19話 ハインリの執拗な視線に心臓が押しつぶされるような感じがするナビエでしたが・・・
◇社交界の蝶◇
ラスタは、
特別パーティでハインリ王子が
自分について、
人々に変な話をしていないか
心配でたまりませんでした。
何度も唇を噛み
ため息をつくラスタを見て
ラント男爵は、
彼女の顔色が悪いことを指摘し、
大丈夫かと尋ねました。
ラスタは、大丈夫ではないと
正直に答えました。
ラント男爵は自分を差別せず、
彼女の名誉を守るために、
一足先に、彼女の噂を
流してくれた人だったので
ラスタは、ソビエシュの次に
彼が好きでした。
ラント男爵は
いくらハインリ王子が自分勝手でも
西王国は、
東大帝国ほどの力がないので、
ハインリ王子は、
皇帝の顔色を窺わなければならない。
それに、ラスタの名誉は
どんな手を使ってでも
自分が守るので
最後のパーティを楽しめばいいと
言いました。
ラスタは笑いながら頷きました。
彼女がにっこり笑うと
雰囲気が一気に明るくなり
最初は彼女が
気分が悪いのかと思って
近づかなかった人たちが集まり出し
いつの間にか、ラスタの周りには
新年祭で、仲良くなった人たちで
いっぱいになりました。
トゥアニア公爵夫人が
特別パーティに出席していて
その場にいないせいか
とりわけ多くの人々が
集まっているように感じました。
自分の美しさが
褒めたたえられるのを聞くと
今日だけは
社交界の蝶になった気分に
酔いしれていました。
皇帝の側室になる前は
美しさも毒でした。
自分の美しさを
どのように使うべきか
知っていたけれども
それを知るまで
多くの試行錯誤があり
美しさを武器にすることに
慣れてからも
いつも危なっかしい
綱渡りをしていましたが
ここでは違いました。
皆が彼女に賛辞を送り、
愛してくれました。
ラスタを守ってくれる人は
世界で一番偉い人なので、
ラスタを脅かす人は
いませんでした。
しかし、まもなくして、
ラスタが
特別パーティに出席していないことを
指摘する人がいたので、
彼女の周りは静かになりました。
けれども、ラスタは
素早く頭を働かせて、
東大帝国の利益のために、
自ら出席するのを断ったと
答えました。
今までの側室たちと違い、
ラスタは聡明で
国情にも関心があると、
人々は、口々に彼女を褒めました。
ラスタは、
照れ臭そうに笑いながら、
人々の称賛に心酔し
自分が皇帝を支えると
言いました。
◇ロテシュ子爵◇
多くの青年貴族がラスタに
ワイングラスを差し出しました。
そのうちの一つを手に取ったラスタは
青年の肩越しに
この場に
来られないはずの人の姿を見て
グラスを落としてしまいました。
しかし、
次に同じ場所を見た時に
その人はいなかったので
見間違いかと思いました。
ラント男爵は、
ラスタが見ている方を見て、
どうしたのかと、
心配そうに声をかけました。
ラスタはラント男爵の裾をつかんで
彼がそちらを見ないようにしながら
新年祭の初日と2日目に
来なかった人が
最終日に来ることがあるのかと
尋ねました。
ラント男爵は
事情で、そういう人もいると
答えました。
続いてラスタは
領地がとても小さい田舎の貴族も
新年祭に参加するのかと尋ねました。
ラント男爵は、
小さな領地の貴族でも
招待されれば参加できると
答えました。
そして、
何年間も参加していない人でも、
完全に孤立させたままにして
おくわけにはいかないので、
それを理由に招待状が送られると
答えました。
ラスタの唇が
ブルブル震え始めたので
ラント男爵は心配しました。
ラスタは、周囲を見回し
ワイングラスを押し付けるように
ラント男爵に渡すと
自分は、酔ったみたいなので
もう帰ると手を振り
人々の間から
そそくさと抜け出そうとすると
後ろからロテシュ子爵が
やはり、見間違いではなかったと
声をかけました。
彼は、
