986話 外伝95話 ランスター伯爵は未来のロードに興味を抱いています。
◇馬鹿げた主張◇
ランスター伯爵は
未来のロードの言っていることが
理に合わないと思いながらも、
引き続き結婚の話について
探ってみました。
もしかしたら、あの女は
嘘をついているのかもしれない。
あの未来のロードが
自分の能力を知り、
自分が、もっと熱心に
ドミスを助けるよう
わざと、味方にしようと
しているのではないかと
疑いました。
ところが、未来のロードは、
ドミスが勝てば自分が生まれない。
自分が生まれたから、
ランスター伯爵の子孫とも結婚もすると
主張しました。
未来のロードは、
ドミスを助けるつもりがなさそうなので
ランスター伯爵は
腹を抱えて笑いました。
まさか、あの未来のロードは
現生のロードに損害を与えようとして
体に入って来たのではないよねと
疑いました。
ランスター伯爵が笑い続ける姿が
不信感を抱いているように
見えたのか。
未来のロードは、突然眉を顰めると
自分とランスター伯爵の子孫は
とても愛し合っている。
自分たちが、どれだけ
相手を愛しているか分からないと
断固として言いました。
ランスター伯爵は、
さらに相手の言葉を
理解できなくなりました。
自分が誰かと、とても愛し合うなんて
これは、全く馬鹿げた主張でした。
むしろ彼が
未来のロードに好奇心を抱いて
500年後に、もう一度、
ロードの側に立つのが
もっともらしい流れでした。
未来のロードが、
自分たちは一対の鳥のようだ。
どれだけ、仲が良いか分からないと
言うと、ランスター伯爵は、
唇をくねらせました。
窓の外に、
脅威的な怪物たちが現れたのを
知りましたが、
怪物を処理するよりは、
この未来のロードのとんでもない話を
もう少し聞きたいと思いました。
ランスター伯爵は、
なぜ、自分の子孫が好きなのかと
尋ねました。
未来のロードは、
ランスター伯爵の子孫は
とても優しくて繊細で柔らかくて
フワフワの犬のようだと
答えました。
ランスター伯爵は、
窓の近くで聞こえる怪物の咆哮より
フワフワの犬という言葉に、
より大きな致命打を受け、
フワフワの犬?と
聞き返しました。
彼は本気で、
あの未来のロードの表現を聞いて
倒れそうになりました。
あの未来のロードは、
今、未来の自分のことを
フワフワの犬と言ったのか。
このアウエル・キクレンが
フワフワの犬?
巨大で強い犬でもなく、
フワフワの犬?
未来のロードは、
「そうだ」と返事をし、
生まれたばかりの鹿みたいで
心も弱くて優しくて穏やかだ。
少し小心者ではあるけれど、
そのような点も可愛いと
答えました。
結局、ランスター伯爵は、
敗北して、しゃがみこみました。
彼は拳で床を叩きながら
涙を流しました。
未来の自分が、
一体何をしているのか気になって
仕方がありませんでした。
このままでは、
黒魔術の研究もできませんでした。
ランスター伯爵は
500年後の自分が
何をしているのか気になったけれど
あの未来のロードと
彼が会うためには、今後、500年、
待たなければなりませんでした。
何がそんなに面白いのかと、
未来のロードは
気まずそうに尋ねました。
彼女は、目の前の自分が
未来の自分の夫であることを
知らないため、彼の反応が
全く理解できないようでした。
ランスター伯爵は、
自分が未来のフワフワの犬の夫だと
今すぐ話したいのを、ぐっと堪えて
自分の子孫はフワフワの犬のようで
生まれたばかりの鹿のようだと
言うけれど、そのような性質で
黒魔術を使うことができるのかと
尋ねました。
ラティルは、
仕方なく学ぶようになったそうだと
答えると、ランスター伯爵は、
そのような設定をしているのかと
納得しました。
しかし、そもそも、なぜ、
そんな設定をしたのか。
あえてそうする必要があったのか。
ランスター伯爵は、
この未来のロードの
とんでもない主張も信じ難いし、
