223話 サディの顔は消えてしまいました。
◇あの夜の思い出◇
ラティルは、計画通り
3日と3時間ぶりに、
タリウムの首都へ戻ってきました。
偽皇帝事件を教訓にして、
徹底的に準備をして出かけたので
何の問題もありませんでした。
カルレインは、
自分が先に着替えた後、
ラティルを看病すると言って
彼女の寝室に入る。
そして、窓から出て
彼女を部屋に上げれば、
ラティルが外から帰ったことを
誰にも気づかれないと言いました。
カルレインが、
見舞いと称して
ラティルの部屋へ向かっている間、
彼女は、
部屋のはるか下にある庭園で、
ギルゴールのことについて
悩んでいました。
自分がロードである可能性を隠して、
常にロードに勝利している
対抗者の師匠である彼に、
色々教わりたかったけれど、
サディが消えてしまったので、
今後、
ギルゴールとの関係をどうするか、
このまま関係が
切れてしまうのではないかと
心配しました。
だからといって、
サディの顔が偽物だったと
明らかにすることもできませんでした。
ラティルは、
答えの出ない問題について、
しばらく悩んでいると、
上から窓が開く音がして、
カルレインが顔を出しました。
そして、彼は、あっという間に
窓から飛び降りると、
音もたてずに着地しました。
そして、
ラティルを軽々と抱き上げると、
「しっかり捕まっていて」と言って
飛び上がり、窓に到着しました。
カルレインが、
長い間、消えていた後で、
突然、戻って来たあの日も、
このようにして、
この部屋へ来たんだと
ラティルは実感しました。
カルレインはラティルを
ベッドまで連れて行きましたが、
彼女はベッドを見るなり、
彼と過ごした夜のことを
思い出しました。
カルレインがラティルを
ベッドに降ろすや否や、
ラティルは立ち上がり、
服が汚れているので
着替えると言って、
クローゼットへ駆けつけ、
パジャマを探し始めました。
すると、後ろから、
カルレインが小さく笑う声が
聞こえて来たので、
ラティルは彼を睨みつけると
カルレインは真顔になりました。
彼女は彼を叩く代わりに、
パジャマを持って
浴室へ向かいました。
手伝おうかと言って
追いかけて来る彼の目の前で
ラティルは扉を閉めました。
鏡に映った自分の姿を見ると、
頬が真っ赤に染まっていました。
ベッドの前で、
こんな顔をしていたら、
あの夜のことを思い出していると
カルレインに気づかれたはずだと
思いました。
扉の外から、
「ご主人様」と呼ぶカルレインに
「着替え中!」と叫ぶと、
ラティルは、しゃがみ込んで
拳で頭を叩きました。
◇私はロード?◇
パジャマに着替えたラティルは
浴室の扉から顔を出すと、
カルレインはベッドの上に
座っていました。
彼女は脱いだ服をカルレインに渡し、
ここで洗うと、
下女たちに怪しまれるので
何とかして欲しいと頼みました。
カルレインは、
「そうします」と答えた後、
布団を半分めくって、
ラティルに入るようにという
仕草をしました。
それだけでも、
顔に熱が上がって来そうなので、
ラティルはベッドに入る代わりに
ソファーに座り、膝を抱えていると、
カルレインが笑いました。
彼は気を悪くしていないようなので
ラティルは安心して
ため息をつきました。
それを聞いたカルレインは
怪訝そうな顔をして、
どうしたのかと、
ラティルに尋ねました。
彼女は、
ギルゴールと行ったことで
カルレインが
寂しかったのではないかと
言いました。
彼は、気分は良くなかったと
答えましたが、
ラティルと目が合うと、
笑いながら、
心配だったからだと答えました。
しかし、彼女が、
なぜ?私がロードだから?
