426話 アニャドミスは血を飲むために、パンクシュを襲ったとラティルは考えました。
◇ラナムンの怒り◇
これだけでは確信できないけれど
アニャドミスが
血を飲んでしまったのではないかと
考えたラティルは、
最悪の状況を想定することにしました。
いつアニャドミスは気絶するのか
彼女自身も
分からないと言っていたので
その弱点を克服したとしても
すぐに結果は分からない。
しかし、1ヶ月か2ヶ月経っても
気絶しなければ、
弱点を克服したと思って
すぐに行動を開始するだろう。
ラティルは、宮殿に戻るまでの間、
ずっとそのことを考えていました。
アイニは、
まだ相対的な対戦相手ではなく、
一般の近衛騎士よりも弱い。
ラナムンは、
剣術の実力は優れているけれど
ギルゴールに言わせれば10点中2点。
アイニもラナムンも、
アニャドミスとまともに戦える
実力がありませんでした。
それでも、ラティルは
アニャドミスの本音を
聞くことができるので、
序盤は、押されずに
戦えるかもしれないけれど、
時間を延ばすことはできませんでした。
アニャドミスが、
自分の状態を確認するまで、
約2か月かかるとしたら、
その間に、アイニとラナムンの実力を
一段と高められるだろうか。
しかし、ギルゴールは
まだ戻って来ない。
その時、ずっと静かにしていた
ラナムンが、ラティルを呼びました。
ラティルは正面を見ると
ラナムンが毅然たる顔で
ラティルを見つめていました。
ラティルはラナムンに
数日間、公爵家に
滞在するように言いましたが、
ラナムンは弟の傷が
きれいに治ったのを見て、
すぐに帰ると言いました。
その時も、彼は
深刻な顔をしていました。
ラティルはラナムンに
どうしたのかと尋ねました。
ラナムンは、
弟を攻撃したというその赤毛の正体を
ラティルと大神官は
察しているようだけれど、
それは誰なのかと尋ねました。
ラティルはチラッと大神官を見て、
自分は吸血鬼のロードだと思った。
しかし、目撃者もパンクシュも
外見をはっきりと
見たわけではないので、
違うかもしれないと答えました。
ラナムンは、
でも、その可能性が
あるのではないかと尋ねると
ラティルは、それを認めました。
ラナムンは、
それ以上、話しませんでしたが、
冷たい表情の下で
瞳が揺れていました。
彼は、このことで、
ひどく腹を立てているに
違いありませんでした。
このことで、ラナムンは
もっと訓練に力を入れるように
なるかもしれないけれど、
ラナムンが、先代の対抗者のように
極端に異種族を
嫌うようになるのは嫌だし、
万が一、自分がロードであると
バレるかもしれませんでした。
ラティルは目を閉じて
こめかみを押しました。
◇口は災いの元◇
メラディムとの誓約式を
2日後に控えた日。
ラティルは、
ラナムンの弟が襲撃を受けてから
数日も経っていないのに
誓約式をしても問題ないのか
悩みました。
しかし、誓約式を先延ばしにすれば
年末準備をする時期と重なるし、
年末のイベントが終われば、
カルレインとタッシールの誕生日が
控えていました。
ラティルは、色々悩み、
侍従長とも相談した結果、
誓約式を
予定通り行うことにしました。
侍従長は、
誓約式の日取りが、
パンクシュが襲われる前に
決まっていたことを
ラナムンも知っているので
心配しないようにと言いました。
ラティルは、
誓約式を予定通り行う代わりに、
その2日前の夜、
予告なくラナムンを訪ねました。
彼は、自分の部屋にある庭の
ベンチに座っていましたが、
ラティルを見ると
ゆっくりと立ち上がりました。
ラティルはラナムンに近づくと
彼の腕をつかみ、
彼のことが気になって来てみたけれど
気分はどうかと尋ねました。
ラナムンは返事をする代わりに
ラティルが羽織っていたマントを