未来の自分自身の行動も
理解できませんでした。
それでも伯爵は、万が一に備えて
未来のロードの手の甲を持って
鼻を近づけました。
そして、
ドミスの向こうから感じられる
彼女の香りを覚えておくために、
深呼吸をしました。
ランスター伯爵は、
この香りを必ず記憶しておくと
誓いました。
◇真実を知るために◇
想念から目覚めたゲスターは
フォークを下ろしました。
何の味も感じない食べ物を
食べるよりは、今すぐ彼女に
会いに行きたいと思いました。
昔のことを思い出すだけでも
不快な感情が収まりました。
ゲスターは口元を拭うと、
すぐに別宮の寝室に移動しました。
もしかして、
使用人が中にいて、彼を見て
悲鳴を上げるのではないかと
心配しましたが、
幸い部屋の中は空っぽでした。
ところが不思議なことに、
部屋のあちこちに大きな紙が
貼られていました。
ゲスターは、あれは何かと思い、
近づいて紙を剥がすや否や
表情が歪みました。
「馬鹿な馬鹿」
ラトラシルの筆跡でした。
「この詐欺師が・・・!」
一時、湧き出て来た恋しい気持ちは、
跡形もなく消えました。
ゲスターは、
紙をびりびりと破って、
すぐに、そこを去りました。
狐の穴に入ったゲスターは
土の壁を蹴飛ばして
ベッドに腰掛けました。
自分は、一体、あの詐欺師の
どこに惚れたのだろうかと
我ながら呆れましたが、
あの詐欺師と初めて会った時から
彼女が彼の全好奇心を
刺激してしまったことを
知っていました。
そして、好奇心が消える頃には、
彼が、あらゆる猫をかぶって
彼女の夫になるという
奇妙な言葉を、彼女は発しました。
真実を知るために、
ランスター伯爵は500年間。
彼女だけを待って
生きなければなりませんでした。
ゲスターはため息をつき、
ベッドに寝そべりました。
◇ゲスターへのメッセージ◇
ゲスターがバラ撒いた紙片は、
しばらくして
ラティルに発見されました。
ゲスターが
帰って来ているかもしれないと思い
再び別宮を訪ねたラティルは
床に散らばった紙切れ一枚を手に取り
誰の仕業なのかと呟きました。
馬鹿の「馬」だけが残っていました。
ラティルを乗せて来たグリフィンは
あの変態が来たようだと言うと
クスクス笑いながら、紙切れ一枚を、
嘴で噛みました。
「ゲスターが・・・」と呟くと
ラティルは
ソファーに腰を下ろしました。
心臓がドキドキして来ました。
立ち寄ったということは
やはり、完全に
出て行ったわけではない。
ここへ来て、どこに行ったのかと
呟くと、グリフィンは
馬鹿な馬鹿という字を見て、怒って
どこかへ行ったのではないかと
返事をすると、
散らばった紙片を集めて
パズルのように組み合わせて
遊びました。
その姿を、ぼんやりと見下ろした
ラティルは、
ゲスターがここへ来たのを見ると、
彼は戻ってくるようだし
ここへ来て、また去ったのを見ると、
ゲスターは戻ってこないようだと
肯定的な考えと否定的な考えの間で
心が揺れました。
馬鹿な馬鹿は、
訳もなく書いておいただけ。
彼だって、自分のことを
詐欺師だの、どうのこうのと
言葉を浴びせて行ったのにと
ラティルは、ぼやきました。
グリフィンが、紙を全部組合わせて
自慢する時まで、ラティルは、
ずっと混乱していました。
正気に戻ってみると、
グリフィンの前に
「馬鹿な馬鹿」という文字が
置かれていました。
自分が書いた文字なのに、まるで
ゲスターが残した言葉のようで、
ラティルは
怒りが込み上げて来ました。
ラティルは部屋の中を歩き回りながら
家具や窓、扉の後ろなどに
貼っておいた紙を
すべて回収しました。
グリフィンに、
ゲスターと仲直りするのかと
聞かれましたが、ラティルは
分からないと答えました。
グリフィンは、
戻って来いと書いた紙を、
あちこちに貼っておけば
ゲスターが見ると提案しました。
ラティルは、
そうかもしれないという考えと、
