523話 ラティルは黒林の暗殺者にエイレナを見張らせていましたが・・・
◇ゲスターの疑問◇
翌日、ラティルはタッシールを訪ね、
エイレナに付けておいた黒林暗殺者を
呼び戻すよう指示しました。
約１時間後、
今回の任務を指揮する暗殺者が
代表でやって来ました。
ラティルは彼に、
エイレナに変な点はなかったかと
急いで尋ねました。
暗殺者は、
そんなに変な点はなかったと
答えました。
しかし、ラティルが
もう少しよく考えてみてと言うと、
暗殺者は、
大したことではないけれど、
最近、エイレナの行動が
少し変わったと答えました。
ラティルは、これだと思い、
それについて話すよう、
暗殺者を急かすと、彼は、
エイレナは
親戚の家に居候していることを
気にしていたのか、
あれこれとお手伝いを
しようとしていたけれど、
ある瞬間から、
急に全てを投げ捨てて
勝手に行動し始めた。
しかし、この勝手というのは
それほど異質なほどではないと
答えました。
ラティルは、
アニャドミスがエイレナの命を奪い、
彼女に化けたのは、
おそらくその時からだろうと
考えました。
ラティルは、
伯爵家に地下室はあるか。
あるとしたら、その中に
エイレナが個人的に使っている
地下室はあるかと尋ねました。
暗殺者は、あると答えました。
アニャドミスは、以前にも
普通の家庭の地下室を利用して
現れました。
もしかしたら、
敵が使用する通路は、
地上と直結するものではなく、
既存の地下室よりも、
さらに下の地下室を繋げて
使うのではないかと考えました。
ラティルが物思いに耽って
静かになると、
サーナット卿と暗殺者と
タッシールの視線が、
同時に一点に集まりました。
ラティルは顎を触りながら悩んだ末、
ようやく、考えを整理すると、
サーナット卿には、
傭兵たちに地下室を調べてもらうよう
指示し、黒林の暗殺者には、
エイレナが誰かと手を組んだ
痕跡がないか調べるよう
指示しました。
そして、ラティルは、
その後のことを考えながら、
溜まった書類を
自分の前に持って来ました。
黒林と吸血鬼の傭兵たちが
命令した仕事を処理して
戻ってくるまでは、
再び一般業務を
処理しなければなりませんでしたが
4時間後、意外にも
ゲスターが狐の穴を通じて、
こっそりこちらに現れました。
驚いたラティルは、
執務室の入り口を閉めてから、
クラインを見つけたかと尋ねました。
ゲスターは消入りそうな声で、
吸血鬼の傭兵が１人やって来て、
こちらでの大騒ぎについて
伝えてくれた。
ラティルのことが
心配でたまらなかったと言いました。
ラティルは、
ちょうど良かった。
ゲスターの力が、
どうしても必要だったと言うと、
彼を椅子に座らせ、
この前の事件とエイレナの話を
しました。
そして、30分ほど前に暗殺者たちは
エイレナの不審な所持品について
報告して来たので、
サーナット卿をサニル伯爵家へ送り
「公式的に」それらを発見するよう
指示しました。
そうすることで、アニャドミスが再び
エイレナの真似をしても、
その家門の力を借りることは
できないと考えたからでした。
そして、吸血鬼の傭兵たちも
地下室から、
さらに深い地下室につながる
秘密通路があることを
突き止めたので、ゲスターには、
その地下室へ行って、
敵がタリウム首都の地下に入らないよう
防ぐ方法を探して欲しいと
指示しました。
ゲスターが、
ぼんやりとした表情で答えたせいで
ラティルは、
彼が少し頼りないと思いました。
しかし、ゲスター以外に、
このようなことを
任せられる人がいませんでした。
ゲスターは、行って来ると
言ったものの、
なかなか動かないので、
ラティルは、
もしかしてゲスターは、
体調が悪いのではないか。
そうであれば、
すぐに出かけなくてもいいと
心配すると、
ゲスターは顔を赤くしながら、
首を横に振り、
そうではないと返事をしました。
ラティルは、
それは本当なのかと確認すると
ゲスターは、
アニャドミスがエイレナに化けたと
ラティルは話していたけれど、
どうして、それが分かったのか
気になっていると返事をしました。
ラティルは、思わず、
しまった！
これは自分だけが知っている話だ。
と口にしてしまったので、
ゲスターは訝しみました。
