外伝72話 ソビエシュが待ちかねていた魔法学園の学長がやって来ました。
ソビエシュが、
自分を探していると聞いた
学長は、魔法学園に戻らず、
すぐにソビエシュを訪れました。
ソビエシュは、現実では、
すでに聞くことのできない
学長の声を聞き、
しばらく感情がこみ上げて来て
何も言えませんでした。
学長はソビエシュの肩を
軽く掴みました。
ソビエシュの目元に、
自然と涙がたまりました。
学長はソビエシュに
どこか具合が悪いのかと尋ねました。
ソビエシュは、それを否定し、
学長に会えて嬉しいと答えました。
ソビエシュと親交はあるけれど、
久しぶりに会っても、
泣く間柄ではないので
学長は戸惑いました。
ソビエシュは学長にソファーを勧め、
学長がソファーに座ると、
ソビエシュは彼の向かいに座りながら
もしかして、変わった懐中時計を
持っていないかと尋ねました。
変わった懐中時計と聞いて
学長は戸惑った顔をしていました。
ソビエシュは、
もしかして、この時期の学長は、
まだ、この懐中時計について
知らないのではないか。
そうであれば、
説明することもできないだろうと
思いました。
学長は、
懐中時計は、たくさん持っているけれど
ソビエシュの言うような
変わった時計があるかどうかは
分からないと答えました。
それを聞いたソビエシュは、
こんな時計だと言って、
懐中時計をテーブルに置きました。
慎重に
懐中時計を持ち上げた学長は
大きく目を見開きました。
彼は確かに何かを知っている
表情をしていました。
ソビエシュは
この時計を知っているかと
急いで尋ねました。
逆に、学長は
これをどうやって手に入れたのかと
尋ねました。
ソビエシュは、
学長の遺品として、
この時計を受け取ったと答えました。
驚いた学長は、口を大きく開けて
ソビエシュを見ました。
ソビエシュは、
自分は学長と、とても親しかったら
学長を思い出す意味で、
いつも、この懐中時計を
持ち歩いていたけれど、
目を覚ますと、
過去である、ここにいたと
説明しました。
過去という単語に、学長は
懐中時計を落とすところでした。
学長は懐中時計をテーブルに置き
胸に手を当てて、
素早く呼吸しました。
ソビエシュは、
今いるこの場所が、
夢なのか過去なのか
まだ分からない。
このような現象が起きた原因は、
未来の品物の中で
唯一ここに持って来た
この懐中時計ではないかと疑い、
これをくれた学長に
話を聞きたかったと話しました。
学長は複雑な目で
時計の蓋の裏にある鏡を見ました。
そして、
この懐中時計のせいだ。
結局、自分はこれを
手に入れることができたようだ。
この時計は、
時間を戻してくれる魔法物品として
伝説で伝わっている物の一つだと
答えました。
続けて学長は、
強烈な念願があってこそ
この時計を使用できるらしい。
自分がソビエシュに、遺品として
これを送ったということは、
自分は生きている間に
これを発動するほどの念願は
なかったようだと話しました。
そして、学長は、
自分が調べたところによれば、
この時計の原理は、
鏡と鏡の間に立つと
数多くの同じ世界が見えるのと
同じようなことだと説明しました。
ソビエシュは、
ここが本当の過去なのか、
自分がずっと、
この過去に留まることができるのかが
気になっていると言いました。
学長は、
正確には、
時間が戻ったわけではなく、
ソビエシュの本来の世界は
そのままで、
それと同じ数多くの世界の一つに
ソビエシュの意識がつながっている。
そのつながった時間帯が
ソビエシュの基準で過去だと
答えました。
しばらく、
呆然としていたソビエシュは
この世界のソビエシュを消して、
自分がこの身体を手に入れたのかと
慌てて尋ねました。
学長は、それを否定し、
文字通り意識が合わさっている。
こちらの世界のソビエシュも
あちらの世界のソビエシュも、
どちらもソビエシュで、
ソビエシュはこちらの世界の
ソビエシュであり、
あちらの世界のソビエシュでもあると
説明しました。
正直、ソビエシュは
学長の言葉をほとんど
理解できませんでしたが。
元の世界の自分の身体は
どうなっているのかと尋ねました。
学長は、意識を失ったまま
倒れているはずだと答えました。
ソビエシュは、
しばらく気絶した時に、
年老いたカルル侯爵が
泣きながら彼の手を
握っていたのを思い出しました。
あれは悪夢ではなく
現実だったのか。
そう考えると、ソビエシュは
現実のカルル侯爵に
申し訳なくなりました。
もし彼が死んだら、
本当に悲しんでくれるのは
