566話 アイニはアニャドミスの手紙を読んでしまいました。
◇対抗者の正義◇
アイニは呆然とした顔で
手紙を見つめ続けていましたが、
外から音がすると、
手紙を引き出しの中に入れて
元の場所に戻りました。
しかし、血の気が引いた顔は
簡単に元に戻りませんでした。
自分でもそれが感じられたのか
アイニは、これ以上
執務室に留まることができず、
結局、部屋の外へ出ました。
しばらくすると、扉の向こうから、
身体の調子が良くないので
後でまた来る。
皇帝には自分が帰ったことを
伝えて欲しいと、
アイニの声が聞こえて来ました。
秘書はアイニに
宮医を呼ぶことを提案しましたが、
アイニは、
少し休めば大丈夫だと言って
断りました。
アイニの足音が遠くなると、
顔から血の気が引いていたけれど
大丈夫だろうか?
今まで苦労して来たのは
私たちの陛下で、
彼女は宮殿で好待遇を受けて
暮らしていたので大丈夫だろう。
と、秘書たちが、
呟く声も聞こえて来ました。
彼らはタリウム人なので、
ラティルの味方をするのは
当然でした。
その後もラティルは、
じっと待ち続け、
秘書たちまで他の場所へ行くと、
ようやく姿を現して
机に座りました。
クリーミーは足で蹴って
扉を閉めた後、
ラティルの元へ駆けつけると、
こんなことをしてもいいのか。
それを見せてもいいのかと
尋ねました。
ラティルは、
事態がこのようになったので、
アニャドミスも死ぬ気で
アイニを狙うだろうと答えました。
クリーミーは、
アニャドミスが意識を
失っているのではないかと
尋ねました。
ラティルは、目を覚ますだろうと
答えました。
クリーミーは、
まだ心臓に剣が刺さっているようだと
言いましたが、ラティルは
抜くだろうと返事をしました。
クリーミーは首を傾げながら、
なぜ、こんなに否定的なのかと
不思議がりましたが、ラティルは
絶対に油断しないつもりでした。
アニャドミスが、
まだ意識を取り戻していないなら
それはそれで良いけれど、
そのように肯定的に推測することで
準備を疎かにするつもりは
ありませんでした。
自分にできることは、
アニャドミスもできるという前提で
計画を立てなければ
なりませんでした。
ラティルは、
とにかくこうなった以上、
アイニも真実を知る時が来た。
彼女が何か怪しい行動をしていると
グリフィンが言っていたけれど、
それは彼女が疑っているからだと
言いました。
クリーミーはラティルの膝に乗り、
ラティルに
ギュッと抱きしめられたまま
しばらく悩んでいましたが、
アイニが真実を知って
自分たちに悪意を抱いたら
どうするのかと尋ねました。
ラティルは、
ラナムンと同じ道を辿れば、
自分に協力するようになるだろうし
対抗者の道を辿るなら、
ロードが狙っているので、
保護すると言い訳をして
閉じ込めなければならないと
答えました。
ラティルの冷淡な言葉に
クリーミーは丸い目を
さらに丸くしました。
ラティルは話した後で、
自分があまりにも冷淡に
話したのではないかと思いましたが、
対抗者の正義のために
側室を連れて危険な炎の中に
入るつもりはありませんでした。
◇アイニの決断◇
それから数日間、
ラティルはアイニが
どのように出てくるのか心配で、
姿を隠すことができる
ガーゴイルとグリフィンに、
アイニが泊まっている建物を
交互に見張らせました。
アイニが別の決心をし、
自国の大使館と
接触したりするようなことがあれば
直ちにこちらも、それに合わせて
対処する計画でした。
その一方で、ラティルは、
自分が席を外していた1カ月間、
側室たちと先皇后と宰相と大臣たちが
会議を経て、下した決定などを
検討しました。
皇帝が行方不明になっている
カリセンの現況のせいで、
より敏感になった外交問題を
処理するのに忙しく過ごしました。
あまりにもやることが多いので、
側室の所へ行って気晴らしをする
余力さえないほどでした。
そのせいで側室たちは、
ようやく意識を取り戻したラティルと
長く話す暇もなかったので、
彼らはおやつを持って
執務室を行き来し始めました。
しかし、食べる人は1人なのに、
食べさせたい人の数は多過ぎました。
すべての食べ物を、
ラティルの胃が、無限に
受け入れることはできないので、
側室たちは、
このような些細なことにも
神経を尖らせました。
彼らは、自分の住まいに
