511話 夜遅くに、トゥーリを連れずに1人で歩いているゲスターをネイトンは怪しんでいます。
◇ゲスターは怪しい◇
ネイトンは、体系的に武術を
学んだわけではないけれど、
生まれつき、
身体を使うのが得意だったし
宮殿で働いていると
足音を殺して歩くことも
得意になりました。
病弱で臆病な側室が、こんな夜中に、
1人で平然と歩き回るなんて、
何か変だと思いました。
その間、ゲスターは。
人気のない路地の中に入りました。
ネイトンは足を速めて
そちらに近づきました。
ところが、路地の中を見るや否や
ネイトンは、
幽霊に取り憑かれた気分になりました。
立ち止まった彼は、
何度も目をこすりながら
路地の奥を見つめましたが、
何度見ても路地は行き止まりで、
ゲスターの姿は見えませんでした。
ネイトンは鳥肌が立ち、
腕をこすりました。
やはり、あのゲスターという人は、
臆病で病弱だという割には
怪しいところが多かった。
念のため、
よく調べないといけない。
クリル男爵が黒魔術師たちと
仲間になるとは
誰も思わなかったではないか。
ゲスターもそうかもしれないと
思いました。
◇怪物現る◇
クラインが出発して、
いつのまにか3日が過ぎました。
ラティルは大神官が作ったお守りを
封筒に入れながら、
クラインとアイニは
無事に到着しただろうかと呟きました。
ギルゴールとカルレイン、
サーナット卿は
クラインに興味がありませんでした。
タッシールはクラインに代わって
再び、ハーレムの臨時責任者の役割を
務め始めました。
吸血鬼の傭兵たちは、
トゥーラと一緒に
タリウムの地下にあるかもしれない
敵の秘密基地を探し回りました。
大神官はラティルに、
きっと無事なので
心配しないようにとなだめました。
ラティルは、
そうだといいけれど、
地下にある敵の隠れ家も、
まだ見つかっていないし、
アニャドミスは
一体、何をしているのかも
分からないので息詰まる思いだと
呟きました。
大神官は微笑みながら、自分は、
ロードは圧倒的な強さで、
むやみに人々を
追い散らしていると思った。
けれども、ラティルもアニャドミスも
そういう感じではないと言いました。
ラティルは、手にしているものを
手放したくないから。
アニャドミスも、一生を英雄として
生きてきた人なので、
同じだろうと返事をしました。
そして、お守りを袋に入れて
ため息をつくと、
まだ、終わらないのかと尋ねました。
大神官は、
終わるのは、まだまだ先だと答えると
ラティルが大変だったら、
クーベルと聖騎士たちに頼んでもいいと
提案しました。
しかし、ラティルは
このようにしながら、
大神官と話もしていると
返事をしました。
その言葉に、彼の口角が上がりました。
ラティルは、
大神官から渡されたお守りを
力なく袋に入れながら、
2人のことを心配し、
さらにお守り6個を袋に入れた時、
急いで扉を叩く音がしました。
クーベルは急いで駆けつけて、
大神官とラティルを交互に見ました。
彼が、幽霊でも発見したような
顔をしているので、
どうしたのかと尋ねると、クーベルは
侍従長がラティルを探していた。
とても急用だと言っていたと
答えました。
ラティルは封筒とお守りを下ろすと
外に出ましたが、
何があったのか気になるのか、
大神官も付いて来ました。
侍従長がどこにいるのかと思い、
ラティルがキョロキョロしていると
クーベルはハーレムの入り口の方を
指差しました。
そこへ行くと、侍従長が
苛立たしそうな顔で立っていましたが、
ラティルを見ると、すぐに駆けつけ
彼女が探せと命じた地下通路を
カルレインが見つけたことを
伝えました。
ラティルは頷くと、
急いで外に飛び出しました。
仮面をかぶって顔を隠して
行きたかったけれど、
集団で移動しているので、
そうすることはできませんでした。
ラティルはサーナット卿に
ゆったりとしたマントを
持って来るよう指示し、
外で何が起こるか分からないので
侍従長は、宮殿の中にいるようにと
指示しました。
侍従長は、
ラティルも中にいなければならないと
訴えましたが、ラティルは、
並大抵の兵士より、
自分の方が強いと主張しました。
そして、ラティルは
サーナット卿が持ってきてくれた
マントをかぶり、
フードを深くかぶって顔を隠すと、
宮殿の横の扉から外へ出ました。
外に出るや否や、
デーモンがすぐに近づいて来て、
ラティルを案内しました。
ラティルとサーナット卿と
大神官は、デーモンの後に続いて
移動しました。
ラティルは、
カルレインが発見した地下通路が
城壁の外か、できるだけ城壁から
遠く離れていることを願いながら
急いで付いて行きました。
