588話 クラインは誕生日のプレゼントに、皇配の席を要求しました。
◇時間は効率的に使いたい◇
クラインは、
ラティルが渋い表情で見つめても
屈することなく、
なぜ、そんな顔をしているのか。
自分は皇配の席に
ふさわしくないと考えているのかと
尋ねました。
ラティルは、
そんなことはないけれど、
誕生日プレゼントに
皇配の席を与えるなら、
他の側室も、それをくれと
言うのではないか。
誕生日が来る度に、
順番に皇配をするなんてことは
できないのではないかと答えました。
クラインは堂々とした態度で、
このプレゼントは自分にだけくれて
他の側室には、
宝石を少しだけ贈れば良いと
主張しましたが、クラインの言葉は
聞いている方が
恥ずかしくなりました。
ラティルは、ため息をつくと、
とりあえずクラインの部屋へ行こう。
プレゼントは、別のものを考えてと
言いましたが、
ふと、ラティルは、
誕生日が過ぎた側室3人を
一度に呼んだ方がいいのではないかと
考えました。
ラティルは、これまで
席を長く外していたので、
仕事が滞っていました。
滞った業務を、
すべて処理するためには、
数週間は、忙しく過ごす必要があり
ラティルは、時間を
効率的に使いたいと思いました。
考えを終えたラティルは、
ザイシンとゲスターを
クラインの部屋へ連れて来るよう、
バニルに指示しました。
その言葉にバニルは
クラインの顔色を窺い、
彼は目を見開くと、
ラティルと自分は
二人だけで遊んでいるのに、
なぜ、その二人を呼ぶのかと
尋ねました。
ラティルは、
聞きたいことがあると答えると、
もう一度、バニルに
彼らを連れて来るよう指示しました。
バニルはぺこりと挨拶すると、
すぐに別の道へ行きました。
クラインは、すぐに膨れましたが、
自分の部屋が目的地なので
他の所へ行くことができず、
素直にラティルと一緒に
歩いて行きました。
◇側室になりたくない人◇
その後、クラインの部屋へ行き
しばらく待っていると、
バニルはザイシンとゲスターを
連れてきましたが、
なぜか呼ばなかった百花まで
一緒に来ました。
そのせいかバニルは、行く時に比べて
表情が良くありませんでした。
しかし、ラティルは、
まだ完全に味方ではない百花に、
なぜ来たのかと言うのも、
少し気が進まなかったので、
彼が勝手に付いて来たことは
知らないふりをし、
座るよう指示しました。
依然として、
膨れっ面をしていたクラインは、
いつもより無愛想な声で
バニルに、
果物などの食べ物を持って来るよう
指示しました。
バニルが出て行くと、
ザイシンとゲスターは、
困惑した顔で
テーブルの向かい側に座りました。
百花は、そそくさと
ザイシンの隣に座りました。
クラインは、ラティルと二人で
仲良く過ごすはずの時間を
邪魔されて腹が立ちましたが、
それでも自分だけが
ラティルの隣の席であることに、
とりあえず満足することにし、
傲慢に顎を上げました。
ラティルは3人の側室たちと
聖騎士団長が落ち着くのを待ってから
色々な事があったせいで、
クライン、ゲスター、
ザイシンの誕生日を
祝ってあげられなかった。
何もしないまま、
誕生日が過ぎてしまったので
寂しいだろうと話しました。
ラティルの言葉に、
3人の側室たちは皆、
それは気づいていなかったという
表情を浮かべました。
どうやら、皆、
互いの誕生日を知らなかったり、
知っていても、ラティルのように
忙しく過ごしていたので、
自分たちの誕生日が
過ぎてしまったことを
気にしていない様子でした。
ラティルは、
自身と側室たちの立場が
違うということを
知らないふりをして
幸い、自分だけが
無関心なわけではなかったと
自分を許した後に、
3人まとめて誕生パーティーを
開くつもりだけれど、どう思うかと
尋ねました。
ラティルの質問に、
3人の側室たちは、
皆、答えませんでした。
ザイシンは困惑した笑みを浮かべ、
ゲスターは顔を赤くして、
頭を下げました。
クラインは、
何の戯言を言っているのかという
表情でした。
ラティルは「嫌ですか?」と
尋ねると、勇敢なクラインは、
自分の誕生日の主役は自分で、
自分が一番注目されるべきだ。
その日のスポットライトを
浴びるのは自分だけだと
断固として言いました。
驚くほど率直な言葉に、ラティルは、
しばらくぼんやりしました。
しかし考えてみたら、
クラインの言うことが正しいので、
