39話 急いで報告すべき重要な情報が入って来たと、サーナット卿から聞かされたラティルでしたが・・・
◇置いていかないで◇
当直でないサーナット卿が
急いで駆けつけてきたので、
ラティルは花束を下げました。
ラティルは、どうしたのかと、
サーナット卿に尋ねましたが、
ここでは返事ができないとのこと。
相次いで起こった事件のせいか、
ラティルは心臓がドキドキして
苛立ちを感じました。
急な用事だから、
行かなければならない、
クラインも寝ているようだし。
と思った瞬間、扉が開き、
クラインが
悔しくてたまらないといった表情で
出て来ました。
そして、ラティルを抱き締め
また私を見捨てて行くのですか?
行かないでください。
と抗議しました。
ラティルは、
クライン、寝ていなかったの?
と尋ね、それなのに、
扉を開けなかったことに
一言、言おうとしましたが、
クラインはラティルを
固く抱き締めて、
放そうとしませんでした。
なぜ、いつも
私を見捨てて行くのですか?
今度は行かないでください。
絶対に放しません。
行くのなら、
私をおぶっていってください。
と訴えました。
何の香水をつけたのか
クラインの胸から、
すがすがしい香りがしました。
ラティルは、クラインに
話しかけようとしましたが、
彼の耳まで赤くなっているのを見て
口をつぐみました。
行かないでと
自分を捕まえているけれど、
この状況を
非常に恥ずかしく思っているに
違いないと思いました。
それなのに、
こうやっているところを見ると、
前に5分で帰ってしまったことに
驚いたのだろうと思いました。
ラティルは、
怒ったり怒鳴ったりする代わりに、
クラインの背中を叩きながら、
急用だから、
行かなければならないけれど、
今度は30分、いえ1時間以内に
戻ってくるので待つように。
と約束しました。
クラインは
不満そうな顔をしていましたが、
素直に手を下しました。
身体を支えていた大きな腕が
退くと、
ラティルは少し物足りなくなりました。
◇大神官からの手紙◇
ハーレムを出ると、
ラティルはサーナット卿に
どうしたのかと尋ねました。
彼は神殿から手紙が来た、
大神官からの手紙だと思うと
言いました。
執務室の中へ入ると、
侍従長が机のそばに立っていました。
ラティルが近づくと、
彼は両手で手紙を差し出しました。
ヒッラ神官のことも、
陛下が私をお呼びになったことも
お聞きしました。
正確な事情は存じませんが、
人の命が犠牲になるなど、
只事ではないと思います。
ラティルは、
手紙をさっと読んで、
机の上に置いた後、
大神官がパーティに来ると
告げました。
彼女の言葉に
驚いたサーナット卿は
大神官が公式訪問をするのかと
尋ねました。
ラティルは、それを否定し、
正体を明らかにしたくないので
非公式に訪問する。
パーティに出席するけれども、
私のそばが安全だと
確信が持てる時だけ
姿を現すそうです。
と答えました。
サーナット卿は、
机の上の手紙を見つめながら、
意外と怖がりのようだと
言うと、ラティルは、
大神官は上手に戦いを
する人ではないと言いました。
サーナット卿は、
そうだとしても、予想外だと
話しました。
ラティルは死角がないように、
警備隊を2倍に増やすことと、
警備できない区域は
最初から閉鎖するように
指示しました。
その他にいくつか指示をした後、
ラティルはちらりと
時計を確認しました。
いつの間にか、
30分が過ぎていました。
クラインとの約束を
思い出したラティルは
それ以上、
することがなさそうに見えると
執務室を後にしました。
ラティルが出ていくと、
サーナット卿は、
ぼんやりと、その後ろ姿を
じっと見つめました。
侍従長は
後片付けをしている途中で、
サーナット卿が
誰もいない廊下だけを見て
立っているのを見て、
眉をしかめました。
◇海の味◇
クラインの部屋へ行ったラティルは
侍従のバニルが扉を開けると、
すぐ中へ入りました。
クラインの姿は見えませんでしたが、
ベッドに幕が垂れ下がっていて、
その向こうに、
人の影が見えました。
あれを開けろということかしら?
名札を付けたぬいぐるみも
そうだけれど、
意外と繊細なことが好きなんだと
ラティルは思いました。
彼女は笑いながら近づき
幕をちらっと見ました。
もしかしたら、
服を脱いでいるのではないかと
思いましたが、
彼はいつもと違い、
服のボタンをきちんとしめて
ベッドの上に座っていました。
そして、ラティルが
幕の中に入ってくると
少し口を開きました。
彼の舌の上に、
真っ青な宝石が乗っていました。
きれいな赤い舌と青い宝石が
対照的できれいでしたが、
なぜクラインが
宝石をくわえているのか
わかりませんでした。
ラティルは、その理由を
尋ねようとしたところ、
クラインは宝石を口の中へ入れて
それは宝石ではなく、
宝石の形をした飴のようでした。
ラティルは
飴なの?何味の飴?