しかし、ラティルは、
アニャドミスと戦って一度勝ったと
急いで話題を変えたので、
ゲスターは、
さらに困惑した表情になりました。
ラティルは、
内心、慌てていましたが、
ゲスターの背中を軽く叩きながら
早く行って来てと言って、
彼を押し出しました。
◇また消えたギルゴール◇
3、4時間後、ラティルは、
サーナット卿がサニル伯爵家で、
エイレナが悪いことに手を出した
痕跡を見つけたので、
伯爵家が抗議する余地を
事前に遮断したとの報告を受けました。
同じ家門ではあるものの、
家族ではなく親戚なので、
彼らは自分の家族を守るために、
エイレナに協力しないはずでした。
また、ゲスターもすぐに戻って来て、
今回、見た地下室も、
前にタナサンで見た黒魔術師の
領域だったので、
痕跡を全て消しておいたから、
以前のように
自由に入ることはできないと
報告しました。
ラティルは、
今回のようにタリウム首都の地下から
攻撃することは
できないということなのかと
尋ねました。
ゲスターは
「はい」と返事をしましたが、
他の場所も点検する必要があると
返事をしました。
けれども、ゲスターは、
どのような原理で
繋がっているのかが分かったので、
その次に探すのは
難しくないと思うと話しました。
ラティルがゲスターを労った後、
彼は未練たっぷりの目で、
ラティルを見ながら
カリセンへ行きました、
少し平和だと思っていたのに、
事件が起こったせいで、
ラティルは、
焦る気持ちと不安な気持ちが
同時に湧き起こりました。
アニャドミスが、
サニル伯爵家を利用する道を塞ぎ、
彼らの秘密の隠れ家も塞いだけれど
まだ安心できませんでした。
アニャドミスは、
彼女がエイレナに化けていたことに
ラティルが気づいたことを
知っているので、
おそらく、サニル伯爵家へ
戻るつもりはないだろうけれど、
彼女は次にどんな行動をするのか。
彼女はどんな風に思考するのかが
気になりました。
ラティルは悩んだ末、
アニャドミスを長い間教えていた
ギルゴールを
訪ねてみることにしました。
彼なら、
アニャドミスの思考や行動を
予測できるかもしれないと
考えたからでした。
しかし、実際温室に行ってみると、
ザイオールだけが箒を持って
あちこち歩き回るだけで、
ギルゴールの姿は見えませんでした。
ラティルはザイオールに、
ギルゴールのことを聞くと、
彼の顔色が、
一瞬にして暗くなりました。
ラティルは、
まさか、またギルゴールは
出かけたのかと尋ねると、
ザイオールは、
自分のせいではないということを
最大限アピールしたかったのか
ウルウルした目で、
ラティルを見つめました。
彼女は呆れてしまって、
口だけポカンと開けたまま
何も言えませんでしたが
ズキズキするこめかみを押さえながら
彼の行き先を尋ねました。
ザイオールは、前回同様、
ギルゴールは、行き先を
明かさなかったと答えました。
ラティルは、
どこか見当がつく所もないのかと
尋ねると、ザイオールは、
ギルゴールが、
やはりおかしいので、
墓に行ってみようかなと
一人で呟いていたと答えました。
ラティルは、
誰の墓なのかと思いました。
◇ギルゴールの過去◇
ギルゴールはゆっくり歩いていました。
四方が赤い岩でできた場所では、
岩の間から鋭い風が吹いて来て、
歩く度に、
ざわめくような音がしました。
ギルゴールは、
いつもよりゆっくり歩いていました。
聞こえてくる風の音が
過去の笑い声のようで、
しきりに足を引きずっていました。
年齢を数えることさえ忘れるほど
長い時間が経ちましたが、
特にあの時代のことだけは
頭に刻まれて、
忘れることができませんでした。
子供はまさに天使のようでした。
彼は数え切れないほどの時を過ごし、
数え切れないほどの子供を見ました。
すべての子供が可愛かったけれど
彼と彼女の子供は、
すぐに天から降ろした
天使のようでした。
子供の運命を考えると、
半分は天使かもしれませんでした。
その子供たちは、神が愛するために
全力を尽くして作り出した
存在でした。
成長した子供は母親のように
大神官になるはずでした。
世界で神が一番愛する人になる
運命でした。
彼と彼女の長所だけを
まんべんなく混ぜた子供たちが、
ひらひらした服を着て、
小さな足で走り回る時、
