688話 ラティルがダガ公爵の墓を掘り起こしていると・・・
◇ダガ公爵の幽霊◇
何となく、ラティルは
誰かの心の中を感じました。
声は聞こえませんでしたが
誰かの心の中に、
墓を掘り起こしている自分の姿が
見えました。
誰かがこちらを見つめていました。
誰だろう?
ラティルは、
どこから自分を見ているか、
その角度を計算し、
シャベルを持って、
そちらへ走りました。
墓碑のそばにいた誰かが
素早く消えました。
ゲスター?
ラティルは墓碑をつかむと、
盛り上がった土の山を見下ろしました。
一見、ゲスターのようでした。
吸血鬼たちも、
皆、足が速いけれど、
ラティルが知る限り、
こんなにあっという間に
消えることができるのは、
ゲスターかギルゴールくらいでした。
二人は髪の色が
はっきり違っているので、
少ししか見ていないけれど、
墓碑の後ろにいたのは
確かにゲスターでした。
ラティルは、
付いて来たんだ!
と叫びました。
ロード、どうしたんですか?
グリフィンが飛んで来て
墓碑の上に降り立ちました。
ラティルは、わざと小さくない声で
ゲスターを見た気がすると
答えました。
ゲスターは、
ほんの少しだけ心が乱れたのか、
今はゲスターの心の声が
感じられなくなりました。
誰かの心の声が、自分に対して
否定的な感情であるほど、
よく聞こえると思ったのにと、
ラティルは不思議に思いながら
目を見開いて
グリフィンを見つめました。
グリフィンもつられて
目を大きく見開きました。
グリフィンは、
どうして、そうしているのか。
ゲスターを見たからなのかと
尋ねました。
ラティルの心の声を読む能力は、
誰にも秘密にしていました。
ラティルが自分の前世に
少しの間、
入ることができるということを
知っているクリーミーや、
ギルゴールさえも、
このことは知りませんでした。
ラティルは、
ああ、びっくりした。
と返事をしました。
グリフィンは、
見間違えたのではないか。
ゲスターは陰湿でも、誰かを
追いかけるような者ではない。
どれだけ、彼の肝っ玉が・・・
と言いかけたところで、
グリフィンは、
自分の翼で嘴を触り始めました。
ラティルは、
グリフィンを見つめながら
グリフィン?
と呼びました。
グリフィンは哀れな目で
ラティルを見た後、
嘴を掴んで墓地の中を
走り回り始めました。
グリフィンの口が
開かなくなったようなので、
ラティルは、
やはり、ゲスターが来たようだと
思いました。
それから、ラティルは
再びシャベルを握り、
公爵の墓を掘り始めました。
夜中に墓を見に来る人は
いないだろうけれど、念のため、
できるだけ早く仕事を
終わらせなければなりませんでした。
土をしばらく掘っているうちに
ついにシャベルが
硬い物に当たりました。
その周りの土を片付けると、
棺が見えました。
その瞬間、
棺を覆っている土が勝手に飛び上がり
横に押し出されました。
ラティルは、
先程、ゲスターが隠れていた
墓碑を見ました。
その上にプリンが置いてありました。
それなりに、
仲直りしようという
ジェスチャーだろうか。
とにかく、ラティルは
棺を取り出すために、
もっと土を掘り起こさずに済みました。
ラティルは棺を取り出して
蓋を開けました。
ダガ公爵の遺体が見えました。
一度、食餌鬼になったせいか、
思ったよりひどい状態では
ありませんでした。
ラティルは、
遺体を丸ごと持って行かなければ
ならないのか。
少しだけ切ればいいのか考えていると
私がやります。
と後ろから、声をかけられました。
短刀を取り出していたラティルは
びっくりして後ろに下がりました。
ゲスター!
シッ!
