678話 ギルゴールの誕生日に、ラティルと彼とシピサは一緒に食事をすることになりました。
◇気まずい朝食◇
3人で食事をすればいいと思って。
ラティルはわざと明るく言いました。
しかし、絶対にギルゴールの腕は
放しませんでした。
ギルゴールやシピサは、
少しでもひねくれると、
逃げてしまう父子でした。
やっとのことで設けた席なので、
2人のうちどちらかが
逃げることがないように
気を使わなければなりませんでした。
父親のそばに近づいて来たシピサが
かすれた声で
ギルゴールを呼びました。
彼は混乱した目で
ラティルと息子を交互に見つめました。
皇女に接する時は
育児専門家のように余裕がありましたが
いざ自分の息子を目の前にすると、
ギルゴールは、突然おとなしくなり
臆病な羊のように振る舞いました。
一緒に食事をしましょう。
あなたの誕生日じゃないですか。
ラティルは優しい声で告げると、
シピサとギルゴールの腕を掴み
テーブルに導きました。
それから、ラティルは
父子が向かい合って座るように
椅子まで直接引きました。
ギルゴールは、
シピサが自分と一緒に食事をすると
言うとは思わなかったと
小声で呟きました。
シピサは、
お母さんが、
そうしてもらいたがったからだと
返事をすると、ギルゴールは
いい子だね。
とシピサを褒めました。
しかし、シピサは
父親のためではないので、
喜んではいけないと警告しました。
ラティルは食べ物を覆っている
銀の蓋を一つ一つ開けながら、
彼らの会話に割り込まないように
努力しました。
しかし、ここまで会話をした父子は、
それ以降、
完全に沈黙してしまいました。
ちょっとくらい話しなさいよ!
と思いながら、ラティルは、
開けた蓋を、横に置かれた台車に
幾重にも積み重ねました。
その作業が終わった後も
親子は依然として沈黙していました。
わあ、おいしそう!
仕方なくラティルは先に口を開き、
二人の肩を
同時にトントン叩くと
食べましょう。
わあ、おいしそう。
と食事をするよう促しました。
そっくりな二人の男が
同時にフォークを持ち上げました。
ラティルは、その場の雰囲気を
盛り上げるために、
今日はギルゴールの誕生日で
合っているのかと
わざとシピサに軽く尋ねました。
続けて、ラティルは
先程のギルゴールの様子を見たら、
とても疑わしかったので、
ギルゴールの誕生日が
今日ではないような気がすると
付け加えると、シピサは、
父親の誕生日は9月20日なので、
今日で合っていると、
力なく答えました。
仇のようにギルゴールと接しながらも
彼の誕生日の日付は
正確に覚えているようでした。
おお!
むしろギルゴールが、
知らなかった話を聞いたかのように
感心しました。
ラティルは、
なぜ、ギルゴールが感心するのか。
日付を知らなかったのか。
今日が誕生日だと書いて提出したのにと
わざと、きつく責めるふりをすると
ギルゴールは
クッキーの切れ端をつまみながら
今頃だと思って書いた。
日付が正確に合っているとは
思わなかったと返事をしました。
ラティルは、
いい加減すぎると言うと、
笑いながら、ギルゴールの手の甲を
突きました。
痛いです。
そっと突いたにもかかわらず、
ギルゴールは、
訳もなく痛そうな声を上げながら
ラティルの頬をつねりました。
ラティルは、
ギルゴールの腕をつねりながら、
シピサに、食べ物は口に合うかと
尋ねました。
シピサは、
フォークを口にくわえながら、
ぼんやりと頷きました。
ラティルは、
両親と仲が良かった頃、
彼らがやってくれたように、
美味しそうな食べ物の皿を
シピサの方に押し出し、
たくさん食べなさい。
と言いました。
すると、ギルゴールは
フォークで肉を刺し、
