381話 ギルゴールは対抗者の剣を持って行ってしまいました。
◇行方不明の理由◇
会議を終えて帰ってきたラティルは、
机の上で、
ヒュアツィンテの伝書鳩が
ぐったりしているのを発見しました。
ラティルは鳥に水を与えると
足からメモを取り出しました。
なぜ、彼は再び、
メッセージを送って来たのか。
ヒュアツィンテが、
宮殿に攻め込んできた
アニャドミスについて教えくれたので
ラティルは対抗者の剣に
気をつけるよう忠告しましたが、
他に何か話したいことがあるのか、
また何か起こったのかと
硬い表情でメモを広げました。
ラティルは中身をさっと読んだ後、
すぐに、メモをたたみました。
ギルゴールという白髪で
白いコートを着た男が現れ、
自分は対抗者の師匠だと主張しながら
アイニ皇后を探していた。
アイニ皇后が消えたと言うと
対抗者の剣を盗んで行った。
彼は、ラティルの側室だと言って
大きな指輪を見せてくれたが
合っているか?
ラティルは額を手で押さえました。
彼は対抗者の剣を取りに行ったのか。
それとも自分が
カルレインを行かせようとしないから
アイニを訓練しに行ったのか。
ラティルは、
以前なら、アイニを訓練させるのを
防ごうとしただろうけれど、
今は、アイニが訓練を受けた方が
いいと思っていました。
とにかく、
アイニとアニャドミスが
合わさったり、
アイニが死んでしまえば、
対抗者としての力は
ラナムンと同等になるけれども、
アニャドミス自身は、
さらに強くなる状況なので、
アイニは強くなる必要があると
思いました。
しかし、
一体どうして、
アイニが行方不明になったのかは
全く分かりませんでした。
ラティルはじっくり考えた後、
ゲスターを呼び、
アイニが行方不明になったというのは
どういうことなのか、
ダガ公爵を使って、
調べることができるかと尋ねました。
ゲスターは、
調べるのに時間がかかるので
夕方に伝えると返事をしました。
ラティルは、
まさか、敵に
拉致されたりしていることは
ないだろうと思いました。
◇振り回される2人◇
アナッチャが作った黒魔術の薬で
眠らされていたアイニが
数日で意識を回復した時、
すでにカリセンの辺境地帯まで
来ていました。
自分が小さい部屋のベッドに
横たわっていて、近くの椅子に
トゥーラが座っているのを見たアイニは
悲鳴を上げようとしましたが
口が塞がれていたので
悲鳴を上げられませんでした。
アイニが起きたことに
気が付いたトゥーラは
読んでいた本を下ろすと
テーブルまで歩いて行き、
悲鳴は上げない方がいいと忠告した後
その上に置かれた
「何かを覆っている布」を引っ張ると
ガラスドームに入れられた
ヘウンの頭が現れました。
アイニは悲鳴を飲み込みました。
トゥーラは、
騒いだら、これを捨てると言って、
アイニの口を塞いでいた布を
取り除きました。
アイニは
一体、何が望みなのか。
なぜヘウンの頭を
トゥーラたちが持っているのかと
尋ねました。
父親のせいとはいえ、
それでも手を握った仲なのに、
このように突然裏切られて
拉致されたことに
アイニは呆れていました。
しかも、ヘウンの頭を
なぜ彼らが持っているのか、
理解できませんでした。
トゥーラは、なぜ自分たちが
ヘウンの頭を持っているのか、
少しだけ考えてみれば分かるのに、
そこまではしたくなさそうだと
指摘しました。
アイニは眉間をしかめ、
どういうことなのかと尋ねると
トゥーラは肩をすくめて、
ヘウン皇子の頭を撫でるように
ガラスドームを撫で、
ダガ公爵からもらったと
答えました。
驚いたアイニは、
そんなはずはないと、
断固として否定しましたが
トゥーラは、本当にそう思うのかと
尋ねました。
アイニは、どうしてもそうだとは
言えませんでした。
自分の部屋に置いていた
ヘウンの頭を持ち出すことができる人は
限られていて。
ダガ公爵なら、十分それができました。
しかし、なぜあえて
それを持ち出したのか。
彼がアナッチャ母子と一緒にいたのと
同じ理由なのか。
考えてみても答えは出ませんでした。
ただ、この状況を
解決しなければならないという
焦燥感だけが湧いてきました。
アイニは歯ぎしりしながら
自分をどうするつもりなのか、
なぜ自分を裏切ったのかと
尋ねると、トゥーラは
見てはいけないものを見たから
裏切った。
アイニをどうするかは、
自分が決める問題ではないと答えると
アイニは、
アナッチャが決定を下すのかと
尋ねました。
トゥーラは、「そうだ」と
返事をすると、