見守っていた人たちは、
皆仕事を止めて笑いました。
祈りを終えた彼女が
子供を抱いて音楽に合わせて、
クルクル回ると、
裾の長い大神官の服が、
優雅に彼らと一緒に回りました。
二人の笑い声が
四方に響き渡りました。
幸せと平和を約束する笑い声でした。
材料として使う草と花を
籠にいっぱい入れて帰ってきた
ギルゴールは、その姿を見て
完全な幸せを感じていました。
彼の愛する人たちが一緒にいて、
懐から上がってくる
草の匂いと花の匂いが
入り混じっていました。
ギルゴールは、
アリタルの名前を呟きました。
花も草も、
あまりにも早く枯れてしまった。
いつも笑っていそうだった人たちは
皆消えた。
赤い岩壁の間を、
まだ、あの時代の人々が
走り回っていそうだけれど、
残っているのは岩だけでした。
騎士様、危険です！
騎士様、大神官さまが・・・
騎士様、そこへ行ったら・・・
父上！
帰って！
私たちは、もう一緒にいられません。
父上！父上、母上が・・・
父上！
交互に頭を襲う声のせいで、
ギルゴールは歩いていましたが
結局座り込んでしまいました。
彼は崖に手を突いたまま
唇を噛みしめました。
心臓が締め付けられるような
感覚のせいで、
移動するのが大変でした。
この場所は、
彼が一番幸せだった時代に
居た場所でしたが、
記憶から切り離したい場所でも
ありました。
私の命も奪ってください。
むしろそうしてください。
私が、何も知らないように
してください。
愛しています。
愛したことはありません。
むやみに入り乱れる声に
耐え切れなくなり、
結局、ギルゴールは、
その場に腰を下ろしました。
岩壁にもたれかかったまま、
彼は焦点のない視線で前を見ました。
遠い過去を再び見ていました。
もう振り返らないと
決心したところなのに、
子供が死んだ所へ来るや否や、
また心臓が締め付けられました。
幻想の中に、
再び、その家が現れました。
彼は、再びその家の前に
立っていました。
彼が育てた花畑の間にある、
素朴だけれど、
童話のように美しい家。
入ってはいけないのに、
これから繰り広げられることを
知りながらも、
再びその家を見た瞬間、
彼は手を伸ばしてしまいました。
この中に何があるか
知っていながらも、
結局、手を伸ばしてしまいました。
扉を開ける前から
血の匂いがするのを
感じることができました。
何千年もの時を越えて、
漂う濃い血の匂いにも、
変わってしまった身体は反応しました。
ゆっくりと扉を押し出すと、
暗い部屋の中に、いつもと違って
ろうそくを灯していない部屋が
見えました。
子供たちが転んで
怪我をするのではないかと、
いつも熱心に掃除する床の上に、
流れている血が見えました。
その向こうには、
彼の主君で妻である大神官がいました。
彼女の足元に、
死んだ子供が見えました。
子供の身体から流れ出た血が
彼のつま先に触れました。
昨夜は彼女と彼の間に
横たわっていて、
彼らが命のように
大切にしていた子供が、
彼女に首を絞められていました。
子供の首を絞めていた彼女が
真っ赤になった瞳を、
ゆっくりと彼に向けました。
彼女と目が合う直前、
彼は目を閉じました。
彼は、これは現実ではないと呟き、
ゆっくりと目を開けると、
幻想は消えていました。
人が住んでいた跡は消え、
赤い岩壁が見えるだけでした。
彼の耳元を揺さぶっていた声も
あっという間に消えました。
何千年もの時間が経ち、
ここに残っているのは
それ一つだけでした。
彼は再び歩き始めました。
ギルゴールの悲しい過去が
明らかになり、
読んでいて、とても切なくなりました。
ギルゴールは、妻も子供たちも
とても愛していたのに、
その妻が
子供の首を絞めているのを見た時、
どれだけショックを受けたか
分かりません。
アリタルの目が赤いことから、
すでに彼女は吸血鬼になっていて
彼女は子供の首を
絞めていたのではなく
もしかしたら
血を吸っていたのかもしれませんが
ずっと続くと思われた幸せな生活が
ガラガラと崩れるさまを見るのは
この上なく辛かったと思います。
彼はその苦しみから逃れるために、
精神が異常をきたすしか
方法がなかったのかもしれません。
彼には、心から
幸せになって欲しいと願っています。
