763話 ランスター伯爵は、ラティルの頼みを聞き入れるのでしょうか?
◇後悔◇
ランスター伯爵は、
ラトラシル、私なんだけど。
と言いました。
彼は、確かに笑っているけれど
なぜか、ラティルには
笑っているように見えませんでした。
ラティルは、
ランスター伯爵の視線を避けながら
言葉より・・・もっと早い。
と言いました。
ランスター伯爵は片方の眉だけを
不思議そうに上げました。
どう見ても、
答えが気に入ったという表情では
ありませんでした。
ラティルは、
すぐに、彼がハンサムだと
付け加えました。
しかし、ランスター伯爵からの
返事はありませんでした。
この答えも今一つのようだったと
思ったラティルは、
可哀そうなふりをしながら、
怒ったでしょう?
今怒っているんでしょう?
怒りを解いてくれませんか?
と頼むと、目を大きく開けて
ランスター伯爵を見つめました。
彼は、にっこり笑いながら
自分は怒っていない。
なぜ、自分が
怒らなければならないのか。
ロードが何か悪いことをしたのかと
尋ねました。
効果があったようだと
思ったラティルは嬉しくて、
にっこり笑うと
そうです!
と返事をしました。
しかし、返事を言い終えたとき、
すでにランスター伯爵は
消えていました。
ラティルは両手で顔を覆い、
答えなければ良かったと呟きました。
◇うっかりしていた◇
ラティルは、
よろよろと廊下へ出ると
回廊を歩いて行きました。
サーナット卿は
その後ろをゆっくりと歩き、
ラティルがハーレムを出ると
こっそり横に近づいて来ました。
そして、ラティルの方へ
体を傾けながら、
いきなりゲスターの所へ
行って来た割には
彼女の表情が良くないと
指摘しました。
ラティルは、
ゲスターに断られたと、
すぐにつっけんどんに答えました。
せっかくタッシールが
アイニをアドマルに呼び寄せる方法を
考えてくれたのに、
このままでは、その機会が
失われることになりました。
そんな中、サーナット卿の
喧嘩のような冗談を
相手にする気はありませんでした。
サーナット卿は、
もうゲスターは
皇帝に猫をかぶらなくなったと
指摘すると、
ラティルは、
そうだ、誰かさんのようにと
皮肉を言いました。
サーナット卿も
空気が読めないわけではないので
ラティルが心底
不機嫌そうに見えると、
これ以上、ゲスターについては
尋ねませんでした。
しかし、ラティルが
本宮につながる回廊へは行かず、
別の方向へ歩いて行くのが気になり、
どこへ行くのかと尋ねました。
ラティルは立ち止まると
うっかりしていたと呟きました。
サーナット卿は、
何をうっかりしていたのかと思い
一緒に立ち止まりました。
しかし、返ってきたのは
付いて来ないでという
断固たる指示でした。
驚いたサーナット卿を背にして、
ラティルは一人で
目的地に素早く歩いて行きました。
◇ヘウンの拒否◇
ラティルが訪れたのは、
アナッチャが過ごす別宮でした。
庭の芝刈りをしていたトゥーラは
ラティルが、
突然正門を開けて入ってくると、
当惑した声で、
何だ?どうしたんだ?
と尋ねました。
ラティルは、
トゥーラに会いに来たのではないと
断固として答えると、
固く閉ざされた扉を見つめながら
ヘウンがいるかどうか
尋ねようとしたところ、
ちょうど扉が開いて本人が現れました。
ヘウンはラティルを見ると、
さわやかな声で挨拶しました。
ラティルはいきなり
ヘウンに近づくと、
私は恩人でしょう?
