889話 黒魔術師は宰相に、カバンの中に何を入れて来たのかと尋ねました。
◇カバンの中から◇
ロルド宰相は、カバンに
何を入れて来たのだろうか。
ラティルは彼を見ました。
そうしているうちに、ラティルは、
ロルド宰相がペンと手帳を
探している時に、
何かが手をかすめたと言って驚き、
カバンの中をかき回していたことを
思い出しました。
もしかして、まさか、本当に
中に何かがいるのだろうか。
ロルド宰相は、
カバンに何かを入れてくるだなんて。
自分は服と洗面用具と非常食と
水と筆記用具と地図と
毛布くらいしか持って来ていないと
当惑した表情で抗議しました。
黒魔術師は、
中身が充実していると
皮肉を言った後、退くどころか、
かえって、一歩近づき、
中を見てもいいかと尋ねました。
ロルド首相は
ラティルの顔色を窺いました。
彼女はその視線を受けて
ゲスターを見ました。
彼は、ひとまず何も言わずに
事態を見守っていました。
ロルド宰相は
皇帝と息子が何も言わないと、
やむを得ずカバンを
黒魔術師に渡しましたが、
寄こせと言うから渡すけれど、
自分が今日のことを
しっかり覚えておくということを
肝に銘じるように。
絶対に、このまま
見過ごしたりしないと
警告しました。
黒魔術師は鼻で笑いながら
カバンを受け取り、
すぐに蓋を開けました。
その瞬間、カバンの中から
白いイタチが飛び出して来て、
黒魔術師の顎を頭で打ちつけると
どこかへ走って行きました。
黒魔術師は、仰天して
転んでしまいました。
ラティルそれを見ると、
ふと、過去の出来事が
頭をよぎりました。
あれは何かと尋ねるロルド宰相に
ラティルは、彼の名前は
シナモンだったと答えました。
ロルド宰相は、
名前のあるイタチなのかと
尋ねました。
自分のカバンで起きた事態なのに、
彼は、さらに驚き、声を震わせました。
それは自分の名前だと
倒れたシナモンは、
陰惨な声で答えながら
立ち上がりました。
ロルド宰相は、
驚いてそちらを見ると、
その間、黒魔術師のシナモンは
何かを空中で作り、
イタチが走って行った方向に
投げました。
間もなく黒い煙がヒューッと
そちらの方へ
素早く飛ん行きました。
その煙は、威嚇的で
ぞっとするようなものでしたが、
イタチが走っていった方向へ
飛んで行った後、
突然、空中で跳ね返って
そのままシナモンの所に戻りました。
シナモンは、
慌てて横に身をかわしましたが、
跳ね返った煙は、彼の足元に入ると
ポンという音を立てて
周囲に土埃を起こしました。
大きな土埃は人を覆い尽くすほど
高く上がり、その後、下に落ちると
胸を叩きながら咳き込む
黒魔術師たちが現れました。
ラティルは、自分の目の前で
ゲスターが傘を広げているのを
発見しました。
傘の周りに何かをしたのか、
ラティルの方には土埃が
少しも来ませんでした。
土埃が収まると、
ゲスターは傘を畳んで
土埃を振り払いました。
傘はきれいになるや否や、
宙から勝手に消えました。
ラティルは
ゲスターにお礼を言いながら
以前よりも多く集まった
黒魔術師たちをチラッと見ました。
黒魔術師たちは、
皆、表情が良くなかったので、
ラティルは頭が痛くなってきました。
◇統制◇
黒魔術師村の
一種のリーダー的存在である
黒魔術師のシュロは、
他の人より一歩遅れて到着しました。
ひとまず指導者格の人物が現れると、
それでも、以前よりは
状況が良くなりました。
シュロはラティルとゲスター、
ロルド宰相を連れて、
黒魔術師の村が
どのように運営されているのか、
村内を一周しながら
内部を案内してくれました。
ラティルは、後ろで手を組んで
彼に付いて行きながら
説明を聞きましたが、
とても不愉快でした。
先程、イタチが、
ロルド宰相のカバンから
飛び出して来たことで
黒魔術師たちの雰囲気が、
さらに一段と険悪になったからでした。
ロルド宰相は、このことが、
自分の過ちだと思っているのか
ゲスターの顔色を
チラチラ窺い続けていました。
ゲスターは、
いつもと同じ笑みを浮かべながらも
大丈夫だという言葉は
一言も言いませんでした。
彼は、前だけを見て歩き回り、
目に宰相が入らないように
振る舞いました。
ラティルは
2人の親子の神経戦を見ているうちに
頭が痛くなりました。
ゲスターは
大丈夫そうなふりをしているけれど
癪に触っているみたいだと
ラティルは思いました。
彼女は、
苛立ちはしたけれど
ロルド宰相が、ゲスターのために、
黒魔術師の村まで
自ら、来てくれたことに
