38話 ラティルに母国へ帰るように言われたクラインは・・・
◇アクシアンの助言◇
巨大なバッグの中に
大量の衣類を押し込んでいるクラインに
侍従のバニルは
皇子様、
本当に荷物を
おまとめになられるのですか?
陛下は本心から
帰れとおっしゃったとは
思えません。
と説得しましたが、
首の青筋が立ったままのクラインは
聞く耳を持たず、
荷物をまとめて帰れと言われた!
簡単に別れを口にする人は
私も嫌いだ!
と叫びました。
高級な衣類が
バッグの中でしわくちゃになるの見て
バニルは、
じっと立っているアクシアンに
何とかしてくれと目配せをしました。
バニルの鋭い視線を受け、
アクシアンは前に出て、
陛下は腹立ちまぎれに
あのようにおっしゃいました。
と告げると、クラインは
当然そうだそう。
それでも俺は帰る。
俺が帰ったら、
陛下もいい加減なことを
おっしゃったと
後悔されるだろう。
謝罪の使節団を5人送られるまでは
戻って来ない!
と言いました。
クラインが戻る気があることを
アクシアンが指摘すると、
クラインは、
うるさい!
と一喝しました。
クラインが陛下2のぬいぐるみまで
持ってくると、バニルは、
アクシアンの背中を叩いて、
もっと止めて、早く!
と急かしたので、
アクシアンは、やむを得ず
落ちついてください。
と言おうとしました。
しかし、クラインは
容易に落ちつきそうになかったので
アクシアンは
彼に憎まれることを承知で、
お戻りになられると
ヒュアツィンテ陛下が
お困りになられるでしょう。
と強硬手段に出ました。
予想通り、
その言葉を聞いたクラインは
ピタリと止まり、顔を向けました。
アクシアンは
カバンの中から、
陛下2の人形を取り出すと、
皇子様は単なる側室では
ありません。
皇子様がここへ来られたのは
両国の修好のためではありませんか。
と淡々と説明しました。
クラインは、
それを否定しましたが、
アクシアンは
ヒュアツィンテ陛下は
そのためにお送りになられました。
皇子様が
このまま戻られたら、
カリセンの立場が苦しくなります。
と話を続けました。
クラインは
勉強はできませんでしたが、
愚かではなかったので、
アクシアンの話が理解できました。
クラインは手を止めて、
彼を見つめると、
アクシアンは躊躇いながらも、
クラインの胸に
陛下2のぬいぐるみを抱かせました。
そして、
同じ理屈で
ラトラシル皇帝陛下も
簡単に皇子様を追い出すことは
できません。
とりあえず、お待ちください。
と進言しました。
◇そんなはずない◇
ラティルは怒りを鎮めるために、
庭を3-4週してから、
当初の目的のタッシールの部屋へ
向いました。
後ろを歩いていたサーナット卿は
ラティルの表情が
緩んだのを見計らって、
クライン皇子に
あのようにおっしゃっても
問題ないでしょうか?
と控え目な声で尋ねましたが
さほど心配している様子では
ありませんでした。
ラティルは、
一度は厳しく言っておいた方が
良いでしょう。
あの皇子が誰かを殴るのを見たのは
私が見ただけでも
2度ありました。
見えない所で
どれだけ殴っていることか。
ときっぱり答えました。
サーナット卿は
案外、2度殴ったところを、
2度とも見られたのでは?
と尋ねると、ラティルは
そんなはずありますか?
と問い返したので
サーナット卿は
可能性は低いと言って
思い出し笑いをしました。
会話をしている間に
ラティルはタッシールの部屋の前に
到着しました。
事前に連絡をしていなかったので
部屋の前には誰もいませんでした。
呼び声で廊下に出てきた
タッシールの部下は
ラティルがいるのを見てとても驚き、
その場で走り回るほどでした。
タッシールは?
ラティルが尋ねると、
部下は慌てて彼を呼びました。
タッシールは
ドアから顔だけ出して
どうしたの?
