262話 グリフィンはサーナット卿に、降りないのかと尋ねました。
◇ロードは死んだはず◇
サーナット卿は
ぼんやりしていましたが、
グリフィンの言葉に
ぎょっとしました。
グリフィンは、
癪に障ると言いたげな目で
彼を見ていました。
サーナット卿は
グリフィンを無視して剣を握ると、
降りるタイミングを窺いました。
彼は先ほどとは違い、
今度は気を引き締めて
下を見下ろしました。
皇帝ではなく
ダークリーチャーたちを
集中的に見つめていると、
一部のダークリーチャーは
ラティルに駆け寄るものの、
突然、後ろに下がるという
不思議な行動をしていました。
サーナット卿はグリフィンに
質問するつもりはなかったけれど
どうしたのだろうかと呟きました。
グリフィンは
ロードだからと答えました。
サーナット卿は、
ダークリーチャーは
黒魔術師の命令に従うのではないかと
尋ねると、グリフィンは、
本当のロードの実力があれば、
あんなのは唾を吐いただけで
どっと逃げると答えました。
サーナット卿は
本当の実力?
と聞き返すとグリフィンは、
完全に覚醒した時のことだ。
どれほど素敵なのか分からない。
しかし、サーナット卿は
見たことがないだろうし、
これからも見ることはないだろうと
言いました。
サーナット卿は、
皇帝のひらひらする髪の毛を
見下ろして
胸が詰まるような表情をしました。
グリフィンは素早く尻を振って
彼を放り投げました。
サーナット卿は
ラティルのすぐ後ろに着地しました。
ラティルは、
反射的に後ろを攻撃しましたが、
サーナット卿を見て
素早く手の力を抜きました。
ラティルの剣とサーナット卿の剣が
ギリギリの位置でぶつかりました。
サーナット卿は、
遅くなって怒ったのかと、
ラティルをからかったので、
彼女はビクッとしました。
愛を失ったサーナット卿は、
父親に接するように
ラティルに接していましたが、
以前のように冗談を言いました。
しかし、それに感動する暇もなく、
ラティルは頭上を飛んで来る
3匹のダークリーチャーを
同時に斬りました。
サーナット卿は
割れたダークリーチャーから
飛び出してくる副産物を
自分のマントを広げて
防いでくれました。
サーナット卿と背中が触れただけで
ラティルは
訳もなく心強くなりました。
しかし、ラティルは
そのような気持ちを抑え、
ここを一匹も通らせないように
しなければならないと呟くと
仕事の話をする時のように、
賭けをしないかと提案しました。
サーナット卿は剣を持ち上げ、
逃した人が負けだと
自信満々に返事をしました。
ラティルは承知すると、
ニヤリと笑って、
大きな剣を短刀のように
横を通るダークリーチャーに
投げました。
サーナット卿は、
その姿をチラッと見ると、
通り過ぎるダークリーチャーの
足をつかんで、
他のダークリーチャーに
投げつけました。
2匹のダークリーチャーが
ぶつかり合って、
1匹がラティルの方に
跳ね返りました。
ひどい!
ラティルはダークリーチャーを
斬りながら叫びました。
そして、こちらへ寄こすのは反則だと
抗議すると、サーナット卿は、
そんなルールはないと
言い返しました。
ラティルは怒ったふりをしましたが
しきりに笑いが出て来たので、
何も答えませんでした。
ラティルとサーナット卿は
しばらく戦いましたが、
ダークリーチャーに
切りはありませんでした。
しかも、山沿いの道が
ラティルとサーナット卿によって
遮断されたため、
ダークリーチャーたちは
山を下り始めました。
ラティルは、
ダークリーチャーを操っている
黒魔術師が遠くない所にいて
こちらを見ていることに気づきました。
ダークリーチャーの保管所は
3か所あるし、
一番先に攻撃して来たのが
カルレインが襲撃した地点なので
こちらにはいないと思っていました。
サーナット卿は、
前を通るダークリーチャーを
横を通り過ぎるダークリーチャーに
ぶつけながら、
どうしたらいいかと尋ねました。
黙ってダークリーチャーを
斬りつけていたラティルは、
どうしたらいいかって?
斬れるだけ全部斬るんです!