いつの間にか目の前に来たゲスターは
短刀を後ろに回して
ラティルの手から引き抜いた後、
再び彼女に渡しました。
ラティルは、
いつ来たのかと尋ねながら、
短刀を鞘の中に入れました。
ゲスターは、
皇帝より先に来たと答えました。
ラティルは、
どうして先に来たのかと尋ねました。
ゲスターは、皇帝が公爵を
見に来ると言ったから・・・
と呟くと、ラティルの肩をつかみ、
彼女の体を後ろに向けました。
ラティルは、
どうして、そうするのかと尋ねると
ゲスターは、
死体の一部が必要なだけなら、
あえて、
こういうのを見る必要はないと
答えました。
ラティルは、
墓碑が墓碑銘でぎっしり埋め尽くされた
見知らぬ人の墓の前に立ちました。
ゲスターは、
こちらを見ないようにと頼みました。
ラティルは、
分かったと答えましたが、
木が軋むような音がすると、
ラティルは後ろを振り返りました。
ゲスターは腰に手を当てて
ラティルを見ていましたが、
彼女が予想していたような
光景ではありませんでした。
ゲスターは、
皇帝は、いつもこうだと呟くと
半分、蓋を閉じた棺桶の上に
座りました。
それから、ゲスターは、
分かった。
ロードの好きなようにすればいい。
自分は見てるだけでいいと
言いました。
ラティルは、
ゲスターに謝ろうとしましたが、
彼の口調が、
まさにランスター伯爵だったので
驚いてゲスターを見ました。
ラティルが見つめると、
ゲスターは足を組んで座りながら
笑いました。
ラティルは、
ゲスターはどうしたのかと尋ねると、
ランスター伯爵は、
ゲスターは、ラティルと
話したくないと言っていると
答えました。
ラティルは、ランスター伯爵が
自分をからかうために
そう言っているのか、それとも、
本当にゲスターとランスター伯爵が
内心、合意して、
あのように言っているのか
気になりました。
とにかく、2人とも、
ラティルが彼らの作業を
途中で見ようとしたのが
嫌な様子でした。
ラティルは、後ろから、
ギーッという音がしたからと
すぐに言い訳をしました。
ランスター伯爵は、
本当にラティルを
助ける気がないのか、
彼女自身でやってみればいい。
ロードがやっても
ギーッと音がすると思うと
憎たらしく話しました。
彼は長い足を組んで、
余裕で足を動かしていました。
ラティルはその姿を見ているうちに
ランスター伯爵がここにいるなら
あえて死体を切り取らなくても
いいのではないかと
遅ればせながら気づき、
ここで、魂を呼ぶことはできないのかと
尋ねました。
ランスター伯爵は可能だと答えました。
彼の簡潔な返事に、
ラティルは顎に力を入れながら
それなのに、どうして死体を
持って行こうとしたのかと
尋ねました。
ランスター伯爵は、
切り取っていないと答えました。
ラティルは、
死体を切り取るために、
後ろを向けと言ったのにと
抗議すると、ランスター伯爵は、
きっとラティルが
後ろを向くと思ったと答えると
ヘラヘラ笑いました。
その態度を見たラティルは腹を立て、
ゲスターに出て来いと言えと
要求しました。
しかし、ランスター伯爵は、
ここにいるではないかと
返事をしました。
あなたはゲスターではない!
とラティルは抗議しましたが、
ランスター伯爵は、
自分たちは、
完全な二重人格と言うには
少し曖昧だと言い訳をしました。
ラティルは、
とにかくゲスターに
出て来て欲しいと言えと要求すると、
ランスター伯爵は、
ゲスターがラティルと
話したくないと言っていると
返事をしました。
それから、ランスター伯爵は
口笛を吹いて立ち上がりました。
長身の彼が立ち上がると、
あっという間にラティルの前に
大きな木が生えたようでした。
そして、ランスター伯爵は
そんなに怒っている場合ではない。
人に何か頼む時は
怒ってはいけないことを
知っているよねと尋ねました。
ラティルは、
ゲスターと話をすると
抗議しましたが、ランスター伯爵は
さあ、真似して。
あの死体から
魂を取り出してください。
と要求しました。
ラティルは嫌だと拒否すると、
ランスター伯爵は、
あの死体から
魂を取り出してください。
お願いします。 私が悪かった。
もう怒らないで。
私はあなたを愛しています。
と言いました。
ラティルは、
言葉がもっと長くなった。
もっと嫌だと拒否し、
怒りで体を震わせました。
ランスター伯爵はポケットに手を入れて
大笑いしました。
それから、ラティルに謝ると、
彼女の鼻を押しました。
ラティルは後ろに下がりました。
ラティルは目を細めて
ランスター伯爵を見つめました。
ドミスが彼を極端に嫌っていたのは、
ランスター伯爵が、あのような態度を
取っていたからではないかと
考えました。
ラティルは鼻をこすりながら、
ランスター伯爵が
何をしようとしているのか
じっと見つめました。
彼は
起きなさい。
と告げると、棺を軽く蹴りました。
強く蹴らなかったものの、
周りがあまりにも静かだったので、
音が大きく響きました。
その姿を見ながら、ラティルは、
ランスター伯爵は、
しきりに自分に喧嘩を売っていると
腹を立てていましたが、
誰だ!
