639話 ラティルにアリタルの記憶があるのか、それとも怪物にアリタルの記憶があるのか、ラティルは考えています。
◇アリタルの記憶◇
そんなこと可能なのだろうか?
ラティルは首を傾げました。
彼女が夢を通して見たのは、
ほとんどがドミスの記憶でした。
アリタルの記憶は、
平和な時期のごく一部を
一度、見ただけでした。
それだけで、
もう止めて欲しいくらいなのに、
なぜ、自分にその記憶があるのか
疑問を感じました。
陛下?どうされましたか?
大神官がラティルを呼びました。
彼女は何でもないと答え、
首を横に振ると、
上半身を起こしました。
窓の外では、速いスピードで
風景が通り過ぎていました。
◇何かおかしい◇
宮殿に戻ったラティルは、
ギルゴールとカルレインを呼ぶと、
首都近郊の問題の村を訪ね、
中で何が起こったのか、
本当に犯人がその怪物なのか、
なぜ、その怪物が現れたのかなどを
確認して来るよう指示しました。
ギルゴールは説明を聞かないまま、
いきなり呼ばれて来たので、
ラティルの言葉をすぐに理解できず、
なぜ怪物なの?
と尋ねました。
カルレインは気を利かせ、
行きながら話すと言って、
ギルゴールを引っ張りました。
その日の明け方。
カルレインはギルゴールを連れて
再び問題の村へ行く途中、
ラティルと大神官が経験したことを
話しました。
ギルゴールは、
ポケットに手を入れて走っていく途中
怪物が自分に化けたという話を
カルレインから聞いて笑い出しました。
怪物が私に化けて
お嬢さんに近づいたんですか?
どうだったんですか?
見分けがつきましたか?
君の顔はありふれているから。
カルレインの無愛想な返事に
ギルゴールは、
さらに大きく笑いました。
お嬢さんはだまされたんですか?
私は知りません。
カルレインは断固として答えると
前に進むことだけに専念しました。
騙されたようですね、
酷いなあ。
ギルゴールはニヤニヤしていましたが
カルレインは、
返事もしませんでした。
しばらくすると、二人は、
問題の村の入り口に到着しました。
まだ暗かったため、
村に出入りする人はいませんでした。
入り口の前の番所で
警備兵が、うとうとしていました。
しかし、寝ていない警備兵が二人を見て
誰だ?
と尋ねました。
カルレインは、
皇帝の指示で調査に来たと言って
持って来たカードを見せました。
警備兵は、
すぐに番所から降りて来ると、
もう来たのか?
事件が起きたのが昨日の午後なのに
まさか、今日の明け方に来るとは
思わなかったと言って
怪訝そうな目で
ギルゴールとカルレインを
交互に見ました。
それから、二人に案内を申し出ましたが
カルレインは、
大丈夫、自分で行くと言って
断りました。
その言葉に警備兵の表情が
さらに歪みました。
用事を済ませていて、坊や。
と言ってギルゴールがウィンクすると
警備兵の表情は完全に腐りました。
二人の吸血鬼は、
そうであろうとなかろうと
村の中に入り続けました。
おお!
これも、あの怪物の仕業か?
巨大な青銅の銅像が
横に倒れているのを見て、
ギルゴールが口笛を吹きました。
カルレインは、
ギルゴールの言葉を無視して、
村人たちに聞いてみなくてもいいのかと
尋ねました。
ギルゴールは、静かに微笑みながら
カルレインを見つめた後、
彼に背を向けて歩き出しました。
そのように、互いに無視し合いながら
残っている怪物の痕跡を30分程探した後
村の講堂の裏側で、
モグラの穴のような穴を発見した
ギルゴールは、
その上を手でかき回しながら、
赤い神官は、
すでにここを旅立ったようだと
呟きました。
カルレインは、
会わなくて良かった。
ギルゴールは、
その怪物より弱いからと言いました。
ギルゴールは、カルレインが、
今日はやたらとふざけていると
文句を言いました。
それからギルゴールは
屈んでいた腰を伸ばして、手を振った後
まだ祭りの痕跡が残っている
村を見て回りました。
ラティルの話によれば、
消えた人々は、
地面に現れた目を叩きつけた後、
再び現れた。
しかし、彼らは全員気絶していて、
ほとんどがケガをしたままだったとの
ことでした。
ようやく目覚めた人々は、
まだ、村を片づけるのに
忙しいようでした。
ギルゴールは、
これ以上調べることはないと言うと
地面に転がっている
色とりどりのボールを
ポンと蹴りました。
もう帰ろう。望むなら、
君は、もっといてもいいけれど
私は帰る。
帰り道、
カルレインはずっと静かでした。
ギルゴールが横で、一言二言、
彼を怒らせるような言葉を
投げかけても同じでした。
大きな宮殿が目の前に見える頃、
カルレインは
塀を飛び越えようとする
ギルゴールを捕まえると、
ちょっと待って。
と言いました。
ギルゴールはカルレインに
久しぶりに戦いたいのかと
尋ねると、彼は、
ご主人様に、
あの村について報告した後、
自分と一緒に
議長のところへ行こうと提案しました。
ギルゴールは、
塀に片足だけをかけながら
カルレインを振り返ると
議長?