と叫びました。
サーナット卿は
訳が分からないでいると、
ラティルは、
どうせ国境で防御する人がいるので
大丈夫。
それでも、被害が生じたら、
自分たちも同じように
ミロを攻撃すればいい。
ミロが先に
自分たちを攻撃したので、
自分もミロを攻撃すると
わざと、いつもより荒々しい声で
叫びました。
サーナット卿は当惑して
ラティルを見つめました。
彼女がいつもより
過激な話し方をするのを
不思議に思っているように
見えました。
しかし、ラティルは叫び続け、
サーナット卿の方を
見向きもしませんでした。
そして、ラティルは、
ミロの王と王妃を
自分の前で跪かせる。
とても面白そうだと叫ぶと、
過度な笑い声まで付け加えました。
すると笑いが終わる前に、
山を下りていた
ダークリーチャーたちが
ラティルの方へ向かって来ました。
ラティルが、
わざと挑発した効果が現れたのでした。
やれやれ。
サーナット卿は
ラティルの意図に気づいて、
そら笑いをし、
相変わらず、挑発するのがお上手だと
からかいました。
ラティルは肩をすくめると、
押し寄せて来るダークリーチャーたちを
斬りつけました。
しかし、先程のように
ダークリーチャーたちを逃さないよう
斬りつけることだけに没頭せず、
他の方に意識を向けました。
ミロ王と王妃を侮辱した途端、
ダークリーチャーたちが
押し寄せて来たということは、
ザリポルシ姫も、
ここのどこかにいるという
意味だからでした。
ラティルは、
黒魔術師とザリポルシ姫が
一緒にいると思うけれど、
どこにいるのだろうかと考えました。
通常の状況であれば、
おそらく彼らは
もう少し高い場所にいるはずですが
ここは山の頂上でした。
彼らが空にいるのでなければ、
ここほど高い位置はないし、
グリフィンが飛び回っているので
空にもいないはずでした。
それならばと、
ラティルは木が鬱蒼としている
森へ駆け込み、
中でも一番高くて葉が茂っている木に
短刀を投げつけました。
それから、上に上がる準備をすると、
ザリポルシ姫が、
ひらりと下へ降りてきました。
彼女の肩には、
ラティルの投げた短刀が
刺さっていました。
ザリポルシ姫は、
ラティル自ら死ににやって来たかと
呟きながら、
ラティルが投げた短刀を抜きました。
彼女とザリポルシ姫は、
同時に剣を抜くと、
互いに相手を狙いました。
ザリポルシ姫は、
自分は以前より力が強くなったので
そう簡単には死なない。
吸血鬼になったのは
長所でもあり短所でもある。
ラティルが自分を騙したおかげだと
皮肉を言いながら、
全力でラティルの剣を
振り払いました。
ラティルは、
しばらく後ろに押されていましたが、
その恩返しをしてやるよ。
と言うと、すぐに再び突進しました。
しかし、ラティルの剣が
ザリポルシ姫の剣と再びぶつかる前に、
彼女が持っていた剣が、
すとんと下に落ちました。
ザリポルシ姫は目を大きく見開いて、
自分の腕を見下ろし、そして、
ラティルの方を見ようとしましたが
その前に、ザリポルシ姫は、
バタンと倒れました。
どうしたの?わざとですか?
ラティルは立ち止まって
ザリポルシ姫を見つめました。
最初に投げた短刀は、
急所に当たらなかったし、
今持っている剣では、ザリポルシ姫を
斬ってもいませんでした。
それなのに、
急に一人で倒れてしまったので、
ラティルは訳が分からず、
罠ではないかと疑いました。
しかし、ザリポルシ姫は、
そのまま二度と起き上がることなく
しかも、彼女の体は
急速に土に変わり始めました。
さきほどの短刀のせいかと考えながら
その光景をぼんやりと眺めていると、
誰かが
吸血鬼ロード?