1人で食べて
見せびらかしているの?
と尋ねると、クラインは
手を伸ばして、
ラティルを自分の膝の上に座らせ
海の味がします。
と答えました。
それはどんな味なの?
塩辛い味?塩味?さっぱりした味?
ラティルには
見当がつかないので問い返すと、
しっとりとして
赤みを帯びた唇が
彼女の鼻先に近づいてきました。
クラインは、
確認してみますか?
と尋ねました。
ラティルは
彼の唇をじっと見つめ
微笑みながら、自分の額を
彼の額につけて
ええ。
と答えました。
◇どちらがマシ?◇
休憩の時も
椅子に座っているラティルは
身体が固くなってしまったので
久しぶりにサーナット卿と
剣の稽古をしました。
ラティルは
1時間ほど休まず
剣を振り回していましたが、
木刀が折れると、
それ以上、動くのを止めて
ベンチへ歩いて行き、
サーナット卿に
海へ行ったことがあるかと
尋ねました。
サーナット卿は
自分の剣を部下に預けて
ラティルに付いて行き
行ったことがあると
答えました。
ラティルはベンチに座ると、
他の護衛が差し出したハンカチで
首筋の汗を拭きながら、笑い
私は行ったことがありません。
実は興味がなかったのです。
と言いました。
サーナット卿は、
いつか私と一緒に行きましょう。
とラティルを誘いました。
ラティルは、
それもいいですね。
本物か偽物か気になったのです。
と、サーナット卿には
理解できない返答をしたので、
彼は首を傾げました。
ラティルは、
もっと説明する代わりに
侍従から渡された水を飲むと、
ふと、眉をひそめて、
ヒュアツィンテとクラインは
一体どのようにして
育ってきたのか
見当がつきません。
兄弟なのに、どうして似たところが
一つもないのでしょう。
と呟きました。
ラティルの口から出た
2人の男の名を聞いて、
サーナット卿の表情が
暗くなりました。
彼は、それを隠すために、
訳もなく、
タオルで顔の横を拭き、
トゥーラ皇子様と陛下も
全然似ておりません。
お2人は異母兄弟ですが、
レアン様と陛下も似ていませんね。
と答えました。
ラティルは、
にやりと笑いながら頷くと、
自分の方が兄よりマシではないかと
尋ねました。
サーナット卿がすぐに答えないので
ラティルは眉間に皺を寄せ、
答えるのに
時間がかかりすぎると言いました。
サーナット卿は、
タオルを膝の上に置くと、
友情と忠誠心の間で
葛藤中だったと答えました。
ラティルは
ショックを受けた振りをして、
わあ。
と訳もなく大口を開けました。
そして、それが
葛藤まですることなのかと
尋ねると、サーナット卿は、
陛下は、どちらが優先なのか
はっきりしているようですね。
と答えました。
それに対してラティルは、
自分は忠誠心を受ける方だから
選ぶことはないと言いました。
サーナット卿は納得して頷くと、
ラティルは彼の脇腹を突いて、
自分と兄のどちらがマシか、
まだ答えていないと言いました。
なかなか返事をしない
サーナット卿に、
本当に答えないつもりなのかと
ラティルが尋ねると、
サーナット卿は、
迷っている時間が長いほど、
私を長くご覧になってくださるのが
何よりも嬉しいのです。
と答えました。
ラティルは、
他の所を見たら
答えてくれるのかと尋ねましたが、
サーナット卿は否定しました。
そして、彼が返事をしないので、
ラティルは訳もなく機嫌を損ね
眉をしかめました。
そして、
兄上が、自分と私の
どちらかを選べと言ったら、
本当に葛藤しますよね?
と尋ねました。
するとサーナット卿は、
冷たく笑いながら、
自分はいつもでラティルの味方だと
答えました。
そして、
ラティルの折った
木刀の鋭い先端を
危なげに押さえながら、
初めから私は、
そのために生まれました。
と言いました。
ラティルは、
そこまで大袈裟でなくてもいいと言って
手を振り回すと、
サーナット卿は、
そのような答えを
望んでいたのではないですか?