と尋ねました。
ヘウンは目を丸くし、
トゥーラを一度見てから
そうだと答えました。
トゥーラが近づいて来て、
敵でもあると
口を挟んできましたが、
ヘウンはその言葉を聞き流し、
ラティルに、
何か手伝えることでもあるのかと
尋ねました。
ラティルは頷くと、切実な表情で、
再びヘウンの頭を、
切り離してもいいかと尋ねました。
予想できなかった言葉に、
ヘウンは慌てて
「え?」と聞き返しました。
トゥーラも一歩遅れて驚き
「おい!」と叫びました。
ラティルは
素早く日付と時間を計算すると
せいぜい3日くらい。
長くて5日か6日と付け加えると
ヘウンは、さらに当惑した様子でした。
トゥーラは
これ以上我慢できなくなり、
ラティルの腕を掴みながら
どういうつもりなのかと尋ねました。
ラティルは、
アイニを釣るのに使おうと
思っている。
ゲスターに頼んだけれど、
彼はランスター伯爵のせいで
無理みたいだからと答えられなくて
口をパクパクさせました。
ヘウンは、
先程より落ち着いたのか、
静かにラティルの返事を待ちました。
それに勇気づけられたラティルは、
実は、アイニをおびき寄せるのに
必要だからと
恐る恐る打ち明けました。
ヘウンは、ただ一つ、
アイニを害することを除けば
皇帝のために何でも手伝うと
返事をしました。
ラティルは、
ヘウンが断ることを予想しながらも、
眉を顰めてしまいました。
トゥーラは、
ヘウンとラティルを交互に見た後
裏庭へ行ってしまいました。
二人だけになると、
ヘウンは気づまりなのか
しきりに首の後ろをさすっていました。
ラティルは、
ヘウンまで行ってしまう前に、
それでは、これならどうかと
提案しました。
◇かわい子ちゃんの言葉◇
ヘウンは思い悩みながら
ベンチに座っていました。
トゥーラは、
自分が席を外すや否や、
まさか、ラティルが
そんなことを言うとは
思わなかったので、
席を外したことを後悔しました。
ラティルの頼みは、
聞き入れるのも断るのも
曖昧なものでした。
トゥーラは、
ヘウンに話しかけるかどうか悩んだ末
結局、自分の頭を撫でながら
彼に背を向けると
目の前にギルゴールが
立っていました。
なぜ、彼がここにいるのか。
慌てたトゥーラは
再び向きを変えましたが
一歩も踏み出さないうちに
ギルゴールに
首の後ろをつかまれたました。
トウーラは驚き、逃げようとして
もがきましたが、ギルゴールは、
放してくれませんでした。
ギルゴールは、
逃げるな。逃げたとしても
自分でも知らないうちに
捕まえると、堂々と囁きました。
トゥーラは、
逃げなかった時も捕まえて
命を奪ったと抗議すると、
ギルゴールは、
それは分かっていてやったことだと
言い返しました、
トゥーラは、
やられる人の立場ではどちらも同じだと
心の中で叫びましたが、とりあえず
バタバタするのを止めました。
全部、嘘ではなかったのか
トゥーラがカカシのように立つと、
ギルゴールも首を離しながら
さっき自分のかわい子ちゃんは
何と言っていたのかと尋ねました。
トゥーラは、
それは誰のことを言っているのかと
尋ねると、ギルゴールは、
この宮殿に、かわい子ちゃんは、
一人しかいないと思うと答えました。
トゥーラは、自分の妹を、
かわい子ちゃんと呼ぶ狂った奴と
話もしたくないので
気絶したくなりました。
その時、
騒ぎを聞きつけてやって来たヘウンが
トゥーラの代わりに自分が話すと
申し出ました。
トゥーラは、
そうするなと言おうとしましたが、
ヘウンは首を横に振りました。
◇何が見える?◇
ゲスターは目に当てていたカードを
下ろしました。
グリフィンは、ゲスターの隣で
キャンディーの包み紙を
足で剥しながら、
それを見ると何が見えるのかと
尋ねました。
ゲスターは、
遠くにあるものが見えると答えると
グリフィンが剥そうとした
飴の包み紙を、代わりに
片手で剥がしました。
グリフィンは、
これまでゲスターが置いたカードを
じっと見ていました。
けれども、グリフィンの目には
それは、ただのカードにしか
見えませんでした。
遠くどころか、
カードの下にある屋根すら
見えませんでした。
グリフィンは、
遠くにある何を見たのか。
まさかロードを
こっそり覗き見したのではないよねと
尋ねると、ゲスターは
グリフィンが逆さまにぶら下がって
助けを呼んでいた未来を見たと
答えました。
グリフィンは
僕が踊りましょうか?
と提案するとゲスターは、
包み紙を剥がした飴を
屋根の下に投げながら
アドマルと言いました。
グリフィンは、
その曲で踊りましょうか?
と言いながらも、
飴を拾いに屋根の下に
飛んで行きました。
ゲスターは
カードをいじくりながら、
先ほど見た
ギルゴールがヘウンとトゥーラに
話しかけていた光景を思い出しました。
◇年末祭◇
それからラティルは
かなり長い間、訓練に集中しました。
時間に余裕がある時と
休み時間の両方を訓練に割いていたので
ひょっとして、怪物が大挙して
集まって来るという状況なのかと
大臣たちが心配するほどでした。
しかし、ラティルが備える怪物は
たった一人、骨董品のような
吸血鬼のギルゴールでした。
ギルゴールは、
アドマルに行ったことがないと
言っているけれど、
ラティルが見たのは
確かにギルゴールでした。
彼も自分も真実を言っているなら、
ギルゴールは彼自身も知らないまま
アドマルに行ったのだと思いました。
ギルゴールが
邪魔に来なければいいけれど
現れることを前提に
備えなければならない。
もちろん、ギルゴール本人に
訓練してくれと頼めば
彼の攻撃パターンについて
分析できて良いと思うけれど、
そんなお願いをして、ギルゴールが
やっぱり私を信じられないの?
お嬢さんは私が怖いの?