結局、ラティルは頷きました。
立場が全く違うとはいえ、
もしもヒュアツィンテが
自分の誕生日に、
アイニとの合同誕生パーティーを
開いてくれると言ったら、
やはり、気まずくなると思いました。
ラティルは、
それでは、誕生パーティーは
別々にすることにして、
何か欲しいプレゼントがあるか。
皇配の席以外の、
自分が現実的に贈れるものについて
話してみるよう促しました。
しかし、側室たちは、
すぐに返事ができませんでした。
クラインも、
皇配の席をプレゼントしてほしいと
言ったのが本気だったのか、
他のプレゼントについて聞かれても
すぐに答えられませんでした。
そのような雰囲気の中、
ようやくバニルは、果物皿を乗せた
小さなワゴンを押して来ました。
バニルはテーブルの上に
果物の器を5つ置き、
その周りに簡単なお菓子をセットし、
出て行きました。
ラティルはバニルが出ていくと、
カップをつかみながら、
何が欲しいのかは、
じっくり考えておくようにと言った後、
そろそろ皇配を選ぶ時だと
告げました。
その言葉に3人の側室たちは
同時に姿勢を正しました。
ラティルは、
彼らを一人一人見つめながら
もしかして
皇配になりたくない人はいるかと
尋ねました。
ラティルの言葉に、
ザイシンは戸惑いながら、
「なりたい」人ではなく
「なりたくない」人について
質問しているのかと聞き返しました。
ラティルは、
なってもいいけれど、
必ず、なる必要はないとか、
なりたくないとか、
自分よりも皇配に
ふさわしい側室がいると思うなど、
どれでも結構だと答えました。
しかし、誰も返事をしないので。
ラティルはゲスターに
意見を求めました。
彼が皇配の席に
ふさわしくないから
聞いてみたわけではなく、
大臣たちの間でも国民の間でも
皇配についての意見が
あまりにもまちまちだし、
ラティル自身も、側室たちに情が沸き、
決定を下すことが難しいので、
側室たちの方で
候補者を絞ってくれることを願って
尋ねたのでした。
やる気がなさそうな側室がいたら、
ラティルは、その側室は排除して
考えるつもりでした。
ラティルは、これまでの経緯から、
ゲスターとザイシンは、
皇配の席に、
大きな未練はないと思っていました。
しかし、ゲスターは、
ラティルの言葉に目を丸くして
すぐに答えられませんでしたが
皆が彼に注目すると、顔を真っ赤にし、
消入りそうな声で、
自分は権力には欲がないけれど、
皇帝の公式の夫になりたいと
答えました。
どうして、この子は、
こんなにきれいな言葉を使うのかと
ゲスターの言葉に感動したラティルは
しばらく、彼を見つめた後、
今度はザイシンに意見を求めました。
ザイシンの、
これまでの行動から推測すると、
彼は、皇配の席に
大きな欲はなさそうだ。
彼が皇配になれば、
タリウムとラティルには、
それなりのメリットがあるだろうけれど
彼は欲がなさそうに見えました。
しかし、ラティルの質問に
ザイシンが何か答えようとした瞬間、
隣にいた百花が、ザイシンの口の中に
果物を2切れも入れてしまいました。
ザイシンが思わず口を閉じると、
百花はラティルを見つめながら、
大神官は権力には欲がないけれど
大義と正義という志を抱いているので
当然、皇配の席に関心があると
答えました。
これに対してザイシンは、
すぐに果物を飲み込んで
何か言おうとしましたが、
彼は突然ビクッとして、
百花を見ました。
百花が足を踏んだか、
わき腹を突ついたに違いないと、
ラティルは、
テーブルの下で起こったことを
推測して舌打ちしました。
ザイシンは、百花に
恥をかかせることができなくて、
結局、ぐずぐずしているうちに
口を閉じました。
神殿の方では、
確実にザイシンを推しているのだと
ラティルは思いました。
彼女はチラッとクラインを見ました。
クラインは、
自分の意志を表明するための
万全の準備が終わったという顔で、
ラティルを戦闘的な眼差しで
見ていました。
ラティルは聞くまでもないと思い、
クラインを無視しようとしましたが
彼は、このような時だけ気が利くので
ラティルが質問する前に、
自分は皇配になりたい。
自分が皇配にならなければならない
理由も多い。
ラナムンは性格に問題があり、
大神官は、とてもおとなしい上、
すべての人に公平に接するので、
タリウムの利益になるような仕事に
まともに乗り出せないだろう。
ゲスターは切り干し大根なので