ラスタが奴隷だった領地の領主で、
彼女の顔を知っていました。
ラスタの背中に鳥肌が立ちました
頭の中は真っ白なのに
目の前は真っ暗でした。
どこで何をしているかと思ったら、
身分の洗浄をしていたとは。
世の中、本当に良くなった。
逃亡奴隷が貴婦人待遇だなんてと
ロテシュ子爵は
嘲笑いながら言いました。
◇無口なカフメン大公◇
特別パーティの会場で、
ハインリ王子は、
ナビエとの約束を守り、
文通相手を探すのを諦めたと
話していました。
彼が変なことを言い出したら
すぐに対応するために
ソビエシュが待機していましたが
ハインリはラスタの話は
一言も口にしませんでした。
そして話題は、
カフメン大公の出身地の火大陸や
戦争において、魔法の実効性が
あるかどうかに移りましたが、
もともと口数の少ない方なのか
魔法学園を首席で卒業したのに
カフメン大公は
その話題について
ほどんと口をききませんでした。
そして、場が最高潮に盛り上がった頃
ドアの外が騒がしくなり、
騎士団長が、
こっそり中に入ってきて、
神妙な面持ちで、ソビエシュに
大宴会場へ来て欲しいと言いました。
彼が、その理由を尋ねても、
騎士団長は返答を躊躇っていたので
言いにくい内容だと察したソビエシュは
騎士団長と一緒に外へ出て行きました。
ナビエは呼ばれなかったことから、
彼女は、
ラスタが関係していることかも
しれないと思い、
むやみに首を突っ込むのは止めて、
そのまま、パーティ会場に
いることにしました。
ある程度、時間が経った頃、
ナビエは、
新年祭の最終チェックをするためと
ローラと約束をしていたので、
大宴会場へ行きましたが、
人々が目を輝かせて騒いでいるので
ナビエは戸惑いました。
すると、ローラは
ナビエの元へ駆けつけ、
ロテシュ子爵が人前で
ラスタは自分の所から
逃げた奴隷だと言った。
ラスタは否定したけれど
かなり動揺していたから、
皆、ロテシュ子爵の話を
信じたと思う。
ラスタに取り入ろうとした貴族たちも
皆、見ていた。
気絶したラスタを
ラント男爵が背負って行った。
ロテシュ子爵は
騎士団長が連れて行ったと
ナビエに話しました。
ナビエは、
騎士団長がソビエシュを
呼びに来た理由が分かりました。
しばらくの間、ナビエは
すっきりしない痛快さを
感じました。
ソビエシュは、ラスタが
逃亡奴隷だという噂を広めたのは
ナビエだと疑い、怒りましたが
あの時の悔しくて悲しい感情が
浮かび上がって来て
ナビエは痛快でした。
けれども、しばらく考えてみても
なぜ、すっきりしないのか
分からなかったので
ナビエは、この件については
関わらないことに決めました。
ラスタを救ったソビエシュは
彼女が逃亡奴隷であることを
知らなかったとしても、
ソビエシュがラスタを
愛さなくなるとは思わない。
彼はラスタの可哀そうな姿に
保護本能を刺激されて
彼女をここへ連れて来た。
その時に一目ぼれしたのか
その後に
彼女の魅力にはまったのかは
わからないけれど、
ラスタが平民でも逃亡奴隷でも
ソビエシュは変わらずラスタを
愛するし、彼女を守るはず。
彼がどう出るかわからないけれども
ラスタには関わりたくないと
ナビエは思いました。
ラスタが可愛く振る舞ったり
すぐに泣くのは
やっぱり
彼女の武器だったのだなと
思いました。
そんなラスタを
ソビエシュは純粋だと
思っていますが
ハインリはラスタの本性を
見抜いているので、
彼女の誘惑の罠に
はまることがないのでしょうね。
ラスタは、ハインリが
自分の悪口を言うのではと
心配していましたが
ハインリはラスタのことが
とても嫌いなので
ラスタと面と向かった時は
仕方なく話をするけれども
彼女の名前を口にするのも嫌なので
彼女の話をすることで
不快になりたくなくて
特別パーティで、
ラスタのことを
話題にしなかったのではないかと
思います。