少し開きました。
彼の手が首の辺りから下に下がると
ラティルは、その手を握りました。
彼女は、パンクシュの様子を
尋ねました。
ラナムンは、
大神官の治療のおかげで
きれいに治り、パンクシュは
休むように言われても、元気過ぎて
しきりに歩き回ろうとするので
大変なようだと答えました。
ラティルは、
それは良かった。
アトラクシー公爵夫妻は
大神官に助けてもらったことを
とても感謝していると言った後、
ラティルは躊躇いながら、
捜査官たちが、その件について
一つ一つ調べているので
犯人もすぐに捕まるだろうと
付け加えました。
アニャドミスが本当の犯人なら
捜査官たちは、
彼女を捕まえることができないと
確信していましたが、
だからといって、ラナムンに
そんな話はできませんでした。
ラナムンは、
犯人がロードなら
捕まえることができるだろうかと
尋ねました。
その時は、
自分たちが捕まえればいいと
ラティルは、
わざと自信満々に答えました。
ラナムンは黙って
ラティルのマントに付いた紐を
触りました。
そうしているうちに、
彼はため息をついて
ラティルの肩に
自分の額を当てました。
ラティルは思わず
ラナムンの後頭部を撫でました。
柔らかい髪の毛が指に絡まると
ラティルはくすぐったさを
感じました。
しばらくして、
ラティルは彼の髪から
手を離しました。
ラナムンはラティルの肩から
額を離しました。
ラティルの肩章に押し付けられて
ラナムンの額の真ん中が
赤くなっていました。
ラティルはその付近を
手で撫でました。
その手に合わせて
ラナムンが目を閉じると、
すぐに妙な雰囲気になりました。
ラティルは、
2日後の誓約式を控えて
ラナムンを慰めに来ただけなのに、
雰囲気がますます
妙になっていくので困惑しました。
彼女は、
彼の睫毛が震えるのを見ると、
親指で彼の目元を軽く撫でました。
その指に沿って
ラナムンが顔を少し動かしたため、
さらに妙な雰囲気になりました。
ここで手を離すと、
自分が非常にひどいことをして
ラナムンを恥ずかしくさせる人に
なりそうでした。
ラティルはラナムンの顔に
手を乗せたままでいました。
ラナムンは嫌がっているだろうか。
もう寝なさいと言うべきか、
それともこの雰囲気に
このまま浸っているべきか
迷いました。
その決定を下す前にラナムンは
ラティルの手の上に
自分の手を重ね、
彼女の手のひらで、
自分の唇を擦りました。
ラティルは目を大きく見開きました。
ラナムンは、2回ほど、
それを繰り返した後、
ゆっくりと目を開き、
ラティルをじっと見つめました 。
ラティルは、
ラナムンの灰色の瞳に
とり憑かれたように
彼を見つめました。
ラティルは指をビクッとさせると、
ラナムンは、
ラティルの手首に沿って
ゆっくりと唇を下ろしました。
続いて、手のひら、手首、
腕の敏感な内側に沿って、
軽く唇を合わせながら、
肩に沿うように上がってきて
最後にラティルの首筋に
到達しました。
ラティルは思わず彼を呼び
肩を抱き締めました。
それから再びラナムンを
呼ぼうとしましたが、
彼の唇が、
ラティルの唇を包み込みました。
唇が離れると、
ラティルは再び彼を呼びました。
こんなことになったせいで、
ラティルは話ができないと思い、
眉をひそめて
ラナムンを見つめましたが、
彼は、ラティルを抱き締めました。
ラティルは、コアラのように
彼にくっついているので、
ラナムンの顔を、とてもよく
見下ろすことができました。
彼の顔を見ると、
突然、恍惚とした感じがして
ラティルは彼の肩に顔を埋めました。
ラナムンはラティルを抱いたまま
部屋に入ると、
ロードのことを
考えなければならないのに、
まもなく皇帝が
他の側室をもう1人迎えることしか