と聞き返しました。
カルレインは、いくら考えても
少し怪しいと返事をしました。
ギルゴールは、
議長は、いつもずっと怪しいと
言いながら、
議長に初めて会った日のことを
思い出しました。
アリタルは、
白い神官の服装をしていない
議長の肩を組み、
この人はエルフだそうです。
ギルゴール!
と紹介しました。
しかし、カルレインは首を横に振ると
怪しいのは議長ではなく、
赤い神官だ。
賑やかな場所に現れない怪物が
首都付近に現れたり、
大神館を無理に隠したり、
ロードを食べようと試みたのは
変だと主張しました。
ギルゴールは眉をしかめました。
確かに、赤い神官は慎重に準備し、
一気に餌を飲み込んで
逃げる方でした。
ところが、今回は無理をして
食事をしようとしたところ、
一人もまともに飲み込めずに
全部吐いて逃げました。
続けてカルレインは、
そんな用心深い怪物が、
ギルゴール説によれば、
ロードが
どれほど恐ろしくてすごいのか、
すでに知っている怪物が
あえてロードを狙ったのはおかしい。
ご主人様は
努めて無視しているようだけれど、
自分はご主人様のお腹の中の子供が
不幸を引き寄せている印象を
消すことができないと、
先程よりも低い声で言いました。
ギルゴールは足を下ろすと、
腕を組んで壁にもたれかかりました。
しばらく二人は、
黙って見つめ合いました。
それから、皇帝の所へ行き、
報告する内容をすべて伝えた二人は、
かつてシピサが住んでいた神殿に
駆けつけました。
カルレインは、
果たして、あの古狸が、
ずっとそこにいるのかと
疑問視しましたが、ギルゴールは、
分からないけれど、
他に思いつく所もないからと
返事をしました。
◇壁書◇
アリタルの記憶が
どうして自分にあるのか。
それとも、あの怪物が
アリタルを知っていたのか。
そんなことを考えながら
ようやく眠りについた
ラティルでしたが、
ギルゴールとカルレインに
起こされました。
二人は、一緒にどこかへ行ってくると
告げました。
二人で?
ラティルは慌てて聞き返しましたが、
二人の吸血鬼は行き先も告げずに
去ってしまいました。
ギルゴールの放浪癖が直るどころか、
その放浪癖がカルレインに
移ってしまいました。
もうすぐ、
ギルゴールの誕生日なのに・・・
ラティルは呟きました。
午前の閣議の時、
アトラクシー公爵とロルド宰相は
また喧嘩をしましたが、
首都に隣接する村の人々が、
祭りの途中で怪物の襲撃を受け、
集団で消え去ったという
大神官の報告を聞いて、
ようやく二人は喧嘩を止めて、
真剣になりました。
ある大臣はラティルに
百花繚乱を村へ送って
怪物を捕まえるべきではないかと
怯えた顔で尋ねましたが、
怪物は自分と大神官が退治して来たし
夜明けにカルレインとギルゴールを
村へ送って確認したところ、
怪物は確実に消えた後だったと
答えました。
本当にすごいです、陛下!
タリウムには、陛下と
様々な側室がいて良かったです!
大臣たちは、
ラティルの堂々とした言葉に安堵して
お世辞を言いました。
ところがその日の午後、ラティルが
百花繚乱以外の聖騎士たちを
追加で呼び寄せて、各領地に送ると
いくらかかるか計算している時、
陛下、陛下、
これをご覧くださいませ!
と慌てて秘書が飛び込んで来て、
ノートを一冊、
丸ごとラティルに差し出しました。
何ですか?
