505話 ラティルはサーナット卿を夕食に誘いましたが、彼は用事があると言って断りました。
◇用事は何?◇
サーナット卿は、
個人的なことなので、
大丈夫だと答えました。
しかし、大丈夫だと言う割には
サーナット卿の表情が良くないので
ラティルは心配になりました。
どんな用事のせいで、
みんなで集まる時に集まらないのか。
もうクラインまで真実を知ったので
今日の夕食は、
真実を知るロードの仲間全員が
集まる会談になるはずでした。
サーナット卿は側室ではないので、
側室の間に挟まるのが恥ずかしくて、
断るのだろうか?
ただ行きたくないと言えなくて
適当な理由を付けたのだろうか。
しかし、
普段のサーナット卿の性格なら、
そんなことは気にせずに
正直に言ってくれると思いました。
結局、ラティルも
これ以上、サーナット卿を説得できず
笑って済ませました。
ラティルは彼に、
仕事を頑張るように。
また、後で会えばいいと言いました。
◇騒がしい夕食◇
夕方になると、
ラティルは普段着ている制服を脱ぎ、
軽くて優雅なドレスを着ました、
その上に毛がフワフワしている
マントを羽織りました。
久しぶりに側室たちと
一緒に集まって
楽しく過ごすことを考えると、
自然に鼻歌が出ました。
髪もいつもより優雅にまとめた
ラティルは、浮かれた気分で
ハーレムへ歩いて行きました。
到着してみると、
側室たちは、すでに集まっていて
自分たちで話をしていました。
ゲスターは、
レッサーパンダを膝に座らせて、
耳元で囁き、
クラインはタッシールに
無愛想な顔で、何か話していました。
ギルゴールは、クスクス笑いながら
カルレインに話しかけ、
彼は返事をするけれど、無表情でした。
メラディムと大神官は
運動の話をしているのか、
しきりに互いの腕を比較していました。
ラナムンは1人で優雅に座って
目を伏せたままでした。
なぜ、レッサーパンダも
ここにいるのか。
あの子は、ペットのふりをして
とても巧妙に紛れ込んでいると
ラティルは思いました。
ラティルが近づくと、
皆、自分の行動を止めて
立ち上がりました。
想定外のレッサーパンダが
混ざっているけれど、ラティルは
集まっている側室たちを見ると
すぐに気分が良くなり、
明るく笑いました。
ラティルは上座まで歩いて行くと、
皆が、こうやって集まると嬉しい。
最近は、バラバラになることが
多かったので、
今日は久しぶりに皆で集まったから
楽しく食事をしようと言いました。
側室たちは、
「はい」と返事をしましたが、
ラティルが望んだ楽しい食事は
10分もできませんでした。
ラナムンとギルゴール、
そして、カルレインとゲスターまで、
タナサンに行ったことが話題に出ると
ただ、起きた事だけを話したり、
怪物が蔓延することを
心配すればいいのに、 クラインは、
側室の半分が行ったのに、
皇帝が直接行くまで、
何の解決もできなかったと
皮肉を言いました。
突然のクラインの挑発に
何人かの側室たちは目を丸くして
彼を見ました。
ラティルはクラインの大胆さに
感心しました。
何も分からない時は
分からないせいで、
むやみに話しているのかと思いましたが
分かっていても、
同じようにむやみに話すし、
強い者にも弱い者にも強気なので、
感嘆しました。
しかし、ラティルは、思わず
ギルゴールの顔色を窺いました。
他の人たちはともかく、
ギルゴールは、あのような挑発を
そのまま見過ごすような性格では
ないと思いました。
そうでなくても、
長い旅から戻って来たばかりで、
疲れているギルゴールが、
クラインの言葉を
そのまま見過ごしてくれるかどうか
心配でした。
ギルゴールはクラインに、
彼がお弟子さんの正体について
聞いたと言っていたけれど、
いつ聞いたのか。
今日の夜明けだったかな?と
尋ねました。
クラインは2日前だと答えると、
ギルゴールは、
どうせ一番最後なので、
今日の夜明けも2日前も特に差はないと
ニコニコ笑いながら、
クラインをからかいました。
その言葉を聞いてラティルは、
すぐにフォークで刺すよりは
マシだと思いました。
ラティルは安堵半分、心配半分で
ギルゴールを見つめました。
しかし、クラインは、
