50話 カルレインが突然倒れました・・
◇身体が弱いカルレイン◇
ラティルが宮医を呼ぶや否や、
カルレインは目を開き、
彼女を捕まえて、
宮医を呼ぶことに反対しましたが、
ラティルは、それに反対しました。
真っ白な顔をしているのに、
宮医を呼ぶなと言うなんて、
頭がおかしいと思いました。
ラティルは、
赤ちゃんでもないのに、
医者が怖いの?
と、わざと冷やかすように
尋ねた後、
カルレインをベッドに横たえました。
愛しているからではないけれど
それでも側室だからなのか、
唇に血の気がないのが
気の毒に思いました。
ラティルは、
たぶん、注射はしないので、
診察を受けるように。
顔に生気が全くありません。
と告げました。
そして、
ラティルがカルレインの髪を
優しく撫でていると、
カルレインの侍従が、
宮医が来たことを知らせました。
ラティルは、
カルレインが突然倒れて、
顔も青白いので
大丈夫かどうか調べてほしいと
頼みました。
宮医はカルレインの枕元へ行きました。
カルレインは、半分目を開きましたが、
宮医の方を見ようともしませんでした。
大丈夫でありますように。
宮医が黙って
カルレインを診察している間、
ラティルは、心配そうに
その様子を見守っていました。
診察を終えて
聴診器を外した宮医の表情は、
とても複雑で暗かったので、
ラティルの不安が高まり、
あまり良くないのですか?
と尋ねました。
宮医は彼女と目を合わせず、
心臓の拍動が遅く、弱い、
身体が弱っています。
と報告しました。
カルレインは傭兵王なのに、
身体が弱いと聞いて、
ラティルは、
大神官が敵の首をへし折って
地面に叩きつけたのを見た時と
同じくらい衝撃を受けました。
ラティルは困惑して、
カルレインを見ました。
血の気のない顔をしていても、
身体はあちこち、
しっかりしているように見えました。
すると宮医は、
傭兵の仕事をやり過ぎて
後天的に体が弱くなったと
言いました。
宮医は、
カルレインが傭兵王であると聞いても
彼の身体が弱いという診断は
曲げませんでした。
ラティルは、
カルレインが両手で布団を握りしめ
妙な表情で虚空を見つめているのを
横目で見ました。
宮医は、心臓に効く薬を
処方すると言いました。
そして、
絶対に無理をしてはいけないと
告げた後で、
まだ何か言いたいそうにしていました。
ラティルが問い詰めると、
宮医は躊躇いがちに、
ベッドでも。
と答えたので、ラティルは、
何、その言葉は?
私が無理をさせたとでも
言いたいの?
と、目を剥いて
宮医を見つめたので、
彼は驚いて、頭を深く下げ、
絶対に触れてはいけない
という意味ではなく、
あまり無理をさせないでください、
という意味だと弁明しました。
そして、カルレインは
ラティルの側室なので、
彼女が好きにしてもいいけれど、
健康のために
少し休んだ方がいいと助言したので、
ラティルは、宮医が自分のことを
体調の悪い人をいじめる
好色漢だと考えているのかと思い
開いた口が塞がりませんでした。
ラティルの怒った顔を見た宮医は、
カルレインを
自分のものにできなくなった
皇帝が臍を曲げたと
解釈しているようでした。
結局、否定も肯定もできないラティルは
宮医に出て行くように真顔で命令すると、
宮医は一礼して、
あたふたと逃げて行きました。
扉の閉まる音に続いて、
足音が素早く遠ざかると、
ずっと妙な顔をしていた
カルレインが小さく笑い、
絶対に無理をしてはいけないので、
気を付けてください。
とラティルをからかいました。
ラティルは、
少しの無理もさせないので、
横になって休むように言うと、
カルレインは、
少しは無理をしてもいいと言いました。
ラティルは、そんなことをしたら、
宮医に自分が破廉恥だと思われると
言ったので、
カルレインは笑いましたが、
今度は彼女をからかいませんでした。
ラティルは布団を
カルレインの顎の下まで掛けて、
胸の上を軽く叩き、
休みなさい。
侍従に頼んでおくので、
目が覚めたら薬を飲みなさい。
と告げました。
カルレインはラティルに
行ってしまうのかと尋ねました。
カルレインは蒲団から手を出し、
行かなければいけないと言う
ラティルの手を握り、
具合が悪いので
一緒にいて欲しいと頼みました。
元々、ラティルは
カルレインと酒が飲めなくなったので、
ラナムンとタッシールを訪ねて
酒を飲ませ、
本音を聞くつもりでした。
けれども、具合の悪いカルレインに
手を握られながら、
じっと見つめられると、
彼を振り切って
行くことができませんでした。
彼女は上着を椅子に掛けて
カルレインの横に入り、
こうやって寝ればいい?