割り当てられた使用人たちを
あちこちへ遣わし、
情報を聞き出させながら、
どの場所で
おやつを作っているのか、
いつ作ったのかを調べ続け、
適当な時だと思ったら
こっそり食べ物を持って
執務室に行きました。
一見簡単そうだけれど、
この頭を使い、顔色を窺う争いに
タッシールが加わることで、
難易度が上がりました。
そのように、
皆がそれぞれの理由で
忙しく過ごしていた
6月の初めのある日、
ラティルが、
ザイシンとゲスター、
クラインの誕生日まで
過ぎてしまったことについて
悩んでいる時、
アイニがついに考えを整理して
ラティルを訪ねて来ました。
ラティルは、
アイニが何か決断を下し、
それが自分にとって
有利な方向だということを
推察しながらも、知らないふりをして
何の用事で来たのかと尋ねました。
もしもアイニが、対抗者として
自分と敵対することにしたなら、
訪ねて来たりしないだろう。
攻撃を予告するほど
愚かなことはないからと思いました。
アイニは、
唇を噛み締めながら、
桃の煮物が入った皿を持って
自分を眺めている
ラナムンを見つけると、
ラティルと2人だけで話したいと
頼みました。
そうでなくても
無表情に近いラナムンの顔に、
表情の変化なしに
温度だけが下がるという
不思議な現象が起きました。
熾烈な競争を経て勝ち取った
皇帝と共にする時間を
邪魔されたことに、
気分を害した様子でした。
ラティルは、
ラナムンの気持ちが分かりましたが
今すぐアイニと
話さなければならなかったので、
おやつはラナムンが食べるように。
その代わり、夕食を
一緒に食べようと
温かい笑みを浮かべながら、
言いました。
ラナムンがアイニに
そっと黙礼して通り過ぎると、
アイニも一緒に頷きました。
扉が閉まると、
アイニは緊張した顔で
机の前まで来ました。
ラティルはそんなアイニを
緊張して見つめました。
そのように、
30秒ほど、向かい合った後、
ついにアイニは、
色々考えた末に、
ラティルがロードかもしれないと
思うようになったと言いました。
ラティルは、その考えは
定期的に続けているけれど、
またその話をするのかと、
わざと大きくため息をつきました。
しかし、アイニは動じる代わりに、
でも、気にしないことにしたと
きっぱり言いました。
ラティルは驚いたふりをし、
目を丸くしながら、
それはどういう意味なのかと
尋ねました。
アイニは、
ずっと悩んでいたけれど、
事がこのようになった以上、
誰がロードで、誰が対抗者なのかは
もう重要ではない。
どうして、そのような区分が
生まれたのかは分からないけれど、
時代が変わり、人が変わり、
すべてが変わったのに、
そのような区分だけが
変わっていないのは、
おかしいと思うと話しました。
ラティルは、それほど哲学的には
考えていませんでしたが、
良い方向だと思い頷きました。
アイニは、
ラナムンも自分も
伝説に伝わる対抗者のようではない。
ラティルがロードなのか
対抗者なのかわからないけれど
どちらの領域にも
属さないように見えると言いました。
ラティルは、
それは褒め言葉なのだろうか。
おそらく悪口ではないと思いました。
続けて、アイニは、
ドミスも伝説のロードと言うには
曖昧なところがある。
世の中を支配する心よりは
カルレインを狙う気持ちの方が
より強そうに思えると話しました。
ラティルは胸をなでおろしました。
アイニに
アニャドミスの手紙を読ませたことを
誇りに思いました。
クリーミーには
自信満々に話したけれど、
実はアイニがそれを見て 、
自分を売り渡すつもりなのかと
逆に誤解する恐れもありました。
けれども、アイニが
きちんと道を見つけてくれて
よかったと思いました。
しかし、ラティルは
真剣な表情を浮かべ、
簡単には動じませんでした。
アニャドミスを
目の前で逃したラティルは、
今後、石橋を渡る前に
慎重に何度も叩いてみる覚悟でした。
それを知らないアイニは
緊張した表情で
ラティルを見つめました。
ラティルは、
物思いに耽る振りをしながら
自分はロードではないと言いました。
アイニは「はい」と返事をしました。
アイニは、
先程、彼女が主張したことと
正反対の話をラティルがしても、
以前のように、
そういうこともあり得るのではないかと
反論しませんでした。
自分の言ったことを守って、
ラティルが何を言っても
