512話 突然現われた、ポリス皇子の従姉のエイレナはトゥーラに近づいています。
◇命令できるのは自分だけ◇
トゥーラの目の前まで
近づいて来た女性は、
彼が抱いているカバンを指差しながら
それは何かと尋ねました。
トゥーラはビクッとしましたが、
平気なふりをして、
カバンだと答えました。
しかし、女性は何かを見たらしく、
トゥーラの周りを、
虎のようにウロウロしながら、
トゥーラがカバンに向かって
話しているのを見た。
まるで、その中に
話ができる人がいるようにと
鋭く質問して来ました。
しかし、トゥーラは
今回も動揺することなく、
独り言だと答えました。
しかし、女は「中を見せろ」と
断固たる態度で命令しました。
トゥーラは眉を顰めました。
トゥーラも、その女性が
ポリス皇子の従姉の
エイレナだということに気づきました。
自分より身分の低いエイレナに命令され
窮地に追い込まれると、トゥーラは
ひどく不愉快になりました。
エイレナは、
マントのフードで顔を隠している
ラティルとトゥーラに
気づいていないので、
そのように振舞っているのでした。
トゥーラは、
他人のカバンの中をむやみに見るのは
礼儀に適っていないと思うと
抗議しましたが、エイレナは、
このような危険な時期には、
例外もあるものだ。
カバンの中を見せるように。
抵抗するなら強制的に確認すると
冷たく宣言すると、
彼女の護衛と思われる人たちが近づき、
剣の握りに手をかけました。
トゥーラは、
歯を食いしばりました。
話をする首を見せれば、
黒魔術師に見えるし、
話さない首を見せれば、
サイコキラーのように思われるので
首だけになったヘウンを、誰にも
見せることはできませんでした。
しかし、エイレナは護衛たちに
カバンを持って来いと命令したので
彼らは動き出しました。
トゥーラは、
逃げるべきかと悩んでいたその時
誰が勝手に命令しているのかと
ラティルが意地悪な口調で
割り込みました。
エイレナは眉をひそめて
後ろを振り向きました。
トゥーラはラティルが割り込んでも
まだ、完全に安心できず、
カバンを抱き締めました。
エイレナは、
ラティルたちが危ないと思ったから
手伝ったのに、失礼だ。
怪しい人を見つけたので、
追及していたのに、
自分にこんな風に言うなんてと
抗議すると、ラティルは、
エイレナが知らないので教えてやる。
自分のいる所では
自分だけが命令できると言って、
笑いながら、エイレナの肩を
軽く叩きました。
それを見たトゥーラは安堵し、
カバンを抱きしめている力を
少し抜きましたが、
エイレナは、
呆れた表情で首を傾けました。
彼女はラティルを
とても傲慢だと非難しましたが、
ラティルは、
「それでもいい」と返事をすると
エイレナに自分の顔が
チラッと見えるように、
マントのフードを後ろにめくりました。
エイレナは慌てて跪き、
ラティルに正式に
挨拶しようとしているのを
ラティルは手を振って制止すると、
エイレナが追及しようとしていた男は
元々、1人でやかましく騒ぐ者だ。
誰かがそこに割り込むと
恥ずかしくて3日は眠れないし
性格がおかしいと説明しました。
味方になってくれるなら、
ただ味方になってくれればいいのに、
どうして必ず悪口を混ぜるのか。
トゥーラは、
自分を狂った人間扱いする
ラティルの言葉に
泣きそうになりましたが、
怒らないようにするために、
また、カバンを
ギュッと抱きしめました。
エイレナは、ラティルの言葉に
全く納得している様子では
ありませんでしたが、
皇帝の命令を押し切って、
トゥーラのカバンを奪うことは
できないということを
知っているようでした。
彼女が素直に退くと、
ラティルはトゥーラに
傭兵たちの中に混ざるようにと
目で合図をしました。
トゥーラは頷き、
吸血鬼の傭兵たちの間に入りました。
◇指輪◇
なぜ、エイレナは帰らずに、
ずっとここにいるのか。
エイレナが、トゥーラに
近づこうとしたのを止めた後、
ラティルは、とても忙しいそうに
傭兵たちに指示を出し、一生懸命、
エイレナに帰れという素振りを
見せましたが、
エイレナは空気が読めないのか、
知らないふりをしているのか、
手伝いたいと言って、自分の護衛たちを
傭兵たちの間に入れました。
彼女自身は、ラティルの後を、
チョロチョロ付いて来ながら、
あれこれ手伝うと声をかけ続けました。
確かに、エイレナは
元々、空気が読めませんでした。
ラティルが幼い頃、
エイレナはレアンのことが好きで
彼の後を、
チョロチョロ付いて回りました。
エイレナが
突然宮殿を離れることになったのも、
気弱なナシャ側室が、
