184話 ギルゴールとの会話から、ドミスはロードではないかと考えたラティルでしたが・・・
◇500歳も年上の人◇
服を着替えて庭を散歩しながら
ラティルは考えました。
カルレインとドミスが
500年前の人なら、
2人の友達のギルゴールも
500年前の人。
それなら、彼も人間ではない。
それよりも、カルレインが
500年も生きている吸血鬼だったら
どうなるのか。
ラティルの足は
自然とハーレムに向かいました。
誰もいない部屋で、
ラティルは
窓の下に置かれているサボテンを
ぼんやり眺めました。
ロードではないかもしれないという
期待に喜ぶや否や、
顔を見て選んだ側室が、
自分より500歳も
年上かもしれないことが分かった。
そして、彼の元恋人は吸血鬼。
2人は吸血鬼のカップルだったのか。
もしかしたら、
ロードと吸血鬼の
カップルだったかもしれない。
ラティルは部屋の外へ出ると、
廊下を逃げるように
素早く歩きました。
すると、
ゲスターが彼女を呼んだので、
ラティルは立ち止まり、
無理矢理笑いました。
ゲスターは、か弱い性格なので、
彼と向き合うと、
自分が堅固な姿を
見せなければいけないという、
変な責任感が生じるので、
ラティルは正気を取り戻しました。
彼女は、ゲスターに
散歩をしていたのかと尋ねると、
彼はラティルに近づき、
彼女の顔を注意深く見ながら、
大丈夫か、顔色が悪いと
気遣いました。
ラティルは、
色々あって、と答えると、
ゲスターはカルレインの部屋の扉を
ちらっと見ました。
彼の部屋はカーテンが閉まっていて
中は見えないけれど、
ラティルがそこから出てくるのを
ゲスターは見ていたようでした。
彼は、カルレインの具合が
とても悪いのかと尋ねました。
カルレインは、対外的には、
体調が悪くて、
部屋に閉じこもっていることに
なっていました。
事情を知らないゲスターが
カルレインのことを
心配してくれるので、
ラティルは呆気に取られ、
力なく笑いながら、首を振り、
そうではないと答えました。
そして、変な怪物が出ているのに
夜中に出歩いているゲスターを
心配しました。
彼は、聖騎士たちが外にいるので
大丈夫だと言いました。
宮廷人たちも、最近は怖がって
日が暮れれば歩き回らないのに、
ゲスターが、
いつもブルブル震えていることを
考えると、
彼は、案外、
恐がりではないと思いました。
それでも、夜は肌寒くなってくるし、
風邪を引くといけないので、
ラティルはゲスターに
部屋へ戻って、
暖かくして寝るように
言うつもりでしたが、
ラナムンが裸で
庭を行き来していたと
クラインが告げ口したことを
思い出しました。
しかし、ゲスターに
自分がいない時にラナムンが
裸になっているのかと
聞くことはできないので、
クラインとラナムンは
仲が悪いのかと尋ねました。
ゲスターは、しばらく躊躇うと、
ぎこちなく笑いながら視線を避け、
他の側室たちについて、
悪い話はしたくないと答えました。
その返事を聞いて、ラティルは
2人の仲が悪いと確信しました。
それならば、ラナムンは
裸になっていた訳ではないけれど
クラインが何かを見誤って
自分に伝えたかもしれないと
思いました。
ラティルはゲスターの肩を叩くと、
風邪を引くといけないので、
少し歩いたら、
部屋の中へ入るようにと言いました。
ゲスターは、
ラティルが散歩をするなら、
一緒に行ってはいけないかと
尋ねましたが、彼女は、
考え事があるので、
また後でと答えました。
ラティルは
ゲスターの額にキスをすると
本宮の方へ急いで歩いて行きました。
彼女の後ろ姿を眺めていたゲスターは
皇帝の姿が完全に見えなくなると
元々、行こうとした所へ向いました。
◇人に頼れなければ◇
考えてみたら、
以前、ドミスの夢の中で、
カルレインがギルゴールに
ロードがどうのこうのと
言っていたのを
ちらっと聞いたような気がしました。
問題は、
ほんの僅かしか聞いていないので
よく思い出せないことでした。
本宮へ戻ったラティルは
お風呂に入った後、
よく眠れなくて、
身体が少し震えて頭も痛いので、
眠くなる成分の入った頭痛薬を
持ってくるように指示しました。
侍女は宮医を呼んだ方がいいのではと
心配しましたが、
ラティルは断りました。
彼女は侍女が持ってきた薬を
ナイフで半分に切り、
その薬を侍女が臼で潰し、
銀の盆に擦り付けて、
毒薬ではないことを確認した後、
残りの半分の薬を飲んで
ベッドに横になりました。
カルレインを追及したくても
そばにいないし、
サーナット卿に聞いても
何も答えない。
ギルゴールは、まだ信頼し難い。
そうなると、ラティルが直接、
ドミスの記憶を
確認するしかありませんでした。
◇仕事が欲しい◇
ドミスは、
仕事が必要だ、
絶対にトラブルを起こさないし、
本当に一生懸命働くので、
雇って欲しいと
必死で頼んでいましたが、
ピアスを付けた太った男は、
保証人もいない女の子に
仕事を任せられない、
消えろと言って、
ハエ叩きのような物を
むやみに振り回しているうちに
それがドミスの頭に当たりました。
ラティルは、
どうして殴ることができるのと
男に文句を言いましたが、
ドミスは泣き崩れました。
それでも、男は
ドミスを叩きました。
そうしているうちに、
客が入って来たので、
男はハエ叩きを降ろしました。
客が立ち上がったドミスを
ちらちら見ていると、
男は、再びハエ叩きを振り回し、
ドミスに向かって
泥棒みたいだから、消えろと
声を荒げました。
客の1人は幼い女の子で、
父親の手をぎゅっと握ったまま
不思議な目で
ドミスを見ていましたが
父親に見てはいけないと言われ
目を隠されると、
キャハハと笑いました。
ドミスは逃げ出しました。
何しているの、ドミス!