そうしたくないという考えが
同時に浮かびました。
このように虚しく
ゲスターと別れたくないけれど
彼に戻って来いと言うと
自尊心が傷つきました。
ラティルは、
グリフィンを膝に座らせ、
毛を撫でながら
しばらく黙っていました。
そして、
ついにラティルは机の前に行き、
新しい紙を引き寄せました。
ペンを握っても、ラティルは
ずっと躊躇い続けましたが、
肩に座ったグリフィンに
何を見ているのか、
向こうにいるようにと
訳もなく無愛想に要求しました。
グリフィンは、
秘密の手紙なのかと聞きましたが
ラティルは、
あっちへ行け。見てはいけないと
要求すると、グリフィンは
仏頂面で遠くに離れました。
ラティルは、
ようやくペンを動かしました。
赤ちゃんが、
お父様に会いたいって。
ラティルは、顔を真っ赤にし、
すぐに紙をひっくり返しました。
◇なぜ知っているのか◇
ラティルがグリフィンと宮殿に戻ると
サーナットが、寝室の中を
行ったり来たりしていました。
ラティルが窓枠を越えて中に入ると
サーナットは、素早く手を握りながら
大丈夫かと尋ねました。
一人で入れるけれど、ラティルは
サーナットに支えてもらいながら
中へ入りました。
彼はラティルの目を
じっと見つめました。
ラティルは、
泣いていない。
自分を何だと思っているのかと
抗議した後、
呆れて笑い出しました。
ラティルが、
無事に帰って来たことを
確認したサーナットは帰り、
ラティルは
グリフィンに飴を渡して
外に出しました。
一人になると、
肩にいっぱい入っていた力が、
ようやく少し緩みました。
ラティルは、ため息をついて
カーペットに座ると、
壁にもたれかかりました。
その瞬間、「ロード?」と
横から声が聞こえて来ました。
ラティルは
「ゲスター!」と叫ぶと、
すぐに向きを変えて、
膝で立ち上がりました。
窓の向こうで、なぜかゲスターは、
窓枠に肘を突いていました。
彼がかぶっている狐の仮面の下に
曲がった唇が見えました。
ラティルは反射的に
彼の腕をつかみました。
狐の仮面は
腕を振り払いませんでした。
しかし、ひねくれた笑みを
消すこともありませんでした。
狐の仮面は、その状態で
「ロードはどう?」と尋ねました。
ラティルは「何が?」と聞き返すと
力強く、彼の腕を引っ張りました。
狐の仮面の冷たい笑みは、
彼の体が、ぐっと引き上げられると
消えました。
狐の仮面は、
一瞬、故障でもしたかのように
止まりました。
ラティルはぎこちなく笑って
彼の腕を放しました。
しかし、
彼が、また消えることを恐れて、
腕をつかむ代わりに
袖口をつかみました。
その状態で、ラティルは、
自分がどう?って、
何を聞いたのかと、
先程の質問を繰り返しました。
狐の仮面は、
自分をしっかりとつかんだ
ラティルの手の甲と、
その上に浮き上がった
血管を見下ろしながら
鼻で笑いました。
彼には、
ラトラシルのずうずうしい本音が
丸見えでした。
ラトラシルはきれいな手をしていて
あのきれいな手で自分を捕まえれば、
どんな効果が現れるか
分かっているから、
こうしているのが明らかでした。
いずれにせよ、
そのように誠意を見せてくれると
気持ちが少し和らいだので、
狐の仮面はラティルに、
自分に会いたくなかったのかと
尋ねました。
彼女が会いたくなかったと
答えたら、
すぐに行ってしまうつもりでした。
彼は、もうあの詐欺師に
振り回されるつもりは
全くありませんでした。
ラティルは、
会いたいと書いたではないかと
消え入りそうな声で答えました。
狐の仮面は、再び鼻で笑いながら、
自分に会いたがっているのは
赤ちゃんだ。
ロードの意思は、
別に言うべきだと非難しました。
ラティルは、
ゲスターが帰って来た姿を見て
怒りがすっかり解けました。
むしろ彼が、
また離れるのではないかと
心配していました。
しかし、二度も鼻で笑われたことで