とダガ公爵の死体から、
彼の幽霊も怒りながら
起き上がりました。
ダガ公爵の幽霊は、
周囲を見回しているうちに
ラティルを見るや否や、
さらに腹を立て、
ラ~ト~ラ~シ~ル
と大きな声で叫びました。
ラティルは急いで周りを
見回しました。
幽霊は怖くなかったけれど、
その声を聞いて
誰かがやって来たら困るからでした。
ランスター伯爵が再び棺を蹴ると、
公爵の幽霊は口をつぐみました。
幸い、幽霊の叫び声を聞いて
やって来た人はいませんでした。
ダガ公爵は、
なぜ、ラティルがここにいるのかと
歯を食いしばって怒鳴りました。
ラティルは公爵を無視して、
彼は、いつ転生するのかと
ランスター伯爵に尋ねました。
彼は、複雑だと簡潔に答えると、
何か聞きたいことがあるかと
尋ねました。
ランスター伯爵は、
これ以上話してくれなさそうなので、
ラティルは公爵の前に近づきました。
彼女が近づくと、
公爵が眩しそうに顔をしかめました。
ラトラシル皇帝、
お前は一体誰だ?お前は・・・
と呟く公爵に、ラティルは
二番目の子を説得して欲しいと
頼みました。
訳が分からない公爵に、ラティルは、
今、公爵の爵位は、
二番目の子が受け継いだけれど、
自分は、
アイニが公爵家の印章を使って
吸血鬼と手紙をやりとりしていることに
気付いた。
これを通報すれば、
訳もなく罪のない次男に
火の粉が飛ぶので、
ダガ公爵が幽霊の姿で
二番目の子の前に姿を現して、
説得して欲しいと頼みました。
公爵は咆哮するように
口を大きく開くと、なぜ、自分が
ラトラシルの言うことを
聞かなければいけないのかと
抗議しました。
ラティルは、
二番目の子が危ないのに
守るつもりはないのかと尋ねました。
ダガ公爵は、
ラトラシルの言うことなんて
信じられない。
それに、アイニは自分の娘だから
彼女に不利なことはできないと
拒否すると、ラティルは、
その娘がダガ公爵の命を
奪ったのではないかと指摘しました。
ダガ公爵は、
それはラトラシルと何の関係もないと
言い返しました。
ラティルは、
公爵はアイニに命を奪われたのに、
彼が彼女を庇う姿に傷つきました。
少し気分が悪くなったラティルは
公爵はアイニを
とても愛しているようだと、
いかにも感動したという声で
呟きました。
その態度の変化に、
幽霊はびくっとして
後ずさりしました。
しかし続けてラティルが、
二番目よりもっと。
と付け加えると、
幽霊は興奮して、
まさかお前が!
と叫ぶと、ラティルに
飛びかかろうとしました。
しかし、
ラティルの前に来た幽霊は、
再び目を覆って引き下がりました。
そして、
お前は本当に卑劣だと非難しました。
ラティルは、
自分の命を奪った一番目の子のために、
末っ子が濡れ衣を着せられるのを
父親が放っておくなんて可哀想だ。
まだ子供なのに。
遅くに生まれた子なのにと嘆きました。
ダガ公爵は、
お前は!
