441話 1人で先に馬車を降りたゲスターは、宙から狐の仮面を取り出して、かぶりました。
◇知られたくない力◇
ラティルは
ゲスターの後ろ姿を見ながら
馬車の扉を閉めました。
なぜ、ゲスターは
急に馬車を降りたのか。
あのような騒ぎが起こったせいで
気分を悪くしたのか。
彼は、とても期待して
付いて来たのに、
大きな行事の時に、
あのようなことが起きて気の毒だった。
儀式が終わったら、一緒に話をして
楽しい時間を
過ごさなければならなかったのに、
全然そんなことができなかったと
ラティルは、
憂鬱な気分になりました。
しかし、ラティルは、
ただ、残念がっている場合では
ないことを思い出し、
窓を開けてサーナット卿を呼びました。
サーナット卿は馬に乗ったまま
馬車の横を移動していましたが
ラティルが呼ぶと、
腰を少し下げて目を合わせ
返事をしました。
ラティルは、
少し中へ入れと指示すると、
サーナット卿は、すぐに馬から降り、
馬車を止めずに中へ入って来ました。
そして、扉を閉めるや否や、
ラティルから斜めに離れて
座りました。
ラティルは、
なぜそこに座るのかと尋ねました。
サーナット卿は、
ラティルが境界線を守れと
命令したからだと答えると、
ラティルは、
座る時に離れて座れと
命令したのではなく、
自分の側室をいじめるなと
命令したと主張しました。
そして、ラティルが
前を指差したので、
サーナット卿は1秒ほど躊躇った後、
彼女の前に来て座りました。
膝が触れ合うと、
彼が太ももに手を上げて
拳を握るのが見えました。
ラティルは、
それに気づかないふりをして
あの場に集まった人たちのリストを
全て持っているかと
事務的に尋ねました。
サーナット卿は、
すぐに確保した。
名簿を作成せずに
入ってきた人たちも、
人を付けておいたので確認できると
答えました。
ラティルは、
自分でも気づかないうちに、
サーナット卿のような姿勢をして
歯ぎしりしました。
ラティルは、その中に、
先帝の命を奪ったのはお前だと、
自分にメモを残した犯人がいる。
本人なのか、
共犯なのかは分からないけれどと
言いました。
サーナット卿は、
慎重にラティルの言葉を聞いた後、
眉をひそめながら、
なぜ、ラティルに、
それが分かったのか。
そういえば、犯人が、
緑色のマントを着た人だということは
なぜ分かったのかと尋ねました。
ラティルが、
人の心を読めることは
誰も知らないし、
この能力は誰にも知られたくない。
それに相手が
本音を読まれていることを知れば
嫌だと思うに違いない。
そう考えたラティルは、
しばらく目を転がした後、
自分の並外れた
推理力のおかげだ。
数段階の検証を経て出た結果だと
真顔で答えました。
サーナット卿は
信じられないような顔で
「はい」と返事をしました。
ラティルは、訳もなく
サーナット卿の膝を指で突き、
自分が先帝の命を奪ったという
メモを残した人と、
今回の事件の犯人が同じなら、
その人は、自分がロードだと
疑っているかもしれないと
主張しました。
サーナット卿は、
どうして、そう思うのかと
尋ねました。
ラティルは、
自分を傷つけようとするなら
毒を入れるだけでよかったのに、
あえて聖水を黒く変えたのは
怪しいと答えました。
◇手の甲にタトゥー◇
通りには、
数多くの人がいたので、
人混みに巻き込まれて転倒する人が
後を絶たず、2人の漁師は
狐の仮面をかぶった青年1人が
一瞬で消えるのを見ても
不思議に思いませんでした。
突然、大通りから消えた
狐の仮面が到着したのは、
彼とラティルが滞在した、
あの神殿でした。
彼は、先ほど兵士たちが
行き来していた場所を
あちこち探した末、
犯人の遺体を保管しておいた
地下室を見つけました。
狐の仮面は、
黒い布で覆われている死体のそばに
近づき、布を剥がしました。
毒を飲んで自決したためか
死体の口の周りは血まみれでした。
狐の仮面は、死体の口から
血を拭うと、
額に奇妙な絵を描きながら、
「目を覚ませ」と命令しました。