とラティルが尋ねると、秘書は
通りに貼られていた壁書を
そのまま書き移して来たと答えました。
それには、
このように書かれていました。
皇帝が対抗者の義務を果たさず、
皇帝としての役割も果たさず、
男たちの相手だけしている。
皇帝が二つの業務を遂行できなければ
皇帝より賢明なレアン皇子に
皇位を譲り、
対抗者としての仕事だけをしろ。
後ろから息を吸い込む音が
聞こえて来ました。
ラティルの手の中で
ノートが丸ごと握りつぶされると
前からも息を吸い込む音がしました。
ラティルは、声を落ち着かせながら
これは、どこにあったのかと
尋ねました。
秘書は躊躇いながら、
通りに貼られていたと答えました。
ラティルは、
一つか二つの通りに貼られていたのかと
尋ねると、秘書は、
中央広場を中心に伸びる
大きな通り10本全てに貼られていた。
小さな通りは見ていないので
分からないと答えました。
侍従長は、
何て無礼な者たちなのかと
怒鳴りました。
そして、後ろからサーナット卿は、
その者たちを
捕まえなければならない。
わざと人々を扇動していると
言いました。
侍従長は、
サーナット卿と親しくないけれど
今回は、彼の言葉が正しいと思い、
すぐに同意しました。
そして、侍従長は、
皇帝は昨日の午後遅くに起きた事件を
夜中に解決し、夜明けに
カルレインとギルゴールを送って
後始末までした。
数時間以内に、
そのような措置が取れる皇帝が
どこにいるというのか。
皇帝は、対抗者としての業務と
皇帝としての業務を
同時にやり遂げたのに、
それから7、8時間ほど後に、
このような壁書が貼られるなんてと
怒りました。
秘書も素早く頷き、
その通りだと言いました。
状況を見守っていた別の秘書も、
犯人を捕まえて、皇帝の功績を
知らせなければならない。
皇帝が、
あまりにも早く処理したので、
人々は、
このことについて知らないまま
壁書の内容を
信じてしまうかもしれないと
言いました。
ラティルは、自分の功績を、
自らあちこちに噂するのは
かなり恥ずかしいことだと思いましたが
これといった方法はなさそうに
思えました。
ラティルは、
そうしなさい、壁書は全部取って。
と指示しました。
はい、陛下。
と2人の秘書が出て行くと、
侍従は心配そうな目で
ラティルを見ました。
彼女は額に手を触れたまま、
しばらくぼんやりとした後、
侍従に、薄めたコーヒーを一杯だけ
持って来て欲しいと頼みました。
◇誰もいない◇
夕食を食べていたラティルは
衝動的にメラディムを訪ねました。
メラディムは、
本当に側室の「役割」をしたくて
ここに来たわけではないので、
ラティルに理性的な愛情が
少しもない者でした。
そのため、
ラティルは側室を順番に訪ねても
メラディムの所へは
ほとんど行きませんでした。
メラディムもやはり、
あえて自分の地上の宿舎に留まらず、
いつも湖の中で遊び、
湖の中で、ぐっすり眠っていました。
仮に事件が起こっても
終わった後に出て来て、
自分だけ面白いものを
見られなかったと
不平を言うのが常でした。
しかも、フナの頭なので、
会話する人をしばしば
困惑させました。
しかし、そのような理由で
ラティルは今日、
メラディムと話したくなりました。
しかし、やはりメラディムが
地上の住居にいないことを
確認したラティルは、
湖畔に近づき、大きな咳払いをし、
湖水をかき混ぜながら
メラディムを呼びました。
しかし湖に向かって話すのは
きまりが悪いので、
小声で囁きました。
しかし、湖から出てくる人魚は
誰もいませんでした。
水をもっと勢いよくかき混ぜても
同じでした。
また寝ているの?
結構、寝ている気がするけれど。
ラティルは水をかき混ぜ、
あたりを見回しました。
夕食の時間を
ギリギリ過ぎた時間だったので、
歩き回る人が
ほとんどいませんでした。
ラティルは重いマントと靴を脱いで
横に置くと、
湖の中に入りました。
少し濁った青緑色の風景が
目の前に広がりました。
湖畔は深くないので、
すぐ下は、
砂利と砂が入り混じっていました。
ラティルは、
砂利を手で突きながら、
湖の奥深くへ移動してみました。
息が少し苦しくなった頃、
湖の奥底の方に
座れるような所が現れました。
あそこは何だろう?
あそこまで入れるかな?
入れないかな?
この辺で、メラディムを
呼ばなければなりませんか?
ラティルが悩んでいる時、
彼女は、あの問題の村で見た
牛のような目をした人が
あの奥深くから
自分を見つめているような
気がしました。
あの怪物?
ラティルは不思議に思い、
もっと奥深くに
入ろうとしましたが
息が苦しくなりました。
このまま死ぬことはないと
思いましたが、
良い気分でもなかったので、
ラティルは
再び地上に上がりました。
気になったラティルは、
靴とマントを持って、
一番近いタッシールの部屋へ
歩いて行きました。
しかし、タッシールの姿は
見えませんでした。
不思議に思ったラティルは、
大神官の部屋へ行きました。
彼もいませんでした。
不思議なのは、彼らの侍従や護衛も
いないという点でした。
ぞっとしたラティルは、
ハーレムの
大きな共用キッチンに駆け込み、
扉を開けました。
議長がアニャドミスに刺された時、
傷口の中に木の根が見えたので
議長は木の精霊が何かだと
思いましたが、エルフだと分かり
納得しました。
ギルゴールは議長が
エルフだと知っていたけれど、
メラディムは、
それを、知っていたのでしょうか?
知っていたから、
ラティルがエルフだと嘘をついた時に、
すぐに嘘を見破ったのか、
それとも、知らなかったけれど、
エルフにしては、
ラティルの容姿が今一つだったので
嘘を見抜いたのか、
そのどちらかではないかと思います。
通りに壁書を貼ったのは
レアンの指示なのか、
それとも彼の支持者が
レアンを喜ばせるために
勝手にやったことなのかは
分かりませんが、
レアンにしても後者にしても、
ラティルが他の国からも
賞賛されるくらい
大きな功績を残したことを
知っているはず。
それでも、ラティルが
ロードだからという理由で
彼女を攻撃するレアンは、
伝説だけを信じて、
人の本質を見ることのできない
おバカさんだと思いました。