と尋ねました。
部下は、ラティルを見て
タッシールに目配せすると
彼は一瞬驚いた表情をしましたが、
目が細く曲がりました。
彼は、
こんな時間にお目にかかれて
嬉しいです、陛下。
と言いました。
◇許してあげてほしい◇
タッシールの部屋へ
初めて来たラティルは
彼の部屋が
ハーレムの側室の部屋ではなく、
本と勉強に夢中の学者の部屋のように
見えました。
ラティルは、
隙間なく
ぎっしり詰まった本を見ながら
これは何かと尋ねました。
タッシールは
商団の仕事に関連する本です。
このまま、
商団の後継者でいられるか
わからないけれど、
新しい情報を
確認し続けなければなりません。
と答えました。
この部屋は、
ラティルがタッシールと
直接会って、
彼のことを麻薬商人みたいだと
考える前に想像していた、
知的なタッシールに似合う
部屋でした。
ラティルは、それを考えると
訳もなく可笑しくなり
笑い転げましたが、
今は、こういう時ではないと気づき、
中央にある椅子に座ると、
前に調査を頼んだ件について
進展しているか尋ねました。
タッシールは、
今のところ、トゥーラと先帝の間に
これといったつながりは
出て来ていないと答えました。
そして、
早く解決して、
約束通り抱いてほしいと
お願いしたいのに
まだまだですね。
と切なそうに付け加え、
自分の服の鎖骨の部分を
2本の指で持ち上げ、
ひらひらさせると
ラティルは、笑いそうになりました。
しかし、先ほど、
クラインと言い争ったことが、
ラティルの微笑を抑えました。
それに、今は
側室といちゃつくことより、
重要な仕事のために来ていました。
ラティルは、
タッシールが黒林として
活動していた時に、
あらゆるたくさんのことを
見てきただろうけれど、
黒魔術師とか、
その方面のことについて
何か知らないのかと尋ねました。
タッシールは
自分が知っているのは
ラティルがすでに知っている、
黒魔術師たちが消えて
500年経っていることだと
話しました。
その後も、ラティルは、
いくつかの質問をした後、
また後で来ると言って
椅子から立ち上がった時、
タッシールは、
陛下はクライン様をお訪ねになったが
5分で戻られたので、
クライン様は
随分笑いものになりました。
と、ラティルが予期せぬことを
言い出しました。
どうして、
あなたがそんな話をするの?
といった目でラティルが
タッシールを見ると、
彼は肩をすくめて、
陛下がクライン様に
出ていくようにと
おっしゃった話が、
もう耳に入っています。
と言いました。
そして、タッシールは、
あの晩、クライン様は
一晩中、庭で泣いていました。
そのせいで、陛下が
クライン様を
置いて出て行かれたことを
皆が知るようになりました。
クライン様がゲスター様を
殴られたのは間違っていますが、
御札がなくなったことや、
色々な事が重なり、
正気ではなかったはずです。
と言いました。
ラティルは、このような話を
ゲスターがするならともかく、
タッシールがするのは
面白いと思いました。
彼は人の肩を持つように
見えませんでした。
タッシールは、
今回のことで
皇子様も
大いに反省しているはずなので、
どうか一度だけ
お許しいただけませんか?
と頼みました。
◇クラインを助けた理由◇
ラティルが去るや否や、
タッシールの部下のヘイレンは
お頭、頭がおかしくなりましたか?
今、側室の中で
陛下と一夜を共にしていないのは、
2人だけで、
その1人がお頭なのに、
誰が誰を助けるのですか?
と頭をかきむしりました。
タッシールは、
いいじゃないか。
本当のことを教えただけだから。
と言いました。
けれども、ヘイレンは
許してくれと
代わりに頼みました。
と反論し、
頭のおかしくなった
イノシシのように
部屋の中を突進して、
座り込むと、
やれやれと言って
カーペットを叩きました。
そして、
厚かましさをどこへお売りになり、
急に大人しい側室に
なられたのですか?
お頭は、そのつねりたくなる
図々しさが魅力なんです。
お頭の魅力はそれしかありません。
その顔で大人しく振舞っても、
「こいつ、何を企んでいるんだ?」
としか、思われません。
と訴えました。
タッシールがじっと見つめると、
ヘイレンは
とてもハンサムですから。
ハンサム過ぎて、そう見えます。
と言葉を変えました。
タッシールは舌打ちをして、
どっかりと安楽椅子に座ると、
頭を使いなさい。
とヘイレンに忠告しました。
すると、彼は、
頭は私が使うので、
お頭は身体を使ってください。
陛下にその素敵な身体を
見せてください。
私がお頭の服を全て破っておきます。
陛下の前で、
服が自然と脱げ落ちるように。
と力説しました。
理性が半分、
出て行ってしまったかのような
部下を見て、
タッシールは舌打ちをしました。
ヘイレンは、
仕事はてきぱきとよくできるけれど、
思い通りにいかないと、
すぐに壊れると思いました。
タッシールは、
クライン皇子を助けた理由は2つある、
しっかりしろ、落ち着け。
と言いました。
ヘイレンは、
ハンサムな恋敵を
助けなければいけない理由が、
なぜ2つもあるのか尋ねました。
するとタッシールは、
自分はクライン皇子に近づき、
ヒュアツィンテ皇帝の
性格について調べると
話したはずだと言いました。
そうでしたね。
と返事をしたヘイレンに、
タッシールは、
ヘイレンのやるべきことについて
尋ねました。
ヘイレンは、
ハーレムの中の人たちに
訴えなければなりません。
お頭は
クライン皇子と親しくないのに、
なぜ、わざわざ訪れた陛下に、
皇子様を許してくださいという
話をしたのかわかりませんと。
と答えました。
タッシールは、
ヘイレンが正気に返ったと
言いました。
彼は、2つ目の理由について
尋ねました。
タッシールは、
ゲスターは見た目は
おとなしそうだけれど、
実は策略家だ。
あの大蛇のような性格は、
いつも獲物を物色している。
自分が望む通りの
イメージを作り上げるには、
目立つ相手が必要だ。
クライン皇子がいなくなったら、
たぶん次は、彼の本性を知っている
私を狙うだろう。
だから、私が
皇子を守ってあげないと。
と説明しました。
正気に戻ったヘイレンは、
すごいです、お頭、さすがです。
お頭が善良になったと
心配した私がバカでした。
とタッシールを誉めました。
彼は、
わかったら、それを
やってみるように。
とヘイレンに指示しました。
彼は、
コーヒー?お菓子?ケーキ?