すると、閉じていた死体の瞼が
ぱっと開きました。
死体は濁った目で狐の仮面を見ると、
目を大きく見開きました。
狐の仮面は、
死体の額から手を離すと、
自分がこのまま放っておけば
魂の安息を
見つけることができないし、
転生もできず、
一生死んだ身体のままだと告げました。
死体は、ゆっくりと
うめき声を上げました。
狐の仮面は、
きちんと話してくれれば、
このまま眠らせてやると告げました。
死体は、
自分は死刑囚なので、
もともと死ぬ運命だった。
誰かが訪ねて来て、
言われた通りにうまくやり遂げれば
家族の面倒を見てくれると言った。
捕まえられても、捕まえられなくても
自決しろという命令を受けたと
話しました。
狐の仮面の目が細くなりました。
死刑囚なら独房を使うはず。
死刑囚を訪ね、
彼を連れ出して指示した人は
決して普通の立場ではない。
そう考えた狐の仮面は、
誰が、そのような指示をしたのかと
尋ねました。
死体は、
分からない。
フードの付いたローブを着ていて
顔が見えなかったと答えました。
狐の仮面は、
指示をした者の特徴を尋ねました。
死体は、
わざと作り声を出していたと
答えました。
狐の仮面は、
少なくとも一つは
特長を言わなければならないと
促すと、死体は、
手の甲にタトゥーがあったと
答えました。
狐の仮面は眉をひそめました。
手の甲にタトゥーがある人は
多くないけれど、
非常に珍しいわけでも
ありませんでした。
特に騎士の叙任式を行った
騎士たちが、
誓いや信念を込めて
タトゥーを入れたりしましたが、
中でも手は
最も人気のある位置でした。
狐の仮面は、
何の絵だったか尋ねました。
死体は、
一部を見ただけなので分からない。
多くのことを知れば、
むしろ家族が
危険になるのではないかと思い、
それ以上、
知ろうともしなかったと答えました。
あれこれ聞いても、死体は、
もう知らないようなので、
狐の仮面は、死体の額に
血で描いた絵を消しました。
絵が消えると、
死体は再び瞼を閉じて
静かになりました。
数日後には、
ここから魂が抜けるので、
もう使うことはできませんでした。
狐の仮面は
手の甲にタトゥーがあり
死刑囚に一人で会えるくらいの
位置にいる者と考えながら、
再び死体を、黒い布で覆うと、
狐の穴を通って、
地下室から出ました。
◇側室たちは不在◇
宮殿に到着したラティルは
邪魔な服の飾りをいくつか外し、
ハーレムに歩いて行きました。
タッシールに会って、
今日の出来事について話し、
意見を聞くためでした。
しかし、ハーレムに到着するや否や、
ラティルは、タッシールに
数日間の休暇を与えたことを
思い出しました。
彼がいないと思ったら、
すぐに困ったと思う自分は、
随分、彼を頼っていたようだ。
タッシールが出発してから
何日も経ったけれど、
いつ戻って来るのだろうと
考えました。
ラティルは訳もなく落ち込み、
石畳を歩きながら、
ため息をつきました。
今日のことを話しながら、
互いに慰め合いたいのに、
ゲスターもどこかへ行ってしまって
まだ、戻って来ていませんでした。
サーナット卿は、
神殿の行事を見に来た人たちの
名簿を取りに行ったので不在でした。
クラインのそばにいると
頭がすっきりするので、
彼の所へ行ってみましたが、
クラインも留守でした。
彼の部屋の前にいる護衛の話では、
タリウムの年末祭を
見物したことのないメラディムを
クラインが案内しているとのこと。
しかし、クラインも年末祭は
初めて見るのではないかと
ラティルが指摘すると、護衛は
堂々と同意することができず
苦笑いしました。
次に訪れたラナムンは、
今日も演舞場で訓練するのに
忙しく、部屋にいませんでした。
しかし、ギルゴールは
ラナムンを教えていなかったので
聞いてみたところ、
彼は湖の真ん中で血人魚たちと
鬼ごっこをしていました。
追いかけているギルゴールは
楽しそうでしたが、
逃げる血人魚たちは
遊びなのか追撃されているのか
思案しているようでした。
