132話 トゥーラは狐の仮面に仮面を脱げと命令しました。
◇仮面の下の顔◇
トゥーラの命令に、
狐の仮面は微動だにせず、
彼をじっと見つめました。
最初は、狐の仮面と
目を合わせていたトゥーラでしたが
彼の態度に、やたらと緊張しました。
狐の仮面は、
ゆっくりと仮面の方へ手を上げました。
トゥーラは、その姿を
じっと見つめました。
実はトゥーラは、
狐の仮面が仮面を脱ぐことが
弱点だと思って
命令を出したわけでは
ありませんでした。
自分は顔を出しているのに、
部下が顔を隠しているのが
嫌なだけでした。
だから、仮面の下から
びっくりするような意外な正体が
出て来ることを
期待していませんでした。
けれども、
相手がなかなか仮面を脱がないので
トゥーラは焦りました。
すると、狐の仮面は、
仮面を脱ぐのは構わないけれど
顔を見せたら
ロードが死ぬかもしれないと
告げました。
トゥーラの不安は消えて
怒りを覚えました。
自分を脅迫しているのかと
トゥーラが尋ねると、
狐の仮面は、
本当のことを知らせていると
答えました。
覚醒していないロードは弱いと呟く
狐の仮面の口の端が
どんどん上がっていくと
それだけ、トゥーラの怒りも
大きくなっていきました。
彼は、殺すのか死ぬのか
はっきり言うようにと
詰め寄りました。
狐の仮面は、
殺すという意味だと答えました。
怒りと屈辱感で、
トゥーラの顔が歪みました。
狐の仮面は、
どうしますか?
脱ぎましょうか?
と尋ねました。
相手の言葉に
振り回されてはいけないことは
分かっているけれど、
トゥーラはあまりにも腹が立って
仕方がありませんでした。
しかし、今のトゥーラは
死ぬ前より、ずっと強くなったけれど
狐の仮面は、それ以上に強く
覚醒していない自分は、
狐の仮面を相手にすることが
できませんでした。
トゥーラは、
自分がロードでなければ
覚醒することもないので、
一生、狐の仮面の
一線を越えた生意気な姿を
見ることになるのかと思いました。
自分がロードだと固く信じていた時は
狐の仮面の言動を
やり過ごす余裕がありましたが、
今回、初めて
彼が脅迫的な行動に出ると、
トゥーラはどうしていいか
分かりませんでした。
その瞬間、
狐の仮面はにっこり笑うと、
冗談ですよ。
何をそんなに怖がっているのですか。
と明るい声で言いました。
トゥーラが戸惑っていると、
狐の仮面は、
さっと仮面を脱ぎました。
突然現われた、
美しすぎる狐の仮面の顔を見て
トゥーラは我を忘れました。
想像以上の美しさでした。
一方、狐の仮面は、
そのような反応は
慣れているといった風に、
再び仮面をかぶると、
楽譜を持って出て行きました。
トゥーラは呆然としていましたが、
扉の音が閉まる音がすると、
彼は拳でピアノの鍵盤を
バンと叩きつけました。
地下室に、ピアノの音が鳴り響く中、
狐の仮面は
静かに口笛を吹いていました。
◇恋愛の始まり◇
カリセンから、
まだ連絡はありませんでした。
普段は、
まだ仕事をしている時間でしたが、
ラティルはペンを置いて
立ち上がりました。
どこへ行くのかと
サーナット卿が尋ねると、
ラティルは、
ラナムンの所へ行って
頭が大丈夫かどうか確かめる。
仮病だと思うけれど、
念のために、と答えました。
ラティルは、
後を付いて来ようとした
サーナット卿に
ゆっくり休むように言って、
ハーレムの方へ歩いて行きました。
ところが、ハーレムに到着すると、
ラナムンは散歩に出かけて
留守でした。
護衛によれば、
ラナムンは同じ時間に散歩に出かけて
同じ時間に戻って来る。
そろそろ、帰ってくる時間とのこと。
ラティルは、懐中時計を取り出して
時間を確認すると、
ラナムンが帰って来るまでに、
まだ時間に余裕がありました。
ラティルは、
一度戻ってから、また来るのと、
ここでラナムンを待つのと
どちらが面倒か比較して、
ラナムンの寝室で
待つことにしました。
彼女は、ソファーに座ろうとした時
机の上に置かれた
淡いピンク色の、
真っ赤なハートが描かれた
表紙の本に目が留まりました。
本の表紙が可愛いくて愛らしいので、
何の本かと思いました。
ラティルは、笑いながら
本を見下ろすと
表紙よりも、
「恋愛の始まり」というタイトルに
目が引かれました。
ラティルは、ロマンス小説かと思い、
ラナムンを待つ間、読むことにして
本を持ってソファーに座りました。
ところが、本を開こうとしたら
本の1/3くらいに、
見出しが貼り付けてありました。
普通、小説に、
ここまで印をつけて
読むものだろうか?
