501話 ラティルを見つけたタナサンの人々は、彼女を歓呼しました。
◇王と王妃の懸念◇
タリウムの皇帝が乗った馬車が
広場で人々に囲まれていたという
知らせは、やがて
タナサンの王の耳に入りました
人々は馬車を囲んで歓呼し、
タリウム皇帝が、
国を救った英雄にでも
なったかのように
彼女に感謝の言葉を叫んでいる。
次々と人波が押し寄せ、
馬車が前に進むことができずにいる。
皇帝はこれを防ぐことは考えず、
むしろ高い所に登って
人々に手を振って微笑みながら
楽しんでいる。
タナサンの王はフォークを下ろして
口元をナプキンで拭い、
眉をひそめて、
向かいに座っている王妃を見ました。
彼女はフォークを動かす速度が
いつもより遅いし、
やはり、あまり気分の良さそうな
表情をしていませんでした。
王と目が合うと王妃は、
兄の命を奪って皇位に就いた人だから
権力欲が強いのだろう。
きちんと、
後継者教育を受けなかったのに、
こういうところでは目立とうとする。
彼女の行動が自分たちにとって
どれほど迷惑なのか
全く考えていないと非難しました。
広場での状況を伝えた秘書は
静かに王と王妃の顔色を窺いました。
王は食欲がなくなったのか
ため息をつくと、
待機していた使用人に
お茶を出すよう指示しました。
しかし、使用人がお茶を運んで来ても
王はお茶を飲むことなく
黙っていました。
王妃も食欲がなくなったのか、
皿を横に押し出すと、
あの皇帝は年齢が若く、
あまり学んでいないので、
彼女の行動が、
他国にどんな脅威になるか
分かっていないようだと
言いました。
タナサンはタリウムと
隣接してはいないけれど、
非常に遠く
離れているわけではいないので
仲が良い時も、タナサンは
タリウムの動向を
気にするしかありませんでした。
ましてや、今は平和な時期ではなく
怪物が出現し始め、いくつかの国は
この時期を乗り越えることが
できないかもしれませんでした。
そんな中、対抗者というだけで
人々にすでに人気のある
ラトラシル皇帝が、
自らタナサンに来て
多くの人が見守る前で人々を救った。
しかも、その過程で対立したのは、
タナサンの貴族で、
ラトラシル皇帝が出て来るまで、
王と王妃は、
その事実を知りませんでした。
国民が、
このようないくつかの事柄を
どのように受け入れるか、
王室は不安にならざるを
得ませんでした。
王妃は、
だからといって
自分たちを助けるために来た人々を
きちんと、
もてなさないわけにはいかない。
そんなことをしたら、
恩知らずで無礼だと
言われるだろうと言って、
ため息をつきました。
王も、重苦しいため息をつくと、
ラトラシル皇帝は恐れを知らず、
強くて勇敢だ。
怪物たちが、さらに出現すれば
彼女の勢いは増すだろう。
それが心配だと呟きました。
王妃は、
よりによって、
二大強国のタリウムとカリセンから
対抗者が出てくるなんて
本当に運が悪い。
500年周期で、国境線が
完全に変わるという言葉が
今回も実現するのか心配だと
言いました。
そうは言っても、王と王妃は
ラトラシル皇帝の助けに
とても感謝していました。
彼女が宴会を楽しみ、
貴族たちに称賛されながら
素直に帰っていたら、
猶更、有難いと思いました。
しかし、王と王妃は、他国の皇帝が
あえて自国の首都を心配して
視察しに行ったところ、
人々の称賛を受けて喜んだことに
とても、がっかりしました。
もしかしたら、
タリウムに急いで助けを求める時、
トゥーラ皇子が使った
君主の印章を持ち出したことで、
すでに２人は、
怯えているのかもしれませんでした。
王と王妃は、
長い間ため息をつきながら
時間を過ごしました。
そしてある瞬間、
王が突然手をビクッとさせて
王妃の顔色を窺いました。
しかし、すぐに口を開かなったので、
これに気づいた王妃は、
どうしたのかと尋ねました。
王は、
カリセンでは、
タリウム皇帝と親しくなるために
皇子を側室に送ったことを
覚えているかと尋ねました。
その言葉に王妃は眉をひそめると、
自分たちの王子も、側室として
彼女に送れと言うのかと尋ねました。
王は、これから数十年間、
怪物が蔓延するので、
長期的に見れば、
そうするのがいいかもしれない。