ところが、デーモンが立ち止まった所は
いい匂いがするパン屋の裏側で、
カルレインと吸血鬼の傭兵たちが
立っている周りは、
皇帝の有名な側室を見に来た人たちで
いっぱいでした。
ラティルは、
これは良くないと呟いて舌打ちすると、
カルレインたちに近づきました。
人々が近寄れないように、
行く手を阻んでいた傭兵たちは
ラティルが現れると
同時に挨拶をしました。
そのせいで人々の視線は
自然にラティルに向かいました。
ラティルは
カルレインのそばに近づき、
通路の位置を尋ねました。
彼は、少し大きな穴のように
見える所を指差しました。
ラティルは眉をひそめながら、
子供でも通れない大きさなのに、
あそこを通路として使うのかと
尋ねました。
カルレインは、
直接行き来する通路は
別にあるはずだけれど、
あの穴が地下とつながっていて、
その下に広い空間があるのは確かだと
答えました。
ラティルは、
心配そうにこちらを見つめる
白い帽子をかぶった人を
チラッと見ながら、
パン屋の地下室の可能性はあるかと
尋ねました。
カルレインは、
パン屋の下にも地下室があるけれど、
この穴は、それよりもっと下に
つながっていると答えました。
すると、ラティルと同じくらい、
マントのフードを
深くかぶった人が近づいて来て、
母親が地面の下に吸い込まれる時も
見た目は平らで普通の土地だった。
何か方法があるようだと、
囁くように教えてくれました。
その人は、トゥーラでした。
ラティルは頷くと、
あれが、探していた地下通路の
一部だとしても、
自分たちは、あの中に
入ることができない。
どうやって中を調べたらいいのかと
尋ねました。
カルレインとトゥーラは、
すぐには答えられませんでした。
その代わりに、
後ろにいたサーナット卿が
グリフィンを入れてみたらどうかと
こっそり提案しました。
ラティルは首を横に振り、
それは危険だ。
無理に入れば、
入れないこともないけれど、
通路が中に入るほど狭くなれば
挟まって出られないかもしれないと
返事をしました。
今度は大神官が、
ゲスターが狐の穴から、
あの中に入ることはできないかと
提案しました。
しかし、すぐにカルレインは、
ゲスターが行けるのは
一度行ったことがある場所で、
どこかに空間があるだろうと推測して
移動することはできないと
反対しました。
ラティルは、
パン屋の主人と思われる人を
もう一度チラッと見ました。
その人は、カルレイン一行が
パン屋に危害を加えることを
心配しているのか、
一歩も動けませんでした。
ラティルは眉を顰めると、
大神官は大きく拳を握り締めながら
自分とカルレインとサーナット卿が
情熱で穴を掘ると叫びました。
彼の勇ましい言葉に、
ラティルは感動しましたが、
パン屋の主人はショックを受けて
よろめきました。
自分たちは抜いて欲しいと
カルレインとサーナット卿が
きっぱりと断ると、
パン屋の主人は息を整えて
壁にもたれかかりました。
大神官は、
2人は筋肉を、
どこに使おうとしているのか。
このような時に使うものだと
再度、説得を試みましたが、
カルレインとサーナット卿は
反応しませんでした。
ラティルは笑い、
大神官の腕を撫でながら
手でトンネルを掘らなくてもいい。
上に建物があるので、
誤って触れたら危険だと言いました。
トゥーラはため息をつき、
また探してみるしかないと
呟きました。
ラティルは、この下に
辛い煙を入れてみたらどうかと
提案すると、トゥーラが怒りました。
ラティルは、
冗談だ。
もう一度探そうと言いました。
そして、地下に
アニャドミスの黒魔術師が
隠れ家を持っていたら
どうすればいいのか。
敵が内側から攻撃してきたら
どう対応したらいいのか。
ラティルは不安で
胸が苦しくなりましたが、
周りに見物人が多いので、
これを見せることはできませんでした。
ラティルは、
「さあ、行こう」と声をかけ、
一行が散り散りになり、
見物していた人たちも
一緒に散らばっている時、
ラティルは、何かがこちらに
素早く走って来るような気がして、
ぱっと、後ろを振り向きました。
その瞬間、ラティルが見たのは
自分の頭の上に飛びつく
巨大なクモでした。
ラティルは、
自分の頭ほどのクモを見て
目を大きく見開くと、
剣に手を持って行きました。
瞬く間にラティルはクモを切り落とし、
すぐに身をかわしました。
驚いたラティルは、カルレインに
怪物かと尋ねました。
彼は頷き、怪物だと答えましたが
巨大なゴキブリが耳元を通る時のような
ササササという音が
パン屋の下の小さな通路から
聞こえて来ました。
しかし、普通の人には
聞こえない音のようでした。
パン屋の主人は、
