215話 カルレインはラティルとギルゴールの仲睦まじい姿を見ていました。
◇苦しい心◇
カルレインは、
笑って騒ぎながら歩いている
ラティルとギルゴールを見て、
以前も、このように
2人を眺めたことがあることを
思い出しました。
当時のラティルはドミスで、
ギルゴールと並んで座り、
何が面白いのか、
しきりに笑いながら、
話をしていました。
その姿は、
旧知の知り合いのように見え、
とても仲が良さそうでした。
しかし、カルレインは
その姿を見ていると
自分の心が腐っていくように
感じました。
これは不合理だと分かっていても
笑うドミスを見ると、
さらに気分が悪くなりました。
泣いているドミスを見ても、
気分が悪くなったのに、
なぜ、笑う姿まで気分が悪いのか
分かりませんでした。
カルレインは、
一体、ドミスはどのような人間で、
なぜ、あらゆる悪い感情を
自分に起こさせるのか、
彼女自身に聞きたい衝動に駆られました。
カルレインの隣にいるアニャも
彼と同じくらい、
この状況が気に入らないようで、
ギルゴールは
同情心があり過ぎると
冷たい声で言って舌打ちしました。
カルレインは、ドミスのことを
不快に思いながらも、
アニャが彼女の悪口を言うのは嫌で
他の人と仲良くなるのは良いことだ。
助けられる人は助けた方がいい。
と訳もなくドミスの肩を持ち、
心にもないことを言いました。
しかし、アニャは
彼の言葉を素直に認めました。
ギルゴールとカルレインのおかげで
アニャは、
初代皇帝から
永久に栄光の座を約束された
クレレンデ大公の後継者として
育ちました。
記憶のない幼い頃から、
指折りの高い身分を得ていたので
彼女は
少し傲慢なところがありました。
けれども、
アニャは人を見下しながらも、
今のように、
時々、同情心と正義感の欠片が
見えたりもしました。
カルレインは、
ドミスがアニャの
義理の姉だということが
分かったけれど、
どうするのかと尋ねました。
アニャは、姉と言っても
血は繋がっていないと答えました。
カルレインが「姉」と口にした途端
アニャのドミスへの同情心は
消えてしまったようでした。
アニャが、
ドミスとの間に線を引くと
カルレインは眉間にしわを寄せました。
彼は、アニャの母親が
娘として育てたなら
姉妹ではないのかと尋ねました。
しかし、彼女は
血が繋がっていなければ
絶対に姉妹と認めたくないのか、
「とんでもない」と
きっぱり答えました。
アニャは、
母親の心が傷つくのは嫌だから
彼女のために、
手伝うことはできるけれど、
自分の力で生きようとせず、
いきなりくっ付いてくる人は
嫌いだと言いました。
カルレインは、
アニャはドミスと
まともに話したこともないのにと
指摘しましたが、彼女は
母親から
宝石をもらったのを見ればわかる。
お金目当てなら、
これ以上助けなくてもいいと
言いました。
そして、カルレインと腕を組んで
可愛らしく笑うと、
花園を見せて欲しいとせがみました。
カルレインは、
素直にアニャに付いて行きましたが、
遠くから幻聴のように
聞こえてくるドミスの笑い声に
再び心が苦しくなりました。
◇狂気と執着と所有欲◇
回想を終えたカルレインは、
あの時も今も、
自分は全く変わっていないと
苦笑しました。
しかし、あの時、彼は
ギルゴールを「あちらの側」だと
警戒していませんでした。
彼は本当に頭がおかしいし、
自分と違い、
ロードを尊重していませんでした。
ギルゴールが何を知っていて、
ラティルにあんな風に振舞うのか、
本能的に導かれているのか
分からないけれど、
彼の愛には尊重がなく、
所有欲と執着、
狂気に満ちているので、
ロードが受け入れるはずが
ありませんでした。
そうでなければならない。
自分に言い聞かせながら、
ギルゴールと別れたラティルを
遠くから追っていたカルレインは
突然、彼女が
自分のいる方を振り返ったので、
慌てて姿を隠しました。
あそこで、
誰かが見ていたようだったけれど。
しかし、誰もいませんでした。
それでも、ラティルは
すっきりしなかったので、
しばらく、
そちらを眺めていましたが
やはり、誰もいませんでした。
ラティルは宮殿に戻り、
秘密の場所で仮面を脱ぎ、
着替えると寝室に戻りました。
寝る準備が終わると、
ラティルは布団の中に潜り込みました。
