474話 アニャドミスは、目の下が窪んでいる側室を狙っています。
◇お前は誰?◇
ヘイレンは、おやつを持って
部屋の中へ入って来ながら、
少し雰囲気が慌ただしいと話すと、
机に顔を埋めていたタッシールは
頭を上げ、
「慌ただしい?」と聞き返しました。
ヘイレンは仕事をやめて欲しいと
頼みましたが、タッシールは、
少し気になることがあると
返事をしました。
ヘイレンは眉をひそめ、
皇帝が訪ねてきて、
また、頼んで行ったことかと
呟くと、おやつの器を
タッシールの机の上に置きました。
そして、皇帝は、若頭にだけ、
たくさん仕事をさせると
文句を言いましたが、
タッシールは、今見ているのは、
商団の仕事だと答えました。
しかし、ヘイレンは、
それでも皇帝は
若頭に仕事だけさせている。
皇帝が若頭に、
仕事を押し付けなければ、
商団の仕事くらい、
軽く処理できると文句を言いました。
タッシールは、
ヘイレンが拗ねていると
冷やかしましたが、
ヘイレンは、
愛情は他の側室にだけ与え、
仕事は若頭にだけ
与えているからだと
不平を漏らしました。
タッシールは、
ブツブツ文句を言っている
ヘイレンの口に
クッキーを入れて静かにさせると
窓の外をしばらく眺め、
慌ただしいとは、
どういうことなのかと尋ねました。
ヘイレンは、
皇帝が側室を連れて
どこかへ走って行ったと答えました。
タッシールは、
皇帝が、カルレインとゲスターと
走り回っているのかと尋ねると
ヘイレンは、
そこにクライン皇子と大神官が
加わっていると答えました。
カルレインとゲスターを連れて
走り回るなら
ロード関連のことだと思っていた
タッシールは、
クラインと大神官が
追加されたという話に首を傾げました。
それでは、
ロード関連の仕事ではないのか?
それなら、私たちも
そちらへ行ってみようか?
気になったタッシールは
クッキーを一つ口に入れて
立ち上がると、
ヘイレンをじっと見つめ、
ニヤリと笑いながら、
お前は誰だ?
と尋ねました。
その言葉に、
しばらく驚いたように
眉をつり上げていたヘイレンは
口元に、ニヤリと笑みを浮かべ、
賢い人だと言いました。
◇隙を突かれる◇
ほぼ30分ほど、ラティルたちは、
アイニの部屋に集まっていました。
時計を確認し続けたラティルは、
ギルゴールに、
なぜ、アニャドミスは現れないのかと
尋ねました。
ギルゴールは、ニコニコ笑いながら
必ずしも、今日である必要は
なかったのではないかと答えました。
彼は、一抹の心配すらなさそうで、
アニャドミスがアイニを狙っても、
カルレインを狙っても、
別に関係ないという態度でした。
しかし、
ギルゴールの言うことなので
皆、気分を害したりしませんでした。
実際に、ギルゴールが
誰かを真剣に心配するなら、
それこそ鳥肌が立つと思いました。
サーナット卿は、
もし、今日、
再びロードが現れなかったら、
カルレインとアイニとラナムンは
ずっと一緒に
いなければならないのかと
ラティルに尋ねました。
それを聞いた3人は、
同時に顔をしかめましたが、
その時、外で、
慌ててラティルを呼ぶ声が
聞こえて来ました。
そこに集まっている者たちは、
反射的に
お互いを見つめ合いましたが、
急いで立ち上がると外へ出ました。
そこには、ハーレムの管理者が
警備兵数人と一緒に立っていました。
ラティルは、
心臓がゾワゾワしました。
彼女は、どうしたのかと尋ねると、
顔から血の気が引いた管理者は
タッシールの侍従が、
大ケガをした状態で発見され、
タッシールが行方不明だと
告げました。
ラティルは足の力が抜け、
サーナット卿の肩を
ギュッとつかみました。
ラティルは、
まさか、アニャドミスは、
わざと隙を突いたのかと、
思いました。
◇ラティルの決断◇
深呼吸して、
気を取り直したラティルは
急いで一行を全員率いて
タッシールの部屋へ行きました。
彼の部屋に続いている
ヘイレンの部屋のベッドの上に
気を失ったヘイレンが
横たわっていて、3人の宮医が
急いで治療していました。
ラティルが
ヘイレンの具合を尋ねると、
宮医は、
良くないし、傷口が変だ。
誰かが首を噛みちぎったように
首がこれだけ裂かれていると
答えました。
ラティルは慌ててザイシンの腕を握り
治療をして欲しいと頼みました。
ザイシンは身体を乗り出して
神聖力を入れようとした瞬間、
ギルゴールはザイシンの腕を握り、
宮医たちの方へ向けました。
そして、宮医たちを
部屋の外へ出すよう指示しました。
ラティルは、
訳が分かりませんでしたが、
いくらギルゴールが
狂っていたとしても、
この状況で、ただ宮医たちを
追い出そうとしているとは思えず、
ラティルは
ギルゴールの言うことに従えと
宮医たちに、目で合図をしました。
宮医たちが出て行くと、