地下通路に何があるのか気になって
そちらに頭を下げていました。
ラティルは急いで駆けつけて
パン屋の主人を捕まえるのとほぼ同時に
地下通路から、黒い水流のように
巨大なクモの群れが流れ出て来ました。
人の頭ほどのクモの群れが
小さな滝のように降り注ぐと、
見物に集まった人々は、
悲鳴を上げながら逃げ出しました。
四方から鋭い悲鳴が上がりました。
「人々を助けろ」と
ラティルが命令を下す前に、
吸血鬼の傭兵たちが、
人々にくっついたクモを取り除き、
降り注ぐクモの群れを切り始めました。
ラティルは、クモの群れが
広がらないようにしろと
命令しました。
サーナット卿とトゥーラは、
クモの群れが
遠くに広がらないように、
外に出ようとする巨大なクモを
切ったり、
内側に投げ込んだりしました。
大神官だけは、
クモの群れが勝手に彼を避けるので
彼はクモの近くへも行けませんでした。
ラティルは、
クモの群れが外に出ないように
大神官に、路地の入り口に
立ってもらうことにしました。
大神官は、
一番大きな路地に駆けつけると、
クモたちは、そちらの道を
完全に諦めてしまいました。
ラティルは、
随分、小さいではないかと
舌打ちしながら、
飛び回るクモ型の怪物を
切り落としました。
むしろ巨大な怪物が現れたら
すぐに攻撃ができるのに、
クモにしては巨大だけれど、
他の怪物に比べて小さな怪物が、
数で押し寄せて広がって行くので、
対処するのが難しいと思いました。
その時、路地の片隅で
「だめです!」と叫ぶ大神官の声が
聞こえて来たかと思ったら、
貴族のお嬢さん風に着飾った女性が
剣を持って現れました。
駆けつけた女は
「助けてあげます!」と言うと、
一緒に剣で
クモたちを切り始めました。
彼女の後に付いて来た護衛たちは、
悲鳴を上げながら
クモを捕まえることに参加しました。
15分ほど経ってから、
ここに集まった彼らは、
穴から飛び出して来たクモを
全て捕まえることができました。
ラティルは、
額に流れる汗を拭きながら
貴族の女性を見ました。
ラティルと同じ年頃に見える女性は
剣についたクモの足が気持ち悪いのか
剣を拭くようにと言って、
護衛に剣を鞘ごと差し出していました。
そうするうちに、
彼女はラティルの視線に気づき、
振り向いて明るく笑うと、ラティルに
大丈夫か、
突然、どうしたのかと尋ねました。
ラティルは、
女性が誰なのか気づきました。
先帝の側室の姪で、教育のために、
その側室が姪を引き受けて、
何年も連れていたので
宮殿で何度か
会ったことがありました。
ラティルは、
「エイレナさんですか?」と
尋ねました。
ラティルの質問に、
エイレナは驚いた表情で
自分のことを知っているのかと
尋ねました。
ラティルは、
ポリス皇子の従姉ではないかと
尋ねると、エイレナは、
本当に自分のことを
知っているようだと驚きました。
◇指輪◇
ラティルが、
突然現れた幼い頃の知人について
疑問に思い、傭兵たちが
残りのクモたちを整理している間、
トゥーラはカバンの蓋を
そっと開けた後、
その中に入れてきたヘウンに、
こっそり周りの状況を見せながら
どうなったと思うかと尋ねました。
ところがヘウンが答えなかったので、
トゥーラは、抱いていたヘウンを
そっと揺すると、
今、皇帝と話しているあの女の
もう少し近くに行って欲しいと
微かな声で頼みました。
トゥーラが理由を聞くと、
ヘウンは、
手を見せて欲しいと言いました。
トゥーラが、なぜ?と聞くと、
ヘウンは、
あの女は偽者かもしれない。
指輪が・・・と 話を終える前に、
ラティルと話していた女性が
突然、トゥーラの方を見ました。
ヘウンは話すのを止め、
トゥーラはすぐに
カバンの蓋を閉めましたが、
何かを見たのか、女性は
彼らに向かって歩き始めました。
ネイトンはイケメンの上に、
賢くて野心があるので、
タナサンの王は彼を
ゲスターに付けたのでしょうけれど
王も、ゲスターのことを
何となく怪しんでいたのなら、
そんなことは止めれば良かったのにと
思います。
たとえ、ネイトンが
任務に失敗しても、
使用人1人くらい、どうなっても
気にしないのでしょう。
大神官の熱弁に感動するラティルと
シラーッとする
カルレインとサーナット卿の姿を
想像して、笑ってしまいました。
かつて敵対していた
ラティルとトゥーラが
協力し合って、
クモを倒そうとする姿も良かったです。
母親同士が憎み合っていたから、
子供同士も仲が悪かったけれど、
母親を助けるためとはいえ、
ラティルに協力したり、
トゥーラがヘウンを気遣う様子を
見ていると、
トゥーラは、それ程、性質が
悪くないのではないかと思います。