887話 ゲスターが持って来たのは新聞でした。
◇黒魔術師の村へ◇
なぜ、ゲスターは
新聞を持ってきたのか。
しかも、彼の表情が
あまり良くないため、
ラティルは不安になりました。
ゲスターは、
これ・・・明日出ます・・・
と言って持って来た新聞を
ラティルに渡しました。
それは、彼女に対して
友好的でない新聞社の新聞でした。
ラティルは、
新聞の中央を見るや否や、
自分に関する内容が
大々的に記事にされていたので、
そのまま固まりました。
これは何?
ラティルは、ぼんやりと呟きながら
ゲスターを見ました。
彼は、
本当ですか・・・?
と、心配そうな声で聞きました。
ラティルは、
突き詰めれば、
全く違うわけではないと、
やたらと髪を擦りながら
答えました。
「黒魔術師たちが恐ろしいのは
白魔術師と違って
まともに統制されていないため」だと
ラトラシル皇帝は不満を示し、
「私は黒魔術師たちを
白魔術師たちのように統制するつもり。
そうすれば、人々も黒魔術師たちを
以前ほど恐れることはないだろう」
と自信を持って主張された。
記事を呼んだラティルは
新聞をたたむと、伏し目がちに
ゲスターを見ながら、
チラッと似たようなことは
言ったけれど、 自信を持って
主張するほどではなかったと弁解し
新聞をゲスターに返しました。
彼は新聞を受け取ると、
さらに困った表情で、
それでは、
別に計画していないのかと
尋ねました。
ラティルは、
ゲスターの表情が良くないことを
指摘し、自分の話が
でたらめだと言いたいのかと
彼を責めました。ゲスターは
それが・・・
実は少し・・・はい・・・
と答えました。
でたらめだと言うの?
ダメだと思うの?
と尋ねたラティルは
目を丸くしました。
それでも、
黒魔術師を日の当たる所へ
引き上げるという覚悟は、
ゲスターの前で
何度か見せたことがあったのに、
今、ゲスターは
その計画がでたらめだと言いました。
ラティルは、
自分が黒魔術師を日の当たる所へ
引き上げるつもりであることを
ゲスターも知っていたはずだと
言いました。
ゲスターは、
黒魔術師たちに対するイメージを
良くするのだと思っていたと
返事をしました。
ラティルは、それを肯定し、
元々は、黒魔術師たちに
怪物と戦わせようとした。人々が、
その姿をずっと見ているうちに
自然にイメージが変わると思った。
ゲスターがタリウム宮殿を救うのを
見た人たちが、
ゲスターが黒魔術師であることを
知っても、
あまり怖がらなくなったようにと
話しました。
実際、宮廷人たちがゲスターを
敬遠するようになったのは、
彼が黒魔術師だからではなく、
その後、知られてしまった
彼の狐の穴の能力が
人々の原始的な恐怖心を
刺激したためでした。
ゲスターは短くため息をつくと
白魔術師は、白魔術師会を中心に
団結した歴史が長い。けれども、
黒魔術師たちはそうではないと
説明しました。
ラティルは、
黒魔術師たちも、
よく団結しているようだと反論すると
ゲスターは、
よく団結するのは確かだけれど
一つに団結するのではない、
自分たちの派閥同士で別々に団結する。
ところが、
団結する集団が散らばっている上に、
その一つ一つが全て警戒心が強い。
蜂の巣だと思えばいいと
説明しました。
ラティルは、ゲスターに、
もっと、よく話を聞かないまま、
口にしてしまったことを恥ずかしく思い
ブツブツ呟きました。
黒魔術師と怪物を同列に扱いながら
その中にゲスターの名前を
そっと挟み込んだことに
本当に気分が悪くなりました。
ラティルは
ゲスターの体の中には、
黒魔術師の創始者がいるから、
アウエル・キクレンの名前を出せば
黒魔術師たちが集まるのではないかと
それなりに良さそうなアイデアを
出しました。
ゲスターは、
アウエルが黒魔術師を創始したのは
事実だけれど、自分の仕事で忙しくて
前に出たことがないと答えました。
ラティルは、
それでも、いざとなったら
出て来るのではないか。自分も
我が国の建国皇帝が集まれと言えば
行くと思うけれどと反論すると、
ゲスターは、
アウエルが前面に出る時は
何かを失った時だけだと
返事をしました。
ラティルは、
ゲスター本人は
あんなにおとなしいのに、
なぜ中にいる人たちは皆、
変な人なのかと
少し、疑念を抱きました。
その考えが深まる前に、
ゲスターはラティルのそばに近づき
たじたじしながら、横に座りました。
何と言ってラティルを
