458話 ラティルは、自分を手懐けてもいいとギルゴールに言われましたが・・・
ラティルは、
ぼんやりとギルゴールを
見つめました。
彼が本気で言っているのか、
からかっているのか、
区別できませんでした。
彼がどこに飛んで行くか分からないので
ラティルはギルゴールを
手の中でつかんでいようと
努力していますが、
これからは、
少しだけ手から力を抜いても、
彼は勝手に飛んで行ったり
しないのだろうかと思いました。
彼は仲が良い時でさえ
黙って消えて現れるのが常でした。
ラティルは、
「ずっと」 手懐けてもいいのかと
尋ねました。
ギルゴールは、
ラティルの悩みは多そうだと
からかうように言うと、
ラティルの目元と眉の辺りを
擦りました。
ラティルは素早く首を横に振り
彼の手を振り払うと、
身体を起こしました。
ギルゴールは、
喉が渇いていないかと尋ねながら
うつ伏せになっていた身体を
起こしました。
ラティルは、なぜ、ギルゴールが
しきりに喉が渇いていないかと
聞くのか分かりませんでしたが、
喉は乾いていない。
そろそろ行かなければならないと
答えると、
ギルゴールが脱がして
横に置いた服を引っ張りました。
シャツを着てみると、
ギルゴールは服を着ずに
その場に座り続けました
ラティルはギルゴールに
ずっと温室にいるのかと
尋ねると、彼は頷き、
別の花びらを取って口に入れました。
ラティルが
ズボンを見つけられなくて
キョロキョロしていると、
ギルゴールは、あっという間に
どこかからズボンを持ってきて
目の前に差し出しました。
彼は、着るのを手伝うと言いましたが
ラティルは断りました。
そしてズボンを履きながら
できるだけギルゴールの方を
見ないように努力しましたが、
ギルゴールに嘘の告白をしたことが
気になりました。
彼は嘘だと知っていながら
騙されてくれたのか、
それとも本当に騙されたのか、
どちらなのか分かりませんでした。
ラティルは、
ギルゴールをチラッと見ると
目が合いました。
彼は、彼女の口の中に
そっと花びらを入れました。
目を見開くと、
ギルゴールが意地悪そうに笑いましたが
ラティルが、思い出したように
新年祭はどうするのか、
何か考えていることがあるのかと
尋ねた途端、
その笑顔は妙に変化しました。
ギルゴールが、
すぐに返事をしないでいると、
ラティルは、
何か考えていたことがあるので
引き受けたのではないかと
尋ねました。
ギルゴールは、
何も考えていない状態で引き受けたと
答えました。
ラティルは、ギルゴール自ら
申し出たのではないかと思いながら
スッキリしない気分で
彼を見つめていると、
ギルゴールは腕を組んで
悩んでいるふりをしながら、
カリセンの花で飾ったらどうかと
提案しました。
その言葉を聞くや否や、ラティルは
温室に穴を開けた犯人がクラインで
あることに気づきました。
ギルゴールは返事の代わりに
笑うだけでしたが、
優しい笑顔ではありませんでした。
ラティルは、
その表情をじっと見つめながら、
絶対に誰かの命を奪ったり、
怪我をさせたりしないでと
頼みました。
ギルゴールの眉がピクピクしました。
先程のような状況が
また繰り返されようとしていました。
彼は、我慢するのが
気に入らないようでした。
ラティルは、
絶対に我慢しろという意味ではない。
ギルゴールも同じようにしていい。
それは大丈夫だと付け加えました、
ギルゴールは、
「同じように?」と
聞き返してきたので、
ラティルは、同意しました。
彼女は、心の中で
クラインに謝りながら、
自分は最善を尽くしたと
言い訳をしました。
◇揺れる心◇
執務室に戻ったラティルは
筋肉痛で椅子に座るのが辛かったので
休憩室に入り、長いソファーに
横になりました。
そして、ギルゴールが
あちこちキスしていた
自分の手を見つめながら、
ギルゴールをここに留めておくのが
正しいことなのかと
ぼんやりと考えました。
息が詰まるような気持ちを
解消するのではなく、
溜め込んでいるような気がする。
こうしているうちに、
ある瞬間に爆発してしまったら
どうしよう。
その時は、本当に
手に負えなくなるのではないかと
思いました。
そうしているうちに、
横から声が聞こえて来たので
ラティルは驚いて飛び起きました。
そちらを見ると、
サーナット卿が立っていました。
サーナット卿は、
ラティルの具合が悪そうだったので
来てみたと言って、彼女に近づき、
隣に座ると、
ラティルの肩と首筋を揉みました。
ギルゴールと寝て
筋肉痛になったとは言えないので
ラティルは気まずい思いをしながら
サーナット卿の手を受け入れました。
しかし、彼が凝り固まった筋肉を
あちこちほぐしてくれると、
次第に楽になり、
身体から力を抜きました。
サーナット卿はラティルに