まだ皇配の席も空いているし、
王子をタリウムへ行かせれば
助けを受けやすいのではないか。
運よく、王子が寵愛を受けられれば
猶更良いと答えました。
しかし、王妃は、
皇帝は1年間に８人の側室を迎えた。
２年目には
16人になっているかもしれない。
それだけでなく、ハーレムの中には
側室ではない男たちも
溢れているそうだ。
あの女性は、美男を見れば
収集したくてやきもきする。
そんな所に王子を送るのかと
尋ねました。
王は王妃の顔色を窺いながら、
それでは、甥ならどうかと
提案しました。
王妃は呆れた表情で王を見つめると、
一番寵愛され、
皇配の席に上がったり、
少しの寵愛でも、血筋が残せるなら
側室の数がいくら多くても構わない。
けれども、皇帝が連れてきた
側室たちの顔を見たではないかと
言いました。
王妃は、
美の化身のようだったラナムンと、
危険な魅力を持ったギルゴール。
穏やかな美男のゲスター。
くらっとするほどセクシーな
カルレインを次々と思い浮かべ、
すぐに、
彼らと並ぶことのできそうな
王族たちを思い浮かべてみましたが
いませんでした。
普通の配偶者なら、
夫と妻が互いに忠実であれば
いいけれど、
側室は、一生、側室同士で
激しく競争しなければ
ならないので、
そこで勝利する自信がなければ、
最初から入らない方が良いと
思いました。
王妃は、月楼でも
タリウムの皇帝の力を借りたくて
王子をタリウムに送ったけれど
断られた。
今、その王子は皆に、
どれだけ嘲笑われているいるかも
知らず、客用宮殿で勉強していると
言いました。
王は、その話なら自分も聞いたと
返事をしました。
王妃は、いっそのこと姫を
タリウムの皇子の１人と
結婚させたらどうかと
提案しました。
王は、
異母兄弟を堂々と処刑させる皇帝なので
仲が良くもない異母兄弟の配偶者の
家門まで気を遣おうとするだろうかと
答えました。
侍従が入って来て、
ラトラシル皇帝が散歩を終えて
宮殿に帰ってきたという話を聞くまで
王と王妃は結論を出せませんでした。
王と王妃は、
後でまた話すことにして
立ち上がりました。
その時、食堂を出ようとした王を
王妃が捕まえ、
いっそのこと、
王族を側室に送るのではなく、
美しい使用人を、
側室にプレゼントするのはどうか。
皇帝にプレゼントしても、
皇帝のそばで働いているのは、
経歴の高い人たちばかりだろうから
皇帝の顔を見るのも難しい。
むしろ寵愛を受けている側室に
送った方が、
皇帝の顔を見やすいのではないか。
側室のそばにくっついていれば
皇帝の目を引くかもしれないと
言いました。
その言葉に王は感心しました。
彼の側室の中には、
他の側室の下女だった者が
１人いたので、
それは、いい考えだと返事をしました。
王妃は、
使用人として送るのは、
家族がいて
家族を愛する人でなければならない。
そうすれば、裏切ろうとしないからと
言いました。
王は、考えてみると、
とても良い意見だと思い、
どの側室に送ればいいか。
やはり、
顔を見ることが一番多そうな
対抗者のラナムンに送るべきかと
尋ねました。
王妃は、
ラナムンのそばに立つと、
誰でも光を失ってしまうので
彼はダメだと反対すると、
自分の意見を述べました。
◇側室たちとの散歩◇
吸血鬼の傭兵たちと聖騎士たち、
その他の付いて来た者たちが、
タリウムへ戻る荷物をまとめている間
ラティルは、ラナムン、ギルゴール、
カルレイン、ゲスターを連れて
庭を散歩しました。
今回、知り得たことについて
色々と教えたかったものの、
部屋の中で話をすると、アイニだけ
仲間はずれにしているようなので、
わざと外に出たのでした。
ラティルは、
ラナムンとギルゴールとカルレインに
ゲスターと２人で
タナサンを歩き回りながら
見たり経験したことについて
教えました。
ギルゴールは、
偽物のラナムンを送ったのに、
何の変化もなくて変だと思ったら、
お弟子さんが途中で
邪魔をしたせいなのかと
文句を言いました。
ラティルは、
ギルゴールに謝りましたが、
もしも、ラナムンの身代わりが
危険な目に遭ったら
どうするつもりだったのかと
尋ねました。
ギルゴールは、
それでも構わないと答えたので、
