486話 ラティルはタッシールにヘイレンのことを話そうとしています。
◇警戒するように◇
ラティルは、
タッシールの手を握りしめて
歩きながら、
頻繁に彼を振り返りました。
その度にタッシールは
問題なさそうに微笑みました。
しかし、ラティルは
大丈夫な状況ではないことを
知っているので、心が痛みました。
タッシールの住まいに到着すると
彼はヘイレンを呼びました。
ラティルは
普段、ヘイレンが使っている
部屋を通り過ぎ、隣の部屋へ行くと、
タッシールを
横目でチラチラ見ました。
タッシールは、
部屋が変ったのではないかと
尋ねました。
今まで問題なさそうに
ラティルに付いて来たタッシールも
今度だけは戸惑ったのか、
ヘイレンの部屋と今いる部屋を
交互に見ました。
そうしているうちに、扉を叩く前に
扉が開き、ヘイレンが出て来ました。
人のいる気配を察して
ヘイレンは出て来ましたが、
タッシールを見るや否や、
瞳が大きくなりました。
タッシールは両手を広げて
ヘイレンを抱き締めようとしましたが
彼はタッシールに背を向けて
慌てて部屋へ逃げ込みました。
タッシールは恥ずかしそうに
両腕を宙に泳がせたまま、
ヘイレンは逃げたのかと
尋ねました。
ヘイレンが、入るようにと言ったので
ラティルは、
タッシールの手を取って部屋に入り、
扉を閉めました。
タッシールは閉じた扉を一度見て、
部屋の中を見回すと、
改造したのか、
最大限小さくした窓に目を止めました。
他の部屋の窓より
ずっと小さいだけでなく、
厚いカーテンで覆われているため、
窓からの日差しが
まったく入りませんでした。
その光景を見て、
タッシールはすぐに事態を察知し、
ヘイレンに近づきました。
すると、壁の隅に張り付いていた
ヘイレンは、ベッドを飛び越えて、
逃げ出しました。
彼が逃げたので、タッシールは
ヘイレンに近づくことなく、
彼を呼びました。
しかし、ヘイレンは、
自分に、近寄らないように。
自分は、まだ、
うまくコントロールできないと
言いました。
タッシールはこわばった顔で
ヘイレンは変化したのかと尋ねました。
彼は「吸血鬼」という言葉を
省略しましたが、ここにいる誰もが、
その省略された言葉を
理解していました。
ラティルはため息をつくと、
タッシールを襲った人が
ヘイレンを噛んだ。
傷が深すぎて、
そのまま死ぬか吸血鬼になるか、
どちらかしか選べなかったと
打ち明けました。
ラティルは不安げな瞳で
タッシールを見た後、
自分が助けろと言ったと
付け加えました。
タッシールは
自分を恨むだろうか?
ラティルはタッシールが
そんな人ではないと思いつつも、
高まる恐怖を抑えきれず、
彼を見続けました。
しかし、彼は、
ヘイレンしか見ていないので、
その表情は読み取れませんでした。
代わりに、
遠くで躊躇していたヘイレンが
ラティルに助けられて嬉しい。
ザイオールから聞いた話では、
時間が経てば
慣れるので大丈夫だそうだ。
1、2ヶ月、いや1ヶ月くらいだけ
少し距離を置けば大丈夫だと
ラティルを庇いました。
タッシールは、
近くに行くのもダメなのかと
尋ねました。
すると、ヘイレンは
以前のようにベタベタしないでと
答えたので、ラティルは
2人はベタベタしていたのかと
訝し気に尋ねましたが、
今、言うべきことではないと思い
口をつぐみました。
タッシールは複雑な目で
ヘイレンを見ました。
彼は肩を落とすと、
そんなに心配しないように。
前とそんなに変わらない。
そんな目で見られたら、
かえって居心地が悪くなってしまう。
何事もなかったかのように
接して欲しいと
かすれた声で呟きました。
何も言わずに
ヘイレンを見つめていたタッシールは
その言葉に、心が落ち着いたのか
すぐに、ニッコリ笑うと、
「そうしようか?」と尋ねました。
ヘイレンはタッシールに
そうして欲しいと頼んだけれど、
彼が、あまりにも早く
平気になったので