大神官は、
あちこちから祝福を求められ
近くの神殿を回っているので
3日前から留守でした。
数多くの側室がいるのに、
なぜ自分に付き合ってくれる
側室がいないのか。
残るは1人。
ラティルは、
カルレインが部屋にいることを
願いながら、
彼の部屋を訪ねました。
ところが部屋の扉の前に
護衛がいなかったので、
まさかカルレインまで
出かけたのかと思い、
扉の取っ手を回すと、
扉はすぐに開きました。
しかし、応接室に
デーモンがいないのを見ると
やはりカルレインも
出かけたようでした。
一体、みんなどこに行ったのか。
ラティルは眉をひそめて
寝室の扉を開けようとすると、
意外にも扉がすーっと開きました。
「あれ?」と思って見てみると、
カルレインが、
なぜか腰だけタオルで
ギリギリ隠した姿で
鏡の前に立ち、手に持った何かを
集中して見ていました。
それを見たラティルは、
彼を驚かせようと思い、
できるだけ気配を殺したまま
カルレインの方へ
そっと歩いて行きました。
カルレインは、
ラティルが近づいてくることを
知っていましたが、
鏡越しに見たラティルの表情が
意地悪そうに見えたので、
彼は、ラティルが
何をしようとしているのかに気づき
騙されるために、わざとラティルに
気づかないふりをし続けました。
それを知らないラティルは興奮して
カルレインの後ろまで来ると、
彼の名を呼び、
「捕まえた!」と叫びながら、
彼の腰を、
後ろからぎゅっと抱きしめました。
鏡を通して、
カルレインの表情を確認すると
彼が驚いているようなので、
ラティルは「驚いた?」と
興奮しながら尋ねました。
カルレインは、
驚きのあまり、
心臓が飛び出しそうだったと
答えました。
ラティルは、
カルレインが何をしていたせいで、
自分が来ることに
気づかなかったのかと尋ねました。
カルレインは、
手に持ったカードを小さく振りながら
ガーゴイルが、
ご主人様と一緒に
過ごすようになったことを
他の動物の仮面たちに
自慢したところ、
他の動物の仮面たちが、
なぜ自分たちは呼ばれないのかと
文句を言っていると答えました。
ラティルは、
ウサギの仮面みたいな
人たちのことかと尋ねました。
カルレインは、
会ったことあるのかと
逆に尋ねると、ラティルは
「少し事情が・・・」
と言いかけているところで、
足元に何かがぽたっと落ちました。
ラティルは無意識のうちに
カードから鏡に視線を移すと
目を大きく見開きました。
カルレインが腰に巻いていた
タオルの結び目が解けて
下に落ちたのでした。
慌てて何か言おうとしたら、
扉から人の気配がし、
「ロードが来ていらっしゃるのか!」
とデーモンが明るく叫びましたが
すぐに扉が閉まる音がしました。
カルレインが服を脱いでいて
ラティルが彼を
後ろから抱きしめていたので、
驚いたようでした。
慌てたラティルは、
腕を緩めることもできず、
鏡を覗き込み、唾を飲み込むと、
カルレインは
まるで彫刻のようだと告げました。
彼は、それは良い意味なのかと
尋ねました。
ラティルが、
ちょくちょく側室たちを
訪れていれば、側室たちも、
いつ彼女が来るかと思って
気が抜けないけれど、
どうせ、
皇帝は自分の所へ来ないと思えば
クラインだって、
遊びに行きたくもなりますよね。
タッシールもラナムンも大神官も、
自分の務めを果たしているわけだし。
ギルゴールは、暇つぶしに
血人魚たちを、
いじめているような気がしますが・・
側室たちが、
いつでもハーレムで
ラティルを待っていると思ったら
大間違いだということを
ラティルが知る良い機会だったと
思います。
もしも、他の側室たちが
カルレインと同じ格好をしていたら
ラティルは、
彼らにも抱き着いたでしょうか?
やりたいと思っても、
こんなことをしても大丈夫なのかと
躊躇ったり、心の中で
葛藤するような気がします。
カルレインに、
そのような感情を
抱かなかったということは
今のところ、彼が一番
気の置けない側室ということなのかと
思いました。