379話 カルレインとギルゴールの様子を見に来てくれと同時に言われ、ラティルは困ってしまいました。
◇どちらが先?◇
去ろうとしている人を
捕まえる方を優先すべきか
頭がおかしくなりそうな人を
落ち着かせる方を優先すべきか
ラティルは、
すぐには判断しにくかったので、
どういうことなのか、
簡単に説明しろと要求しました。
ザイオールは
ちらっとサーナット卿を見ると、
毎回そうだったように、
ギルゴールは
今回も捨てられるだろうと
カルレインが
彼のトラウマを刺激したと
先に説明しました。
サーナット卿は呆れたように
彼を鋭く見つめながら、
ギルゴールがカルレインに
アニャの懐に抱かれる役割をしろと
言ったからだと反論しました。
ザイオールは、
カルレインを非難したのではなく
皇帝のために提案した方法の一つだと
言い返しましたが、
サーナット卿は、ギルゴールが
自分のことを頭が花園と言ったのは
非難ではないのかと抗議しました。
ザイオールは、サーナット卿が
花のようにきれいだという
意味だと思うと反論すると、
サーナット卿は、
そのような意味ではないことは
ザイオールも知っているはずだと
言い返すと、彼は
頭が蛆虫よりはましだと言ったので、
サーナット卿は、
ふざけているのかと怒りました。
ザイオールは、
カルレインはギルゴールのトラウマを
刺激し、ギルゴールは彼に
戦略を提示したけれど、
それがカルレインにとっては
耳障りだっただけだと
改めて説明しました。
ラティルは、
ため息をついて立ち上がると
両方を訪ねればいいのではないか、
カルレインの所へ行ってから
ギルゴールの所へ行くと告げました。
ザイオールの顔は不満そうでしたが
ラティルをこれ以上
捕まえることはできませんでした。
◇想定外の話◇
ラティルはサーナット卿と一緒に
ハーレムへ歩いて行きました。
サーナット卿は、
ラティルが先にカルレインの所へ
行ってくれることに感謝すると、
ラティルは、
以前もカルレインは
ラティルのためだと言って、
家出したことがあったので、
今回もそうなのではないかと
思ったからだと
彼を優先した理由を述べました。
ラティルの返事に
サーナット卿はかすかに笑いましたが
元気のない笑顔だったので、
ラティルは、
先にカルレインの所へ行くのに
どうしてそんなに元気がないのか。
ギルゴールの所に
先に行けば良かったのかと尋ねると、
彼は、そうしていれば、
もっと元気が失せたと答えました。
ラティルは首を傾げながら
彼の横顔を見ました。
そしてカルレインの住まいの近くに
着いた頃、 サーナット卿は
突然、婚約するかもしれないと、
淡々と話しました。
ラティルは驚きのあまり
ふらついたので、
サーナット卿は素早く
ラティルを捕まえました。
彼女は彼の腕をつかんで立ち、
当惑しながら、婚約するのか?と
聞き返しましたが、質問した後で、
自分が慌てることではないということに
気づきました。
サーナット卿は「はい」と
淡々と返事をしました。
ラティルは、
相手はアランデルかと尋ねましたが
サーナット卿は否定し、
父親の友人であり恩人の娘だと
答えました。
ラティルは、その人の名前を
聞きましたが、サーナット卿は、
ショードポリ人なので
ラティルが知らない人だと答えました。
ラティルは、
半ば、ぼんやりとした気分で、
随分前から、初恋のせいで
結婚しないと言っていたのに
気が変わったのかと尋ねました。
つい、先日、アランデルに
結婚する気はないと言っていたのに
この、僅かな間で心変わりしたなんて、
ラティルは、すっきりしませんでした。
すると、サーナット卿は、
偽の婚約だと、
突拍子もないことを言い出したので
ラティルは驚きました。
サーナット卿は、
相手側に事情がある。
まだ確実ではないので、
後で確実になったら話すと
説明しました。
ラティルは、
あまり気分が良くありませんでした。
そして自分の気分が良くないことに
さらに気分が悪くなりました。
いくら親しい間柄でも、
サーナット卿は
ラティルの近衛騎士団長で、
私的に結ばれた仲では
ありませんでした。
いや、吸血鬼の騎士なので。
私的にも結びついているけれど、
ラティルは、サーナット卿が
他の女性と偽の婚約をするからと言って
嫌がる権利はないし、
本当に婚約をするとしても同じでした。
ラティルは、いつも彼と
くっ付いているせいかもしれないと
思いました。
ヒュアツィンテと
一対一で付き合っていた時は
違っていたけれど、
ハーレムを作ったら、
良い人は皆、そばに置きたいという
意地汚い考えを
持つようになったのかと思いました。
しかし、ラティルは、
それでも構わない。
心はいつも、理性的に
働くわけではないと思いました。
とにかく、彼の顔色を
窺わないようにしようと思い、
にっこり笑うと、
面白そうなので、どういうことなのか
後で話して欲しいと頼みました。
すると、サーナット卿に
