87話 ラナムンは、アトラクシー公爵から偽皇帝に近づくなと言われました。
◇悪役◇
近衛騎士団長サーナット卿は、
黒魔術師と手を結んで、
陛下に危害を加えようとした。
幸いにも、レアン皇子様が
事前に察知して阻止しましたが、
事を仕損じると、すぐに逃げて
今は行方不明だ、
誰でも、サーナット卿を捕まえたら、
大きな報酬を与える。
シェイトの乗り気のしない口調に、
最近、同時多発的に起きている、
遺体の行方不明事件を調べた後、
レアンは、
そちらへ顔を向けました。
発表文を手にしているシェイトに、
レアンは、気に入らないようだと
指摘しました。
シェイトは、
サーナット卿はレアンの友達で、
ラティルにとって、
誰よりも忠実な騎士なのに、
このように発表して、
ラティルがロードでないと
分かったら、
どうするつもりなのかと尋ねました。
レアンは、発表してしまったものは
仕方がないと答えました。
シェイトはため息をつき、
ラティルがレアンを殺そうとしても、
自分は止められないと
釘を刺しました。
レアンは、
ラティルがロードでないことが
明らかになれば、
誤解だったと再発表すればいいと
言いました。
しかし、シェイトは
サーナット卿の誤解が
完全に解けるだろうか?
サーナット卿は
あなたを許すだろうか?
ラティルは?
と尋ねました。
シェイトはレアンが
インク瓶にペンを入れ過ぎていることに
気がつきましたが、
レアンは何事もないかのように
公文書にサインをしていました。
彼は、
悪役を演じないとね。
と答えました。
◇もう一つの頼み事◇
ゲスターは、トゥーリから、
偽者が偽者だと
知らないふりをしながら、
もっと親しくなれという
父親の指示を聞いて、
理解できませんでした。
ゲスターは、
父親がこの件について
手を出さないつもりなのかと尋ねると
トゥーリは、
ロルド宰相がアトラクシー公爵と
手を携えて、
これを解決するつもりであることを
伝えました。
ゲスターは、どのようにして?
と尋ねましたが、
トゥーリは、
そこまで詳しく話していなかったと
答えました。
しかし偽者が、
自分の正体がバレたことに気づき、
事前に準備をするといけないから、
そのような指示を
出したのではないかと言いました。
ゲスターは、
自分が危険だと思って、
父親が
そのような指示を出したのではと
力なく呟くと、
トゥーリは、
その理由もあるだろうと
ゲスターに同意しました。
トゥーリは、
ゲスターの顔色を窺いながら
宰相の言うことを聞くかどうか
確認すると、彼は、
なぜか不満そうな表情でしたが、
結局、頷き、
偽者だと気づいている素振りは
見せないと言いました。
トゥーリは、ゲスターが
偽者をあからさまに遠ざけることで、
何か起こったら大変だと
心配していましたが、
宰相が良い忠告をしてくれたおかげで、
そんなことは起こらないだろうと
安心しました。
ゲスターは、
父親の意向通りにするので、
他の頼みをもう一つ聞いて欲しいと
トゥーリに告げました。
そして、素早く手紙を書き、
トゥーリがその内容を読む前に、
封筒に入れて、蝋で密封し、
住所を書いて、
彼に差し出しました。
トゥーリは、
封筒に書いてある住所を見て驚き、
なぜ、ここに
手紙を送るのかと尋ねました。
◇仮病◇
同じ時刻、同じ立場で、
父親から手紙をもらったラナムンは
皇帝が自分の部屋へ来たら、
身体の調子が悪いと言って、
帰ってもらうようにと
カルドンに指示しました。
彼は、
本当の皇帝も、偽者の皇帝も
どうせ、ハーレムに来ないのにと
力なく呟くと、
ラナムンが冷ややかな視線を
投げかけたので、
カルドンは、
皇帝が来ても中へ入れないと
言葉を変えました。
そして、
今の皇帝は本当に偽者なのかと
ラナムンに尋ねました。
彼は、
遠くからでも皇帝を見ていないので