と言って、また、
いなくなるのではないかと思って
彼に頼むことさえできませんでした。
そのためラティルは、
カルレインだけを、
訓練の相手として指名し続けました。
カルレインは
ラティルの計画について
知らなかったので、
彼女が数日間ずっと
彼に力いっぱい攻撃してみてと
指示することに
当惑しているようでした。
そうこうしているうちに
時間はあっという間に過ぎ去り
ついに年末祭当日になりました。
ラティルは侍女たちの助けを借りて
いつもより2倍も派手に着飾りました。
後でアイニと戦うことになれば
不便だろうけれど、皆を欺くためには
戦闘に適しない服が良いと
思ったからでした。
スカートの裾は後で破ればいい。
ラティルは、
ふっくらとしたスカートの中で
何度か宙に向かって
蹴りを入れてみましたが、
侍女たちが口をポカンと開けて
見つめると、足を慎重に下ろしました。
◇誰が一番?◇
ラティルが簡単なスピーチをした後、
ついにパーティーが始まりました。
滅多に開かれない皇室のパーティーに
出席するため、
全力を尽くして着飾った人々は、
側室たちに関心を寄せました。
皇帝なら会議や謁見で
よく見ることができるけれど
側室たちは見ることができず、
彼らのほとんどは雑誌の中でしか
見られませんでした。
皇配がいれば、
直接パーティーや社交行事を
頻繁に開いてくれるので
側室たちも、それらに
よく参加するはずだけれど、
現在タリウムには皇配がいないし、
先皇后が皇配代理の役割を
果たしてくれないため、
皇室で主催する社交行事の回数が
先帝統治時期に比べて
とても減っていました。
貴族たちの半分は、
側室たちに近づいたり、
話す機会を窺い、残りの半分は、
側室たちと距離を置いて
彼らを見物しながら
ラナムン様は、
日に日に美しくなられている。
カルレイン様が最高ですよね。
クライン皇子様がいなくて残念だ。
あの方の美貌は
ラナムン様と優劣つけがたい。
私はゲスター様が一番好き。
華やかな美男ではないけれど、
ラナムン様のそばにいても
全く押されいていない。
何より性格が一番温かくて善良だ。
皇帝が強靭な性格なので、
皇配はゲスター様のように
穏やかな方でなければならない。
善良さで言えば大神官様だ。
それでも皇配はタッシール様だ。
皇配は性格が良くて
ハンサムな人がするものではない。
と囁きました。
ラティルは、
貴族たちが騒いでいる声を
興味深く聞きながら
口元を上げましたが、
目は、ずっと窓の外を
チラチラ見ていました。
アイニがヘウンを迎えに来たら、
レッサーパンダが鐘を鳴らして
合図を送ってくれることに
なっていたからでした。
しかし、タッシールとゲスターは
ラティルの計画を知りながらも
窓の外ではなく、
ラティルの方だけを見続けました。
特にゲスターは、
度数の低いお酒をすすりながら、
ラティルから
少しも目を離しませんでした。
どれほど、じっと見ていたのか
向かいに立っていたタッシールは、
グラスを持ったまま
ゲスターに近づくと、
うちのゲスター様が
皇帝のお願いを聞いてくれたら、
こんなに焦ることもなかったのにと
言いました。
ゲスターは、
能力がないと、あちこちで
このようにお願いしなければならないと
返事をしました。
タッシールは、
能力がないから頼むのは
仕方がないけれど、
能力があるのに断るのは
憎たらしい。
果たして、皇帝は誰を憎むのかと
言いながら、ゲスターが
どのように反応するかが気になり
目を輝かせながら
彼を見つめました。
ゲスターは何か言おうとしましたが
レアンが皇帝に近づくのを見て、
口をつぐみました。
タッシールも、その光景を見て、
つられて沈黙しました。
果物を食べながら
窓を見ていたラティルは
窓にレアンが近づく姿が映ると
眉をひそめて振り返りました。
ラティルが、
ゲスターに会えなくて
毎日寂しかったと言った直後に
頼み事をすれば、
彼女が本当に寂しかったとしても、
頼み事のために、
彼女は和解をしに来たのだと
ゲスターとランスター伯爵に
思われても仕方がないですし、
彼らが怒るのも当然だと思います。
ラティルは先を急ぐあまり、
ゲスターとランスター伯爵の感情を
完全に無視していたと思います。
ランスター伯爵は分かりませんが
ゲスターはラティルに何をされても
彼女を嫌いにならないと思います。
ゲスターが望む愛を、
ラティルからもらえなくても、
彼女に嫌われるよりは、
頼られて感謝される方がいい。
タッシールは、
ゲスターの感情を上手く利用し
彼がラティルを手伝うよう
仕向けていたように思います。
ラティルが頼まなくても
陰で彼女を助けようとする
ギルゴール。
ラティルのことを
「かわい子ちゃん」と呼ぶくらいなので
彼女は、そんなにギルゴールを
怖がらなくていいと思います。