272話 ラティルがクラインを助けにやって来ました。
◇救出◇
ダガ公爵は、
クラインを殺すことが目的だったので
別荘には、最小限の側近しか
連れてきていませんでした。
アイニも父親を止めるために
急いでやって来たので、
最小限の護衛以外、
兵力はありませんでした。
頭数では、明らかに
ダガ公爵一派が負けていました。
アイニの肩が、細かく震えました。
ラティルは、敵を怒らせるために
わざと微笑んだまま、
バニルとアクシアンに、
弓を持った人たちの所へ行くよう
指示しました。
彼らは、クラインはどうするのかと
心配しましたが、ラティルは、
アクシアンとバニルにはロマンがない。
助けに来たなら、
一緒に連れて行くと言って、
巨大な白い鳥を指すと、
彼らは黙礼をして、
黒死神団の傭兵たちに近づきました。
ラティルは、傭兵たちが
彼らの面倒を見ていることを
確認すると、
クラインを連れて、
鳥の背中に乗りました。
白色に染められたグリフィンは、
背骨が折れると、
ギャーギャー騒いでいましたが、
その声を聞くことができるのは
ラティルだけでした。
彼女は、
その悲鳴を聞かないふりをして
グリフィンの首を撫でて、
出発しろと指示しました。
グリフィンはもう一度、
悲鳴を上げた後、
素直に飛び立ちましたが、
早くタリウムに2人を降ろして、
熱い風呂に入りたいと、
愚痴をこぼしていました。
ラティルは
グリフィンの怒りを和らげるために、
鳥の首を撫でながら、
上から、アイニと
ダガ公爵たちを見下ろしました。
彼らは、
とても怒っているようでした。
アイニは、
最後までラティルから目を離さず、
ラティルも彼女が見えなくなるまで
視線をそらしませんでした。
そして、雲の上まで上がり、
完全に下界が見えなくなると、
クラインは
ラティルの腰を抱き締め、
アイニは、自分がダガ公爵に
殺されそうとしているところを
助けてくれたと呟きました。
ラティルは、アイニが
クラインの首を
絞めているところから見たので、
そのことを知らず、首を傾げると、
クラインは、
ラティルの腰にしがみつき、
自分の方を見ないで、
前をしっかり見てと叫びました。
グリフィンは、
一人で勝手に飛んでいるのだけれど、
クラインは、
ラティルが馬に乗っている時のように
グリフィンを操っていると
思っているようでした。
しかし、クラインが怖がっているので
ラティルは前を向き、
なぜ、アイニはクラインを助けたのに
首を絞めていたのかと尋ねました。
彼は、ダガ公爵の首を
噛みちぎったからだと答えました。
だから、クラインの口元に
血が付いているのだと
納得したラティルは、
ハンカチを取り出して、
彼の口元を拭おうとしましたが、
驚いたクラインは、
血を拭かなくてもいいので、
前を向いてと叫びました。
すると、グリフィンは、
その人が、すぐに黙らなければ、
自分の尻尾で彼の後頭部を叩くと
伝えて欲しいと頼みました。
ゲスターの助けを借りて、
グリフィンの色を白に変え、
ライオンの尻尾も、
鷲のように変えたけれども、
あくまで幻覚魔法なので、
実態は、ライオンの尻尾でした。
ラティルは、ブンブン回っている
グリフィンの尻尾を見ながら、
クラインの手の上に自分の手を重ね
鳥が驚くので、落ち着くようにと
なだめました。
クラインは、
この鳥は何なのかと尋ねたので、
ラティルは、神聖な鳥で、
名前は決まっていないと答えました。
後に、伝説の中で
似たような鳥を見つけたら、
それだと主張するつもりでしたが、
急いで来たので、偽の名前を
考えていませんでした。
ラティルは話題を変えて、
脱獄したとはいえ、
皇子のクラインを殺そうとするなんて
ダガ公爵は狂っていると言いました。
クラインは、
狂っているから、
こっそり殺そうとした。
人々は、自分が脱獄したことまでしか
知らないからと答えました。
ラティルは、
クラインがダガ公爵を噛んだことを
よくやったと褒めました。
しかし、アイニについては微妙でした。
彼女はクラインを助けてくれたけれど、
彼の首を絞めたのは腹が立つ。
けれども、アイニがいなかったら
クラインは死んでいたかもしれない。
いつもアイニとは、
妙に曖昧な関係になるので、
ラティルは舌打ちをしました。
彼女の第一印象は
そんなに悪くなかったのに、
あらゆる状況が、
自分とアイニを対立させるように
煽っていると考えた時、
ラティルは、ドミスの夢の中でも
似たような言葉が
出て来たような気がしました。
アンヤはドミスと
関わりたくなかったようだし、
ドミスもアンヤに会いたくなかったのに
妙に2人は、どこかで出くわし、
会う度に状況は悪化し、
ますます仲が悪くなっていきました。
ラティルは、決められた運命に
振り回されているような気がして、
気分が悪くなりました。
ラティルが急に静かになったので、
