・
ギルゴールは私と運命で
結び付けられているので、
私と一緒に影響を受けたのだろうか?
アリタルもラティルと似たような
疑いを抱いているようでした。
しかし、彼女は、すぐに
ギルゴールの所へ行く代わりに、
周りをグルグル回るだけでした。
ギルゴールはどこかへ向かって
歩き続け、ほぼ村の終わりにある、
とある家の中に入りました。
しばらくすると、 ギルゴールは
セルを胸に抱いて現れました。
1人の婦人が扉の前に出て来て、
気をつけて行くようにと
心配そうにギルゴールに言いました。
ギルゴールは、しばらくセルを
そこに預けていたようでした。
セルはシピサと違って、
依然として年相応の姿でした。
怪我もしていないように見えました。
ギルゴールはセルを抱いて、
元来た道を再び歩き始めました。
アリタルは、
その後をずっと付いて行きました。
ところが、ギルゴールがセルを抱いて
狭い道を歩いている時、
何人かの人が現れ、
彼の前に立ちはだかると、
セル様を渡してください!
と叫びました。
彼らの一部は、驚くべきことに
神官の服装をしていました。
ギルゴールは少し疲れた声で
どうしたのかと尋ねると、
周りを見回しました。
兵士のような人が前に出ると、
セル様は、次期大神官に
なるかもしれない方だ。
アリタル様が
大神官の力を失ったかもしれない今、
セル様は最優先に
保護されなければならない
貴重な方だと主張しました。
何人かの人が
ギルゴールの後ろへ行き、
彼の武器をつかんで
しがみつきました。
ギルゴールは慌てたようでしたが、
人々を攻撃することができず、
子供を奪われました。
ラティルの時代のギルゴールなら、
人々を蹴飛ばしたはずですが、
今のギルゴールは、体が変化しても、
性格は、元のギルゴールに近いようで
むやみに人を扱うことが
できないようでした。
ギルゴールは、
子供を返して欲しいと
落ち着いた声で要求しました。
しかし、一人の神官が前に出ると
ギルゴールから
良くない気が出ている。
おそらく結界が変わったのと
同じ理由だろう。
大神官がシピサの命を奪って、
堕落したのは明らかだけれど
セルは依然として
澄んで清らかな気を放っている。
セルのためにも、ギルゴールは
少しだけ欲を抑えて欲しいと
憂鬱そうな顔で拒否しました。
それでもギルゴールは、
子供を返して欲しいと、
同じ言葉を繰り返しました。
神官は、
ギルゴールに何の過ちもないことは
分かっているけれど
ギルゴールは、もう人間ではない。
怪物たちよりも、
もっと暗い気を放っている。
セルを置いて立ち去るようにと
涙ぐみながら哀願しました。
人々は、まだアリタルが
シピサを殺めたと
思っているのだろうか?
ラティルは、
元気そうなセルを見つめました。
セルはまだ幼いけれど、
母親に罪はないと言えないほど
幼くはありませんでした。
セルがシピサと同じようなレベルで
話せるなら、
シピサを殺めたのは自分のミスだと
十分言えると思いました。
しかし、この状況を見ると、
人々はそのような事情を
全く知らない様子でした。
セル・・・
ラティルはアリタルが
苦痛を感じていることが
分かりました。
ギルゴールは、
何か誤解があるに違いない。
アリタルは以前にも一度、
ぼーっとして、
他の人のように行動することがあったと
低い声で反論しました。
しかし、兵士の1人は、
アリタルがギルゴールとセルを攻撃し、
死んだ子供を連れて去ったのを
皆が見たと泣きながら叫びました。
ギルゴールを攻撃する彼らも、
気分が良さそうに見えませんでした
ギルゴールは、
子供が死んだのを見て驚いて、
急いで行ったのかも知れない。
自分も驚いて、
まともに対応できなかった。
まず、アリタルが戻ってくるのを
待たなければならない。
アリタルさえ戻って来れば、
ほとんどのことが元通りになると
本を読んでいるように話しました。
しかし、神官たちも兵士たちも皆、
彼の言葉を信じていないようでした。
セルを抱き締めている神官は、
ギルゴール自ら去るようにと
そっけなく言うと、
彼に背を向けました。
しかし、そうするや否や、
お父さん!お父さん!
目を大きく見開いたセルが
涙声で叫びました。
そして、セルは、
自分は、この人たちが嫌いだ。
父親の所へ行きたいと言って
痙攣を起こしそうになるほど
泣きながらもがくと、神官は
子供を押さえつけることができず
下ろしました。
子供はすぐにギルゴールの所へ
走って行きました。
ギルゴールは子供を抱き上げてから
セルは神官や兵士たちよりも
自分を信じているようだと言うと
人々の表情が固まりました。
その時、
聖騎士様のおっしゃる通りです。
と、アリタルの後ろから
誰かが言いました。
アリタルは、すぐに脇に避けると
後ろから現れた人は
アリタルの横を通り
騒動の中心に歩いて行きました。
長老様!