ほんの少し感動しました。
ところが、
事がこのように拗れてしまうと、
訳もなく、
自分が困ってしまいました。
その雰囲気を感じたのは、
一行を案内してくれている
シュロも同じで、皇帝一行が、
自分たち同士で、忙しそうに
視線を交わしているのを見ると、
彼は、
人員は、ゲスターが
どんどん追加してくれている。
年齢層が多様なので、
互いに役割を分担して・・・と
説明したところで、
そうして・・・こうなりました。
と、わざと、説明を
不十分な言葉で締めくくりました。
普通なら、
それはどういうことかと
もう一度、説明しろと
言うところでしたが、
皇帝はうわの空で
「ああ、そうなんだ」と答えました。
彼の言うことを
聞いていなかった証拠でした。
他の人たちも同じで、
シュロが言葉を
めちゃくちゃに終わらせたことに
誰も気づいていませんでした。
シュロは呆れてしまいましたが、
相手が自称ロードであり皇帝なので
何も言えずに
ため息ばかりつきながら、
それでは、
これで中に入りましょうかと
提案しました。
しかし、部屋の中に入ると、
雰囲気はさらに悪くなりました。
ロルド宰相のカバンを奪った
シナモンは、
ここの副リーダーのような
感じでした。
そのため、自然にその下の者たちは
シナモンの否定的な感情に
影響を受けました。
リーダーのシュロはシナモンほど
感情的ではないけれど、
彼も皇帝一行を、
歓迎しているようでは
ありませんでした。
どうやらロルド宰相のカバンから
イタチが飛び出したことが
大きな影響を
及ぼしているようでした。
彼らは、確かにこちらを
怖がっているようなので、
それで統制できるだろうかと
ラティルは考えました。
しかし、彼女は、それでも一応
彼らの様子に気づかないふりをして
ずっと話をしていました。
そして、話の流れが途切れた頃、
以前にも、一度、
黒魔術を日の当たる場所に
引き上げる計画を立てていると
説明したことがあるけれど、
それについて、そろそろきちんと
議論してみようと思うと、
訪問した目的を取り出してみました。
それを聞いたシュロは
黒魔術を科目として、アカデミーに
取り入れるつもりなのかと
すぐに尋ねました。
ラティルは、それを考えて
来たわけではありませんでしたが、
シュロの話を聞いてみると、
ひとまず科目として入れて
白魔術師たちに慣れさせてみるのも
良い方法のようだと思いました。
ラティルは、
黒魔術師たちの中で
一番高感度が高くて、
性格の良い人たちが
特別教授の資格で、2、3人ぐらい
前もって、アカデミーに
入ってもいいと言いました。
皇帝が、
本格的に出ようとしている姿に
何人かは、ざわめきました。
彼らは黒魔術が日の当たる所に出る
世の中を、見たことも
推察したこともないため、
皇帝の発言がどんな結果をもたらすか
容易に想像することは
できませんでした。
しかし、何人かは
懐疑的な表情でした。
その代表のような者はシナモンで
彼は、白魔術アカデミーに
黒魔術師の2、3人を特別教授として
入れるということは
黒魔術が白魔術の一つのように
扱われるのではないかと
疑いました。
ラティルは眉を顰めながら
医学と歴史学を学ぶ所に
数学が追加されたからといって、
数学が、それらの下に
入るわけではないのに、
どうして、そんなに、
捻じれたことを考えるのかと
尋ねました。
シナモンは、
人々が、魔法を学ぶアカデミーを
白魔術師を作るアカデミーだと
考えているからだと答えました。
ラティルは、
だから、これから
変えていかなければならないと
主張しましたが、シナモンは
言葉で言うのは、いつも簡単だと
言い返しました。
ラティルは、
そんな簡単な言葉さえ
言おうとしないシナモンは
何をするつもりなのかと
尋ねました。
そして、こちらを見つめる
黒魔術師たちを見回しながら
自分は、元々、黒魔術師たちが
怪物を捕まえる仕事を助けながら
イメージを刷新することを
願っていたと打ち明けました。
シナモンは、
なぜ、自分たちが、
人々を助けなければならないのかと
抗議しました。
その言葉にラティルは、
あの時も、シナモンは
黒魔術の復興より復讐が優先だと
言っていたことを思い出し、
そのことについて指摘しました。
シナモンは、
そうしてはいけないのかと
尋ねました。
ラティルは、
ダメなわけがないと
寛大なふりをして答えましたが、
そのような奴は、
アカデミーに行かせても
人前に出せない。
黒魔術のイメージを
全部台無しにするからと言いました。