◇父親の悲しみ◇
その後、数日間、
ラティルは
カルレインを訪ねませんでした。
会いたくなって、
ハーレムの入口まで行ったものの、
気持ちを元に戻しました。
もしも、彼が、再び別の側室を
階段から突き落としたりしたら、
本当に怒るということを、
彼の顔を見て言えないので、
効果があるか分からないけれど、
態度で示すしかありませんでした。
一週間ほど経ったころ、
ラティルはタッシールと一緒に
夕食を取りながら、
彼に頼まれたマナーを
教えることにしました。
彼は頭が良いので、
何度も教えなくても、
すぐに覚えられると思いつつ、
彼が本当にマナーを知らないのか
疑っていました。
その時、侍従が
サーナット卿の父親である
メロシー領主の来訪を告げました。
ラティルは、
一気に気分が良くなりました。
もしかしたら、サーナット卿が
すぐに戻って来ると
知らせに来たのかもしれない。
そう考えると、気分が和らぎました。
その一方で、
騎士団長職を辞めるという知らせを
伝えに来たのかもしれないとも
考えました。
ところが、
心配と期待の入り混じった気持ちを
「メロシー領主は泣いています。」
という侍従の一言が打ち消しました。
もしかしたら、サーナット卿に
何か起こったのかもしれないと
考えたラティルは、
心臓がドキドキしました。
後ろにいた侍従長も驚いていました。
ラティルは、
すぐにメロシー領主を通すように
命じました。
侍従の言う通り、彼の顔は
涙でびしょ濡れになっていました。
ラティルは、他の人々に
出て行くように手で合図をし、
領主に近付きました。
そして、サーナット卿に
何かあったのかと尋ねると
領主は、
さらに泣き始めたので
ラティルは困ってしまい
話さなければ分からない。
サーナット卿がケガをしたり
病気になったのかと尋ねました。
心の中では、
吸血鬼も病気になるのかと
疑問に思いましたが。
すると領主は、
サーナット卿が行方不明になったと
泣き声の入り混じった声で
叫びました。
ラティルの心臓が
大きくドキンとしましたが、
彼女は、すぐに気を引き締め、
落ち着いた様子で
領主を椅子に座らせました。
ラティルは、
サーナット卿が旅行へ行ったことは
聞いているけれど、
単に旅が長引いているだけではないかと
尋ねました。
しかし、領主は、
サーナット卿は
他の人には旅行へ行くと言ったけれど
実は、ショードポリに出現した
空洞の調査に行ったと答えました。
ラティルは当惑しました。
彼女は、
なぜ、サーナット卿が
そこへ行ったのか?と
尋ねました。
彼は、その中に、
怪物がいることを
知っていたのだろうか。
サーナット卿は
一度だけ吸血鬼に噛まれた
弱い吸血鬼だと
話していたけれど・・・
領主は、彼が
ショードポリへ行った理由は
分からないけれど、
自分がそこへ行けば
皇帝の役に立つかもしれないと
言っていたと答えた後、
また泣き出しました。
ラティルは、領主が
この状態で帰るのは難しいので、
何日か休んでいくようにと指示した後、
自分がサーナット卿を
探しに行くと告げました。
領主は、領地に戻って
息子を待ちたかったけれど
泣きすぎたせいで、
瞼が浮腫み、目の前がよく見えず
頭もクラクラし、
呼吸困難にも陥っていたので
皇帝の提案を受け入れました。
領主は皇帝の秘書に案内されて
回廊を歩いていた時に
遠くから、自分を見ている
ゾッとするような視線を感じました。
そちらを見ると、
カルレインがいました。
彼の正体を知っている領主は、
かすかに黙礼しましたが、
カルレインは挨拶を返さないし、
目も合わせませんでした。
けれども、その鋭い視線から
彼が自分に用事があると気づいた
領主は、秘書に
頭が痛くて、少し歩きたいので
場所を教えてくれれば、自分で行く。
何度か滞在したことがあるから
大丈夫だと言いました。
秘書は領主に
部屋の位置を教えた後に
立ち去ると
領主はカルレインに近づきました。
カルレインは
領主が手の届くところまで近づくと、
胸倉をつかんで、
人気のない所まで
引っ張っていきました。
そして、手を離すと、
なぜ、皇帝に
あのようなことを言ったのかと
詰め寄りました。
その話を聞くや否や、
領主は再び泣き出し、
自分たちは騎士を祀る家柄なので
カルレインの世界のことは
分からないけれど