具合はどうかと尋ねると、
ラティルは、目を閉じて
「はい、いいです」と呟きましたが
サーナット卿が
手をビクッとさせたので、
目を開けました。
サーナット卿は
真っ赤な顔で手を退けました。
そして、ラティルと目が合うと、
彼は謝りました。
ラティルは不思議に思い、
なぜ謝るのか尋ねると、
サーナット卿は躊躇いながら、
皇帝に「はい、いいです」と言われ
少し変な気分になったと
素直に答えました。
それを聞いたラティルも
顔に熱が上がって来ました。
照れ臭くなったラティルは
すぐに起き上がりました。
それでもサーナット卿が
肩を揉んでくれたおかげで、
先程よりは、
ずっと身体が軽くなりました。
ラティルはサーナット卿に
「行きましょう」と声をかけ、
彼の腕を2、3回引っ張った後に
休憩室から出ようとしましたが、
サーナット卿は後ろから
考えてみてくれたかと尋ねました。
ラティルが振り向くと、
サーナット卿は、少し緊張した目で
ラティルを見つめていました。
ラティルは、何を考えればいいのか
分からなかったので
サーナット卿に聞き直すと、
彼は緊張していた肩を力なく落として
自分を皇帝の男として
受け入れる問題だと答えました。
ラティルは眉を顰めながら、
それはサーナット卿が
考える問題ではないか。
衝動的に決めたかもしれないので
よく考えてみろと言ったはずだと
返事をしました。
その言葉に、サーナット卿は、
自分はすでに決定を下した。
衝動的に決めたとは思わないと
反論しました。
ラティルは黙って執務室へ歩いて行き
椅子に座りながら
サーナット卿を見つめました。
頼もしい表情と信頼に満ちた瞳は
見ているだけでも、
ラティルを楽にさせてくれましたが
その話をしたのは、ラティルが
苦しんでいる時だったので
彼が衝動的に
決定したように思えました。
サーナット卿は、
ラティルの斜め後ろに来て座ると
彼女は自分が衝動的であることを
望んでいないのではないかと
尋ねました。
ラティルは眉を顰めながら、
サーナット卿の方を振り向き、
それはどういう意味かと尋ねました。
サーナット卿は正座をして、
ラティルの方を見向きもせずに、
自分たちの心を確認し合った時、
皇帝は自分が側室になることを
望んでいるようだった。
しかし、時間が経って
衝動が収まった後は、
自分が、ずっとこの場にいることを
望んでいるのではないかと
尋ねました。
ラティルは、
サーナット卿が側室になると
自分と一緒に
歩き回ることができなくなる。
サーナット卿は自分の隣ではなく、
ハーレムにいなければならない。
内敵ではなく、側室たちと
戦わなければならないだろうと答え
その後、
聞こえそうで聞こえない声で
自分も分からないと
付け加えると、ため息をつきました。
◇あの女の所へ行け◇
同じ時刻、 アニャは岩にうずくまり
洞窟の中に溜まった水を
ぼんやり見つめながら、
ため息をついていました。
何日も悩んだのに、
まだ頭は混乱していて、
結論は出ていませんでした。
見れば見るほど、
ここにいるドミスが
本物のドミスのようでした。
しかし、カルレインや
他の人々の意見を無視することも
難しく、混乱しているなら、
やはり、自分はここにいた方が
いいのではないか。
ここのドミスは、
自分がいないと大変だけれど、
皇帝ドミスは、
自分がいなくても大変ではないと
思いました、
洞窟ドミスが偽物の場合、
自分がここにいても、
皇帝ドミスは何の害もない。
ただ、自分が
無駄に苦労したことになるだけ。
一方、皇帝ドミスが偽者の場合
自分が、あちらへいれば、
洞窟ドミスには致命的で、
一人残って孤立することになると
思いました。
吸血鬼のロードだからといって
孤独がないわけではない。
少なくともアニャの知る限りでは
そうでした。
どちらが本物か。
一応確実になるまでは、
ここにいようと決断を下すと、
アニャは岩から立ち上がりました。
悩んでいる間、
何も食べられなかったので
お腹がすきました。
アニャは村へ行って来ると言って
出かけようとすると、
棺桶にぼんやり座っていたドミスが
アニャを呼びました。
彼女が振り向くと、ドミスが
こちらへ来なさいと言いたげに
手を伸ばしました。
アニャはドミスに近づくと、
彼女は、お願いがあると言いました。
ドミスの言葉に、
アニャは嬉しそうに笑い、
何でも言って欲しい。
村へ行くけれど、
食べたいものがあれば、
買って来ると返事をしました。
アニャはドミスに頼られるのが
好きでした。
しかし、ドミスは首を横に振り、
もしかしたら簡単だけれど、
もしかしたら難しいお願いだと
言いました。
アニャは、それは何かと尋ねると、
ドミスは、
あの皇帝がロードだと思うなら、
その女性の所へ行ってもいいと
言いました。