慰めればいいのか分からないといった
漠然とした表情をしているのを
見たラティルは、
ロードの名前で黒魔術師たちを呼んで
説得したらどうか。
何人かの黒魔術師を見たところ、
ロードという存在に
かなり愛着があったようだからと
わざと明るく提案しました。
ゲスターは、
ラティルが以前のロードと
違う行動をするので、
人々には脅威的ではないけれど、
黒魔術師が皆集まるかどうか
わからない。
皇帝の行動を
期待する黒魔術師もいるけれど、
がっかりする黒魔術師も
少なくないと返事をしました。
なんだかんだで、
できないことが多いので、
ラティルはがっかりして
ベッドにうつぶせになりました。
ゲスターは気をつけながら腕を伸ばし
ラティルの髪に触れました。
しかし、それもつかの間。
少し落ち込んでいるかと思っていた
ラティルが、
突然、上半身を起こして、
それでは、ひとまず
ゲスターの作った黒魔術師たちの村へ
行って来てもいいかと尋ねました。
ゲスターは、
もちろん大丈夫だと答えると
彼らに準備をさせると言って、
体を起こそうとしましたが
ラティルが止めました。
彼女は、自然な姿を見てみたい。
意見も聞いてみたいしと
言いました。
◇嘘の記事◇
翌朝、まずラティルは、
ゲスターが見せてくれた新聞が
本当に配られたのかを確認しました。
そして、
実際に配られたことを確認すると
一晩中考えていた計画を
やむを得ず実行することにし、
自分とよく交流のある
新聞社の社長を呼ぶよう指示しました。
午後、新聞社の社長がやって来ると
君も、
朝に出た新聞を見たでしょう?
と尋ねました。
社長は「はい」と答えると、
皇帝が黒魔術師を下に置くのは
本当なのかと訝し気に尋ねました。
普通、ラティルは、
政策に関する記事を
出さなければならない時は、
彼を先に呼びました。
ところが今回の件は、他の新聞社が
先に記事を出したので、
偽物かもしれないと
思ったからでした。
ラティルは、偽物だと言う代わりに
自分が数日後、黒魔術師の村へ
行ってくる予定であることを
陽気に話しました。
社長は目を丸くしながら、
新聞の内容は本当なのか。
皇帝が、黒魔術師たちを
統制するようになったら
本当にすごいことだと
感嘆しました。
ラティルは、
そうなので、あらかじめ記事を
準備しておくようにと
指示しました。
あらかじめと聞いて、
社長の目がさらに丸くなりました。
ラティルの後ろに
石像のように立っているサーナットも
怪訝そうに
ラティルの頭頂部を見下ろしました。
彼女は、
自分が行って来たら、すぐに屋台に
新聞がずらりと並ぶように
前もって記事を準備しておいてと
ニコニコ笑いながら説明すると、
社長は慌てふためきました。
社長は、
前もって記事を書いておけと
言うけれど、
内容をどうすればいいのかと
尋ねました。
ラティルは、黒魔術師たちが
自分に感動したと書いておいてと
答えました。
社長が、本当なのかと尋ねると
ラティルは、
それは、まだ分からない。
行っていないからと答えました。
社長はさらに慌てふためき、
隣に立っているシャレー侯爵を
ちらりと見ました。
彼は視線を避けました。
社長は躊躇いながら、
前もって記事を
書いておいてもいいのか。
ダメではないだろうかと
率直に尋ねました。
その言葉にラティルは、
どうせ、自分が、ひとしきり
そこで戦って来たとしても、
「ラトラシル皇帝が
黒魔術師と戦って来た」なんてことは
記事に出せないだろうから、
前もって、上手く書いてくれと
指示しました。
戦って来たなら、記事を
出さなければいいのにという考えは
心の中にしまっておき、社長は
そんな記事を出したせいで、
事が拗れたらどうすればいいのか。
黒魔術師たちが、
嘘をついたと言って、
うちの新聞社を攻撃して来たら、
どうするのかと、表向きは
現実的な心配ばかりしました。
ラティルは、
彼らが言うことを変えたといって
カンカンに怒ると答えました。
それは詐欺・・・と
社長は言いかけましたが、
皇帝が笑顔で自分を見つめ続けると、
後の言葉は飲み込んで
口をつぐみました。
彼は、機転が利くので
皇帝が今、普段はしない要求を
しているということは、
何かで心がねじれていることだと
思いました。
黒魔術師と偽りの記事に関連して、
心がねじれることは何だろうか。
おそらく、今朝出たあの記事が
偽りであったか、
皇帝を不快にさせるところが
あったということだ。
それならば、今も