と呟きました。
ラティルがさっと振り向くと、
背の低い女性が立っていました。
ラティルは、
彼女が黒魔術師であることに
気づきました。
彼女が現れると、
近くにいたダークリーチャーたちは
一斉に、おとなしくなりました。
黒魔術師は、
ラティルと距離を置きながら、
ロードの息の根を止めたのは、
あなたではないのかと呟きました。
彼女は、
信じられない光景を見たという表情で
ラティルとザリポルシ姫を
交互に見ていました
ラティルは、ハンカチを取り出し、
刃に付いたものを拭き取りながら、
黒魔術師は
ザリポルシ姫の仲間なのかと
淡々と尋ねました。
動物の仮面たちのせいで狂った計画が
まとまりそうだったので
安心しましたが、
そのような素振りは見せませんでした。
黒魔術師は依然として
困惑した顔をしていました。
一人でダークリーチャーたちを
相手にしていた
サーナット卿が近づいて来て、
ダークリーチャーが動かないと
告げると、
ラティルの後ろに立ちました。
ラティルは剣を鞘に入れると、
黒魔術師を見つめました。
黒魔術師は、
サーナット卿とラティルを交互に見ると
何ということだ。
ロードは死んだと思ったのに
生きているなんて。
ロードの息の根を止めたのが
ロードだったなんて。
今度のロードは
何をするつもりなのかと
がっかりした顔で呟きました。
どうやら黒魔術師は
アニャドミスが本物のロードだと
先ほどまで信じていたようでした。
ラティルは、
黒魔術師がしなければならないことは
ダークリーチャーを呼び戻すことだと
冷たく言いました。
黒魔術師はため息をついて
手で合図をすると、
山が静かになりました。
黒魔術師は、
動いていたダークリーチャーを
すべて止めたようでした。
ラティルは、汚れたハンカチを、
どうすることもできず、
持ち上げたまま、
よくやったと、黒魔術師を労うと
彼女がザリポルシ姫と
手を組んだ理由を尋ねました。
この黒魔術師はクロウと違って
ラティルを敵対視していないように
見えたので、
聞いてみることにしたのでした。
黒魔術師は、
ラティルを分析しようとするかのように
見つめながら、
ロードが死んだので、
復讐するつもりだったと答えました。
ラティルは、
なぜ、ザリポルシ姫と手を組んだのかと
尋ねました。
黒魔術師は、
色々な支援を受けるのに便利だからと
答えました。
ラティルはハンカチを
サーナット卿に渡しながら
ミロ王と王妃は、
この件に関わっているのかと
尋ねました。
吸血鬼になったザリポルシ姫は
直接、自分の財産を使うことが
できなかっただろうから、
彼女を大事にしながらも
彼女が吸血鬼になったことを
知っている人たちが、
介入しているはずでした。
黒魔術師は、
自分は直接会ったわけではないので
詳しいことは知らない。
しかし、吸血鬼になった団長を
聖騎士の部下たちが
助けたりしないだろうから、自分も
ミロ王と王妃が助けたのではないかと
思うと答えました。
ラティルは、
体の半分が土に戻った
ザリポルシ姫を見ながら
舌打ちをしました。
彼女がすぐに死ななかったら、
あれこれ聞くことができたのに、
まさか、肩に短刀が刺さっただけで、
こんなに簡単に死んでしまうなんて
ラティルも知りませんでした。
黒魔術師は
「ロード」とラティルを呼んだので
彼女はそちらへ顔を向けました。
そして、どうしたのかと尋ねると
黒魔術師は、
ラティルをじっと見つめながら
なぜ、ロードなのに
対抗者を詐称しているのかと
尋ねました。
サーナット卿は、
ハンカチをたたむと
胸の中に入れました。
ラティルは、
ザリポルシ姫の肩に刺さった短刀を
複雑な思いで見下ろしました。
黒魔術師は苛立たしそうに
「ロード」と
ラティルをもう一度呼びました。
ラティルは、短刀を拾い上げながら
運命で定められた善と悪はないと
答えました。
サーナット卿の目元が蠢きました。
黒魔術師は、
それは、どういうことかと尋ねると、
ラティルは、
吸血鬼ロードができるのは
吸血鬼を作ることだけ。
人々が考えているように
絶対悪ではない。
絶対悪がなければ絶対善もない。
自分は汚名をそそぐつもりだと答え
短刀を懐に入れました。
そして、黒魔術師を振り返ると
あなたたちも同じではないかと
尋ねました。
黒魔術師の瞳が揺れました。
サーナット卿は
しわくちゃになったラティルの襟を
ピシッと伸ばしてくれました。
黒魔術師は、ラティルを
ずっと見ているだけでした。
ラティルは時計を確認しました。
そろそろ、
戻らなければなりませんでした。
侍従長が執務室の中に入って来て、
ラティルが姿を消したのを見たら、
びっくりすると思いました。
ラティルは黒魔術師に
あなたはどうするの?