と尋ねました。
◇お慕いする人◇
タッシールとゲスターは
パーティに関する
最期の報告書を作成した後、
ハーレムに戻る途中で、
ラティルが演武場にいると聞き、
そちらへ向かうと、
遠くから、彼女が笑顔で
サーナット卿と戯れているのを
見ました。
黙って演武場を見下ろすゲスターに
タッシールは、
純真なお坊ちゃまが
怖い顔をしていると
からかいました。
ゲスターは照れ臭そうに
お慕いする女性が
他の男性と仲良くする姿を見て
表情を良くする男はいません。
と返事をしました。
照れ臭そうなふりは
しているけれど、
タッシールの前では
熱心に演技する気になれないのか、
冷たい声でした。
タッシールの侍従兼部下が
そばにいましたが、
彼もタッシールから
自分の話を聞いていると思ったのか、
ゲスターは全く気にしませんでした。
タッシールは、
自分はそんなことはないと
笑って答えると、ゲスターは
恥ずかし気な顔をして、
それは、あなたが
陛下を
恋い慕っていないからでしょう。
と呟きました。
そして、これ以上、
言葉を交わすのも嫌だと思ったのか
別の場所へ行ってしまいました。
そして、
遠くでゲスターを待っていた
侍従と共に
先にハーレムに戻ると、
口を開けて見守っていた
タッシールの侍従のヘイレンが
お頭のおっしゃる通り
イメージ管理が上手な
お坊ちゃまですね。
しかし、あの方は
何もご存じないのですね。
お頭は怒ると、
余計に笑うことを。
もちろん、お頭が
陛下を恋慕っていないのは
事実ですが。
と言いました。
タッシールは頷いた後、
当惑しながら、
なぜヘイレンが、
自分の気持ちを確信しているのか
尋ねました。
ヘイレンは当然のように、
お頭は、自分以外、
誰も好きではないでしょう?
と聞き返しました。
◇祝賀パーティ◇
様々な紆余曲折を経て
ついに、
無事にパーティの準備が終わり
招待された外国の貴賓たちが
集まってきました。
ラティルは、
数多くの国の模様が刻まれた馬車が
宮殿の正門から入ってくるのを、
高い窓から、お茶を飲みながら
見下ろしていました。
あの国のうち、
トゥーラと手を組んだ国は
どの国だろう?
とラティルは考えました。
それだけでなく、
トゥーラのように
取引はしていないけれど、
ラティルは、
弱い皇帝の振りをして、
近隣諸国の支持を取り付けました。
それらの国と、
まだ衝突はしていないけれど、
ラティルが弱い皇帝でないと
気づいたとき、
どのように関係が変わるかも
気にしなければなりませんでした。
しかも、あの中に、
大神官も含まれていました。
ラティルはお茶を飲み干すと
空のカップを使用人に渡し、
大臣が安心して私に近づけるように、
安全に万全を期さなければなりません。
今日は絶対に、
どんな問題も起こしてはなりません。
あなただけを信じています、
サーナット卿。
と指示しました。
サーナット卿は、
大神官になりすました
他の誰かが来る可能性を
示唆しました。
ラティルは、
わかったと答えました。
ラティルがヒッラ老神官に
手紙を渡したことを知っているのは、
ごく少数の人だけでしたが、
神官は亡くなり、
手紙は消えました。
神官を殺したら、
手紙があったという状況だったかも
しれないけれど、
初めから手紙のことを知っていて、
神官を殺した可能性もありました。
さらに、ラティルは
すでに墓毀損事件の時に、
主犯、あるいは共犯者が
内部にいる可能性を
考えていました。
それゆえ、ラティルは
サーナット卿が
心配する部分についても
あらかじめ、計算していました。
ラティルは、
確認する方法があると
サーナット卿に伝えました。
それは何かと尋ねる
サーナット卿に
彼女は笑いながら
彼の肩を叩いて通り過ぎる時に、
内緒です。
自分だけ知っています。
と答えました。
◇贈り物は何?◇
夕方になり、
パーティが始まりました。
ラティルは多くの人から
祝福と贈り物をもらいました。
中には、
ラティルがハーレムを作ったと聞き、
美しい男性を贈って来た人も
結構いました。
最初、サーナット卿は、
ラティルと一緒に
微笑んでいましたが、
その数が30人を超えると、
次第に表情が固くなっていきました。
しかし、サーナット卿は
まだマシな方でした。
ラティルの最も近くに
座っていたラナムンは
目配せだけで、
人を凍らせてしまうほどの
勢いだったので、
数人の外国人は、
ラナムンを指さしながら、
あの人は、陛下の男たちを
皆、殺してしまいそうです。
あの嫉妬深い目を見てください。
怖いですね。
と、ひそひそ話をしていました。
それを聞いたタッシールは、
唇を噛み締め、
ラナムンを冷やかさないように
口を塞ぎました。
そして、数人に大きな怒りを与えた
贈り物の贈呈が終わると、
音楽の演奏が始まり、
ダンスができるようになりました。
ラティルは
大神官を探しに行こうとして
立ち上がると、
侍従長が近づき、
側室たちの中から、
最初のダンスの相手を選ぶように
小声で言われました。
ラティルは、
クラインを通して知った
青い飴の味が、
本当に海の味かどうか
確認をしてみたいと
思ったのでしょうね。
少なくとも、2人は
口を合わせることくらいは
したのかな・・・
と想像を膨らませています。