485話 その問題はタッシールが解決すると声がしました。
◇豊かさの香り◇
皆、驚いて一箇所を見ました。
入口の扉の枠に
タッシールがもたれかかって
立っていました。
ラティルの口元が自然に上がりました。
数多くの大臣たちの視線が殺到しても、
タッシールが平然としている姿に
ラティルは訳もなく
自分が誇らしくなりました、
タッシールに気づかなかった
何人かの貴族に、隣の貴族たちが
「タッシール様です」と
小声で説明する声が聞こえて来ました。
ラティルは、
溢れんばかりの気持ちで
タッシールを見つめました。
彼が「解決してあげます」と
言いながら現れたことではなく
ただ彼が現れたことに喜びました。
彼が無事で良かったと思いました。
皆がざわめく中、
1人の大臣が我慢できずに、
解決するとは
一体、どういうことなのか。
良い方法があるのかと尋ねました。
タッシールは、扉の枠に
もたれかかった身体を立て直し、
ゆっくりと中へ入って来ると、
「あります」と答えました。
しかし、タッシールが
すぐに答えなかったので、
大臣たちはイライラしながら
それは何なのか。
早く言って欲しいと急かしました。
それでもタッシールは黙って
ラティルの近くまで歩いて来ました。
大臣たちは、
彼が皇帝のそばに立つと考えました。
この瞬間、彼が皇配の席に立っても
無礼だと文句を言う人は
いないような雰囲気でした。
しかし、意外にもタッシールは
ラティルから2歩ほど離れた所で
立ち止まり、
ラティルと目を合わせて笑うと
大臣たちの方を振り返り、
タリウム帝国の神殿の周囲の土地は
すべて自分のものだと
自信満々に告げました。
お金を貸すとか、
お金ならたくさんあるという言葉を
予想していたラティルは
びっくりしました。
大臣たちは、
途方もない宣言に息を呑み、
互いに見つめ合いました。
アトラクシー公爵は
当惑した口調で、
アンジェス商団が、
神殿の土地を購入したという話は
聞いたことがないと言いました。
タッシールは、
神殿の土地ではなく、
神殿の周りの土地だと訂正し、
その土地は、
アンジェス商団の所有ではなく、
タッシール・アンジェス個人の
所有だと返事をしました。
この話も、
ラティルは初めて聞きましたが
土地所有者を確認すれば
すぐにわかることだし、
数多くの大臣を相手に
嘘をつくことはできないので
真実だと思いました。
ラティルは思わず感心し、
一体、いつそれを
全部買ったのかと尋ねると、
タッシールは、
ラティルはお金持ちだと答えました。
大臣たちは、ざわめき始めました。
タッシールが醸し出す
豊かさの香りが、
広い会議室全体を覆うと、
ラティルは彼のお金の匂いに
拍手をするところでした。
あんなことを、
大勢の大臣の前で言えるなんて、
驚異的でした。
ここにいる、どの貴族も
タッシールほど
裕福ではないと思いました。
しばらくして、
会議室が静まり返ると、
侍従長は一歩遅れて嬉しそうな声で
これで避難所を作ることは
解決されたと叫びました。
ラティルは、「そうですね。」と
返事をすると、侍従長は、
まず仮建物を建てて
増築補強はじっくりと進める。
神殿の近くに作れば、
聖騎士や兵士、避難民を
全員収容できるはずだと言いました。
タッシールも話に割り込み、
その通りだけれど、
仮建物だとしても
魔物たちが体当たりして来る時に
時間を稼げる程度に
作らなければならないと言いました。
ラティルは頷くと、
タッシールの言葉は正しい。
自分たちは、怪物が
どんな形なのか分からないので、
物理的な防御にも、
気を使わなければならないと
言いました。
タッシールが参加しただけなのに
会議室全体の雰囲気が
明るくなりました。
ラティルは溢れんばかりの気持ちで
タッシールを見つめました。
軽い友情、 軽い愛、軽い親密さで
隣に置いた男が、
いつから、こんなに存在感が
大きくなったのかと思いました。
◇度量が狭い男◇
会議が終わると、大臣たちの多くは
散り散りになる道すがら、
タッシールについて囁きました。
一番取るに足らないと思っていた者が
ここで存在感を発揮した。
皇帝の側室の中で、
平民は、傭兵王カルレインと
対抗者の師匠のギルゴールと
商人タッシールと大神官だけれど
大神官は、
世俗に属していないので例外。
傭兵王カルレインは、
元々、存在感がすごかったけれど、
相対的にギルゴールとタッシールは
それほどでもなかった。
タッシールは商人だと言って