ラティルの本音も知らずに、
堂々とした態度で、
知ったことが重要だと
言い返しました。
その言葉にギルゴールは、
もちろんだ。
それが重要であることを知ってから
死ぬ方が、
知らずに死ぬよりも心が安らかだど
返事をしました。
クラインは、死ぬと言われたことを
疑問に思っていると、ギルゴールは、
うちの皇子様は純粋な魂らしいけれど、
それは供え物ではないのか。
皇子様は、もうすぐ死ぬのではないかと
言いました。
ギルゴールが、
無難に言い争いをしていると
思っていたラティルは、
供え物と聞いてため息をつきました。
おとなしく言い争いをしているように
見えたクラインは、
ギルゴールの供え物の話に
ビクッとしました。
クラインは、
そんな話は聞いたことがない。
勝手に言ってみても通じないと
非難すると、
ギルゴールは笑って、
そんな話を、どうして当事者に
話すことができるのか。
当然、言うわけがないと
言い返しました。
クラインは、さっと
ラティルを振り向きました。
彼女はため息をつくと、
ギルゴールに、あまり叱る素振りを
見せないようにしながら、
クラインは供え物ではないし、
百花が500歳まで生きている。
それに、子供が怖がるから、
そういうことで
ふざけるのはやめて欲しいと
注意しました。
ギルゴールは肩をすくめました。
クラインは、
自分がからかわれたことを知り、
ギルゴールを睨みつけました。
ラナムンは、他人の話を
全く聞かないように
振舞っていましたが、
皇帝の味方になることにしたなら、
もう少し毅然として、
礼儀正しい態度を見せた方がいいと
話に割り込みました。
主語が曖昧なせいで、
誰に向けた言葉だったのかは
分かりにくかったものの、
ギルゴールは、
誰に言ったのか、あの子だよねと尋ね、
クラインも負けじと、
誰が見ても、ギルゴールに言ったと
反論しました。
ラナムンは、ギルゴールのことも、
クラインと同じくらい嫌いなのか、
この言葉を聞いて
気分を害した人に言ったと話し、
どちらの味方もしませんでした。
しかし、ギルゴールは平然と笑い、
自分は人ではないので
やはり彼のことを言ったと主張し、
クラインを指差しました、
クラインは、
ゲスターを切り干し大根呼ばわりし、
自分は気分を害していないけど、
あれはお前の話ではないかと
言いました。
ゲスターは、
普通に食事をしていましたが、
突然、攻撃の矢が向けられると
消え入りそうな声で、
自分は喧嘩に巻き込まれたくないと
言いました。
それを聞いたレッサーパンダは、
うちのゲスターは喧嘩しない。
ネズミも鳥も、
知らないうちに命を奪ってしまうと
ふざけると、ゲスターは
さらに泣きべそをかきました。
ゲスターは、
そんな言葉を聞くのは怖くて嫌だと
訴えると、レッサーパンダは、
そのような言葉を
可憐に言うゲスターが怖いと
言い返しました。
その姿を見て
ラティルはため息をつきましたが、
大神官は、
皆、仲が良さそうだと言って
豪快に笑いました。
その言葉をメラディムは不思議に思い
あれが仲が良さそうに見えるなんて
大神官は肯定的だと言うと、
大神官は「違いますか?」と
聞き返しました。
メラディムは、
仲が良いというのは
兄弟(タッシール)と私のような
仲だと言って、タッシールに、
それを確認しました。
タッシールは同意すると、
大神官は、訳もわからず感心し、
タッシールとメラディムの
仲がいい秘訣は何なのかと尋ねました。
タッシールは、人格と品格だと答えると
いきなり、カルレインは、
真珠と宝石だと、横やりを入れたので
ラティルは自責の念に駆られて
視線を落としました。
ラティルは、
にぎやかな食事が好きでしたが、
喧嘩で騒いでいるのと
楽しく遊んでいて騒いでいるのとは
違いました。
側室たちと、
仲良く楽しい食事をしようとしたのが
そもそも間違いだったのか。
喧嘩を続ける側室を見れば見るほど、
腹が立って来たラティルは、
きれいに盛り付けられた
料理を見つめながら、
ため息をつきました。
久しぶりに会ったのに、
気持ちよく話すことはできないのかと
しきりに小言が出そうになりました。
しかし、ここで叱っても
雰囲気はさらに悪くばかりで、
決して良くなることは