面白いことなのかと聞かれたので、
ラティルは否定しました。
2人はカルレインの住まいに
到着しました。
◇説得◇
カルレインの部屋の中に入ると、
そこだけ、とりわけ重い空気が
流れているようでした。
ラティルは、ベッドに腰掛けている
カルレインを見ると、
つられて心が重くなりました。
サーナット卿が心配した通り
カルレインは、
ギルゴールの言葉は正しいのか、
自分はアニャの所へ
行かなければならないのかと
悩んでいるようでした。
ラティルが入って来たことを気付くと
カルレインは彼女の名を呼びました。
ラティルは彼の隣に座ると、
自分はカルレインが
他の女性の胸に抱かれながら
情報を持ってくることを望んでいないと
きっぱり言いました。
カルレインは、
なぜ、ラティルが
それを知っているのかという風に
彼女の名を呼びました。
ラティルは、
カルレインがアニャドミスの所へ行き
情報を聞き出せとか、彼女を宥めろと
ギルゴールに言われたことを
サーナット卿に聞いたけれど、
自分はカルレインに
そうしてもらいたくないと言いました。
カルレインは、
良い方法ではないかもしれないけれど
役に立つかもしれないと言いました。
ラティルは、
必ず役に立つという保証もない。
アニャドミスの所へ行って
情報を得られても
彼女が自分を狙ったらどうするのか。
皇帝である自分が
国を捨てて逃げるわけにはいかないと
言うと、カルレインは
避難することはできると
返事をしました。
しかし、ラティルは
カルレインが
アニャドミスの所へ行っても
使えそうな情報が
なかったらどうするのか。
カルレインだけを犠牲にして、
重要な情報を
得られなかったらどうするのか。
情報を得られたとしても、
それを、すぐに全部
自分に伝えることができるのか。
ロードの身体と対抗者の力を
持っているアニャドミスは、
カルレインより強いと思う。
それなのに、無事に自分に
情報を送り続けることはできるのかと
尋ねました。
そして、ラティルは片手を上げて
カルレインの頬に触れ、
それがすべて可能だとしても、
カルレインが行ったからといって
役に立つという保証はない。
敵が多数いれば、
入り込む隙を狙うこともできるけれど
敵は2人だけだと言いました。
カルレインは目を閉じて
ラティルの言うことを聞いていましたが
彼女の手の上に
自分の手を重ねました。
◇カリセンへ◇
その頃、成果を得られず、
温室に戻って来たザイオールは、
ラティルが先に
カルレインの所へ行ったことは
話さないことにしました。
皇帝は、カルレインの後に
こちらへ来ると言っていたし、
ギルゴールは、
自分が皇帝に会いに行ったことも
知りませんでした。
黙っていても、数時間後には
皇帝がやって来て、ギルゴールを
慰めてくれると思いました。
ザイオールは何食わぬ顔で
急いで部屋の片付けを済ませました。
しかし、彼は、
ベッドの上で腕を組んで横になったまま
自分をじっと見つめる
ギルゴールの目つきを見た瞬間、
彼が全てを知っていることを
分かってしまいました。
どうして彼が
知ったのかは分かりませんが、
とにかく知っていることは
明らかでした。
先程は、元気がなさそうに見えた
吸血鬼の口元が、
今は逆に上がっていました。
それでも、わざと素知らぬふりをして
出て行こうとしましたが、
ギルゴールは起き上がり、
あっという間に自分の上着を羽織ると、
ザイオールはここにいるようにと
指示しました。
いきなり、そんなことを言われた
ザイオールは訳が分からず
どういうことなのかと尋ねると、
ギルゴールは、行く所があるので
何日も帰って来られないけれど、
ザイオールは、
ここにいるようにと指示しました。
ザイオールは驚いて
はたきを抱きしめ、
自分を捨てるつもりなのかと
尋ねました。
ギルゴールは、
ザイオールが自分の温室を
守っていてくれれば、
自分は安心して帰って来られると
答えました。
捨てるとは言われませんでしたが、
ギルゴールは
かなり長い間、留守をするような
言い方だったので
ザイオールは驚きました。
彼は、どこに行くのかと尋ねると、
ギルゴールは、
カリセンだと答えました。
ザイオールは、さらに驚き、
なぜ、そこへ行くのかと尋ねました。
◇誰の所へ行ったのか◇
ラティルは、カルレインが
アニャドミスの所へ行かないことを
心から望んでいるし、
彼が行ってしまえば、
自分の役に立つどころか
さらに自分を苦しめることになると
話した後、
ギルゴールの温室を訪れました。
カルレインが自分の言葉を
受け入れたかどうかは
確信できないけれど、
彼に話をしたことで、
カルレインはラティルに黙って
行ってしまうことはないと
思いました。
ギルゴールの温室に入ると、
ザイオールは温室の中央で
1人で酒を飲んでいました。
普段であれば、
恐れ多くてできない彼の行動に戸惑い
ラティルは、ギルゴールについて
尋ねました。
ザイオールは、