言葉に力がない。
ギルゴールとカルレインは
年を取りすぎて
現実的な感覚がない。
人魚の王はフナの頭なので、
彼らは、皇配になれないと
主張しました。
ラティルは、
息を吸うことなく吐き出した
その長い言葉を、
ぼんやりと聞いていましたが、
クラインが話を終えると、
思わず、一人だけ抜けていた
タッシールについて意見を求めました。
クラインは、不満そうな顔で
黙っていました。
いくらクラインでも、
タッシールの短所は
見つけにくいようでした。
しかし、クラインは、すぐに
タッシールは自分の側近なので、
自分が皇配になることを願っていると
堂々と答えました。
その言葉に当惑したラティルは、
それがどういう意味かと
尋ねようとしましたが、
ふとクラインの口から、
「タッシールは平民」という言葉が
出てこなかったことに気づきました。
いつも、身分で他の側室たちを
ひとまず無視していたクラインが、
今日は身分の話を出さずに
側室たちの短所を捜し出しました。
大したことでないといえば
大したことではないけれど、
これも成長といえば成長ではないかと
ラティルは思いました。
ラティルは、クラインの性格と
傲慢さを知っているので、
妙に感動して彼を見つめました。
それを見て百花は舌打ちし、
期待値が低いと
褒められることが多いのかと
思いました。
百花はザイシンを複雑な思いで
見つめました。
おとなしいゲスターでさえ、
今はラティルを
熱烈に見つめているのに、
ザイシンは一人で何も考えずに
果物を食べることだけに
夢中になっていました。
さらに驚くべきことに、ザイシンは
「これ食べてみたら美味しいです」
と言って、百花が彼の口を塞ぐために、
無理やり食べさせた果物が
意外と口に合ったのか、
フォークでその果物だけを
食べていました。
そうしているうちに、突然、
栄養のことも
考えなければならないと呟き、
他の果物もしっかり食べる姿に、
百花は額に手を当てて、
憂いに沈みました。
大神官は、あまり欲がない。
このままだと、皇配の席は、
タッシールやラナムンに
渡ることは明らか。
何か対策を立てなければならないと
決意しました。
ゲスターは小心者らしく、
食べ物を少しずつ食べていましたが
一瞬、微妙な目で
そのような百花を見つめました。
しかし、すぐに表情を管理して、
穏やかにラティルを見つめました。
◇予想外のこと◇
結局、ラティルが3人の側室と
会話をした結果、
側室たちは別々に誕生日を
祝いたいと思っていることと、
皆、皇配の席を狙っていることが
わかりました。
大神官は少し例外のようだけれど、
問題は大神官を後ろから
庇護している百花が
ラティルの完全な味方では
ないという点でした。
ラティルは、その後、
部屋に戻ると、
皇配の問題と
3人の誕生日の問題について、
再び最初から悩み始めました。
しかし、それから2日後、
誰も予想できなかったことが起こり
皇配論議は、全く新しい局面を
迎えることになりました。
その日もラティルは、
いつものように執務室で
滞った仕事の処理に没頭していました。
皇配に対する案件が上程され、
あらゆる地域の領主や貴族、
あるいは近隣諸国からも
この件で書類が送られて来るので
数日前と比べて
ラティルの机の上の書類は
少しも減っていませんでした。
その時、思いがけず、
ロルド宰相が急いで中に入って来て
カリセンにいる大使が
急報を送って来たと告げました。
ラティルは半分魂が抜けたまま、
「タッシール様が
皇配でなければならない理由100個」
という書類を
ぼんやりと見ていましたが
はっと正気に戻ると、
どうしたのかと尋ねました。
宰相はラティルの机の上に
紙を置きながら、
カリセンの宰相が
ヒュアツィンテ皇帝に、
ラトラシル皇帝との婚姻を
進めたらどうかと進言したそうだと
答えました。
ラティルは、びっくりしました。
口の悪いクラインでさえ
タッシールの短所を見つけられず、
彼が皇配でなければならない理由が
100個もあり、
タッシールは平民だけれど、
商人として、様々な階層の人々と
付き合ってきたことで、
彼らの心を掴む方法を知っているし、
皇帝の秘密裏の任務を引き受ける
黒林の頭首でもあるので、
やはり皇配にふさわしいのは、
タッシールではないかと
改めて思いました。
彼が平民であることが
ネックとなるでしょうけれど、
それ以外は、皇配として
非の打ちどころがないと思います。