エイレナの片思いに怯えて、
家に帰らせたからでした。
ラティルは、エイレナに
直接帰れと言うしかないのかと
思いました。
しかし、今回の事態を
最初から最後まで見守った人たちが
周りにたくさんいるので、
彼らの前で、
助けてくれたエイレナを、
追い出すように帰すことは
できませんでした 。
最終的にラティルは、
エイレナが自分のそばに
ぴったりとくっ付いていて困ると
大神官に助けを求めました。
彼が、エイレナに話しかけている間に
ラティルは吸血鬼たちの間に避難した
トゥーラの所へ行きました。
頭の悪くないトゥーラが、
カバンの中に入れたヘウンと
人前で話をするということは、
何か急用があったはずだと
考えました。
トゥーラもラティルを
ずっと注視していたので、
自分からラティルに近づき
お礼を言いました。
ラティルはトゥーラと
くすぐったい言葉を
交わしたくなかったので、
訳もなく眉を顰めて、顎に力を入れ、
自分にそんなこと言うなという
合図を送りました。
エイレナと違って、
察しの良いトゥーラは、
彼女の態度の意味をすぐに理解し、
ラティルに話したいことがある。
エイレナがはめている指輪は、
ヘウンによれば、
姿を変える指輪かもしれないと
話しました。
その言葉に、
ラティルは眉をつり上げ、
本当なのかと尋ねました。
トゥーラは、
ヘウンがアイニ皇后に
あのような指輪を
あげたことがあることを話しました。
ラティルは
アイニがドミスの姿をして
カルレインに接近したことを
思い出しました。
ラティルは、アイニが、
アナッチャに拉致された時に、
その指輪が彼女に渡ったのだと
思いました。
トゥーラは、
デザインが似ている指輪は
他にもあるかもしれないので、
へウンも確信できないと
言っていると話しました。
ラティルは、
もし、あの指輪が姿を変える
指輪なら・・・と呟くと、トゥーラは
あのエイレナは偽者で、
ラティルがアニャドミスと呼ぶ
赤毛の女本人か彼女の部下だろうと
言いました。
ラティルは頷くと、
トゥーラが抱えているカバンを叩き、
いい情報だと言うと、
この子は犬ではないので、
そんな風にしないでと
トゥーラは歯をむき出しにして
怒りました。
ラティルは肩をすくめて
エイレナがいる方向を見ました。
彼女は大神官の話に振り回されて
疲れ果てていました
その一方で、時折、こちらを
チラチラ見ていることから
依然として、トゥーラに対する
疑念を晴らしていないようでした。
ラティルは、
エイレナが執拗に
トゥーラを見つめているので、
帰った方がいいと
唇をほとんど動かさずに
トゥーラに警告しました。
そして、エイレナがいる方へ
歩いて行きました。
エイレナは、
完璧に清らかな心で
神を賛美できること。
それこそ、神が与えてくださった
真の祝福だ。
神を愛する時、自分たちの心は
一点の曇りもなく晴れやかになり
完璧な集中力を持つようになる。
その心からの行動・・・と言う
大神官の話にぼーっとしていましたが
ラティルが近づくと
慌てて彼女に駆け寄りました。
ラティルは、
自分が大神官にエイレナを
押し付けながら、
そうでないふりをし、
2人が楽しそうに話していると言って
話に割り込みました。
大神官も、
エイレナが話をよく聞いてくれると
穏やかな顔で平然と嘘をつきました。
ラティルは、
そんな大神官が可愛くて、
大神官は話が上手だ。大神官の声は
ハープの音のようだと言うと
彼の手の甲に口づけをし、
エイレナの方を見ました。
目を開けて見ているのが
困難な場面だったのか、
エイレナは目をできるだけ
横に向けていました。
あのような様子を見ると
アニャドミスのようには見えないと
ラティルは思いました。
ラティルは、
500年の間に性格が歪み、
ギルゴールに劣らず厚かましい
アニャドミスを思い浮かべ、
首を傾げました。
もし、あのエイレナが偽者で
実体がアニャドミスなら、
彼女は演技力まで
優れているということでした。
けれども、
アニャドミスの本音はすぐに読めるのに
エイレナからは
本音が聞こえて来ないので、
彼女がアニャドミスの可能性は
低いと思いました。
それでは、アニャドミスの
部下だろうかと考えながら
ラティルはエイレナに微笑み、
わざと、大神官の手を
ギュッと握りました。
大神官は、当惑したように
筋肉をぴくっと動かしました。
それでも、大神官は、
ラティルが何か意図していると
思ったのか、
腕を避けたりはしませんでした。
ラティルは大神官の反応に感謝し、
丈夫で厚い腕に触れ続けました。
これを見守るカルレインと
サーナット卿の表情は強張り、
吸血鬼の傭兵たちが恥ずかしがっても