かえって戸惑いました。
タッシールは、
ヘイレンが生きてさえいればいい。
彼が人間かどうかなんて
あまり関係ないと言って
軽く笑い出しました。
ヘイレンは唸り声を上げました。
2人はいつもと変わりませんでした。
しかし、
その2人を見ていたラティルは
心が重くなりました。
2人がわざと
あのような態度を取っているのが
目に見えているからでした。
その後、タッシールはヘイレンに
窓を開けてもいいかと冗談を言うと
ヘイレンが抗議したので、
タッシールは、しばらく笑いました。
もう少し言い争った後に、
タッシールは思い出したように
ラティルを見ながら、
ヘイレンは、
日中歩き回ることができないので、
昼間、一緒に出歩く侍従を1人、
新たに連れて来なければならないけれど
大丈夫かと尋ねました。
ラティルは頷き、ヘイレンを見ました。
彼は別の侍従に来てほしくないのか、
不機嫌そうな顔をしていました。
その姿にラティルは、
心が痛みそうになる瞬間、
先にタッシールが舌打ちをし、
ヘイレンは、
あれほどまでに自分のことが好きなので
彼を警戒しなければならないと
ラティルに忠告しました。
怒って抗議するヘイレンと、
冗談を言い続ける
タッシールを交互に見て、
ラティルは苦笑いしました。
◇誕生日の誘惑◇
翌日はタッシールの誕生日でした。
忙しい時期でしたが、
ラティルは、
タッシールが大変な苦労をして、
大きな役割を果たしたことを思い出し、
夕方になると、すぐに彼を訪ねました。
プレゼントやイベントを
準備する暇もなかったので、
時間を全て捧げて、彼と一緒に
過ごそうと思っていました。
ところが、
彼の部屋を訪れたラティルを
「私のカレイ」と呼んで
出迎えたタッシールは、
なんと、1人で目の前にあるケーキを
ナイフで
切ろうとしているところでした。
ラティルは、
タッシールがナイフを置くのを見ながら
自分が来ないと思っていたのか。
どうして1人でケーキを切るのかと、
納得がいかない様子で尋ねました。
ヘイレンは、
自分もいると、そっと呟きましたが
ラティルは、
タッシールとヘイレンは
セットだと言って、
落胆するヘイレンの肩を叩き、
タッシールを見つめました。
彼は他の側室たちと一番仲が良く
メラディムはタッシールを
兄弟だと言ってくれるほどでした。
しかし、誕生日なのに、
彼が1人でいるので、心が痛むと同時に
不思議に思いました。
彼は全員の側室たちと
喧嘩をしたことがなかったからでした。
ラティルの表情に気づいたタッシールは
笑い出しました。
彼は、ラティルの考えていることは
分かっているけれど、それは違う。
他の側室たちは、
昼間、お祝いに来てくれたと
話しました。
ラティルは、
本当なのかと尋ねました。
タッシールは「はい」と答えると
特に人魚の王は
巨大な宝石をくれたと話しました。
タッシールは、
メラディムの豊かな海の宝物が
気に入ったように、
口元に笑みを浮かべました。
彼が嘘をついているようには
見えませんでした。
ラティルは、タッシールに
どうして一人で
ケーキを切っているのか。
心が痛むと言いました。
タッシールは
ラティルが来ると思っていたと
返事をしました。
その言葉に
ラティルが目を丸くして
タッシールを見ると、
ヘイレンはすかさず、
タッシールは
2時間前から、あのようにしていたと
告げ口しました。
どうやらタッシールは、ケーキを
切ろうとしていたところではなく
その状態を演出して
ラティルを待っていたようでした。
しかし、その方が大変そうなので、
ラティルは、さらに驚きました。
彼女は、
そんなことをすれば腕が痛くなるのに
なぜそんな馬鹿なことをするのか。
人を送って呼べばいいのにと責めると
タッシールは、呼んで待つのは
印象が悪いと答えました。
ラティルは、
タッシールの全てが印象的なので、
こういうことはやらなくてもいいと
言いましたが、彼は、
こういうのはどうですか?