ロードが最も強くて、
偉大な存在であることは知っている。
自分の息子はとても強いけれど、
その息子に問題が起きたら、
彼を救えるのは皇帝しかいないと
主張し、
カルレインを睨みながら
わーわー泣きました。
そして、カルレインにとって、
サーナット卿は
ただの騎士にすぎないけれど、
自分にとっては、
彼がいくら強くても
自分の子供だと叫びました。
泣き崩れるメロシー領主を
これ以上責めることができない
カルレインは、
陛下に負担をかけないように。
私が探しに行く。
と告げました。
◇吸血鬼のスピード◇
カルレインは、
真っ直ぐ部屋へ戻ると
出発の支度をはじめました。
すると、誰かが扉を叩きましたが
最近、ラティルは
彼の所へやって来ないので
振り向きませんでした。
しかし、扉が開くや否や
部屋の中が
良い香りで満たされたので
カルレインは、
部屋の中へ入って来たのが
ラティルだと気づき、
慌てて振り返りました。
彼女は、しばらく
カルレインを避けていたので
照れ臭そうに彼に近づくと、
聞きたいことがあると言いました。
彼女の視線が、
荷物を詰めていたカバンに注がれると
カルレインは
後ろにカバンを隠しました。
ラティルは、
吸血鬼のスピードで
ショードポリへ行ったら、
何日かかるかと尋ねました。
カルレインは、
ラティルが自分に
サーナット卿を助けに行けと
命令すると思い、
往復2日。
でも、中に何があるのか
分からないので、
もう少しかかる。
と正直に答えました。
ラティルは頷くと、
カルレインの方を向いて、
荷物を片付けるように言いました。
驚いたカルレインは
聞き返しましたが、
ラティルは、
すでに立ち去った後でした。
◇行くのは私◇
ラティルは
サーナット卿を探すために、
ギルゴールと一緒に
ショードポリへ行くつもりでした。
彼は、訓練に行こうと
簡単に言うほどだったので、
ギルゴールは
怪物に対する備えができていると
ラティルは考えました。
1週間出かけるのは
絶対に駄目だけれど、
3日なら大丈夫だと思いました。
しかし、ラティルは
以前のような失敗を
繰り返したくないので、
出発する前に、側室全員を呼んで
自分が3‐4日間、留守をする間の
対策を伝えました。
自分は病気だということにする。
側室たちは、
いつものように過ごすけれど、
順番に自分の見舞いに来ること。
一刻を争う案件が生じた場合は
全員で会議を開いた後に、
皇配用の印章を使えるようにしておく。
自分が不在であることを伝えておくので
印章を押す前に、彼らと話し合うこと。
ラティルが指示を出している間、
カルレインは黙っていましたが
後で、彼女を訪ねて、
危険なので自分が行くと言って
ラティルを止めました。
しかし、すでに、自分が行くと
決めていた彼女は、
自分がロードか対抗者なら、
どこかに隠された力が、
あるはずだから、
自分が行くのが一番安全だと
返事をしました。
◇おんぶでもいい◇
その後、ラティルは
夜を徹して、案件を処理した後、
宰相を呼んで、
側室たちに話したのと同じことを
伝えると、
ギルゴールを訪ねました。
花壇を作っていたギルゴールは
ラティルが訓練に来たと思い、
喜んで彼女を
迎えようとしましたが、
ラティルの持っているカバンを見て
それは何なの?お弟子さん。
と尋ねて、眉を吊り上げました。
しかし、説明する時間が
もったいなかったラティルは
両手を上げて、
往復3日間で、
ショードポリへ行こうと指示しました。
ギルゴールは、
行くだけで3日かかると難色を示し
なぜラティルが手を上げているのか
尋ねたところ、
彼女は、
抱き締めてもいいし
おんぶでもいいと要求しました。
ラティルの言葉に
動揺したギルゴールは
いやはや、
このような対抗者がいるのか。
と口をパクパクさせました。
ドミスが泣いている姿を見て
カルレインの気分が悪くなるのは、
心のどこかで、
彼女に泣いて欲しくないと
思っているからではないでしょうか。
ドミスが笑っている姿を見て
気分が悪くなるのは、
彼女がギルゴールと一緒にいて
楽しそうにしていることに
嫉妬しているからではないでしょうか。
すでにカルレインはドミスに
恋していると思いますが、
その気持ちに気付いていなくて
つい、ひねくれた考えを
してしまうのではないかと
思います。