知らんぷりするつもりのようでした。
その態度に、ラティルは
やはりアイニが
本気だという気がしましたが、
それを確かめるために、ラティルは
自分とアイニが初めて会った時、
彼女からお酒をもらったことを
覚えているかと尋ねました。
アイニは、
あの時も笑いながら挨拶する
状況ではなかったと答えました。
ラティルはアイニに、
一緒にお酒を飲まないかと
誘いました。
ラティルは、彼女が嫌だと言ったら
どのように説得するか
頭を転がしましたが、
幸いアイニは、
お酒が好きだという言葉が
本当なのか、断ることなく
頷きました。
◇酒豪のアイニ◇
ラティルは、アイニと
お酒を飲むことにした途端、
ラナムンをなだめるために
言った言葉が気になり、
こっそりサーナット卿を呼ぶと
ラナムンと一緒に夕食を取って欲しいと
頼みました。
サーナット卿は当惑した表情で
ラティルを見つめながら、
本気なのかと尋ねました。
ラティルは、ラナムンに、
一緒に夕食を食べようと
言ったけれど、 アイニと
お酒を飲むことにしたと答えました。
サーナット卿は、
ラナムンの肩を持ちたくはないけれど
先にした約束を守るべきではないかと
苦言を呈しました。
しかし、ラティルが
重要なことだからと言うと
サーナット卿は微妙な表情で微笑み、
自分が行ったら、
ラナムンは胃もたれするだろうと
言いました。
ラティルは、
アイニは自分よりお酒が強いので
備えなければならない。
自分が先に酔ってしまったら、
せっかく立てた計画が
すべて無駄になってしまうと
思いました。
その後、 ラティルは
アイニが酔っ払うのを待ちました。
先程、アイニが言ったことが
本当かどうか、彼女が酔った時に
出てくる彼女の本音が
教えてくれると思いました。
しかし、アイニは
ラティルの想像以上に酒量が多く、
お酒を5本飲んでも
元気そうに見えました。
アイニはお酒と対抗しようとする
対抗者なのではないかと思いました。
ラティルは酔い覚ましの薬を
3本も飲んだのに、
アイニが元気そうに見えると、
自分がトイレに行っている隙に、
彼女も酔い覚ましの薬を
密かに飲んでいるのではないかと
疑い始めましたが、自分が急に
お酒を飲もうと提案したので、
そんな準備はしていないはずだと
思いました。
そうしているうちに、
再びラティルは
限界が来たようなので、
酔い覚ましの薬をもう1本
飲もうかと考えていたその時、
ようやく、アイニの本音が
聞こえてきました。
ラティルは、アイニに
お酒を飲み過ぎたのではないか、
そろそろ酔いが回って来たようだと
指摘すると、アイニの心の声は、
これがお酒ですか?
水じゃないですか?
やっぱりお酒はカリセンです!
タリウムの愛酒家たちは
どこでお酒を飲んだという
話をしないでください!
あなたたちはお金を払って
水を買って飲んでいるのです!
と言いました。
彼女は思った以上に
酔っぱらっているようでした。
アイニの心の声に、ラティルは、
しばらく我を忘れましたが
すぐに気を引き締めると、
アイニ皇后は
酒をたくさん飲んだようなので、
酔い覚ましに、先程の話を、
もっとしてみないかと
笑いながら尋ねました。
アイニは、
先程、自分たちが
どんな話をしたかと尋ねましたが、
心の中では、
お酒はお酒で
覚えないといけないのに、
この皇帝は、
何を言っているんですか?
タリウムの愛酒家は、
弱い、弱い、 弱いです!
と言いました。
ラティルは、
この人は本当に大酒飲みだと呟くと、
礼儀正しく高尚なアイニの顔と
酒豪で高飛車な心の声の間で
気を引き締めながら、
アイニは、
自分がロードであろうとなかろうと
気にしないと言っていたけれど、
それは本気だったのかと
落ち着いて尋ねました。
側室たちのラティル争奪戦。
もし、クラインがいたら、
朝から晩まで執務室に詰めていて
おやつは自分で持って来ないで
使用人に持って来させるのではないかと
思いました。
タッシールは、ラティルに
おやつを持って行くだけなのに
綿密に計算していそうです。
ラナムンとサーナット卿が
本当に一緒に
食事をすることになったら、
2人共、不愛想な顔をして
食事をするでしょうから、
せっかくの料理も、美味しく
感じられないのではないかと
思います。
高貴な人は、人前で
醜態をさらすことはできないので
アイニの酒豪は、
結構、役に立っているのではないかと
思います。