ギルゴールは、
ドミスが首を噛みちぎった。
すでに変化しているので、
大神官から治療を受けたら、
ただ浄化されて死んでしまうと
告げました。
ラティルは目を大きく見開いて
ギルゴールを見ました。
彼を人間として死なせるか、
このまま変わらせるか、
お嬢さんが決めるように。
死なせたいなら、一気に自分が
命を奪うと言いました。
アイニは、
当然、人の状態で
逝かせるべきだと叫びました。
ギルゴールは肩をすくめて
ラティルを見ました。
クラインは混乱しているのか
頭をブルブル震わせ、
大神官の腕をつかみました。
ラティルは、指を動かすヘイレンを
ぼんやりと見つめました。
ラティルはギルゴールに、
別の所で話をしようと
目配せしました。
ギルゴールは、
時間がないと言いましたが、
ラティルは3分でいいと
返事をしました。
ラティルはギルゴールを
タッシールの部屋へ連れて行き、
他の人に聞こえないように
声を低くして、
ヘイレンが吸血鬼になったら
どうなるかと尋ねました。
ギルゴールは、
ザイオールのようになる。
そのためには、もう一度、
噛まなければならない。
一度、適度に噛まれるくらいなら、
苦労はするだろうけれど、
人間に戻ることができる。
しかし、あの人間は
首がボロボロになってしまったので
ダメだと答えました。
ラティルは、
ザイオールのようになったら
どうなるのか。
ヘイレンも、
昼間は歩き回れないのか。
カルレインの傭兵たちのように
なれないのかと尋ねました。
ギルゴールは、
彼らは皆、
500年前にドミスが作ったので、
太陽の下で歩き回ることができる
吸血鬼を作れるのは、
覚醒したロードだけだと答えました。
ラティルは、
それは困る。
ヘイレンは、いつも
あちこち歩き回っているのに、
昼間、外へ出られなくなれば
きちんと、タッシールのそばに
いられなくなると訴えました。
ギルゴールは、
後でお弟子さんが覚醒し、
再び彼を噛めば、
太陽を見られるようにできると
答えましたが、
彼女を試すように、じっと見つめながら
お弟子さんは、
覚醒するつもりはなさそうだけれどと
付け加えました。
片手で口を塞ぎ、
ベッドに座り込んだラティルに
ギルゴールは、
3分経ったと平然と教えました。
そして、意識を取り戻してから
命を奪えば、本人が辛い。
早く決めてと、
ラティルを急かしました。
ラティルは顔を手で覆って
素早く呼吸しました。
ヘイレンは、吸血鬼になってでも
生きたいだろうか。
彼の人生を、こちらで勝手に
決めてもいいのだろうか。
ヘイレンは何の罪もなく
誠実に生きて来た人ではないかと
考えていると、ギルゴールが
再び、ラティルを急かしました。
彼女は、
顔を覆っていた手を下ろしながら
変えて欲しいと頼みました。
これが正しいかどうかは
わかりませんでしたが、
タッシールのためにも
ヘイレンを死なせることは
できませんでした。
ラティルは、
タッシールがどうなったのかを
知っているのは
ヘイレンだけだと呟くと、
ギルゴールは肩をすくめ、
先に部屋を出ました。
ラティルは後を追おうとして
カーペットに付いている
血痕を見ました。
ラティルは拳を握りしめ
歯ぎしりしました。
ラティルは、アニャドミスが
タッシールを傷つければ、
自分が彼女の命を奪うと
決意しました。
◇同じくらい賢い◇
目を覚ましたタッシールは
何度か瞬きをし、眉をひそめました。
四方が真っ暗なので、
彼は今、自分がどこにいるのか
すぐには分かりませんでした。
手を上げて、
あちこちに伸ばしてみると、
四方が塞がっている細長い空間に
閉じ込められているようでした。
タッシールは、記憶を失う前に
自分が最後に見た光景を
思い出しました。
どんな手を使ったのか、
誰かがヘイレンを操って
自分に接近し、
それがヘイレンでないということに
気づくと、
彼はニヤリと笑いながら
タッシールを嘲弄しました。
そして突然、誰かに
後ろから強く殴られました。
タッシールは、
役に立つ情報が一つもないと
舌打ちすると、
自分の前を塞いでいるものを
手で押してみました。
幸いにも、「それ」は、
かなりの重さがありましたが、
押し出すことができました。
さらに、力を入れて
強く押してみたところ、
タッシールは、
それが蓋であることに気がつきました。
彼は、蓋を横に片付けて
起き上がると、
夜空が見えました。
星座を確認したタッシールは、
ここがタリウムの首都ではないことに
気づきました。
気絶した彼を、
誰かが、ここへ運んだのでした。
そして、洞窟に置かれた棺に
自分が閉じ込められていたことまで
確認したタッシールは
眉をしかめました。
彼は、かなり鋭敏な方なので、
このように、何も対処ができずに
拉致される経験自体が不慣れでした。
すると、暗闇の中から