ラティルは躊躇しませんでした。
そうするうちに、ラティルは
大神官の手に触れ、
思い出したかのように
エイレナの手を見つめながら、
大神官も、
あのような指輪をはめたら、
よく似合いそうだといいました。
ところが、大神官は、
自分はもっと大きい宝石の方が好きだ。
その方が、
武器としても使えると言ったので
ラティルは、大神官の手の甲を
痛くないように叩くと、
自分は、大神官があのような指輪を
はめた方がいいと思うと、
わざと図々しく主張し、それから、
エイレナの指輪をじっと見つめ、
申し訳なさそうに笑うと、
その指輪を、
しばらく外してくれないか。
大神官に似合うかどうか見てみたいと
言いました。
エイレナは真顔で、
合わないと思うと返事をしました。
その表情に、ラティルは
快哉を叫びながら手のひらを広げ、
当然、合わないだろう。
当ててみるだけだと言いました。
拒絶は受け入れないという
断固たる態度に、
エイレナは唇をギュッと噛みました。
◇足止め◇
クラインが、
ラブレターと思われる手紙を
気が進まない様子で
読んでいるのを見ていたアクシアンは
皇子は本当に人気があると
感嘆しました。
クラインは手紙を下ろして
アクシアンを見ました。
彼は興味津々といった視線を
クラインに送りながら、
村に立ち寄る度に、あらゆる求愛を
受けているのではないかと
心から感嘆しているという様子で
言いました。
ところが、
このように会った人たちは
皇子の性格については知らないと
付け加えたので、
クラインは口の端を下げて
アクシアンを見つめました。
クラインは、
彼の相手をしたくないのか、
首を横に振ると手紙を下ろしました。
アクシアンは、
その沈鬱な表情を見て不思議に思い
嬉しくないのかと尋ねました。
クラインは、
嬉しいどころか、
むしろ、うっとおしい。
他の人は、
自分の魅力を一目で分かるのに、
なぜ、皇帝だけはつれないのかと
呟くと、アクシアンは、
それは皇帝が皇子の性格を
知っているからだと返事をしました。
バニルがアクシアンの背中を
叩いたので、彼はそれ以上、
何も言いませんでしたが、
クラインの気分は、表情と共に
すでに歪んでいました。
クラインは、
口を開く度に一発殴りたくなる
アクシアンを睨みつけ、
ため息をつきながら
イライラしました。
クラインは話題を変え、
この村には、いつまで
留まっていなければならないのか。
もう2日も、ここに泊まっていると
怒りました。
バニルも一緒にため息をつきました。
今回はアクシアンも
クラインの性格のせいに
しませんでした。
春なのに、突然の予想外の大雪で
2日間も旅館に足止めされていて、
皆、息詰まる思いをしていました。
バニルもクラインに同意し、
早く行かないと、
ヒュアツィンテ皇帝の誕生日に
間に合わないと言いました。
アクシアンは、固く閉ざされた扉を
チラリと見ながら、
皇帝の誕生日も誕生日だけれど・・
と呟いていると、
キーッと音を立てながら扉が開き、
冷たい風が、
暖かい旅館の中に押し寄せて来ました。
他の客が、
早くドアを閉めるようにと叫びましたが
新しく入ってくる客の人数が多いのか
なかなか扉は閉まりませんでした。
それを見ていたバニルは、皆、ここに
引き留められているので、
あの人たちの部屋があるか分からないと
心配そうに呟きました。
クラインは、
そんなの関係ないと
ぶっきらぼうに言うと
手紙を横に片づけ、
適度に冷めたスープを
一口すくいました。
しかし、スープは口の中に入らず、
虚しくクラインの口をかすめました。
ちょうど入ってきたばかりの
新しいお客さんのためでした。
クラインは口をあんぐりと開けて、
その客を見つめ、
なぜ、あの女がここにいるのかと
呟きました。
子供の頃から仲が悪く、
自分の首を切ったラティルを
トゥーラは恨んでいたと思いますが
苦労を重ね、
ヘウンと色々話をしているうちに
以前よりも、彼の性格の角が
取れたような気がします。
また、ラティルが、
きちんと約束を守ってくれたことも
彼がラティルを信頼する
きっかけになったと思います。
だから、自分を助けてくれた
ラティルに、素直に感謝できたのだと
思います。
それを、素直に受け止めないラティルも
ひどいと思いますが、
子供の頃からの確執を解消するには、
時間がかかるのかもしれません。
ポリス皇子は、
ザリポルシ姫が
ラティルに近づくために
利用した皇子ですが、
その従姉のエイレナの登場は
もしかして、ザリポルシ姫に
何か関係があるのでしょうか?
そして、クラインに
危機が迫っているような予感がして
心配です。