と尋ねました。
ラティルは、何を準備したのかと思い
タッシールを見た瞬間、
彼は狐のように笑い
服のボタンを手でポンと叩きました。
驚くべきことに、
彼の上着がポロポロと落ちました。
ラティルはポカンと口を開け、
ヘイレンは、自分の目の前で
こんなことをしないでと悲鳴を上げ、
目を覆って、
部屋を飛び出して行きました。
いつもなら、
服を着るように命令するのに、
ラティルは唾を飲み込むだけで
動けませんでした。
タッシールはケーキの生クリームを
少し指に付けて舐めました。
舌を少し出して舐めただけなのに
その姿は、とても刺激的でした。
ラティルがぼんやりしていると、
タッシールは、
こういうのが好きかと、
いやらしく笑いながら尋ね、
今度は生クリームを、
ラティルの唇に塗りました。
柔らかくて甘い香りに包まれ、
ラティルは少し口を開くと、
タッシールはラティルの唇の上の
生クリームだけを舐め、笑いながら
こういうのは嫌いかと尋ねました。
キスされるとばかり
思っていたラティルは混乱し、
今日は自分の誕生日なのか、
それともタッシールの誕生日なのかと
尋ねました。
あっという間に、
彼女の顔は熱くなりました。
タッシールが大声で笑い出すと
ラティルは恥ずかしくて、
慌てて空中に手のひらを広げ、
自分の視界にタッシールが
入らないようにし、
こんなことを、
どこで覚えて来たのか
驚いたではないかと抗議しましたが、
声が震えていたので、
それほど威厳がありませんでした。
ラティルは、
わざと大声で叫んでいましたが
実は心臓がドキドキして
気が狂いそうでした。
彼が舐めたのは唇ではなく
欲望に違いないと思いました。
手のひらが訳もなく痒くなりました。
そして、タッシールが
ラティルの手のひらの下に
唇だけを見せるようにして、
彼女に顔を近づけると、
ラティルは唾を飲み込みました。
こうしていると、
自分がタッシールの目を覆って、
彼の唇だけを
露出させているようでした。
彼の潤んだ唇だけが見えると
より淫らに見える光景に、
ラティルは慣れていないせいか
あちこち目を転がしました。
嬉しいけれども困ったような
ドキドキしながらも、
困惑する感じでした。
そうしているうちにタッシールは
ラティルの手を取り
ゆっくりと下げると、
ラティルも彼に導かれるまま
ゆっくりと手を下ろしました。
タッシールの美しい顔が
少しずつ見えてきました。
タッシールは
ラティルが手を退ける前から
真っ直ぐ、
ラティルを見つめていました。
そして、ラティルの手が完全に下がると
タッシールは、
ラティルの方に身を屈め
口を合わせるかと思ったら、
耳元を擦るようなキスをしました。
唇が触れたり離れたりする音に
ラティルは訳もなく背中がゾッとし
身体を大きく動かしました。
そして、ラティルは恥ずかしくて、
タッシールを掴むと、
彼はからかうように
ラティルの耳元を歯でくすぐりました。
そして、タッシールは
クリームをすくって
自分の唇にいやらしそうに乗せると、
ラティルは躊躇いながらも、
先程、彼がしたように、
そっと、彼の唇の上のクリームを
舐めました。
甘くて熱い味に、
ラティルの口元から全身に
熱が広がりました。
ラティルは、
ケーキは美味しいけれど、
食べ物で遊ぶのは
少し下品な感じがすると、
突然、不安を感じて呟きました。
とても刺激的で嫌ではないけれど、
気が遠くなるような気がしました。
普通のケーキでこんなことをしたら、
次にケーキを見る度に、
タッシールのことを
思い出してしまいそうで、
きちんとケーキを食べられるかどうか
自信がありませんでした。
すると、
タッシールの片方の口角が
悪戯っぽく上がり、
どうしてなのか。
高貴な貴族は
こんなことをしないのかと尋ねました。
ラティルは、
言い訳をしようとしましたが
彼女の両手を、
タッシールが自分の胸に置いたせいで
ラティルはビクッとしました。
タッシールは、
彼女の手の位置はここだと告げました。
ラティルは、ウキウキしながらも
恥ずかしくて、目をそらせました。
それでも、彼女は手を離すことなく
しきりに彼の身体を手探りすると
しっかりとした筋肉の感触が
とても気持ち良くて、その温かさに
彼女の手は溶けてしまいそうな
感じでした。
タッシールは、
その感触を楽しむかのように
ラティルの手に自分の手を重ね
目を閉じました。
彼が「いいね」と呟くと、
彼女は気絶しそうになりました。
再び背中が、ビクッとしました。
そうするうちに、
ラティルは首を横に向けて
タッシールの身体に触れている
自分の今の姿が、変に見えることに
遅ればせながら気がつき、
ゆっくりと首を回して彼を見ました。
タッシールは、
ラティルが自分を見つめるのを
待っていたようでした。
目が合うと、
彼はキツネのように笑い、
キスをするかのように
唇を近づけてきました。
ラティルは急いで
キスをしようとしましたが、
タッシールは、
いたずらでもするかのように、
ラティルの唇を避けて、
自分の唇を耳元へ移動させました。
ラティルが我慢できなくなり
彼の名前を呼ぶと、
タッシールは彼女の耳元で
どうしましょう、陛下。
もっと下品なことをしますか?
と尋ねました。
ヘイレンが吸血鬼になっても、
変らず彼と接しているタッシールは
ヘイレンを
大事に思っているからなのだと
思います。
ラティルがロードだと知った時も
最初は驚いたものの、すぐに普通に
接するようになったタッシールは、
種族は気にせず、
相手の本質を見抜いて、
付き合うかどうか
決める人なのではないかと
思いました。
彼は、商人だけあって、
人の気を引く技に
長けていると思います。
今回のラティルの気を引く演出は
タッシールにしかできないことだと
思います。
そして、とうとうタッシールが
叩けばバラバラになる服を
使うことができて良かったです。
以前、このお話を紹介した時は、
韓国語を
スペイン語に自動翻訳した文章を
参考にしましたので、
ところどころに間違いがあったのを
修正しました。