頭の回転を良くするには、
糖が必用ですよね?
と尋ねました。
するとタッシールは、
陛下の前で自然に服を
脱がせられるように
できるんだって?
それをやってみろ。
と指示しました。
◇花束◇
仕事のため執務室へ戻ったラティルは、
始終、タッシールの言葉を
思い浮かべていました。
実は、ラティルは
クラインを放ってきたことを
忘れていました。
ところが、それについて
タッシールに指摘され、
クラインが一晩中、泣いていたと
聞かされたラティルは、
改めて、あの時のことを
申し訳ないと思いました。
プライドの高い性格なのに、
庭で堂々と泣くなんて、
どれだけ衝撃を受けたことか。
ラティルは悩んだ末、
温室の花で花束を作ってきなさい。
包装を華やかにして、
きれいでキラキラした
リボンを付けるように。
と秘書に指示しました。
その晩、ラティルは
大きな花束を抱えて
クラインの部屋を訪れました。
ところが、
彼の部屋の扉の前に到着すると、
事前に訪問すると
連絡をしていたにもかかわらず、
他の側室たちのように、
侍従が待っていませんでした。
ラティルは、
連絡を頼んだ侍従に、
自分が訪問することを
きちんと伝えたか確認しましたが、
彼は、夜の9時頃訪問すると
確かに伝えたと返事をしました。
それでは、なぜ
侍従の姿が見えないの?
ラティルの侍従が
知るはずもありませんでした。
彼は口をパクパクさせていると、
サーナット卿の代わりに
ラティルの護衛をしている騎士が
疲れて眠っているのではと
言いました。
侍従と一緒に?
ラティルは花束を見下ろしながら
首を傾げました。
◇扉を開けない理由◇
その時刻、
クラインは寝ているどころか、
両目が冴えたまま、
カタツムリのように扉に張り付き
外から聞こえてくる会話を
一つも逃さないように、
耳をそばだてていました。
クラインは、
ラティルの声を聞きながら
微笑んでいました。
バニルは、
クラインの行動が
本当に無意味だと思い
できれば、開けてください。
と、イライラしながら
呟きましたが、
クラインは言うことを
聞きませんでした。
バニルは、
皇帝がこのまま帰ってしまったら
どうするのかと尋ねましたが、
クラインは、
ノックぐらいするだろうと
答えました。
バニルは、
疲れているようですね。
このまま帰りましょう。
と言って、帰るかもしれません。
と忠告しました。
それでもクラインは
扉に耳を付けて
ラティルがノックするのを
待ちました。
彼女がノックしたら、
急いでベッドへ行き
目を閉じて
寝ているふりをするつもりでした。
こんなに自分を傷つけたのだから、
彼もラティルに、
自分は扱いやすい男ではないことを
見せる必要がありました。
眠った自分は
絵のように美しいので、
おそらく皇帝は焦り、
自分に暴言を吐いたことを
後悔すると思いました。
ところが、その瞬間、
クラインの耳に、
予期せぬ声が聞こえてきました。
陛下、急いで報告すべき、
重要な情報が入ってきました。
サーナット卿、どうしましたか?
ここでは、
申し上げられないことです。
サーナット卿?
前にも、あいつが皇帝に会いに来て
急用だと言って、
部屋から連れて行かなかったけ?
あいつがまた来たの?
クラインは、
ついに堪え切れなくなり、
扉をバタンと開けて
陛下!
と呼びました。
やることなすこと
悉く、うまくいかなくて
可哀そうなクラインですが、
悪いことが続いた後に
嬉しいことがあれば、
その喜びは
より大きくなると思います。
今は辛くても
もう少し我慢すれば
良いこともあるよと
教えてあげたいです。