と尋ねました。
それから、ラティルが手を振ると
グリフィンが降りて来ました。
ラティルは
グリフィンの羽を撫でながら
黒魔術師を見ました。
ラティルは、
自分がロードであることが
分かったので、自分に従うのか。
それとも、
ザリポルシ姫と仲間だったので、
彼女の復讐をするのかと尋ねました。
黒魔術師は、
ザリポルシ姫とは
同僚と呼ぶ間柄ではなかった。
必要だから、
お互いに手を握っただけ。
それに聖騎士団長も、
自分のことが気に入らなかったと
冷静に答えました。
ラティルは、
それではどうするのかと尋ねると
黒魔術師は、
ロードに忠誠を誓うと答えました。
するとラティルは、
グリフィンの翼に腰をかけながら
証拠を持って来るようにと
言いました。
黒魔術師が
証拠?
と聞き返すと、ラティルは
ミロ王と王妃が、
この件に関わっているという証拠だと
答えました。
黒魔術師は戸惑っていましたが
すぐに頷きました。
サーナット卿も
グリフィンの上に乗ったので、
ラティルは出発しようと思い
グリフィンの首を擦ろうとしましたが
ふと思い浮かんだことがあったので
再びグリフィンから降りました。
ラティルは、
ザリポルシ姫が
黒魔術を支援することができるから
手を握ったと言っていたけれど、
どうして、それがわかったのかと
黒魔術師に尋ねました。
ラティルの言葉に
黒魔術師が戸惑っていると、
ラティルは、
ザリポルシ姫は王女だけれど
吸血鬼になったので
捨てられたかもしれない。
ただ見ただけでは、姫が
親から支援を受けられるかどうか
分からないのに、
なぜ支援を受けられると思ったのかと
尋ねました。
ラティルの質問に
黒魔術師は呆然とし、
目をパチパチさせながら、
ザリポルシ姫が、
先に自分を訪ねて来たと
答えました。
サーナット卿は
グリフィンから降りながら、
どうしたのかと尋ねました。
ラティルは、
黒魔術師をじっと見つめました。
彼女の、その言葉を聞くと、
何か塊のような考えが
急に浮かびました。
それば何なのか
正確に表現するのが難しいけれど
何となく気になりました。
黒魔術師は、
自分が信じられないのかと尋ねました。
ラティルは、
そうではないと答えましたが、
ザリポルシ姫は、
聖騎士団長で王女だったので
黒魔術師を知っていたはずが
ありませんでした。
ザリポルシ姫は、
今は聖騎士ではないし、
移動も難しいし、
以前の部下もいませんでした。
それなのに、一体どうやって
黒魔術師を見つけたのか
疑問に思いました。
しかも、彼女は、
かなり実力のある黒魔術師でした。
ラティルは、
ザリポルシ姫は
日光を浴びれないけれど、
昼間はどこにいたのかと尋ねました。
黒魔術師は、
地下室を使っていたと答えました。
ラティルは
グリフィンを叩いて送り返すと、
そこを見せて欲しいと頼みました。
◇印影◇
黒魔術師は、
昼間、ザリポルシ姫が
泊まっていた部屋に
案内してくれました。
ミロ王と王妃の支援を
受けていたせいか、
地下ではあるけれど、風通しが良く
きちんと飾られていました。
ラティルは引き出しや
クローゼットの扉を開けて
ベッドの下を確認しながら
歩き回っているうちに、
コートのポケットの中から
封筒を見つけました。
ラティルは封筒の裏に押された
印影をじっと見つめました。
恋は何がきっかけで始まるか
分かりません。
サーナット卿は、ゲスターのせいで
一度はラティルへの愛を
失ってしまったけれど、
ラティルの髪で顔を殴られたり
中途半端な覚醒でも
滅茶苦茶強い
ラティルの戦いぶりを見ているうちに
再び、彼女への愛が芽生えたように
感じました。
あまりにも、あっけなく
死んでしまったザリポルシ姫。
もう少し、戦いが
長く続くと思ったので
拍子抜けしました。
吸血鬼になれば、
人間だった時よりも
強い力を得られますが、
元々、吸血鬼は
ロードが作りだしたもので、
ロードが直接、吸血鬼にしなくても
元を辿れば
ロードに行き着くので
ロードの前では、
ザリポルシ姫は無力だったのだと
思います。
ラティルに復讐することを
考えなければ、
日光を浴びても大丈夫な吸血鬼に
変えてもらえて
長生きもできたと思います。