カルル侯爵だけでした。
しかし、ソビエシュは
それでも、ここに残りたいと
願いました。
ソビエシュは、
それでも、自分はここにいたい。
ずっとここに
留まることができるのかと
尋ねました。
学長は、
ソビエシュの切羽詰まった表情に
訳が分からないまま、
心を痛めました。
学長は、
最も強大な国の皇帝であり、
優れた頭と健康で強い肉体と
美しい外見、さらに
甘美な声を持っているソビエシュが
一体どんな経験をして、
こんなに難しい魔法物品を
発動させたのか
全く、見当がつきませんでした。
ソビエシュは、
ここにずっと留まることができるか、
自分は大丈夫なので答えて欲しいと
頼みました。
学長は、
この魔法を維持するためには
念願を叶えることではないかと
思うと答えました。
ソビエシュは、
もし条件を満たせなかったら
どうなるのかと尋ねました。
学長は、
おそらく元の世界に戻ることになる。
そして、二度と
この時計は使えなくなる。
一度、発動した時計は壊れると
説明しました。
学長が帰った後、ソビエシュは
懐中時計だけを見つめながら、
これが動いてはいけないと
いうことなのか。
それとも、これを
動かさなければならないのかと
考えました。
この時計の話をした前後に
自分はカルル侯爵に
過去に戻りたいという話をした。
自分の願いは
ナビエの許しを得て、
彼女の心を得ること。
それができなければ、
また元の世界に戻るのだろうか。
ソビエシュは、
懐中時計の蓋を閉じて、
片手でぎゅっと握りました。
冷たい金属製の時計から
温かさを感じました。
学長が帰った後、
ソビエシュは食欲がなくなり
スープを3匙ほど飲んだだけで
食べるのが嫌になりました。
そのせいなのか、
ソビエシュは風呂に入っている途中で
記憶が途切れました。
目が覚めた時は、
数日前と同じように、
また寝室にいて、
宮医とナビエ、カルル侯爵が
彼を見下ろしていました。
ソビエシュが目を覚ますと、 宮医は
薬だけ、しっかり飲めば
いいというわけではない。
食事も、しっかり取って、
ストレスを受けないようにし
ゆっくり休まなければならないと
懇願するように指示しました。
宮医が出て行った後、ナビエは
突然カルル侯爵に、
しばらく席を外して欲しいと
指示しました。
カルル侯爵がすぐに出て行くと、
ナビエは椅子を持って来て
枕元に置き、座りました。
あまりにも驚いたので、
これも夢ではないかと疑いました。
しかし、ナビエの冷たい表情は
現実感がありました。
ナビエは、
自分とソビエシュは
愛し合って結婚した間柄ではないと
言いました。
しかし、ソビエシュは、
ナビエを愛していると告げました。
続けて、ナビエは、
いつかソビエシュに
側室ができるかもしれないと
覚悟していた。
けれども、離婚の話が出るとは
思ってもいなかったと言いました。
ソビエシュは、
全て自分のせいだと謝りましたが、
彼の声は震えていて、
まともに話を続けられませんでした。
ソビエシュは、ナビエに
振り払われるのではないかと思うと
手を握ることもできず、
布団の裾を握りました。
ナビエはため息をつくと、
驚くべきことに、
その手を握ってくれましたが、
どうせ自分たちは
政略結婚をした仲なので、
こんな風にしがみつかなくてもいいと
優しい声で、冷たく拒絶しました。
ソビエシュは、
ナビエが握ってくれた手を
必死で握りしめながら、
自分が望むのはナビエの愛情だ。
時が流れ、年を取り、
人生を終える年齢になった時も、
ナビエがそばにいることを願うと
訴えました。
ナビエは、ソビエシュの手から
彼の震えを感じました。
彼がわざと演技を
しているわけではないことを知ると
一体この人に何が起こったのかと、
さらにナビエは混乱しました。
自分が死んでも
悲しむ人がいないなんて、
ナビエ様を失った後、
ソビエシュが、どれだけ後悔し、
寂しい日々を送ったかを
知ることができました。
だからこそ、この世界では
ナビエ様を失わないよう
必死になっているのでしょう。
現実の世界の過去に戻ることで
幸せなナビエ様の未来を
壊すのは許せないけれど、
今、ソビエシュのいる世界は
ナビエ様がハインリと
幸せになる未来は
まだ来ていないと思うので、
まあ、許せるかなと思います。
ラスタのことは嫌いですが、
彼女の魂が安らぎを得られなくて
ずっと彷徨っていたのは
可哀そうだと思いますし、
ソビエシュもラスタの死に
責任を感じていたと思うので
この世界のラスタは、
惨めに死なずに済むのではないかと
思います。