あなたは吸血鬼でしょう?
全員、噛んでしまえ。
ラティルは何のために
夢を見ているのかを忘れて
大声を張り上げました。
しかし、ラティルが
吸血鬼、
あるいは吸血鬼のロードだと
推測したドミスは、
ラティルが思っているよりも
弱い人で、
彼女は怒りもせず、
仏頂面で歩き回りながら、
仕事だけをもらおうとしていました。
しかし、仕事を探すためには
必ず保証人が必要なようで、
ドミスは、
どこにも仕事を見つけることが
できませんでした。
ラティルは、自分が哀願して
歩いているわけではないのに
つられて元気がなくなりました。
ドミスがこのまま堕落して
吸血鬼のロードになっても
理解できるほどでした。
保証人がいないと
仕事をくれないのなら、
親戚のいない人は
どうしろって言うんだ?
このままでは、
ドミスが悪に染まる前に
自分が精神的に暗くなりそうだと
ラティルが嘆いていると、
優雅な貴婦人がドミスを呼びました。
その女性は、
ドミスが最初に立ち寄った
洋品店にいた女性で、
ドミスをじっと見つめていたのを
ラティルは思い出しました。
ドミスはたじろぎながら
貴婦人を見つめるだけなので
彼女がドミスに近づき、
仕事を探しているのかと
尋ねました。
ドミスは、あたふたと
はい、はい、奥様。
と答えると、貴婦人は頷き
顎で港に停泊している
大きな船を指しながら、
船の中で、
自分の下女をするつもりはないかと
尋ねました。
意外な提案に
ドミスが「え?」と問い返すと
貴婦人は、少し離れた所に
彼女のスーツケースを持って
立っている自分の下女を指して、
彼女の船酔いがひどいと言いました。
下女が顔を赤くすると、
貴婦人はため息をつきました。
そして、貴婦人は、
レントルの別荘まで行くけれど、
そこには熟練した下女たちが
たくさんいるので大丈夫。
けれども、そこまで
下女をたった2人だけ連れて、
行くわけにはいかない。
しかし、
家から下女を連れて来るとなると
時間がかかり過ぎると言いました。
ラティルはドミスの心臓が
希望に満ちているのを感じました。
彼女は、
行けます!船酔いはしません。
と返事をしました。
しかし、ラティルは
実は私も
船に乗ったことがないけれど
精神力で
乗り越えなければならない。
とドミスが考えているのを感じて
舌打ちしました。
ラティルは、
ドミスが船酔いしたら
どうするのかと思いました。
しかし、ドミスは
窮地に追い込まれているので
そこまでは
気にしていない様子でした。
幸い、貴婦人は
そんなドミスの態度が
気に入ったのか、
ドミスが船の中で
きちんと仕事をこなしてくれれば、
ずっと自分が
連れて行くこともできると
話しました。
ドミスは、「頑張ります」と
言いました。
貴婦人は3時間後に船が出るので
その時までに来るようにと
ドミスに告げました。
そして、船酔いのひどい下女は
首にかけていたネックレスを
ドミスに渡しました。
それは、船に入るための切符でした。
貴婦人が去ると、
ドミスは小さく悲鳴を上げました。
ラティルは、
これを信じてもいいのかと
疑いましたが、
ドミスは初対面の人なのに
固く信じているようでした。
さらに、ドミスは
3時間後に来るように言われたのに
すぐに埠頭に駆け付け、
大きな船の前にしゃがみこみました。
(ここでずっと待っていよう。)
船員たちが、
重い荷物を運ぶのに邪魔だと怒っても
ドミスは横に避けるだけで
怒りもしませんでした。
ラティルは、
この野暮ったい人が
本当に吸血鬼になるのか。
ロードかもしれないのかと
考えると、変な気分になりました。
その時、後ろから誰かが
ねえ、そこの赤い髪の人。
とドミスを呼びました。
また、退けと言われると思い、
ドミスは立ち上がって
後ろに下がりました。
しかし、彼女に話しかけたのは
船員ではなく、
古い服だけれど、きちんと着飾った
同年代の女の子でした。
(どうして私を呼んだの?)
ドミスは
女の子を知りませんでしたが、
ラティルは知っていました。
ドミスが貴婦人から
下女になるように提案された時に
近くの壁の所にしゃがみこんで
ずっと見ていた子供でした。
ドミスは、
自分を呼んだのかと尋ねると
女の子は頷き、
情けないといった様子で
眉を顰め、
一緒に船に乗って行こう、
下女の仕事をしてみろと言った
先ほどの貴婦人の話を
聞いてはいけない。
彼女はドミスを
拉致しようとしている。
彼女のように騙されて、
連れて行かれた子をたくさん見たと
言いました。
ラティルがドミスの記憶を
夢で見始めた頃は、
嫌でたまらなくて、
悪夢を見ないために、
大神官を呼んだくらいなのに、
真実を知るために、
自らドミスの記憶を見ようとするのは
ドミスの記憶が実際にあったことだと
確信するようになったからだと
思います。
サーナット卿やカルレインが
ラティルのことを思って
本当のことを言わないのに対して
自分のことしか考えていない
ギルゴールが、
何でも話した
おかげなのでしょうけれど。
ギルゴールは悪役だけれど、
色々な謎を明らかにしていく
キーパーソンですね。