彼は何日間か留守をすると言って
出かけたと答えました。
ラティルが驚いていると、
ザイオールは、
だから、ギルゴールの調子が
かなり悪いと言ったのにと、
ラティルを責めました。
ラティルは慌てて寝室の中に入ると
ギルゴールのベッドの上に、
また後でまた会いましょう、
お弟子さん。
と書かれたメモが置かれていました。
どこに行くとか、何をしに行くとか
書かれていなかったので、
ラティルは、慌ててザイオールに
それについて尋ねると、
彼は悲しそうに、
なぜ皇帝が先にカルレインの所へ
行ったことを、
ギルゴールが知ったか分からないけれど
何も言わないで
行ってしまったと答えました。
ラティルは、ベッドの上にどっかり座り
本当に何も言わないで
行ってしまったのかと尋ねると、
ザイオールは、
カリセンに行くと言っていたけれど、
何をしに行ったのか分からないと
答えました。
アイニの所へ行ったのか、
それともアニャドミスの所か。
彼女も確かカリセンにいたはず。
まだ、彼女が
その場いるとは思えないけれど。
動揺したラティルはメモを置き、
唇を噛みました。
◇行方不明◇
その時刻。
深夜になってから
ヒュアツィンテは
半日以上、皇后が姿を見せないことに
気づきました。
アイニが離れに隠しておいた
アナッチャを呼んだ後、
姿を消したので、
ルイスが大っぴらに
彼女を探せなかったせいでした。
しかも、ルイスでさえ
離れに行って行方をくらますと、
皇后の姿が見えないという話は
さらに水面下に下がり、
夜明けになってようやく
ヒュアツィンテは、
皇后と侍女のルイスの姿が
見えないという報告を受け、
呆れました。
ヒュアツィンテは
皇后とルイスを探すよう指示しました。
40分ほど経った頃、
ヒュアツィンテの秘書は、
皇后の姿が見えなくなったのは
ルイスが行方不明になる数時間前。
しかし、彼女が1人で
皇后を探していたので、
皇后の行方不明の話が伝わったのは
もっと遅い時間だったと報告しました。
ヒュアツィンテは、
2人がどこに行ったのか
分からないのかと質問すると、
秘書は、
皇后が離れ周辺の庭に行ったのを
見た人がいる。
ルイスも護衛を何人か連れて
離れに行ったけれど、
その後は2人とも
行方が分からないと答えました。
ヒュアツィンテは、
その護衛たちは、なぜ今になって
それを話すのかと問い詰めると、
秘書は、
護衛たちの話によれば
皇后は離れに、誰かを匿っていた。
それは秘密だったので、
むやみに話せなかったと答えました。
離れの中は調べているのかと
尋ねるヒュアツィンテに、秘書は、
今兵士たちを送って捜査中だと
答える前に、
バタンと音を立てて扉が開き、
警備兵が慌てて中に入ってきて
ルイスが変な怪物のようなものに
変わったと報告しました。
しかし、彼は
何かにすごいショックを受けたのか
それ以上話を続けることができず、
口をパクパクさせていました。
ヒュアツィンテはすぐに立ち上がり
離れの方向に走りました。
驚いた近衛兵や秘書たちは
危険だと言って止めましたが、
すでにヒュアツィンテは剣を抜いて
素早く走り去った後でした。
彼は離れの周辺まで行くと、
すでに数多くの兵士が集まり、
武器を取り出して周囲を見ていました。
どうしたのかという
ヒュアツィンテの質問に
警備兵が答える前に、
何かがヒュアツィンテに向かって
襲いかかって来ました。
驚いたヒュアツィンテは後ろに下がって
剣を抜きましたが、
それより一歩先に誰かが、
その剣を握って地面に突き刺しました。
ヒュアツィンテは前を見ると、
ルイスの顔が付いている
大きなカマキリのようなものを、
どこからか現れた白髪の男性が
地面に押し付けて、
動けないように防いでいました。
ヒュアツィンテは彼に
「あなたは誰なのか」と尋ねると、
ヒュアツィンテと目が合った
白髪の男はニヤリと笑って手を振り
彼のことを「坊や」と呼んで
挨拶をすると、
ある人に会いに来たと答えました。
ラティルが先にギルゴールに
会いに来ていたら、
果たして、ギルゴールは
アイニの所へ
行かなかったのでしょうか。
彼は、ドミスと対抗者のアニャが
盟約を結んだことは
知らなかったので、
今世でも、今まで通り、
ロードと対抗者が転生するものと
思っていたはず。
けれども、盟約が破れたせいで
3人もの対抗者が転生してしまった。
しかも、
そのうちの1人はロードでもあり
アニャの魂の一部は
転生することなく、
ドミスの身体の中に
入り込んでしまった。
これは、ギルゴールにとっても、
好ましい状況ではないように思います。
ギルゴールは、今世でも
対抗者がロードを倒す流れになり
再びロードが転生するのを
待つことは良しとしても、
アニャドミスという、
ロードであり対抗者もある
中途半端な存在が、
ラティルを封じ込めて、
ロードが転生しないのは
望んでいないように思うので、
ギルゴールはアニャドミスを
倒す選択をしたのではないかと
思います。