とおなかと胸の間を軽く叩いて
尋ねると、彼は頷き
ラティルの方へ寝返りを打つと
目を閉じました。
◇ドミス◇
どのくらい時間が経ったのか、
ラティルは、
カルレインをトントン叩いているうちに
自分もウトウトして寝てしまいました。
カルレインは完全に寝入っていました。
彼は目を閉じていてもセクシーです。
ラティルは、カルレインの
繊細で華やかな顔立ちを
見ていましたが、
寝返りを打って、正面を向きました。
彼にお酒を飲ませたら駄目よね。
身体の調子が悪いから。
と考えたその瞬間、
ドミス・・・
とカルレインの声が聞こえてきました。
ラティルは驚いて、
ぱっと横を向きましたが
カルレインは相変わらず寝ていました。
今のは、カルレインの本音?
寝ている間に精神力が弱くなって
本音が聞こえたってこと?
もう一度、聞こえてきたら
確実だと思いましたが、
それ以上、聞こえてくる声は
ありませんでした。
苛立ったラティルは、
カルレインの髪を引っ張りました。
すると、ラティルの前に、
生まれて初めて見る光景が
広がりました。
◇恋人の歌声◇
その時刻、
アイニはベッドに横たわったまま、
蒲団を握ったり放したりを
繰り返しました。
その日の昼、彼女は父親に
ヘウンが自分を訪ねてきたことを
話しましたが、
彼は全く信じませんでした。
父親は、アイニが辛さのあまり
幻影を見たと言って、
彼女の肩を叩きながら慰め、
しばらく悲しい目で彼女を見つめると、
彼女を抱き締め、
お前が苦労しているのと
同じくらい
後で、ヒュアツィンテの奴も
苦しむだろう。
今、この瞬間を耐えれば
お前は、
全てを持つようになるだろう。
と誓いました。
アイニは、幻影ではなく
芝生に誰かが立っていた跡があったと
説明しても、
父親は悲しい目で娘を見るだけでした。
親友で侍女でもあるレッドラーに
この話をした時も同じでした。
彼女は、
ずっとアイニのそばにいたけれど
本当に、誰も来なかったと言いました。
アイニは苦しさを覚えましたが、
人々は、そんな彼女を
変な目で見るだけでした。
結局、アイニは、
夜になると、すっかり疲れて
ベッドに横になりました。
ヘウンのことは
信じてもらえませんでしたが、
アイニを心配したレッドラーが
彼女が寝るまでそばにいると言って
手を握ってくれました。
そのおかげで、アイニは
ヘウンのことを、しばらく忘れて
眠ることができました。
ところが、
どれくらい時間が経ったのか、
どこからか
聞き覚えのある歌声が聞こえて来て、
アイニは目が覚めてしまいました。
ヘウンの声でした。
レドロは、
アイニが眠ると部屋を出て行ったので
部屋には誰もいませんでした。
アイニは
レドロを呼ぶこともできず、
蒲団をつかみながら、
震えていました。
この歌は、ヘウンがよく
アイニに歌ってくれた曲でした。
幸いなことに、死者が歌う歌は、
部屋の中から聞こえてきませんでした。
アイニはしばらく、
蒲団をいじくり回していましたが、
慎重に起き上がると
廊下へ出ました。
部屋の前には護衛が2人立っていて、
アイニが出てくると
散歩へ行くなら一緒に行くと
言いました。
アイニは返事をする代わりに
歌が聞こえてくる方を向きながら、
この声が聞こえますか?
と尋ねました。
護衛たちは、きょとんとして
声?
と聞き返したので、
アイニは
遠くから聞こえてくる歌声と
囁きましたが、
護衛たちは、いっそう
怪訝そうな顔をしました。
2人とも、
何の音も聞いていないようでした。
そして、彼らは
アイニが廊下を見渡して
怖い顔をすると、
その姿を見てぞっとして、
互いに目配せしました。
アイニは、
歌声が、自分にしか
聞こえないことがわかりました。
彼女は、護衛たちに
歌声について話す代わりに、
散歩に行くので
1人だけ付いてくるように
指示しました。
彼らには聞こえなくても、
自分には聞こえるので
音のする方へ
行ってみるつもりでした。
ところが、幾歩も歩かないうちに
すぐに歌声は切れてしまいました。
その場に立って、
もう少し待ってみましたが、
歌声は聞こえてきませんでした。
アイニは1人で歩きたいと言って
護衛を帰しました。
すると、また歌声が聞こえてきました。
私1人で来いということだろうか。
アイニは、
いっそう怖くなりましたが、
何とか気を引き締めました。
もしも、これがヘウンの仕業なら、
私を脅かすことはないだろう。
私に悪いことをするはずがない。
アイニは、いつも自分に優しかった
ヘウンを思い出し、
勇気を出して、
声のする方へ歩いて行きました。
そこは誰も使っていない
空き部屋でしたが、
まるで、この中へ
入って来いというように
扉が少し開いていました。
アイニは深呼吸をして
手で扉を押しました。
◇涙を流すカルレイン◇
黒い空が動いていました。
四方から聞こえてくる羽音。
風の音。
空は何度も何度も動きました。
ラティルは、黒い空が
カラスの群れであることに
気がつきました。
カラスが空を覆いつくしていたので、
四方が黒く見えたのでした。
野原には、死体が転がっていました。
一様に奇妙な死体で、
死んだばかりのようには
見えませんでした。
その周りを、
ラティルが初めて見る
白い制服姿の人が数百人、
幾重にも取り囲んでいました。
ラティルは彼らを警戒しましたが、
彼らは見向きもしませんでした。
突然、人が現れれば
当然、視線が集中するものなのに、
彼らには
ラティルが見えていないようでした。
幻想?それともカルレインの夢?