椅子に座って本をつかみました。
アイニはその姿を睨みつけると、
トゥーラとアナッチャを
仲違いさせようと思い、
タリウムの皇帝になりそうだった人が
あまりにも人に
振り回されているのではないかと
皮肉を言いましたが、
アイニも同じように、
ダガ公爵に振り回されていると
皮肉を返されたので、
アイニ本人だけが傷つきました。
彼女は平然と本を読んでいる
トゥーラを睨みつけました。
アナッチャは執拗で粘り強いので
絶対に振り回されてはいけないし
彼女のそばから
脱出しなければならないけれど
一体、どうすればいいのかと
悩みました。
◇空の棺◇
その時刻、百花繚乱の聖騎士何人かは
百花の命令を受け、
ロードの棺を新しく移した場所へ
行ってみました。
万一の事態に備えて
今回も聖騎士の制服を
着て行きませんでした。
責任者は
聖騎士たちを率いて
洞窟の中を歩いて行くと、
穴が開いた部分の下に
棺がありましたが
アニャはいませんでした。
聖騎士たちは、
最近、彼女の外出が多くなったようだ。
数百年間、
歩き回らなかったけれど、
棺を移しながら移動したのが
とても楽しかったのではないか
などと口々に言いましたが
責任者は分からないと言って、
棺の前に近づき、
蓋を持ち上げました。
ところが、その中におとなしく
横たわっているはずの
ロードの姿が見えなかったので
責任者の顔が暗くなりました。
他の聖騎士たちも驚き、
どこへ行ったのか?
ロードは封印されて
ずっと眠っていると
言っていませんでしたか?
などと喚き散らしました。
空の棺を見下ろしていた責任者は、
移動する途中で
襲われるかもしれないので、
今から、それぞれ違う方向に
散らばって移動する。
移動する時は、他の人たちが皆、
攻撃された可能性を考えて移動する。
目的地は団長。
到着した者は、
このことを団長に報告するようにと
急いで指示しました
聖騎士たちは
慌てて何か言おうとしましたが、
責任者は素早く
「散らばれ!」と叫びました。
その言葉が終わるや否や、
聖騎士たちは頷いて、
皆、洞窟の外に出ました。
責任者は、
聖騎士たちが皆出て行くのを見た後
落ち着いて、さらに洞窟の中を
調べ始めました。
最悪の場合を想定して、
部下を全員送り出したものの、
自分が誤解したかもしれないので
責任を持って、状況をもう少し詳しく
調べる必要がありました。
そして彼は、ついに洞窟の隅で
服と、その上に落ちたパンくずを
見つけました。
ロードの封印が解かれたのは
間違いないと確信した責任者は
服を下ろして、
慌てて後ろを振り返りましたが、
誰かの手が
彼の心臓に突き刺さりました。
責任者は、遠ざかる意識の向こうに
棺の中にだけ横たわっていた
女性の笑顔を見ました。
ロードが目覚めたのだと
思いました。
◇月楼の王子の怒り◇
ギルゴールが出かけてから、
時間が経っても帰ってこないので、
アペラは月楼の王子を訪ね、
ギルゴールは出て行ったようだと
話しました。
王子は当惑して
そんな話は聞いていないと
言い返しましたが、アペラは
元々、ギルゴールは、
温室で気ままに過ごしていたけれど
以前は、植物を育てながら
たまに散歩に出かける程度だった。
しかし、今は、全く彼はいないし
皇帝も来ないので
出て行ったようだと説明しました。
皇帝には、そんな気配がないと
月楼の王子は言い返しましたが
アペラは、
ギルゴールが戻ってくる
可能性があるので、
時間をかけて待つのではないかと
返事をしました。
王子はその言葉に苦笑いをし、
腹を立てました。
彼は、コーヒーカップを
ぎゅっと握りながら、
アペラにお金を返すよう
要求しました。
予想外の言葉を聞いたアペラは
眉を顰め、
お金を返さなければならない
理由について尋ねました。
王子も、つられて眉を顰めると
ギルゴールを誘惑することを条件に
お金を渡したので、
彼が出て行ったのなら、
返さなければならないと答えました。
しかし、アペラは
自分が失敗したのではなく、
相手がいなくなったのだから
お金を返せと言ってはいけないと
断固として拒否しました。
ただでさえ連続して、
ギルゴールに関することで
怒っていた月楼の王子は、
アペラまでこのような態度を取ると
さらに怒りがこみ上げてきました。
王子がアペラに渡した75億ケッペンは
彼の宮殿に
一年間与えられる予算よりも
さらに大金でした。
当分の間、宮殿を
空けなければならない上に、
そのような莫大な金額をかけてまで
ギルゴールに復讐したい気持ちが