別に考えておいたことがあるはず。
事態を素早く把握した社長は、
当然皇帝は、立派に仕事を
処理して来るだろうから、
早く戻って準備すると
愛想よく返事をしました。
社長が帰ると、ラティルは
脇に片付けておいた書類を
再び引っ張って見下ろしました。
この状況を見守っていた秘書たちは
互いに顔色を窺い、
何も見なかったふりをして、
仕事をするために頭を下げました。
サーナットは、ラティルが
黒魔術師の村へ行ってくると聞いて
心配していた気持ちが
半分ほど消えました。
彼女は、どこへ行っても
元気で帰って来るからでした。
◇黒魔術師の父親だから◇
ラティルは2日ほど仕事を休むために
再び熱心に仕事に没頭し始めました。
その一方でラティルは、会談の時、
自分がゲスターを
弁護しようとした言葉を
誰が、大々的に記事にしたのかも
確認しようとしました。
ラティルはタッシールに
会談の内容を誰が漏らしたのか
分かったかと尋ねました。
タッシールは、
その新聞社の人たちと
誰が接触したのか
一人一人確認していると答えました。
ラティルは、処罰はしなくても、
誰がやったかは
知らなければならない。
注視しなければと言いました。
タッシールは、
機密会議ではなかったとはいえ
内容を伝えたことに
悪意が見えると言って
自信満々に笑うと、
ラティルは安堵しました。
タッシールなら
きっと突き止めてくれるだろうと
思いました。
しかし、時間が経つと、
ラティルは怒りが少しずつ収まり
少しずつウキウキし始めました。
会談の時に言った言葉が誇張されて
いつの間にか
出発することになりましたが、
考えてみると、
それほど悪いことでは
ありませんでした。
事がうまく解決されて
黒魔術師たちを白魔術師たちのように
管理できるようになれば、
タリウムにも自分にも
黒魔術師たちのイメージチェンジにも
確実に役立つからでした。
それから数日後。
実際の旅程は2日でしたが、
万が一に備えて、4日ほど
席を空けても大丈夫なように
取り計らったラティルは、
そろそろ出発しようと思い、秘書に
ゲスターを呼びに行かせました。
秘書が話を伝えに行ってから15分後、
ゲスターは、スーツケースという
大荷物を持って到着しました。
ゲスターは、狐の巣を使って
宮殿を行ったり来たりすれば
必要な物を手に入れることが
できるのではないかと思いましたが
身なりだけを見ると
ゲスターは馬車に乗って
長距離旅行に行く人でした。
しかし、
ゲスターの好みだろうと思い、
ラティルはその部分を指摘せず、
サーナットとタッシールに
別れの挨拶をし、
いくらかの頼み事をしました。
ところが、挨拶が終わる頃。
意外にも
ロルド宰相がやって来ました。
ラティルは、宰相の突然の訪問に
少し驚きましたが、彼が
どれほど息子を大事にしているかを
知っているので、ゲスターに
無事に行って来いと
挨拶をしに来たのだと思いました。
宰相は、ゲスターが
黒魔術師であることを知った後も
自分の息子が世界で一番柔らかい
お粥のように
振る舞っていたからでした。
ところが、宰相は予想を覆し、
ゲスターではなく
ラティルに大股で近づき、
彼女に話があると告げました。
自分に先に挨拶しようとしているのかと
思ったラティルはタッシールの手を離し
手を振って「行ってきます」 と
挨拶しました。
ところが宰相は真剣な表情で
自分も付いて行きたいと
予想できなかった話を切り出しました。
ラティルは彼の発言に当惑して
手を下ろしました。
なぜ、宰相が?
遊びに行くわけではないのに。
と聞き返すと、
半分くらい遊びに行く気分で
荷物を持ってきたゲスターは、
ラティルの言葉にびくっとして、
こっそりお弁当を
背中の後ろに隠しました。
その姿を発見したタッシールは
ニヤニヤしながら、
ゲスタに向かって
「私は全部見ました」という合図を
と送りました。
後ろで、
自分の息子が何をしているのか
分からない宰相は、
沈鬱で重苦しい表情で、
うちのゲスターは
黒魔術師になりたくて
なったわけではないけれど、
とにかく、
一番顔の知られた黒魔術師で、
自分は黒魔術師の父親だ。
息子の世界を、
一度見ておかなければならないと
言いました。
ゲスターがお弁当を
持って来たのなら
スーツケースの中身は
ピクニックシートやクッションや
毛布かも。おやつも、
たくさん入っていたりして。
せっかくのデートを
父親に邪魔されそうですが・・・