予想できなかった言葉に
アニャは目を大きく見開き、
どういうことなのかと尋ねました。
ドミスは暗い目をして、
アニャが、ずっと自分とその女性を
比較していたのは知っていると
打ち明けると、アニャは
バレていたのかと思い、
何も言えませんでした。
ドミスは、
自分とアニャは、
知り合ってどのくらい経つのか。
そんなことも分からないかと
思っているのかと責めました。
アニャは謝ると、ドミスは、
謝ることはない。
アニャの立場では、
そういうこともあるだろうと
言うと、アニャは、
間違いを指摘された子供のように
ドミスの顔色を窺いながら、
自分はここに残ることにしたと
告げました。
しかし、ドミスは首を横に振り、
アニャは、自分がドミスだと
確信しているから
残るわけではないだろうから
アニャはその女性の所へ行くのが
正しいと思うと言いました。
アニャは、
ドミスがむしゃくしゃしていて
そんなことを
言っているのではないかと
指摘しました。
そして、戸惑いながら
ドミスの顔をのぞき込みましたが、
彼女は、
怒った顔をしていませんでした。
ドミスは、
そんなことはないと答えました。
アニャは、
それならば、
なぜ、そんなことを言うのかと
尋ねました。
ドミスは、
自分も考えてみて下した決定だ。
アニャは、その女性の所へ行くのが
正しいと言いました。
アニャは、
やはりドミスは怒っているようだと
指摘しましたが、ドミスは、
その女性が住んでいる所の周りには
ガーゴイルが張った結界がある。
でも、アニャなら
結界の中へ入れてくれるだろうから、
その中に入って皇帝といるように。
そうしているうちに、
その女性が本物なら
ずっと、そこで、
そのまま過ごすように。
偽者だと思ったら、自分が、
自分のものを見つけられるように
結界の中で、
自分を助けてくれればいいと
言いました。
アニャは目を大きく見開き、
内部から敵を攻撃して欲しいと
いうことなのかと尋ねました。
もし、そんなことをして
皇帝ドミスが本物だったら
どうしよう。
皇帝ドミスが寂しがらないかと
考えていると、
ドミスはその姿をじっと見つめ、
何が問題なのか。
自分とその女性の、
どちらが本物なのか分からないなら、
どちらも助けなければいい。
それならば、あの女性の所へ行っても
いいではないかと言いました。
それでも、アニャは躊躇っていると
その女性が偽者なら、
アニャが敵の中にいてくれることで
自分に大いに役立つ。
今の自分は500年前とは違って
誰も味方がいない。
自分たち2人だけが味方であることを
知っているよねと言いました。
◇本当は賢いアニャドミス◇
ギルゴールが、
そろそろ対抗者のアニャが
行動を始めると言ったことを
思い出し、夜遅く、ラティルは、
ロードの仲間たちを会議室に集め、
アニャドミスはどんな人かと
尋ねました。
ギルゴールは来ていなかったし、
サーナット卿はロードの仲間でも
対抗者のアニャとは
何の接点もなかったので
言葉を控えていました。
ゲスターは、
レッサーパンダを撫でながら
カルレインを見ました。
グリフィンもカルレインを見たので
仕方なく彼は、
対抗者のアニャは、
傲慢な貴族のように振る舞うので
性格が悪く頭も悪いと
偏見を持つ人が多かったけれど、
アニャはかなり賢い。
特に人の心に訴えるのが得意だと
話しました。
ラティルは
夢で見たアニャを思い出しました。
カルレインの言葉のように
傲慢に振る舞っていたせいか、
確かに頭が良くは見えなかったけれど
本当は賢いのかと思いました。
その言葉に対して、
ラティルが何か答えようとした時、
外で「ドーン」という音が
立て続けに聞こえました。
そんなに遠くから
聞こえて来た音ではありませんでした。
アニャドミスが
攻め込んで来たのかと思い、
驚いたラティルは飛び上がりましたが
レッサーパンダは、
結界は無事だと、
きっぱり言いました。
しかし、ラティルが心配していると、
サーナット卿は
何が起こったのか確認して来ると
言って、出て行きました。
しばらくして現れたのは
サーナット卿ではなくクラインで、
彼は、何者かが自分の部屋の屋根に
穴を開けたと訴えました。
皇帝ドミスと洞窟ドミスの
どちらが本物のドミスか
分からないので、アニャは
どちらに対しても同情的に
なっているけれど、
洞窟ドミスは、
身体だけはドミスそのものだし、
ロードに転生する前のように
アニャ以外、
洞窟ドミスには味方がいないと思うと
彼女に対して、より同情するのも
当然かと思います。
そのアニャの心理を、
アニャドミスは分かっていて、
アニャの感情に訴えるような
話し方をすることで、
自分に対する同情を引き、
アニャが自分の思い通りに
行動するよう誘導するところが
カルレインの言う賢さなのだと
思いました。