自分は知らないと答えました。
カルドンはラナムンに
同情に満ちた視線を送ると、
彼は、
そんな目で見るな。
他の人たちも皆同じだ。
と言いました。
ところが、その話をするや否や、
夕方、皇帝が
ラナムンを訪ねてきました。
事前に話をしていたにもかかわらず
いざ、皇帝を拒否するのは
容易でないのか
カルドンは、足をすくませながら、
本当に病気だと伝えるのかと
ラナムンに尋ねました。
彼は、
病気だと言うように。
胸がむかむかして、お腹が痛くて、
頭も痛いし、筋肉痛だ。
と指示しました。
それでも怖気づいていた
カルドンでしたが、
ようやく足を動かし、
やっとの思いで廊下へ出ました。
◇ラティルからの連絡◇
突然、傭兵王は駆け落ちをし、
ゲスター様は
皇帝から寵愛を受け、
ラナムン様は、病気だと言って
陛下をお避けになった。
なぜ陛下は私と大神官を
訪ねて来なくなったのかと
不思議に思っていたら。
散歩すると言って
歩き回っていたタッシールが
変な落書きの前で
変な言葉を呟いたので
侍従のヘイレンは眉を顰めました。
彼は、タッシールに
1人で壁を見て呟いていると
隣にいる者は怖い。
そして、
なぜクラインの話を外すのか。
彼をいないもの扱いしているのかと
尋ねました。
ヘイレンは、この落書きが
黒林の秘密の暗号であることを
知らなかったので、
このように言うしかありませんでした。
しかし、タッシールには
この落書きが、
闇市、カレイ、
アイスタッシールにクリームに
見えました。
この言葉を
組み合わせることができるのは、
本物の皇帝1人だけでした。
どうして、
こんなことになったのか。
とタッシールが呟くと
ヘイレンも同じように、
そうですね。
どうして、こうしているのか
分からないです。
と呟きました。
皇帝とタッシールは
お似合いかと思っていたら
突然、皇帝は
タッシールを訪ねるのを止めて、
ゲスターを呼んで
散歩したり、食事することが
多くなりました。
夜に見かけてはいないけれど、
これなら、
寵愛の勢力図が変わったと
言えました。
しかし、タッシールは
頭を使うつもりはなく、
平然と壁を見ながら、
無駄な言葉を呟いているので、
ヘイレンは気が重くなりました。
タッシールは、
そんなヘイレンの心の内が
見えたので
笑いながら彼の背中を叩き、
危機はチャンスだ。
私の危機ではないけれど、
とにかくチャンスはやって来た。
と言いました。
何を言っているのかと、
ヘイレンが聞くと、
タッシールは、
皇帝が偽者だと答えました。
そして、
さっと背を向けて前に進むと
ヘイレンは、
しばらくぽかんと立っていました。
我に帰って、
タッシールに追いつくと
それは、本当なのかと尋ねました。
タッシールは
ラティルはカリセンにいると
答えました。
ヘイレンは、
落書きを見てそれに気づいたのか、
そして今、
どこへ向かっているのか尋ねました。
皇帝が本当に偽者なら、
直ちに商団の頭に知らせて
対策を立てなければいけないと
ヘイレンは考えました。
しかし、タッシールは
ラナムンの部屋へ向かっていました。
そしてタッシールは、
ヘイレンに、
大神官を連れてくるように
指示しました。
◇話し合い◇
ヘイレンが大神官を
ラナムンの部屋へ連れて来ると、
タッシールは、
今の皇帝は偽者で、
私の考えでは、
あなた方もそのことを
知っているような気がします。
真実を知る者同士で、
何か方法を考えるべきだと思い、
お二人と話し合いたいと思います。
と言いました。
タッシールは、ラナムンが急に
皇帝を遠ざけたという話を思い出し、
彼も真実を知っていて、
そのようにしているのだと
推測したようでした。
しかし、いくらそうでも、
いきなり話をするものなのか。
ラナムン様が本当に病気で
皇帝を遠ざけたのか、
偽者だと知って遠ざけたのか、
どうやって確信するの?