ラティルの口の前に
差し出しました。
ラティルがそれを食べると、
ギルゴールは、
今度はサラダのキャベツを刺して
ラティルの口の前に差し出しました。
ラティルはそれも食べると、
ギルゴールの腕を叩き、
もういいから食べて。
と告げて、
チラッとシピサを見ました。
シピサは相変わらず
フォークを口にくわえて、
ラティルとギルゴールを
交互に見ていました。
ラティルは、
食べ物が今一つかと尋ねると、
シピサは首を横に振り、
前に置かれたスープを
素早くすくって食べました。
ラティルは、
ギルゴールの脇腹を突いて、
シピサを目で指しました。
声をかけてみろという合図でした。
たくさん食べなさい。
ギルゴールは操り人形のように
いつもより、ぎこちなく言いました。
スープを素早くすくっていたシピサは
咽て咳込みました。
ギルゴールはその姿を見て、
そっと胸の中からハンカチを取り出し
シピサに渡しました。
シピサはハンカチを受け取ると
ギルゴールを警戒するように
睨みつけました。
ギルゴールはわざと視線を落とし、
そちらを見向きもしませんでした。
ラティルは、
すぐにシピサにコップを渡して、
彼が、もっとギルゴールを
睨まないようにしました。
ギルゴールは、
サラダだけを口に入れて
もぐもぐと食べました。
シピサはコップを置きましたが、
依然として雰囲気は
晴れやかではありませんでした。
ラティルは、
本当にいい天気ですね。
ギルゴールは秋に生まれたんだ。
ところで、
シピサの誕生日はいつですか?
と努めて明るい声を維持し、
二人に声をかけました。
シピサは4月だと答えました。
ラティルは、
春ですね。
皇女も4月が誕生日だけれど・・・
と言いかけたところで、
ラティルは言葉に詰まったので、
急いでギルゴールに
助けを求める視線を送りました。
ギルゴールは、
お嬢さんの子供たちは
皆、誕生日が同じだと言って、
笑い出しました。
不吉なことに、
よりによって誕生日も同じなのか。
ラティルは驚いて、
心の中で悲鳴を上げましたが、
そんなそぶりを見せず
笑ってばかりいました。
そうですね。
とラティルが返事をすると、
シピサは、トンという音を立てながら
フォークを下ろしました。
ラティルはびっくりして
シピサを見つめましたが、
彼は、すでに立ち上がっていました。
彼が、なぜ怒っているのか
ラティルが理解する前に、
シピサは、さっと姿を消しました。
すぐにラティルは、
自分が行ってみると
ギルゴールに告げると
彼の後を追いかけました。
シピサは懸命に走りましたが、
ラティルは、
彼に追いつくことができました。
ラティルが彼の前に現れると、
シピサは、
彼女にぶつかるぎりぎりの所で
立ち止まりました。
ラティルは
シピサが驚かないように、
声を落ち着かせてから、
なぜ、急に走り出したのか。
どうしたのかと尋ねました。
シピサは答えることができず、
足元だけを見つめていました。
ラティルは、さらに優しく
シピサを呼びました。
すると、彼は
聞こえるか聞こえないかのような
小さな声で、嫌だと
返事をしました。
ラティルは彼にもう一歩近づき、
何が嫌なのかと尋ねました。
シピサの声が小さすぎて、
ラティルの敏感な耳でも
よく聞くことができませんでした。
シピサは、
お母さんはお母さんだけれど、
お母さんじゃないでしょう?
と言いました。
ラティルは、
えっ?
と聞き返しました。
今度はシピサは、同じ言葉を
もっと、はっきり言いました。
ラティルは目を丸くしました。
確かに、その言葉は正しいけれど、
それがシピサが逃げる理由なのかは
理解できませんでした。
ラティルは、
それで逃げたの?一体なぜ?
私がアリタルの姿ではないので、
急に見たくなくなったの?