兵士が抗議するように叫びました。
しかし、長老と呼ばれた人は、
大神官が敵にやられれば、
結界が変わるかもしれない。
まず状況を見守ろう。
数日前の投票でも、聖騎士は
自分たちと一緒にいるべきだと
手を上げた人の方が多かったと
なだめるように言いました。
ギルゴールは、
長老に感謝するように頷きました。
しかし、兵士は
自分も聖騎士が好きだし、
病気の彼をおぶって
ここまで連れて来たのも自分だ。
しかし、自分たちの知っていた
聖騎士と、今暗い気を放つ
聖騎士が同じ人だということを
確信できないと叫びました。
そして、他の人々は、
大神官が姿を消しただけで
このようなことが起きたなら
誰も大神官を疑わなかった。
しかし、大神官は消える前に
シピサを殺め、
セルまで殺めようとしたと
長老に抗議し始めました。
長老は手を振り、
止めなさい!
と、言って止めようとしましたが
抗議する声は、
なかなか途絶えませんでした。
ラティルは、
アリタルが躊躇うのを感じました。
彼女は出るべきかどうか
悩んでいるようでした。
その時、誰かが屋根の上で
怪物だ!
と叫び、
アリタルに矢を放ちました。
矢はアリタルに当たりましたが
岩に当たったように跳ね返りました。
それを見た兵士たちは、
ギルゴールを追及するのを止め、
怪物が現れたと、大声で叫びながら
武器を取り出しました。
その声を聞いて人々が集まり、
あっという間に路地は
神官と兵士たちで
いっぱいになりました。
ギルゴールも
武器を取り出そうして、
後ろに手を伸ばしましたが
彼の槍は、先程、兵士たちに
持って行かれた後でした。
状況を見守っていたアリタルは
しばらくためらった後、
フードを脱ぎました。
人々は同時に息を吸い込みました。
アリタル!
ギルゴールはセルを抱きかかえ
目を見開いて
アリタルの近くまで
走って行きました。
大神官様!
ある人は恐怖に満ちた声で、
ある人は期待する声で叫びました。
しかし、ギルゴールを除けば、
アリタルに駆けつける人も、
彼女を攻撃する人もいませんでした。
先程まで大神官が堕落したと
叫んでいた兵士たちでさえ、
アリタルに
すぐに飛びつくことができずに
見つめていました。
一方、ギルゴールは
アリタルのすぐ前に近づくと、
彼女を待っていた。
一体どうしたのかと尋ねました。
ギルゴールは、アリタルが
子供の首に手をかけている状況を
見ながらも、依然としてアリタルに
何か納得できる事情があったと
信じているようでした。
彼の瞳は、哀願するように
アリタルを見つめました。
アリタルはセルを見ました。
セルはギルゴールに
しがみついていましたが、
アリタルが自分を見つめると、
冷や汗をぽたぽた流し、
唇を震わせ始めました。
子供はアリタルと
目も合わせられませんでした。
そして、子供は父親に
母親が自分の命を
奪わないようにして欲しいと
全身を震わせ、
ギルゴールの懐に入り込みながら
訴えました。
先ほどまで、力強い声で
父親を呼んでいた子供のようでは
ありませんでした。
それからセルは、
母親が自分の命まで奪うと
しどろもどろに呟きました。
子供は嘘をついているようには
見えず、本当に
アリタルを恐れているようでした。
子供の手足は、目に見えるほど
ブルブル震えていて、
とても可哀想に見えました。
セル様!
セルを抱きかかえようとした
神官が嘆きましたが、
ギルゴールは子供を
ギュッと抱きしめながら
アリタルを見つめました
ギルゴールは、
嘘だろう?
アリタル、 何があったのか
話してもらえますか。
一体、なぜ、
シピサは死んだのですか?
と尋ねました。
アリタルは、
死んでしまったシピサを
どうしても生き返らせたくて、
神聖力で黒魔術を使ってしまった。
そのせいで、アリタル自身も
吸血鬼になってしまった。
これが、一番最初の覚醒で、
アリタルと運命で
結びつけられているギルゴールまで
吸血鬼になってしまったことで、
転生したロードにも、
運命で結びつけられた吸血鬼の騎士が
必ずいるということなのですね。
一つ、謎が解決して
少しだけスッキリしました。
アリタルがセルの首に
手をかけているのを実際に見ても
アリタルを信じようとする
ギルゴール。
アリタルを見つけて
駆け寄るギルゴールの姿が切なくて
辛くなりました。
ギルゴールは
失った愛を取り戻すために、
自分を愛してくれる
アリタルの転生を求め、
何千年も生きて来たのだとしたら
ギルゴールが本当に本当に
可哀そうで仕方がありません。
ギルゴールは、
愛する家族を失い、
頭がおかしくなってしまいましたが
何千年も「なぜ、アリタルは?」
とモヤモヤした思いを
抱えて来たのではないかと思います。
ラティルが目覚めた後、
彼女から真実を聞かされることで
彼の心が癒されることを願っています。