その言葉に、シナモンは
さらに怒りましたが、
ラティルは彼を無視して、
自分が来たのは
教授職を与えるためではなく、
白魔術師協会のように
黒魔術師協会を作ったらどうかと
提案しに来たと
シュロに話しました。
シュロが、
「黒魔術師協会?」と聞き返すと
ラティルは、
協会を作った後に、
自主的に自分たちの規律を作り、
規律を破れば処罰し、
色々な王室や団体と
協力する姿を見せる。
黒魔術師たちが、
どこで問題を起こすか分からない
未知の恐ろしい対象ではなく、
白魔術師たちのように
神秘的な力を使っても、十分に
統制可能な人たちだということを
人々に知らせるようにすると
話しました。
ラティルは、
シュロはシナモンと違って
当然、納得すると思いました。
黒魔術師を陽の当る所に出すと言う
話を聞いた時、多くの人が
感動したからでした。
ところが、意外にも、
シュロも渋い表情をしていました。
それを見たラティルは
少し自信を失いながら
今一つかと尋ねました。
シュロは、
皇帝がどのような意味で
話したのか分かるけれど、
納得できる人が多いかどうかは
分からないと答えました。
ラティルは、
ずっと悪いイメージを持たれたまま
追い回されるわけには
いかないのではないかと言うと
シュロは、
そうだけれど、黒魔術師たちが
今一番望んでいることは、
復讐と追われない人生だ。
追われない人生のために、
互いを統制しようという意見に
従う人が何人いるか分からない、
おそらく、
多くはないと思うと返事をしました。
黒魔術師たちは、
これを統制として受け止めるのか。
大変だと、ラティルは思いました。
◇全部やれる◇
会議が終わった後、ラティルは
今度、また来ると言って、
黒魔術師の村の外に出ました。
ラティルは眉を顰めながら歩き、
ロルド宰相は、後ろから
彼女の顔色を窺いながら歩きました。
ゲスターは、
ラティルとロルド宰相を交互に見ながら
2人の間の中途半端な所を
一緒に歩きました。
そうするうちにゲスターが
ロルド宰相に何か囁くと、
宰相は、沈鬱な表情で頷きました。
ラティルは、
二人がひそひそ話しているのに気づき
そちらを向くと、
すでにロルド宰相は見えず、
ゲスターは一人で立っていました。
これを見たラティルは不思議に思って
「宰相は?」と尋ねると、
ゲスターは、
すぐにラティルの横に近づいて来て
自分が先に帰したと答えました。
ラティルは、
自分たちも帰らなければならないのに
なぜ、そんなことをしたのかと言った後
自分たちも帰ろうと言おうとしましたが
意外にもゲスターが
ラティルの手を握りました。
彼女は手を見下ろしながら、
どうしたのかと尋ねました。
ゲスターは口をつぐみました。
言いたいことがないからではなく
言いたいことはあるけれど、
これを、ゲスターバージョンで
話した方がいいのか、
ランスターバージョンで
話した方がいいのか悩んでいたため
しばらく考えが拗れていました。
そうするうちにラティルが
ゲスターの額に
自分の額を当てながら
ゲスターを呼ぶと、ついに彼は
自分が黒魔術師を
懲らしめてやりましょうか。
彼らが言うことを聞かないのは、
皇帝が黒魔術について
よく知らないと思っているからで
彼らは、わざと無視しているようだ。
自分が行って、
言う通りにしろと話して来ようかと
ゲスターバージョンで
それとなく提案しました。
ラティルは少し驚いて
ゲスターを見ました。
彼は、表情をよく管理し、
頼もしそうな目で
ラティルと向き合いました。
その表情の下で、ゲスターは
笑顔がこぼれそうになるのを
我慢しました。
イタチは、
誰もが知っているように
タッシールと仲間の白魔術師でした。
そして、そのイタチが今日、
何も知らないロルド宰相を騙して
カバンの中に入って来て、
ラティルの仕事を台無しにしました。
タッシールを
いくら信頼するラティルでも、
このことでタッシールに
少しがっかりしただろう。
そして、この件は
タッシールが解決できないことでした。
ゲスターは、今回のことで
ラティルの信頼と寵愛を
得られるかと思い、
気分が良くなりました。
私が行ってきましょうか・・・?
言ってくれれば、陛下・・・
私は、全部やってあげます。
白魔術師は一体どこに行ったのか
行方が気になっています。
ランスター伯爵は
ゲスターの中に
入り込んでいるというより
同化してしまっているのでしょうか。
ゲスターとランスター伯爵が
どちらのバージョンで話せばいいのか
悩んでいる姿は驚きでした。