ラナムンは頑張って読んでいると
感心しながら
ラティルが本を半分ほど開くと
ラナムンが帰って来ました。
護衛から、
ラティルが来ていると
聞いたラナムンは
前もって、話してくれれば
散歩に行かないで待っていたと
言いました。
ラティルは、
今来たばかりだから
大丈夫だと答えました。
いつもラナムンの後を付いている
カルドンは
見当たりませんでした。
ラナムンに何か飲むかと聞かれたので
ラティルは、コーヒーと
答えようとしましたが、
優雅に歩いていたラナムンは、
ラティルが手にしていた本を
チラッと見ると
急にぴたりと立ち止まりました。
ラティルは、
どうしたのかと怪しんでいると
彼は、あっという間に近づき、
ラティルから本を奪い取り
後ろに隠しました。
ダンスが踊れない、
剣術を習ったことがあると
聞いたこともないラナムンの、
あまりにも早い動きに
ラティルは感嘆しました。
ところが、
ラナムンの表情は真顔なのに
首筋が赤くなっていました。
走ったせいで息が切れたのかと
尋ねましたが、
ラナムンは口を開いたものの
何も言えず
再び口を閉じました。
ラティルは、
ラナムンが恥ずかしくて
赤くなっていることに気づき、
吹き出しました。
彼女は、
大丈夫。
ロマンス小説を読むことくらい、
どうってことない。
と言いました。
不思議なことに
冷たい印象のある人は
ロマンス小説を読んでいることを
隠す傾向にあるので、
ラナムンも、そうだと思いました。
ラナムンは、唇を震わせて
「はい」と答えると
本を書棚に突っ込みました。
ラティルは、額について尋ねると
彼は、大丈夫、もう痛くないと
答えました。
ラティルは、今日もラナムンが
いやらしい仮病を使うのではないかと
少し期待していたので
彼の冷淡な態度を残念に思いました。
彼女が何か言おうとしても
ラナムンは無表情で床だけを見て
頭さえ上げようとしませんでした。
しかし、首筋は依然として
赤いままでした。
ラティルは、ラナムンが
自分が来たことを
喜んでいないようなので
帰ることにしました。
ラナムンは、察してくださいと
言うだけでした。
ラティルが寝室を出ると、
その隣の部屋の
ソファーに座っていたカルドンが
もうお帰りになるのかと
残念そうな声を出しました。
ラティルは、
彼が疲れているようだからと
返事をしました。
ラティルを見送った後、
カルドンは
どうして、こんなに早く
皇帝を帰らせたのかと
小言を言おうと思って
寝室に入りました。
ところが、ラナムンは
書棚の前に立ち
顔を赤くしていたので
カルドンは、
ラナムンがキスでもしたかもしれない。
やることはやったと思い
微笑みました。
カルドンは
陛下と良い思い出を
作られたようですね。
それでも、
もう少し捕まえておいてください。
と残念そうに言って近づくと、
ラナムンは
照れ臭そうな表情ではなく
当惑している様子でした。
何かおかしいと思ったカルドンは
ラナムンを呼びました。
すると、彼は
書棚から「恋愛の始まり」を取り出し
ラティルが、その本を見たようだと
呟きました。
慌てたカルドンは、
足をバタバタさせましたが、
皇帝に、
そんな様子はなかった。
何も見ていなかったようだと
言いました。
ラナムンも、そう思うと言いました。
カルドンは、
ラティルが本を見たのは確かなのかと
尋ねました。
ラナムンは、知らないと答えた後で、
急いで、首都で売られている
この本を全て買って
邸宅へ運ぶように指示しました。
ラティルが本のことが気になって、
探すといけないからでした。
カルドンが慌てて出て行くと、
ラナムンはイライラしながら
本を開きました。
いつも強い姿を見せてきたあなた。
たまには弱い姿を見せても
大丈夫です。
ラナムンは、本を閉じながら
唇を噛み締めました。
ラティルが、
これを読んだかもしれないと
思うだけで、
顔に熱が上がり我慢できませんでした。
◇流行のロマンス小説◇
ラティルは首を傾げながら
執務室に入ると、
その前をウロウロしていた
サーナット卿が
自然と後を付いて来ました。
彼には
休むように言ったので、
ラティルは舌打ちしましたが、
サーナット卿は、
休もうと思っていたけれど
ラティルが早く帰って来たと
言い訳をしました。
ラティルは、
サーナット卿が
ロマンス小説を読んでいるところを
自分に見られたら恥ずかしいかと
尋ねました。
対外的に冷たい性格で
有名な人々は
虚勢を張るものだけれど
ラナムンが首筋まで赤くするほど
恥ずかしがることが、
ラティルは
全く理解できませんでした。
サーナット卿は、
よくロマンス小説を読むので
推薦して欲しいなら
リストを作成すると答えました。
ラティルはラナムンについて
話そうとしましたが、
彼があれだけ
恥ずかしがっているので、
あえて話す必要はないと思いました。
その代わり、
ラナムンが呼んでいた本のタイトルを
思い出して、
最近、「恋愛の始まり」という本が
流行っているか、
サーナット卿に尋ねました。
彼は、最近流行っているのは
「美しい純情、ズボンを脱いでみて」
という本だと答えました。
そのタイトルに、
ラティルは慌てて
口をパクパクさせました。
すでに、
その本を読んだサーナット卿は
ラティルに貸すことを
提案しましたが
彼女は断りました。
その代わりに、ラティルは
「恋愛の始まり」を
1冊手に入れるように指示しました。
サーナット卿が
ロマンス小説を読むこと自体、
とても意外だったのですが、
リストが作れるということは
それだけ、たくさん読んでいると
いうことなのでしょうね。
一方、ラティルは
タイトルを聞いただけで
慌てるくらいなので
あまり読んだことがないのでしょうか。
サーナット卿が、すました顔で
官能的な匂いがプンプンする
ロマンス小説のタイトルを
言う姿を想像して、
笑ってしまいました。
キツネの仮面は
ゲスターだと思っていたのですが、
トゥーラは、仮面の下の顔を見ても、
誰だかわからなかったのですよね。
トゥーラはゲスターのことを
知らなかったのでしょうか?
対外的には、
おとなしいで通っているゲスターなので
あまり表には
出て来なかったかもしれませんが・・・
謎が、また一つ増えました。