密かに無視する人もいた。
最初、ギルゴールは、
顔だけで側室になったと
言われていたので、
やはり無視されたけれど、
突然、対抗者の師匠として
浮上して来た。
3人の中でタッシールが
一番無難で平凡だったけれど、
今や、一介の商人と思われていた
タッシールが
見事に一つの仕事をやり遂げた。
何人かは安堵しながらも
プライドが傷つき、何人かは
自分たちが、身分だけで
密かにタッシールを無視したことを
認めて恥ずかしくなりました。
けれども、
平民であるタッシールを
褒め称えたくなくて、この功績は
才能のある側室を迎えた
ラティルの目利きによるものだと
主張する人もいました。
皇帝は、側室たちの才能を知って
ハーレムに入れたのか。
側室それぞれの才能が尋常ではない。
皇帝が、どのような基準で
側室を連れて来たのかが気になる。
すべて、皇帝の眼識が
優れているおかげだ。
平凡な商人だと思っていた
タッシールが、
こんなに大きく役に立つなんて
幸いだ。
無事にこの時期を過ぎれば、
タッシールの功績が・・・
と話しているところで、
誰かが、無理やり咳払いをして
会話を止めさせようとしました。
どうしたのかと思って見つめると、
ブレタ伯爵が
不快な表情をしていました。
大臣たちは、どうしたのかと尋ねると
ブレタ伯爵は首を動かさずに
目を必死に動かして、
どこかを指し示しました。
そちらを見ると、
ロルド宰相が異動中だったので
大臣たちは同時に黙りました。
彼らは、
一緒に咳払いをしながら、
ロルド宰相から離れた方へ
歩いて行きました。
そのおしゃべりを
全て聞いたマシュル伯爵は、
あんな者たちの言うことは
気にしないように。
ほんの少しの土地を、
たまたま商人が買っておいたのが
運良く使われるだけだと言って
宰相を慰めました。
他の宰相派の大臣も、
すぐに相づちを打ち、
タッシールは、こんなことを予測して
土地を買っておいたのではなく、
ただ利益を得ようと
買っておいたものが
使われるようになっただけだと
慰めました。
ロルド宰相は、
それでも硬い表情のままでした。
彼が土地を買ったのは偶然だとしても
適時にそれを使えるのは
才能だということを
知っているからでした。
ロルド宰相は、
口に気をつけるように。
相手を過大評価し過ぎて、
自分をけなすのも問題だけれど、
相手を無視して
油断するのもダメだと戒めました。
彼のそばで
お世辞を言っていた者たちは
一気に静かになりました。
ロルド宰相は
暗い顔で歩いていましたが、
遠くない所に、
自分と同じくらい暗い顔の
アトラクシー公爵を見つけました。
タッシールは商人なので、
絶対に皇配になるはずがないと
思っていたけれど、
突然、タッシールが
存在感を示したことが
気になっている様子でした。
ロルド宰相は良かったと思い、
急いで彼に近づくと、
タッシールは、
普通の人ではなさそうだ。
平民だからといって無視したら
大変なことになると忠告しました。
アトラクシー公爵とは
似たような状況なので、
それなりに苦悩を分かち合い、
重荷を減らしたかったからでした。
しかし、アトラクシー公爵は
ロルドを宰相を睨み、
冷たく鼻で笑うと、
やっと自分と
話す気になったみたいだと
皮肉を言いました。
その言葉に、
ロルド宰相は戸惑っていると
アトラクシー公爵は、
ロルド宰相が、ずっと自分を、
いない者扱いしていたと
非難しました。
呆れたロルド宰相は
どうして、自分が
アトラクシー公爵を無視するのか。
彼がいつも、ふざけたことを
言っているからではないかと
非難しました。
そして、今、この状況で、
こんなことを話している場合ではないと
付け加えようとしましたが、
アトラクシー公爵は、そのまま
さっと行ってしまいました。
その非常に高慢な後ろ姿に
ロルド宰相は顔をしかめ、
あんなに度量の狭い人間がいるのかと
呆れました。
◇話しづらいこと◇
大臣たちが、
タッシールと避難所のことで
囁いている中、ラティルは静かに
タッシールを見つめるだけでした。
口から、あらゆる良い言葉が
溢れそうだったので、
タッシールの目元を
じっと見つめました。
ラティルの気持ちとしては、
彼をギュッと抱きしめて
口と額と頬に、
キスを浴びせたくなるほどでした。
しばらくしてラティルは、
タッシールが1人で
脱出したという話を
ゲスターから聞いたと、
浮き立った気持ちとは裏腹に、
かすれた声で尋ねました。
タッシールは、
どうやってゲスターは、