カッとなったラティルは、
自分のお腹にいるから、
この子の意見が自分の意見で、
自分の意見がこの子の意見だ。
必ず二人で、別々に
答えなければならないのかと
抗議しました。
狐の仮面は、
子供の意見は重要ではないと
返事をしました。
ラティルは呆れて苦笑いし、
あなたの子なのに、
意見が重要ではないと言うのかと
非難しました。
狐の仮面は、
子供に何が分かるのか。
まだ意見なんてないはずなのにと
反論すると、ラティルは、
後で、あなたが言ったことを
そのまま全部、子供に伝えてやる。
その時には、意見ができていて
おそらく、それは
父親に対する恨みだろうと
叫びました。
しかし、ラティルは、
狐の仮面が仮面を脱ぐと、
思わず口を閉じました
気持ちが落ち着くと、
なぜ、また喧嘩をしようとしたのか、
考えてみれば、
喧嘩をすることではなかった。
ただ、会いたかったと一言言えば
良かったのにと後悔しました。
しかし、
その話をしようとしても、
また、口が開きませんでした。
ラティルは、
一体この感情は何なのかと思い
ゲスターの唇だけを
じっと見ました。
それを合図だと思ったのか、
ランスター伯爵は、
一体どうして、
あなたが自分のことを怒っているのか
分からない。
自分が犯人ではないことを知りながら
自分に出て行けと言ったのは
あなたではないかと非難しました。
ラティルは、
ひとまず別宮へ送った後に、
大臣たちを抑え込むつもりだった。
少し、身を避けさせただけだと
返事をしました。
ランスター伯爵は、
いっそのこと、自分に
ギルゴールみたいに振る舞えと
言ったらどうか。
ギルゴールが、
白魔術師たちの本拠地を
ひっくり返して出て来ても、
皆、あいつに
文句も言えなかったではないか。
自分もそうしようか。
アトラクシー公爵と
その一派を探し回って
悪霊を放ってやる。
そうすれば、
静かになるのではないか。
こちらの方が簡単ではないかと
提案しました。
しかし、
ラティルが返事をしなかったので、
ランスター伯爵は、
なぜ、これが気に入らないのか。
ロードは自分が我慢して、
静かに引き下がって欲しいのか。
自分が悔しがる方が
ラナムンが悔しがるよりマシなのかと
尋ねましたが、
ラティルは黙っていました。
ランスター伯爵は、
率直に、少し聞いてみるけれど
一体、ラナムンのどこがいいのか。
顔を除いて教えて欲しい。
一緒に知ることで、
自分が悔しくなくなるかもしれないと
尋ねました。
ラティルは、
顔が大事なのに、どうやって
顔抜きで答えられるのかと
返事をしました。
ランスター伯爵は
呆れたように短く笑うと、
首を横に振りました。
そして、姿を消そうとしたので
ラティルは驚くべき反射速度で
彼を抱き締めました。
彼を放した時は、
すでに、狐の穴の中の
隠れ家の中にいました。
ランスター伯爵は、当惑した表情で
ラティルを見ました。
彼はラティルに、
一体、何が望みなのか。
ラナムンを
贔屓しなければならないけれど
自分が去るのも嫌なのかと
尋ねました。
その言葉に、
ラティルは抑えきれなくなり
あなたが側室たちに
病気を広めようとしたからだと
叫んでしまいました。
ラナムンと同じくらい冷たくなった
ランスター伯爵の表情に
明らかに亀裂が入りました。
「あれ?」と
ランスター伯爵の目は
激しく震えました。
一人で研究してたのに、
あの子が、それを
どうやって知ったのだろうか。
何話だった忘れましたが
カルレインが待っていたのは
ドミスだけれど、自分は
ラティル自身を待っていたと
ゲスターが呟くシーンがありましたが
今回のお話で、その意味を、
理解できたように思います。
本文中に、
ゲスターやランスター伯爵の名前が
出て来ていますが、
おそらく、どれもこれも
アウエル・キクレンで、
本当のゲスターの魂は、
消滅はしていないけれど、
体のどこかで
眠っている状態なのではないかと
思いました。