「驚かないんですね」と
女の声が聞こえてきました。
そちらを見てみると、暗闇の中で、
一人の女性が、
徐々に姿を現しました。
全身が濡れているのを見ると、
そこに湖があり、
その中に入っていたようでした
女性は髪が赤くて、とても美しく、
以前、 首都で見たことがある
顔のようだと思いました。
ラナムンが、
自分が対抗者なのかどうか
悩んでいた時、タッシールは
別の女性が対抗者ではないかと
アイドミスが話しているのを
盗み聞きしていました。
目の前にいるのは、
あの時のアイドミスではないかと
考えたタッシールは
一瞬、混乱しましたが、
その間に、アニャドミスは、
完全に水の中から出て来て、
タッシールの前に近づき、
彼が自分を怖がっていないと
指摘しました。
そして、アニャドミスは
座っているタッシールに近づき、
顎をつかんで持ち上げ、
その顔をじっと見下ろすと、
クマがひどいけどハンサムだと
称賛しました。
タッシールは、
あえて、彼女の手から
逃れようとしませんでした。
アニャドミスは、
今がチャンスとばかりに、
タッシールを、
ジロジロ見下ろしました。
タッシールは、
前にアニャドミスが、
首都で、傭兵たちと一緒に
カルレインと対抗者の話を
していなかったかと尋ねました。
タッシールの質問に、
アニャドミスは首を傾げ、
自分がそんなことをしたの?
と、笑いながら聞き返しました。
それを聞いた瞬間、タッシールは
ラティルとカリセンに行った時に、
彼女が外見を変えていたことを
思い出しました。
先皇后も、娘の外見を
そのまま真似したことがありました。
皇帝と先皇后以外にも、
外見を変えられる人が
もう一人いるのだろうか。
あの時に会った女性か
この女性のどちらかが
姿を変えていたのだろうかと
考えていると、アニャドミスは
古代から伝わる物の中に
姿を変えられる物がある。
自分の半分が、それを使って、
この姿を真似したようだと
言いました。
タッシールは、自分と同じ速さで、
頭を転がす人を初めて見て
本当に驚きました。
そして、半分という表現を
聞いたタッシールは
目の前にいる女性に
アニャドミス?と尋ねました。
タッシールはラティルとその仲間から
元ロードの身体に入った元対抗者の話を
すでに聞いていました。
姿を消したまま、アニャドミスが
宮殿を行き来している話や
アニャドミスが
アイニとカルレインを
狙っていることも聞いていました。
彼女がアニャドミスなら、
跡形もなく現れ、
彼を後ろから襲撃したのも、
同じ姿をしていた女性を
「自分の半分」と呼ぶのも
理にかなっていると思いました。
タッシールは、あの時に見た女性は
アイニ皇后だったのかと尋ねました。
今度はアニャドミスが
少し驚いた顔をして、
タッシールは、顔に似合わず賢いと
皮肉を言い、
アニャドミスというのは、
タッシールたちが自分を呼ぶ
ニックネームなのか。
あまりにも誠意がないと
明るく笑いながら非難しました。
アニャドミスは
タッシールの顎を離し、
棺の上に腰掛けると、
タッシールが、
命を奪われることを
心配しているのなら
その必要はない。
自分は、現在のロードが
覚醒しないようにするので
絶対にタッシールを傷つけないと
言って、彼の頭を撫でました。
そして、アニャドミスは
軽やかに立ち上がると、
自分はタッシールの奥さんに
カルレインとタッシールを
交換しようという手紙を残して来た。
タッシールの奥さんが
カルレインとタッシールを
交換してくれるだろうか。
あの皇帝は、
タッシールとカルレインの二人のうち
どちらを、より大切にするだろうかと
ニッコリ笑いながら、
意地悪そうに尋ねました。
タッシールのために、
いつも一生懸命だったヘイレンが
吸血鬼になってしまって悲しいです。
ギルゴールは、
ヘイレンとは何の関係もないので
彼が浄化されて死んでしまっても
構わないはず。
けれども、ヘイレンが死んでしまえば
ラティルがザイシンに
彼を治療させたことを後悔し
悲しむと思って、
真実を教えたのではないかと
思いました。
今は、頭が
おかしくなっているとはいえ、
ギルゴールは元々、
優しい性格なのではないかと
思います。
タッシールが驚くほど
アニャドミスは
頭の回転が速いのですね。
カルレインが彼女を
ロードと間違えなければ
いずれ対抗者になったとしても
自分で事業を起こしたり、
商売を始めるなどして、
一人の男性に執着するのとは
別の人生を送っていたかもしれません。
話が長くなって来て、
以前、
どのようなシーンが出て来たか
忘れかけていますが(^^;)
自分が対抗者かどうか
ラナムンが悩んでいたシーンを
見つけることができたので
リンクを貼っておきます。
このお話以降、
アイニがドミスに化けて
傭兵たちの中に入り込むシーンが
出て来ます。