もっと不安になったのか、
クラインは震える声で、
ラティルを呼びました。
彼女は考え事をしていたと
返事をしました。
クラインは、
アイニのことを考えていたのか。
自分も彼女に対しては、
複雑な思いだと言って
ため息をつきました。
彼の息が首筋にかかると、
訳もなく産毛が経ちました。
クラインは、
ラティルの背中にもたれかかりました。
彼は、ラティルが
自分を助けに来てくれたことが
嬉しくてたまりませんでした。
自分が死ぬ直前に、
ラティルのことを考えていたと話したら
お世辞だと思うだろうか、
本気だと気づくだろうかと考えながら、
クラインは何度もラティルを呼び、
ずっと笑っていました。
◇ダガ公爵の客◇
ダガ公爵の別荘に、
まだ医者は到着していませんでした。
ダガ公爵は、喉を噛まれたので
出血がひどく、
傷自体は大きくないものの、
出血多量で死にそうでした。
すでに、痙攣は
収まりつつあるけれど、
意識を失っているように見えました。
兵士が数人、
担架で公爵を建物の中に移しました。
医者は、まだ来ませんでした。
アイニは、
父親をせつなそうに見つめながら
涙を堪えました。
父親を憎んだり、理解できなかったり
彼に対して
怒ったことも多かったけれど、
家族なので、
こんな風に父親が死ぬのを
見たくありませんでした。
しばらく、父親を眺めていると
ルイスが近づいてきて、
聞こえるか聞こえないか
分からないくらい小さな声で、
ダガ公爵から印章をもらい、
別荘で過ごしていた人が、
アイニに会いたがっていると
告げました。
彼女は、
そんな話を聞いたことがないので
後で来るようにと
言おうとしましたが、
父親が
クラインを殺す場所として選び、
再側近と
信用できるごく僅かの使用人しかいない
この別荘で、過ごしていた客なので
アイニは何かあると思い、
ルイスに客を連れてくるように
命令しました。
すると、彼女は、
その客が人目を避けて
会いたがっていると言うので、
アイニは自ら出向くことにしました。
ルイスに案内された部屋に行くと
とても美しい女性と、
彼女にそっくりな美青年がいました。
アイニが
一度も会ったことのない人たちでした。
ピンクの髪を垂らした女性は
アイニを見ると、優しく笑い、
手に握っていたダガ公爵の印章を
差し出しました。
アイニは頷きました。
彼女は、彼らが誰で、
なぜ、この別荘に
隠れて過ごしていたのかと尋ねました。
ピンク色の髪の女性は、
自分が、
タリウムの先帝の側室アナッチャで
青年は、元々、
タリウム皇帝になるはずだったのに
ラトラシル皇帝が殺してしまった
息子のトゥーラ皇子だと紹介しました。
トゥーラは華やかさと同時に
凄惨で寂しい雰囲気のある
青年でしたが、
死人には見えませんでした。
ラトラシルが即位したときに、
異母兄を処刑したと聞いたけれど
その人なのかと、
アイニは考えました。
アナッチャは、
トゥーラもヘウン皇子のように
食餌鬼として蘇ったと話しました。
アイニは冷たい目でアナッチャを見て、
なぜ、ダガ公爵が、
タリウム人であるアナッチャを
彼の別荘に置いていたのか
尋ねました。
アナッチャは、
その話をすると長くなるので、
後で、ダガ公爵から
直接、聞くようにと答えた後、
自分はダガ公爵を
蘇らせることができると言いました。
それを聞いたアイニは、
呆れて、空笑いをし、
父親を食餌鬼として蘇らせるのか。
まだ、彼は生きていると言いました。
しかし、アナッチャは、
医者が来る前にダガ公爵は死ぬ。
彼が死んだと医者が判断した後、
ダガ公爵を蘇らせたら、
哀れなヘウン皇子のように、
人々が変に思う。
けれども、公爵が生きている今なら
誰にも知らせずに
食餌鬼に変えることができると
言いました。
そして、トゥーラの肩をつかみ、
ダガ公爵もトゥーラのように
蘇らせることができる。
トゥーラも自分が蘇らせたと
言いました。
クラインは、
たまにしか、ラティルに相手にされず
ようやく、
彼女が来てくれたと思ったら、
サーナット卿に邪魔をされ、
惨めな思いをたくさんしてきましたが
ようやく、彼の気持ちが報われました。
女性であるラティルに助けてもらっても
卑屈になることなく、
素直に喜ぶクラインは、
とても可愛いと思います。
これで、しばらくは、
クラインの気持ちも
落ち着くように思います。
実家に帰った後、
しばらく登場しないと思っていましたが
まさかアナッチャとトゥーラが
ダガ公爵の別荘にいるとは
思いませんでした。
アナッチャの望みは、
トゥーラを皇帝にすること。
そして、彼とヘウンは共に食餌鬼。
ダガ公爵は、まさかヘウンを
皇帝にすることを
考えていたのでしょうか。
自分の野望を叶えるためなら、
アナッチャとダガ公爵は
食餌鬼だろうと何だろうと
皇帝にしても構わないと
考えそうです。