と、わざと冗談を言うように
尋ねました。
シピサは唇を固く閉ざしました。
しかし、
皇帝はお母さんだけれど、
お母さんではないこともある。
皇帝が私のお母さんであるのは
いいけれど、皇帝が父のそばで
母の席を奪うのは嫌だと、
シピサの心の声が聞こえて来ました。
ラティルは目を大きく見開きました。
使い物にならなかった能力が、
なぜか、ちょうど良い時に
本来の機能を発揮してくれました。
同時にこれは、シピサの心が、
今、嵐の下の葦のように
揺れているという意味でした。
彼は、ただ拗ねて逃げ出したのでは
ありませんでした。
でも、この話をしたら
お母さんが私を憎むようになる。
シピサは、そう言って、
自分の足元だけを見下ろすように、
ぽつんと立っていました。
ラティルは、シピサの気持ちを
すべて知ることができましたが
知っているとは言えず、
一緒に向かい合って
立っているだけでした。
ラティルはシピサの気持ちが
分かるような気がしました。
シピサは、
自分がアリタルの転生であることを
知っていて、
アリタルにとても近いと
思っているけれど、
本当のアリタルではないから、
アリタルの場所を占めることを
望んでいないのかと思いました。
ラティルはシピサの立場に
立ったことがないので、
彼の混乱した心を
完全に理解するのは困難でした。
ラティルは、
次は、このような場を
設けない方がいいと思いました。
シピサは結局、
本音を打ち明けることができず、
再び逃げてしまいました。
ラティルは、今回は
彼を捕まえることができませんでした。
ラティルは、
ぼんやりとその場に立っていると
ギルゴールが近づいて来ました。
お弟子さん、大丈夫?
ギルゴールは身を屈めて
ラティルの顔を見ました。
彼女は途方に暮れて
彼の肩に額を当てました。
◇破綻◇
ラティルは、
親子の仲が悪くなることを
望んでいませんでした。
ラティルはシピサを
子供のように愛することは
できませんでしたが、
非常に身近に感じていました。
それにラティルは、
ギルゴールがシピサを
どれだけ愛しているのか、
彼らの間の悲劇に、
どれだけ心を痛めているかを
誰よりも、よく知っていました。
そのためラティルは、
ギルゴールと仲良く遊んでいても、
シピサが通りかかったり、
遠くにいたりすると、
私は、もう行くよ。
と言って、
すぐにギルゴールから離れました。
それだけでなく、
ギルゴールに挨拶だけして
急いで逃げ出すこともありました。
このようなことが繰り返されると、
ザイオールも異変に気づき、
皇帝はご主人様を、
少し避けているのだろうかと
尋ねました。
ザイオールはラティルのおかげで
チクチクするけれど、
今では太陽の下で過ごせることが
できるようになりました。
そのため、最近、ザイオールは
ギルゴールが宮殿の中を歩き回る時に
後を付いて回りながら
日差しを満喫していました。
ギルゴールは、
そのようだと答えると、
紅葉を摘んで噛みちぎりながら
ラティルが消えた場所を一度、
遠くにいるシピサを一度、
交互に見つめました。
それからギルゴールは
食べていた紅葉をザイオールに渡すと、
あっという間に、
シピサが立っている所へ行きました。
シピサは、
父親が追いかけてくるのを見て
逃げようとしましたが、
しばらくしてギルゴールに
掴まりました。
ギルゴールは、
シピサの腕を引っ張りながら
優しい声で彼を呼びました。
シピサは強く腕を振り払いました。
ギルゴールは口の両端を上げ、
少し話さないかと
親切そうに尋ねました。
シピサは口をぎゅっと閉じて、
ギルゴールを見つめました。
遅ればせながら、
彼らに近づいて来たザイオールは
顔が似ている二人の男が
睨み合っているのを見て、
後ろに下がり、
岩の後ろに身を隠しました。
シピサは、
父と話すことはないと
冷たく言いました。
しかし、ギルゴールは、
いつものように悲しそうな表情で
シピサを見る代わりに、
ラティルとは話したはずではないかと
尋ねました。
シピサの唇がピクッと動きました。
ギルゴールは、
彼がシピサであることに
気づいて以来、彼の前では、
ずっと弱い姿を見せて来ました。