考えられないと言いました。
ラティルは頭を少し上げました。
ラナムンの灰色の目が
先程より、少し険しく見えました。
目が合うと、
彼は眉をひそめました。
それから、
自分は嫉妬していないと
突拍子もないことを言いました。
ラティルは、
自分は、まだ何も言っていないと
反論すると、
ラナムンはラティルの目を
瞬きもせずに見つめながら、
自分は嫉妬しているわけではないと
言いました。
ラティルは眉をつり上げ、
自分は何も言っていないと
再び言いました。
ラナムンが、
ラティルを抱いた姿勢でベッドに座ると
彼女はラナムンを挟んで
座った姿勢になり、ズボンの下に、
彼の太ももが感じられました。
そして、ラナムンが
興奮していることが
はっきりと感じられました。
彼の言う通り、
彼は嫉妬しているのではなく
興奮していました。
ラナムンは、
嫉妬していないけれど
気分は悪いと言いました。
ラティルは、
それは嘘だと思いました。
気分の良くない人が
こんなに興奮するとは
思いませんでした。
ラティルは、断固として
それは嘘だと主張し、
その証拠を裏付けるために
こっそり下を見下ろしました。
しかし、ラティルは
それを話すのではなく、
前に治療したおかげで
すっかり治っていると
感嘆の声を上げました。
ラティルは、
庭からここへ来る間に高まっていた
雰囲気を、わざと壊そうとして
そんなことを言ったわけでは
ありませんでしたが、
ラティルが、その嘆声を吐く瞬間、
一気に、その高まりが
波のように引いてしまいました。
ラティルは目をパチパチさせて
ラナムンの顔をちらっと見ました。
先程まで、ラナムンの瞳は
雨が降る前の、潤いを含んだ
暗雲のようでしたが、
再び淡い灰色に戻っていました。
ラナムンは、しばらくその状態で
ラティルをじっと見つめた後、
その話はしないで欲しい。
あの時、治療を受けたことを
思い出すだけで心が冷たくなると
冷たい声で頼みました。
すると、ラティルは、
「ああ、大神官がここに触れて・・」
と言いかけたので、ラナムンは
ラティルの言葉を遮りました。
ラティルは、
これ以上話さない。
わざと雰囲気を
壊そうとしたのではない。
ただ、治って良かったと
思っただけだと、
言い訳をしましたが、彼女の声は、
だんだん小さくなっていきました。
ラティルは咳払いをすると、
慌ててラナムンの上から
降りました。
ラティルはザイシンに
思ったことを、
そのまま口にするなと
言える立場ではないことに
気づきました
前はゲスターの大事なものを
抜きそうになって雰囲気を壊し、
今はわざとではないけれど、
やはり自分が
盛り上がった雰囲気を
壊してしまいました。
ラティルは照れくさそうに
額の産毛を弄り、
ラナムンをチラッと見ました。
ラナムンは、
腰をまっすぐ伸ばして座り、
氷のように壁を眺めていました。
それを見ていると、
なぜかラティルは少し滑稽に思い
ニヤニヤしました。
そして、ついにラティルは
我慢できなくなって
ラナムンに近づくと、
彼を後ろから抱きしめました。
その行動にラナムンは驚いたのか
ラティルを振り返って
彼女を呼びました。
ラティルは、
以前は気付かなったけれど、
意外にラナムンは、
よくすねると指摘しました。
思ったことを、
すぐ口にしてはいけないと
反省したばかりなのに、
その舌の根も乾かぬうちに、
また、思ったことを
ラナムンに言ってしまったラティル。
このデリカシーのなさは、
これからも治ることは
ないのでしょう。
今夜こそ、ラティルと一緒に
寝ることができると
期待していたであろうラナムンが
ラティルの心ない一言のせいで
思い出したくない、
過去の屈辱を呼び起こされ、
その上、ラティルにダメだしされて
あまりにも可哀そうだと思います。