と叫びましたが、
ラティルが手を振ると、
ランスター伯爵は棺を蹴りました。
何か言おうとした幽霊は、
すっと死体に吸い込まれました。
今回のロードは
本当に性格が悪いと
ランスター伯爵は
ラティルをけなしました。
グリフィンがラティルに
近づいて来ました。
まだグリフィンは、
嘴がくっついたままでした。
ラティルはランスター伯爵を
睨みつけると、
誰が誰に対して、
性格が良くないと言っているのかと
尋ねました。
ランスター伯爵は、
自分たち夫婦?と答えました。
ラティルは、
一体、誰が夫婦なのかと聞き返すと、
ランスター伯爵は、
初めて騙された時、
自分もそのように聞くべきだった。
かわいそうなゲスターと嘆き、
自分の腕を撫でると、
グリフィンは兎のような糞をしました。
ラティルはグリフィンを
背後に隠しました。
ランスター伯爵は鼻で笑うと、
棺をもう一度蹴りました。
先ほどとは違って
少し落ち着いた様子で
公爵の幽霊がスルスルと
自分の死んだ体の外に出てきました。
彼は、先ほどより落ち着いた声で
正確に話してみてと頼みました。
◇目の前に・・・◇
公爵が幽霊の姿を維持したまま
アイニの弟を訪ねるには、
ゲスターの助けが必要でした。
彼は、今行くと
あまりにもタイミングが
良すぎるので
子供は父親の幽霊を疑うだろうと
呟き、幽霊を帰しました。
いつの間にか彼の話し方も、
ランスター伯爵からゲスターに
変わっていました。
ラティルは黙って
シャベルで土をすくい、
墓を埋め始めました。
ゲスターは、
自分がやると言って、
ラティルの手をつかむと、
自分の手を空中で振り回しました。
土がひとりでに穴を埋め始めました。
墓が再び平らになると、
ゲスターは手を振って
ラティルをチラッと見ました。
ラティルは
グリフィンを抱きしめながら
ゲスターが助けてくれたことに
お礼を言いました。
ランスター伯爵は
からかってばかりいたけれど
それでも、大きな助けになりました。
彼がいなかったら、
土を掘り起こすのが
もっと大変だっただろうし、
埋め戻すのも大変だっただろうし、
ダガ工作の幽霊を呼ぶのも
容易ではなかっただろうと思いました。
ゲスターは、
もう自分に怒っていないかと
もじもじしながら尋ねました。
ラティルは、
怒りが解けたわけではないけれど、
ランスター伯爵が
戯言を言わなければ、
これ以上、怒らないと思う。
そもそも自分に
悪いことをしたのではなく、
サーナット卿に
悪いことをしたのだから、
彼に謝れと、
口の両端を下げて見つめました。
ゲスターは、
自分が戯言を言ったのかと
聞き返した後、
自分が言ったことではないと
涙声で否定しました。
しかし、ラティルはため息をつくと
グリフィンを差し出し、
彼の嘴を自由にしてくれと頼みました。
ゲスターがそうするや否や、
すぐにグリフィンは
逃げてしまいました。
どれだけ、急いでいたのか、
グリフィンは、
ラティルを連れて行くのを
忘れてしまいました。
ラティルは当惑しながら
遠ざかるグリフィンの
ライオンの尻尾を見ました。
それから、再び視線を下げると、
ゲスターがラティルを見つめながら
恥ずかしそうに腕を広げ、
自分が連れて帰ると言いました。
ラティルは中腰になり、
上体だけを前に出すと、ゲスターは
強い力で、ラティルの背中を
ぎゅっと抱きしめました。
ラティルは目をぎゅっと閉じました。
その瞬間、
私だけを信じて、ロード。
と言う、
ランスター伯爵のからかう声が
笑い声と共に聞こえてきました。
ラティルは目を開きました。
サーナット卿は、
食べていたパンをそっと下ろし、
虚ろな視線でラティルを見つめました。
そこは、サーナット卿の家でした。
死んでしまうと、
うわべだけでも、他国の皇帝に対して
敬意を払おうなどどいう気持ちは
なくなってしまうのですね。
元々、ダガ公爵は、
ラティルのことを恨んでいたので
仕方がないかもしれませんが、
食餌鬼として死んだせいか、
幽霊になっても、
ロードであるラティルに
手を出すことができないと
分かった時、
内心、悔しがったかもしれません。
ラティルにとって、
ゲスターは必要な存在なので、
仮に、ゲスターのことが
嫌で嫌でたまらなくなったとしても、
彼が敵になるくらいなら、
手元に置きたいと思うのかも
しれません。
何となく、ラティルが
ゲスターに弱みを握られた感がして
嫌だなと思いました。
ラティルがゲスターに
サーナット卿に謝れと言ったので
彼の家に行ったのでしょうけれど
サーナット卿の家も、狐の穴で
繋がっているかと思うと怖いです。