シピサが会話を望まなければ
声をかけませんでした。
彼がギルゴールの顔を
見たがらなければ、
遠くで、うろうろしていました。
そんなギルゴールが、
優しい声だけれど、
しつこく話しかけてくると、
シピサは変な気分になりました。
ギルゴールは、
自分の誕生日に、
二人でどんな話をしたのかと
尋ねました。
シピサは、
別に何も言っていないと答えました。
しかし、ギルゴールは、
何も言ってないのに、ラティルが
自分を避けるわけがないと
主張しました。
シピサは、
本当に何も言っていないと
否定しました。
シピサは、ギルゴールの質問に
きちんと答えているうちに
気分が悪くなりました。
なぜ父親が自分を責めるのか
理解できませんでした。
シピサは、
ラティルが自分の心を読んだとは
想像もできませんでした。
当然、シピサも、
なぜ、ラティルが急に
ギルゴールを避けるようになったのか
分かりませんでした。
シピサは、
自分と皇帝が何を話したとしても
父が、それと何の関係があるのかと
尋ねると、ギルゴールは、
シピサとラティルの会話が
自分に影響を及ぼしたからだと
答えました。
シピサは議長と一緒にいる時でも、
いつも遠くから
ギルゴールを見守っていました。
シピサは、ギルゴールが、
最初に記憶していた時のように
優しい父親では
なくなったということを
誰よりもよく知っていましたが
ギルゴールは狂った時も、
シピサの前では、
狂った精神までコントロールしました。
そんな父が、
聖騎士ギルゴールではない様子で
答えると、
シピサは耐え難くなりました。
結局、我慢できなくなったシピサは
母にすまないと思わないのかと
ラティルに言えなかった言葉を
ギルゴールに浴びせました。
彼は、
ラティル?
と聞き返すと、シピサは
お母さんです。
お父さんの本当の妻です。
と答えました。
そして、シピサは、
父は昔、何も知らなかったので、
父に機会を与えなければならないと
皇帝に言われたと話しました。
その言葉に、
ギルゴールの瞳が揺れました。
シピサは、
母は、いつも父を愛していて、
父に真実を知らせないように
したそうだ。
それが本当なら、父は・・・
今の母には、
あんなに優しくしているのに、
本当の母に
すまないと思わないのかと
非難しました。
ギルゴールは、
どういうことかと尋ねると、
シピサは、
今の母も母だけれど
本当の母ではないと主張しました。
その言葉に、
ギルゴールの目が細くなりました。
ザイオールは、
心臓をドキドキさせながら、
辺りを見回しました。
二人の話を、
誰かに聞かれるのではないかと
心配になりました。
その考えをするや否や、
ライオンの尻尾が付いた鳥が
彼をポンと蹴りました。
ザイオールは両手で口を塞ぎ
悲鳴が出そうになるのを
我慢しました。
破綻だ!破綻だ!
グリフィンは舌打ちしながら
尻尾で地面をトントン叩きました。
草がかさかさする音がするはずなのに
息子と父親は、睨み合いながら
少しも退きませんでした。
シピサはギルゴールを
憎んでいるけれど、
それと同時に心の中では彼を求めていて
昔のように家族一緒に暮らしたいと
願っているのかもしれません。
けれども、目の前にいるラティルは
母親の転生とはいえ、姿も性格も
違っていて、そんなラティルと
ギルゴールが仲よくするのが
許せないのかもしれません。
一方、ギルゴールは
昔のアリタルを取り戻せないと
分かっているので、彼女の転生と
一緒にいることができればいいと
割り切っているのかもしれません。
グリフィンは破綻だと叫んで
面白がっていますが、
ギルゴールとシピサは
心の中では、互いに相手を
求め合っているでしょうし、
腫れものに触るように
シピサと接していたギルゴールが
彼と言い争いまで
できるようになったのは、
二人が近づくために
必要な過程なのかもしれません。
余談ですが、
紅葉はカサカサしていて
まずそうだと思いました。
それから、
いつもラティルのことを
お嬢さんとかお弟子さんと
呼ぶギルゴールがラティルと呼ぶと
ドキドキしました。
それと、側室たちの侍従は
当の本人たちに負けずに、
いい味を出していると思いました。