最後に聞いたのが、
カルレインの本音だったので、
その可能性もあると思いました。
すると、ラティルの目の前に
1組のカップルがやって来ました。
そのうちの1人が
カルレインだったので
ラティルは驚きました。
顔はそのままでしたが、
今よりも長い髪でした。
それでは、
最近のことだろうか?
泣きながら、
カルレインを抱き締めている女性は
初めて見る人でした。
赤毛で、緑色の目をした女性は
とても美しく、美しすぎて、
むしろ人間に見えないほどでした。
その女性とカルレインが
くっついていると
一対の絵のように見えました。
しかし、状況はあまり良くないようで、
女性はカルレインの顔を撫でながら、
あなたは生きなければなりません。
と悲しく言いました。
カルレインは首を振り、
女性と向き合うと、
私を連れて行かなければなりません。
私は死ぬまで、あなたと一緒です。
連れて行ってください。
と言いました。
カルレインも泣いたりするんだ・・・
彼は、ほとんど
顔の表情が変わらなかったので、
顔が濡れるほど泣いているのを見て
ラティルは妙に心が痛みました。
赤毛の女性が誰だかわからないけれど、
カルレインの頼みを
聞き入れてくれたらと思いました。
けれども、女性は首を横に振りました。
あなたは生きてください。
生きて私を探してください。
私は次も、あなたを待っているから。
その時、あなたのそばには
別の騎士がいるはずです。
あなたは私のことを
覚えていないでしょう。
私にはあなただけです。
女性がカルレインと唇を重ねると、
彼は激しく泣きながら、
首を横に振りました。
けれども、女性の力が強いのか、
カルレインがかなり強く首を振っても
2人は離れませんでした。
さらに、女性の口づけに
妙な力が宿っているのか、
カルレインは女性を止めようと
両手をバタバタさせましたが、
その手は、段々力を失っていきました。
彼は強制的に眠らされたようでした。
カルレインが完全に眠りにつくと
女性は彼を下し、
額にキスをすると
ゆっくりと身体を起こしました。
立ち上がった女性の顔には、
先程の悲しみも惨めさも
ありませんでした。
すると、
しばらく彼女の別れを待っていたのか
他の騎士たちとは、
模様が少し異なる制服を着た女性騎士が、
腰から剣を抜きました。
それを合図に数百人の騎士が、
彼女に続いて剣を抜きました。
四方から、スルスルという音が
不気味に聞こえてきました。
◇ハーレムに入った理由◇
その瞬間、ラティルが見たのは
騎士たちと
赤毛の女性の戦いではなく
カルレインの涙でした。
精神力の強いカルレインが
体調を崩したことで悪夢を見て、
それをラティルは
垣間見ることができました。
ラティルはゆっくりと手を伸ばし、
彼の目元を拭いました。
妙にきまりが悪く感じました。
好きだった女性が亡くなったのか・・・
だから、俗世から逃れるために
ハーレムに入って来たのだろうか。
ラティルは考えました。
ラティルがハーレムを
宣言することから始まったこのお話。
再婚承認を要求します程、
衝撃的な始まりでは
なかったかもしれませんが、
それぞれの皇帝のライバルだった
皇子が蘇ったり、
あまり重要な役割では
ないように思えたアイニが
頻繁に登場し始めたり、
今回のお話では、
カルレインの過去まで出て来たりと、
単純な恋物語や勢力争いの話ではなく
もっと奥深いものが潜んでいるような
気がしてきました。
もしかして、大神官も含めて
6人の側室たちは、
偶然、側室になったのではなく
必然的になったのではないかと
思い始めています。
原作では、
ラティルとカルレインのシーンの間に
アイニのシーンが挟まれていますが、
マンガでは、
ラティルとカルレインのシーンは
続けて描かれていて、
アイニのシーンは61話に
続けて描かれています。
作者様が
ラティルとアイニのシーンを
わざわざ平行して
書かれたということは、
互いに関係なさそうな
2つの出来事が
実は何らかの関連があるからだと
思いました。