ありませんでした。
ラティルは、
サーナット卿を連れて来なくて
良かった。
彼が来たら、楽しい食事の場ではなく、
喧嘩をする人が、
1人増えただけだと思いました。
ラティルは焼いた鮭を切って
口に入れながら、
サーナット卿の用事について
考えました。
◇サーナット卿の用事◇
ベランダで1人で
お酒を飲んでいたサーナット卿は
「お誕生日おめでとうございます」と
言う声を聞いて、グラスを置き、
後ろを振り向きました。
アガシャが、
綺麗に包装した
小さなプレゼントの箱を持って
立っていました。
それを見た、サーナット卿は
どうして分かったのかと、
慌てて尋ねました。
アガシャは満足げに、
執事が教えてくれたと答えました。
何てことだと、
サーナット卿は嘆きましたが
アガシャは、
大丈夫。話してもらえて嬉しいと
言いました。
サーナット卿は、お礼を言って
プレゼントを受け取ると、
膝の上に置きました。
アガシャは、少し距離を空けて
彼の横に座りながら、
誕生日なのに、なぜサーナット卿は、
1人でいるのか。
サビはどうしたのかと尋ねました。
サーナット卿は苦々しく微笑みながら
彼女は忙しいと答えました。
アガシャは、
仕事で忙しいのかと尋ねると、
サーナット卿は
「そうです」と答えました。
しかし、アガシャは、
仕事のせいではなく、
他のことのせいではないか、
痴情の問題ではないか。
自分は、とても勘がいいと言いました。
サーナット卿は返事を避け、
まだ寒いので、入って寝るようにと
宥めるように言いました。
アガシャは
1人でいたいのかと慎重に尋ねると、
サーナット卿は「はい」と
断固として答えました。
アガシャは不機嫌そうに頷き
立ち上がると、
助けが必要なら言って欲しい。
自分も助けてもらったので
サーナット卿を助けたいと言って
部屋の中に入りました、
サーナット卿は、
アガシャがくれたプレゼントを開けると
きれいなオルゴールが入っていました。
オルゴールの中には
踊る恋人同士が見えました。
サーナット卿は
その姿をじっと見つめ、
ゆっくりと聞こえてくる
オルゴールの音に目を閉じました。
◇忘れていた誕生日◇
翌日、目覚めたラティルは
浴室へ行く途中で、昨日は
サーナット卿の誕生日だったことを
思い出し、「やばい!」と
悲鳴を上げました。
あらかじめ、
プレゼントも用意しておいたのに
最近、色々なことがあったので
つい、忘れてしまいました。
他の側室たちと違い、
サーナット卿のプレゼントの準備や
誕生日の準備はどうなっているのか
聞いてくれる人もいませんでした。
ラティルは、再び「やばい!」と叫ぶと
引き出しを開けて、
「あった!」と叫びました。
その中には、
以前、ラティルが折ってしまった
サーナット卿の宝剣に代わる剣が
入っていました。
ラティルは、
昨夜のサーナット卿の
寂しそうな表情を思い出し,
どうしたらいいのか。
サーナット卿が寂しがっていると思い
髪をかきむしりながら悩んでいると、
窓を叩く音が聞こえました。
ラティルは、すぐに窓の外を見ると
グリフィンが窓枠にギリギリに
立っていました。
窓を開けると、
グリフィンは中にさっと入ってきて
先ほど、ラティルが横になっていた
温かい場所に座りました。
ラティルは、
どうしたのかと尋ねると、グリフィンは
カルレインの使いでやって来た。
トゥーラ皇子が来たけれど、
結界のために入って来られず、
黒死神団の本部で
ラティルを待っていると伝えました。
ラティルは、
トゥーラの名前を聞いて驚き、
アナッチャを許すという公告を
出したのを見て来たのかと思い、
1人で来たのかと尋ねると、
グリフィンは、
それは分からない。
けれども、急いでいるように見えたと
返事をしたので、ラティルは、
アナッチャの件で来たのではないのかと
訝しみました。
ゲスターはギルゴールの正体を
知っていたとしても、
彼の傍若無人な態度は
変わらないと思います。
タッシールの言葉に
カルレインが皮肉を言う姿を
想像するのは楽しかったです。
ゲスターの本性をばらしているのに
何とも思わないラティルは
やはり鈍感?
誰が何を言っても、
肯定的に考える大神官は
素敵だと思いました。