それを知ったのかと尋ねました。
ラティルは、
ゲスターがタッシールを
助けに行ったけれど、
すでにタッシールはいなかったと
答えました。
ラティルは、
もしかしてタッシールが
怪我をしてるのではないかと心配で
彼を注意深く調べました。
幸い怪我をしたところは
見えませんでしたが、
それでも依然として不安だったので
どうやって脱出したのか。
目元が黒っぽいけれど大丈夫なのかと
尋ねました。
タッシールは、
それは拉致とは関係ないと答え、
にっこり笑うと、
訳もなく自分の目元と頬を触りました。
ラティルは、
怪我をしているところはないかと
尋ねました。
タッシールは、大丈夫だと答えました。
ラティルは
どうやって脱出したのか。
アニャドミスを召喚した時に
脱出したのかと尋ねました。
タッシールは、
実は一人で脱出したわけではないと
答えました。
意外な言葉に、
ラティルは目を丸くしました。
彼女は、
誰が助けてくれたのかと尋ねました。
タッシールは、
新年祭に来た、
凄まじいほどハンサムの議長が
助けてくれた。
彼の話によれば、すでに議長は、
何度かアニャドミスを
訪れたようだと答えました。
予想外の人物が登場し、
ラティルは目を剥きました。
そして、「あの怪しい議長?」と
聞き返しました。
タッシールは、
議長は脱出するのを
手伝ってくれたけれど
変なことを言っていたと答えました。
ラティルは変な言葉について
尋ねると、タッシールは、
可能性が大きいほど良いと
言っていた。
それに、ブツブツ言いながら
数字も数えていたと答えました。
ラティルは当惑し、
それはどういう意味なのか。
何の可能性があるのかと尋ねると、
タッシールを見ました。
しかし、賢いタッシールでも
議長の意味深長な言葉は
理解できないかのように
肩をすくめました。
そして、
どういう意味か分からないけれど
目的があるように見えた。
それが気になって調べていたので、
思ったより遅く到着した。
しかし、
それがわからなかったので
思ったより早く到着したと答えました。
それでもラティルは
タッシールが無事に帰って来て
良かったと言おうとしましたが
ヘイレンのことを思い出して
表情が暗くなりました。
タッシールは、
吸血鬼になったヘイレンに
会ったのだろうかと考えました。
タッシールは、
そんなラティルの表情を見ましたが、
寂しいふりをして、彼女にくっ付き
自分が何も見つけられずに
帰って来て、残念なのか。
自分が無事に帰って来ただけでは
足りないのかと尋ねました。
ラティルは、
そんなはずはない。
タッシールが帰って来て
どんなに嬉しいか分からない。
ずっとタッシールに
会いたかったと答えると、
彼の腰を抱き締めました。
しかし、どうしてもヘイレンのことを
話すことができませんでした。
そのようにラティルが
しばらく躊躇していると、
タッシールは、
本当にがっかりしたのかと尋ねました。
ラティルは、
そうではないと答えましたが、
タッシールの表情を見ているうちに
我慢できなくなり、
ヘイレンに会ったかと尋ねました。
タッシールは、
すぐにラティルの所へ来た。
会議中と聞いたので、ここへ来た。
ヘイレンは、
少し悲しかったと思うけれど、
元気にしているのではないかと
答えました。
ラティルは唇を噛みました。
タッシールは、
ヘイレンが大怪我をしたことさえ
知らないようでした。
ラティルのその表情を見た
タッシールも、
尋常でないことが起きたことに
気づいたのか、
茶目っ気のない声で
どうしたのかと尋ねました。
ラティルは彼の手をギュッと握り
離した後、
こちらへ来てと誘いました。
たかが商人と
貴族から馬鹿にされていた
タッシールが
タリウムを救うために、
見事な手腕を発揮することで、
貴族たちを見返し、
アトラクシー公爵とロルド宰相を
焦らせることに成功したのは
天晴れでした。
彼は、貴族でなくても、
皇配になるのに
ふさわしい者がいることを
貴族たちに知らしめることが
できたと思います。
ロルド宰相は
タッシールに危機感を
抱いているようなので、
以前、ラナムンに危害を加えたように
タッシールにも
手を出さないで欲しいと思います。
それにしても、
ラティルが顔で選んだ側室たちが
ここまで、彼女を
助けてくれるなんて、
ラティルは想像もしていなかったと
思います。
ラティルが側室を選ぶ時に
彼女に必要な側室を選ぶよう
何らかの力が働いたように
思えてきました。