とヘイレンはタッシールの
凄まじい推進力に
感嘆と当惑しながら、
横目でラナムンを見ました。
彼は、いつものように無表情でした。
全く驚かないところを見ると
タッシールの言う通りのようでした。
しかし、大神官は
生まれて初めて聞く話のように
口を開けていましたが、
ヘイレンと目が合うと、
急いで口を閉じました。
大神官は知らなかったと
ヘイレンは推測しました。
それなら、なぜ頭は
大神官まで連れて来いと
おっしゃったのだろうか?
ラナムンはともかく、
彼がこのことを知らなかったのなら
巻き込むのは
危険ではないだろうか。
ヘイレンは
タッシールの意図が理解できず、
眉を顰めました。
その間に、3人の男たちは
円形テーブルを囲んで
向かい合って座りました。
ヘイレンは、
タッシールが何を言うのか
心配そうに彼を見ました。
ヘイレンと同じように
心配しているのか、
ラナムンはタッシールに、
皇帝が今どこにいるか
知っているのか、
それで自分を訪ねて来たのかと
尋ねました。
タッシールは、
そこまでは知らないと答えました。
先程、ラティルが
カリセンの首都にいると
聞いていなければ、
ヘイレンもタッシールの嘘が
本当だと思うくらい
自然に出た嘘でした。
それを見ていると、
タッシールは率直に打ち明けて、
事を解決しようとしているのでは
なさそうでした。
ヘイレンは、
一体、タッシールが
ラナムンと大神官を連れて来て
何をしようとしているのか、
疑問に思いました。
◇諦めないアイニ◇
面と向かって、カルレインに
知らない人と言われても
アイニは
再び彼を訪ねて来ました。
ここまでくると、
アイニはカルレインに恋をしていて、
無理強いしているのではないかと
ラティルは疑いました。
おまけに、今回は、
カルレインのことを
人間でないのではないかと
変な質問をしました。
カルレインが不快そうな顔をすると
アイニは再び辛そうな表情を
見せましたが、
今回、ラティルは
アイニが可哀そうというより
ひどいと思いました。
違うと言っているのに、
どうして、ああやっているのかと
思ったラティルは、
カルレインに別のことをやらせて、
自分は、
部屋から出て行ったアイニの後を
付いて行きました。
物思いに沈んでいたアイニを
ラティルは後ろから呼び止めました。
アイニとは、客観的には
仲良くなりにくい関係だけれど、
ラティルは彼女を良い人だと
思っていました。
そのため、ラティルは
アイニがカルレインに
変な質問をしても
知らん振りしていました。
けれども、アイニがずっと、
あのようにしていれば、
彼女自身の評判はもちろん、
カルレインの迷惑になりました。
アイニは人目も気にせず、
カルレインに話しかけているので、
それに対する評判は
彼女自身が甘んじて
受け入れれば良いけれど、
皇后が話しかけてくるから
仕方なく答えている
カルレインの評判が一緒に落ちたら
ひどいのではないかと
ラティルは思いました。
彼女は、これから話すことに
あまり気分を害さないで欲しいと
アイニに頼むと、彼女は頷きました。
かっとなって出て来たものの
いざ話そうとすると
ラティルは少し躊躇い、
アイニに、
申し訳ない気持ちになりました。
しかし、自分が線を引かないと
2人共、根も葉もない噂に
巻き込まれると思いました。
ラティルは、
アイニが頻繁に来ていることで、
カルレインが
不便そうにしているので、
他に用事がなければ
来てほしくないと
腹を据えて、頼みました。
タッシールは、
カルレインとラナムン、
ゲスターの様子から
何かおかしいと思いながらも
自分には情報がなかったので、
身動きが取れない状態だったのだと
思います。
けれども、ラティルからの
メッセージが届いた途端、
彼が何をすべきか
頭の中でパチパチと計算をして
すぐに行動に移す様は
さすが、
超優秀な商人といった感じを
受けました。
そして、ラティルから頼られたことを
嬉しく思ったに違いありません。
ところで、タッシールも
クラインを仲間外れにするのですね、
最も、直情的な彼は、
皇帝が偽者だと知った途端、
大騒ぎしそうですし、
正直なので、偽皇帝の前で
お芝居もできなさそうです。
彼には何も知らせない方が
良いのかもしれません。