ラティルは口をポカンと開けましたが
ギルゴールを見て、
首を横に振りました。
ギルゴールは、
いたずらをするように
ラティルの耳元の髪を
クルクル回しながら笑うと、
自分はラティルが、
空から舞い降りて来るのが
本当に良かったと言いました。
ラティルは、
天使みたいだったかと尋ねました。
ギルゴールは、
今、何と言ったのかと尋ねました。
ラティルは、
天使みたいだったかと
再び尋ねると、ギルゴールは
自分は、あまり天使が
好きではないけれど、
どうしても、それに例えたいのかと
尋ねました。
ラティルは、
自分が天使のようではないので、
遠回しに否定しているのか、
それとも本気で言っているのか、
訝しみながら
ギルゴールを見つめました。
彼は口元を上げると、
一つに結んだ
ラティルの髪の毛の端を持って
そこにキスをしましたが、
その髪の毛を、
すぐにカルレインが奪い、
ハンカチで擦りました。
ギルゴールは眉を吊り上げて
何をしているのかと
怒りましたが、カルレインは、
そんなことは気にせず、
ラティルの髪を熱心にこすった後、
離しました。
ゲスターは、
その姿を交互に見ながら、
ラティルの左手を握ると、
カルレインとギルゴールは
いつも喧嘩をしていると思うと
呟きました。
ラティルは、ラナムンが
自然に自分の右手を握ったので、
ゲスターに返事をする
タイミングを逃しました。
やがて側室たちに囲まれて
歩くようになったラティルは、
タナサンの宮廷人たちが呆然として、
自分たちを見ていることに気づき、
顔に熱が上がって来ました。
ラティルは、自分の考えでは、
必ず手をつないで歩かなくても
いいと思うと言いました。
しかし、ラナムンとゲスターは
どちらも手を離さなかったので、
ラティルは、
自分で手を引っこ抜いた後、
腕を組みました。
カルレインは、
人間が歓呼した時、ラティルは
一緒に手を振っていたのに、
今は、自分たちが
恥ずかしいのかと尋ねました。
しかし、ラティルは
カルレインが
寂しがっているふりをしても、
手を隠したまま首を横に振りました。
そして、人々が歓呼した時は
彼らが自分たちを
好きになってくれたから
一緒に楽しめた。
けれども、今、人々は、
自分のことを好色な皇帝だと思って
見ていると言いました。
その言葉にギルゴールは
そんなに間違っているわけでもないと
言ったので、ラティルは
ギルゴールを睨みつけましたが、
彼がにっこり笑うと、
ムッとして顔を背けました。
◇キラキラの下男◇
翌日、ラティルは、
鳥に乗って再びタリウムに戻るという
芝居をした後、
狐の穴を通って執務室に戻りました。
ゲスターは
ラティルを送り届けた後、
再び、タナサンの宮殿に戻りました。
多くの人に、顔を見られているため
面倒だけれど、仕方なく
一行と一緒に、
馬車でタリウムに戻る計画でした。
ところが、一行が
ちょうど荷物を馬車に乗せて
出発する準備をほとんど終えた時、
見送りに訪れたタナサンの王が、
旅行服姿のすらりとした男を連れて
ゲスターのそばに近づいて来ました。
彼は何事かと思い、
２人を眺めていると、
王は、その男を指差しながら、
彼は自分たちの宮殿で
最も賢くて器用な下男だ。
ゲスターの身体の調子が
悪いと聞いたので、
旅行が苦にならないよう、
そばで仕えるように言っておいたので
連れて行くようにと勧めました。
ゲスターは、
下男のキラキラした顔を一度、
慈しみ深く笑っている王を一度、
交互に見つめました。
４人の美しい男性に囲まれて
庭を散歩するなんて、
皇帝冥利に尽きると思います。
どうせ、ラティルは
好色な皇帝として
知れ渡っているのだから、
誰に、どう思われても、
気にしないで、その状況を
楽しめばいいのではないかと
思います。
それにしても、王妃は、
よりによってゲスターに
下男を付けるなんて！
ゲスターの正体を知らないので
仕方がなかったとはいえ、
王妃は大失敗をしたと思います。
もしも、この下男が
ラティルの気を引くような態度を
取ったら、ゲスターが彼に
何かするのではないかと心配です。
そういえば、月楼の王子が
ギルゴールを誘惑させようとした
アペラがどうなったのか気になります。