と尋ねると、
彼は固まってしまいました。
◇アイニは対抗者◇
その時刻、カリセンでは
皇帝、名高い貴族たち、
高位の大臣たち、
重要な実務を担当している
官吏たちが集まり、
アイニが、
黒死神団の傭兵に
拉致されていたという主張を
聞いていました。
人々はざわついていましたが、
アイニは落ち着いていました。
アイニが発言を終えて、席に戻ると
ヒュアツィンテは、
彼女の横顔を見ました。
アイニがカルレインに
危険な関心を示していたことを
知っている彼は、
アイニの主張が信じられませんでした。
人々は、サディとヒュアツィンテ。
アイニとカルレインを結び付けて
噂をしていましたが、
カルレインはアイニに、
何の関心もなさそうでした。
それなのに、なぜ突然、彼が
アイニを拉致するのか。
しかし、アイニは
あまりにもイメージが良かったので
ダガ公爵の仲間だけでなく、
他の貴族も、
彼女の言葉を疑いませんでした。
ヒュアツィンテは、
カルレインは
ラトラシル皇帝の側室で、
ハーレムで過ごしているのに、
ここまでやって来て、
皇后を拉致するのは信じられないと
主張しました。
しかし、アイニは、
自分もカルレインと
会っていないので
彼は関係していないかもしれないと
落ち着いて答えました。
ヒュアツィンテは、
カルレインが関係していないなら、
最も優れた名声と実力を持っている
傭兵たちが、
皇后を拉致して得られる利益は
何なのかと尋ねました。
アイニは、
拉致する時に損得勘定は計算しない。
その答えは、傭兵たちに聞くべきだと
答えました。
アイニは
少しも動揺していませんでした。
そして、
考え込んでいるヒュアツィンテを
気の毒そうに眺めながら、
彼が自分の言葉を信じないなら、
傭兵団の内部について
話してもいい。
自分の言っていることが
正しいと分かれば、
自分の言葉を
信じるしかないと告げました。
それに対して、ヒュアツィンテは
傭兵団の内部を確認するだけなら
他に方法があると言おうとすると、
ダガ公爵が大きな咳払いをして
椅子から立ち上がりました。
いつもより丁寧に
ヒュアツィンテに挨拶をする
ダガ公爵を
彼は、訝しく思いました。
ダガ公爵は、
アイニが話し難いことを
自分が話してもいいかと
許可を求めました。
ヒュアツィンテは仕方なく
許可すると、ダガ公爵は
なぜ、皇后が
黒死神団の傭兵たちに
拉致されたのか
理由は分からないけれど、
推測はできると言いました。
ヒュアツィンテは、彼に
理由が分かるのかと尋ねると、
ダガ公爵は、
勝利者の笑みを浮かべて、
ヒュアツィンテと目を合わせると
アイニは、
闇が押し寄せている世の中を
救う英雄、対抗者だと言いました。
ヒュアツィンテは呆れて、
空笑いしました。
ダガ公爵は頭がおかしいと思いました。
ヒュアツィンテは、
パーティ会場にゾンビが現われた時、
皇后は何もできなかった。
あの時、事を解決したのは
タリウムから来た特使と、まで言うと
言葉を止めて、
アイニを軽蔑の眼差しで見ると、
皇后が拉致犯だと主張する
黒死神団の傭兵王だと
言葉を続けました。
ヒュアツィンテは、
アイニが嫌いでしたが、
彼女は父親とは違うと
信じていました。
けれども、アイニが
こんなことで噓をついたら、
彼女も父親と同じだと思いました。
ヒュアツィンテの言葉を聞いた人々は
ざわつきましたが、
ダガ公爵は平然と笑っていました。
そして、
当時、怪物になったヘウン皇子は、
タリウム特使と戦って、
逃げたことになっているけれど、
実は、皇后の顔を見て
恐ろしくなり、逃げたのであって、
特使は、剣を振り回して、
運よく褒められただけだと
主張しました。
ヒュアツィンテは、
疑わしいほど、
無理強いしているダガ公爵が
本当に狂ったのではないかと
思いました。
無理をしていないのであれば、
何か計画をしていると思いました。
ヒュアツィンテは、
なぜ、あの場で
それを話さなかったのか。
ヘウン皇子を追い払ったのが
対抗者だと言うのなら、
タリウムの特使が
対抗者である可能性が
高いのではないかと尋ねました。
ダガ公爵は、
数年前、神殿が
対抗者の可能性の高い子供たちを
集めたことがある。
タリウムの特使が対抗者なら、
彼女が神殿に行った記録が
あるはずなので、
神殿に聞けばいいと答えました。
人々は、
公爵の言葉に一理あると思い、
頷きました。
しかし「サディ」が
架空の人物であることを
知っているヒュアツィンテは、
それができませんでした。
ヒュアツィンテは、
公式の使節団を送る前に、
このことを
ラティルに知らせる必要があると
考えました。
ダガ公爵が、
ヘウンにアイニを探させなければ、
アイニも、カルレインに執着して、
タリウムへ行ったりしなければ
ヘウンは、首だけの姿に
なることはありませんでした。
そもそも、
ヘウンが最初に命を落としたのも、
ダガ公爵のせい。
それなのに、アイニは
父親を憎むのではなく、
その矛先をラティルとカルレインに
向けています。
そして、自分の立場を守るために
平気で、とんでもない嘘をつく人です。
そんなアイニと、異常なほど、
権力に執着しているダガ公爵。
ヒュアツィンテが考えているように、
この2人は似たもの親子だと思います。