大きかったため、
その巨額な金額を賭けて
アペラを連れて来たのに、
彼女が仕事を処理することもできずに
75億ケッペンを返さないと言うと、
王子の怒りが爆発しました。
王子は、
ここにギルゴールがいる時も
アペラは彼を誘惑するどころか、
一言も言葉を交わせなかった。
それなのに、75億ケッペンを
全部、自分の物にするのかと
責めると、アペラは、
ここに男装して入って来たこと自体、
大きな危険を冒したので、
作業に着手した以上、
返すことはできないと拒否しました。
王子は怒って
立ち上がると、
アペラを詐欺師と呼び、
詐欺罪で処罰されたいのかと
脅しました。
しかし、アペラは
自分は仕事をしなかったのではなく
目標物が消えて
仕事ができないだけなので、
自分は詐欺師ではないと
主張しました。
王子は、アペラを処罰すると
告げると、彼女は、
そもそも、やましい依頼をしたのは
王子なので、
自分が処罰されることになったら、
裁判で王子が何を依頼したが
全て話す。
王子が自分からお金を取り上げるなら
ここの皇帝にも話すと脅しました。
その言葉に呆然とした王子は、
皇帝がそのことを知れば、
自分は本国へ
追い返されるだけだけれど、
自分の側室を狙ったアペラを
皇帝が放っておくと思うのかと
言い返しました。
しかしアペラは、
王子に言う通り、
自分はまだ何もしていないので
追い出される程度で終わると
主張しました。
月楼の王子は、怒りのあまり、
頭の先まで白くなるような
感じを受けました。
ただ生意気だと言って
手放すには、75億ケッペンは
あまりにも大金でした。
王子の使用人は、
小さく首を横に振って
落ち着くようにと合図しました。
ここは月楼ではなくタリウムなので
ここで問題を起こせば
事が大きくなるので、
王子はすぐに深呼吸し、
沸き上がる怒りを抑えました。
王子は、
皇帝がギルゴールの家出を
公言していないのを見れば、
彼女は彼が戻って来るのを
待っているのだろう。
もしかしたら彼は
戻ってくるかもしれない。
それとも皇帝が、しばらく彼を
外に出したのかもしれない。
だから、お金を返さないのなら、
ずっと待っていて、
彼が戻ってきた時、
仕事を全て終わらせろと
指示しました。
アペラは、
それは大丈夫だと言って
素直に退きました。
しかし、王子は
表面上は落ち着いて見えるけれど、
怒りで手に力が入っていました。
アペラがラナムンに
片思いをしていると
聞いていた王子は、
アペラが遠ざかると、
彼女がきちんと
ギルゴールを誘惑できなかったのは
他の所に
気持ちが向いていたからなのに、
お金だけもらって
仕事を途中で止めるなんて、
絶対に放っておくわけにはいかないと
息巻きました。
侍従は王子に、
どうするつもりなのかと尋ねると
王子は、
さもアペラがラナムンに書いたように
愛を告白する手紙を書き、
アペラの署名も書いて、
それをラナムンに渡せと命じました。
侍従は目を丸くして王子を見つめ
二人の仲を取り持つのか尋ねると、
王子は、
そんなはずはない。
聞くところによると
ラナムンは傲慢極まりなく、
皇帝の前では、
少し頭を下げているけれど、
それ以外の人には
虫けらを見るような態度を
取るらしいので、
どんな手を使ってでも、
その手紙を受け取ったラナムンを
アペラに会わせ、
その現場を皇帝が見られるように
誘導しろと指示しました。
月楼で多くの男性を虜にした
アペラなら、
きっとギルゴールを
誘惑することができると
高を括った王子の
完全な敗北だと思います。
確かにギルゴールは
宮殿に入るために
王子を利用したかもしれませんが
その後、ギルゴールが何をしようと
気にしなければ良かっただけのこと。
ラティルのことが嫌いで
彼女の側室になりたくないくせに、
いざ自分が選ばれず、
ギルゴールが選ばれると
勝手にプライドが傷つく。
おそらくギルゴールに対する
嫉妬心もあったかも。
王子はアペラのことを、
内心、たかが踊り子と馬鹿にし
お金を返せと言えば
簡単に言うことを聞くと
思ったのでしょうけれど、
王子の理不尽な要求に
堂々と対抗できる彼女は
王子よりも遥かに賢いと思います。
今回のことは、
自分の浅はかさと愚かさに
気づくための高い勉強代と思い
潔く、月楼に帰るなり、
タリウムで大人しくしていれば
王子の明るい未来が
開けそうな気もしますが、
それに気づけるような王子であれば
タリウムでくすぶっていないで
本国で活躍できるような
人材になっていたと思います。